▼Overture partⅢ

「被害報告!」


 バトル・ブリッジにあらゆる種類の警報が鳴り響く中、ビュワーに映る〈びゃくりゅう〉前方と側面の爆発の輝きに、一瞬目を奪われていたレイカは我に返ると叫んだ。


「艦首から左右両舷にかけて被弾箇所多数 ! 複数個所で火災発生! 死傷者多数!」

「主砲全六門、オーバーヒートによりこれ以上の発射負不可です!」

「UVシールド・ジェネレイターにも過加熱警報! これ以上の展開は不可能です!」


 真正面から受け止めた敵戦艦からの砲撃のダメージの他、酷使した主砲とシールドが真っ先に使用不可能になったことが告げられた。

 バトルブリッジ内、コンディション・パネルの艦内図の半分が、血のように真っ赤に染まっているのをレイカは確認した。

 だがそれは、先の【ANESYS】中に行った戦闘を考えれば、予想の範囲内でもあった。


「ブリッジより機関室? レイカより機関室へ? ちょっとシアーシャ返事して!?」


 レイカは戦闘が終わったならば真っ先に来ると思っていた機関長からの報告が、未だ無い事に猛烈な不安を覚えながら呼び掛け続けた。


『――ちら機――――シャ――えますか!? 機関室よりブリッジ、どうぞ!?』

「ああ……シアーシャ無事だったのね!?」


 レイカは親友の一人を失わずに済んだことに、一瞬気が遠くなるほどの安堵を覚えた。

 だが、彼女の声の奥で聞える喧騒から、主機関室がけっして心配のらない状況ではないことが分かった。

 少なくとも今、主機関室は艦内通信が乱れる程の状況に陥っているのだ。


『こっちはなんとか生きてるっす! それより、大至急メイン人造UVDの緊急投棄パージ許可を!! じゃな――――』


 機関室のシアーシャからの声はそこで途切れ。代わりにコンディション・パネルの主機関室が真っ赤に染まった。


「シアーシャ! ちょっとシアーシャ!?」

[れいか艦長、機関長ノ着テイルすーつカラばいたる・さいんハ届イテイルヨ。ソレヨリ主機関室ノめいんUVDノ磁場封印ガ崩壊寸ゼ――]


 エクスプリカからの言葉に、パニックになりかけたレイカは、瞬時に己のすべきことに思い至った。

 エクスプリカの報告は、主機関の人造UVDが爆発寸前であることを意味していた。


「主機関室の人造UVDの緊急投棄を許可します! 主機関室のクルーは直ちに同室内から退避!」


 レイカが即座に命令を下すと同時に、艦内に新たな符丁の警告サイレンが鳴り始めた。


「メインスラスター部投棄まであと45秒。主機関室の減圧を開始します。同室内のクルーはそれまでに退避してください! 人造UVD投棄はその直後を予定!」

「シアーシャ! 他の機関室クルーも早く逃げて!」


 主機関投棄シークエンスを告げるクルーに続き、レイカは艦内通信が届いていることを祈りながら主機関室に呼びかけた。

 同時に、ゾワリという内臓に寒気が走ったような感覚を覚える。

 人造UVDによる艦内人工重力が絶たれた為に、ブリッジ内が0Gになったからだ。


[しあーしゃ及ビ主機関室くるーノ移動ヲばいたる・さいんデ確認シテイルヨ。生キテイルくるーハ間モ無ク主機関室カラ退室完了]


 レイカの心配をフォローするかのようにエクスプリカが告げた。

 艦内通信が途切れたことでひやりとしたが、これで少なくとも生存者がいるのに主機関室を減圧して人造UVDを投棄せずに済みそうだ。


「エクスプリカ、人造UVDの爆発までの残り時間は?」

[正確ニハ分カラナイケレド、アト二分ハモツト思ウヨ]


 少なくとも投棄パージ前に人造UVDが爆発することは避けられそうだと知り、レイカは音わず小さな溜息をついた。

 九隻もの敵艦を一隻で相手するなどと、一時は〈びゃくりゅう〉轟沈を覚悟したが、ひょっとしたらなんとかなったのかもしれない………と。



 だがしかし――。



「艦長! 総合位置情報図スィロムに感アリ! 敵艦はまだ生きています!」


 電側員の悲鳴のような報告が響いた。

 反射的に目を向けたメインビュワーの彼方で、拡大投影された前方の爆煙を突き破り、艦首をグシャグシャに破壊された戦艦級グォイドが姿を現した。








 予想して然るべきことではあった。

 〈びゃくりゅう〉側面から迂回してきた戦艦は、〈びゃくりゅう〉の攻撃で急減速した巡洋艦に衝突し、その爆発こそ正面から受け止めたとはいえ、そのダメージは間接的なものでしかなかった。

 一方、正面から迫ってきた戦艦は多数のUV弾頭ミサイル攻撃を喰らい、無数の爆炎に

のみ込まれたように見えた。

 確かに数発のUV弾頭ミサイルは、対宙レーザー劇激をかい潜り命中したはずであった。

 だが、もっと根幹の部分でその攻撃はとどめを刺し切れていなかったのだ。

 開発されて間もないUV弾頭ミサイルは、駆逐艦や巡洋艦ならまだしも、数発で戦艦級を沈められる程の威力にはまだ達していなかったのだ。

 それでも、二隻の戦艦に大ダメージを与えたことには違いない。

 ビュワーに拡大投影された二隻は、どちらも艦首に目に見える程の大ダメージを受けていた。

 少なくとも二隻の戦艦級グォイドから、主砲を撃つ能力を奪うことはできたようであった。

 でなければ、すでに〈びゃくりゅう〉も〈びゃくりゅう〉が守るべき後方の〈ヴァジュランダ〉も、敵戦艦級の主砲で沈められているはずであったからだ。

 であるならば、敵戦艦級がとるであろう選択肢は一つだけであった。


「敵戦艦二隻、〈ヴァジュランダ〉へ向け加速を再開しました!」


 レイカは電側員の報告を聞きながら総合位置情報図スィロムを即座に確認した。

 敵戦艦二隻の前方に予測コースのラインが描き足され、それは〈びゃくりゅう〉の横を通り過ぎ、後方の〈ヴァジュランダ〉を貫いていた。


 ――やっこさん〈ヴァジュランダ〉に体当たりするつもり!?


 敵艦の意図はそれ以外は考えられなかった。

 グォイドのメンタリティは未だに不明だが、過去の戦いにおいて、ダメージを受けたグォイドが体当たりを仕掛けてくる例は珍しくは無かった。

 それしか打つ手が無くなれば、グォイドも人類とすることは同じなのだ。

 むしろもっと理路整然としていると言って良い。

 レイカは拳を艦長席の肘掛け打ちつけた。


 ――自分達は、結局負けたのだろうか…………?


 思わずそんな至高が心を掠めた。

 まるで内臓をドライアイスに変えられたような感覚を覚える。

 レイカは悔しさと絶望が心の奥底にわきあがろうとするのを、必死に堪えた。

 敵のこの動きに対し【ANESYS】はもう使えない。

 何をするにでよ、レイカは瞬時にして、この事態に対し行える策を自分自身・・・・で考え、実行せねばならなかった。

 しかもとうとう主砲すらも撃てなくなり、爆発寸前の主機関すら投棄パージしようとしている〈びゃくりゅう〉でだ。

 幸いにも敵艦二隻の再加速は受けたダメージの為に緩慢としており、〈びゃくりゅう〉の横を通過するまで僅かだがまだ時間はあった。

 それまでにまだ〈びゃくりゅう〉でできることを実行し、戦艦級グォイド二隻の〈ヴァジュランダ〉への体当たりを阻止せねばならない。

 その答えは、存外にすぐに見つかった。

 そもそも元から選択肢は少なく、この戦闘が始まる前の段階で、その可能性はすでに検討済みだった。

 悩む必要など無かったのだ。

 〈ヴァジュランダ〉は人類の未来の為に、絶対に守らねばならない。

 たとえどんな犠牲を払ってもだ。

 問題は非【ANESYS】のマニュアル操艦で実行し、はたして成功するかどうかであった。


「アストリッド!艦尾を左舷前方のグォイド戦艦に向けて! 今すぐ!!」

「!?…… 了解!」


 〈びゃくりゅう〉操舵士のアストリッドは、レイカの急な支持にも瞬時に反応し、〈びゃくりゅう〉の艦尾を、迂回し、巡洋艦と衝突した方の戦艦級グォイドに向けさせ始めた。

 じれったい程にゆっくりと、メインビュワーに映る星々と【ゴリョウカク集団クラスター】の小惑星の粒が横に流れていく。


「アストリッド、私の狙いは分かる?」

「分かりたくは無いけれどな! ……言っとくけど、そうそう上手くはいかんかもよ?」

「……でも、今はそれしかない!」


 自嘲気味に告げる〈びゃくりゅう〉操舵士にレイカは答えた。


「エクスプリカ、できる範囲で構わない、メインUVDの射出タイミングを側面戦艦級グォィドに命中するよう合わせて!」

[…………………………………………ヤッテミルヨ。…………デモアマリ期待シナイデネ]


 エクスプリカは無茶を言われた時特有の、ヴーンという電子音を微かに響かせながらレイカに答えた。

 機械たるエクスプリカを持ってしても、レイカのその指示は難易度が高いらしい。


「シアーシャ! UVDの射出はエクスプリカに任せる! それまでもたせられる!?」

『やってみます! 出来なくても艦内の爆発だけはなんとか避けますっす!』


 主機関室から退避し終えたらしい機関長の声は、どこからかは分からないがすぐに返って来た。

 レイカには彼女がどうやって人造UVDの爆発を遅らせるのか、サッパリ分からなかったが彼女がやると言うなら全力で信じた。


「それとシアーシャ、補助エンジン全四基は使用可能?」

『残り燃料が四基でまちまちですが、全基全力噴射で10秒は吹かせますっすよ!』


 唐突なレイカの問いにも、シアーシャの答えは、まるでレイカの狙いが分かっているかのごとくすぐに返って来た。


「……よし」


 レイカは呟きながら拳を固めた。

 そうこうしている間に、艦尾から微かな振動がバトルブリッジにまで響いた。


[めいん・すらすたーのずるノ投棄パージガ完了シタヨ]


 エクスプリカの報告。

 艦尾ビュワーに目を向ければ、爆砕ボルトで艦尾方向へ弾き飛ばされたメインスラスターが、固形燃料ロケットの噴射で人造UVDの投棄射線上から追い出されていくのが見えた。

 これで人造UVDはいつでも投棄パージできる状態になった。


「アストリッド、人造UVDを投棄パージし次第、艦を――――」

「分かってるって艦長、それ以上言わなくても。でももし生きて帰還できたら、前から言ってたけど〈びゃくりゅう〉艦首にでっかい姿勢制御スラスター付けてくれ!」


 言葉につまるレイカに対し、アストリッドは操舵しながら冗談めかしてリクエストしてきた。

 確かに、〈びゃくりゅう〉の縦にしたマイナスドライバーみたいな艦首についたスラスターは、この状況では少々貧弱といえた、

 レイカは「もちろんよ!」と答えつつも、その望みが叶うとは信じていなかった。

 おそらくアストリッドも同じだろう。

 二隻のうち一隻は人造UVDをぶつけて対処する……ならば残りの一隻は?

 答えはすでに出ていた。


[あすとりっどノ操舵ヲ元ニ弾道計算ガ完了シタヨ、人造UVD、かうんと3デ射出スルネ。3……2……1……射出・射出・射出]


 エクスプリカが淡々と告げた。




 艦尾方向から再び届く振動。

 同じく後方ビュワーに、先端に取り付けられたロケットリングから盛大な固形燃料の噴射炎を瞬かせながら、巨大な円柱がゆっくりと離れ、加速していくのが見えた。


「エクスプリカ、敵への命中までは何秒?」

[オヨソ40秒、タダシチャント命中スルカハぐぉいど次第デ保証ハデキナイ。ソレニ人造UVDガドノたいみんぐデ爆発スルカモ正確ニハ言エナインダ]

「そこまで行けたらならもう構わないわ」


 問いに対するエクスプリカの説明をじれったく感じながら、レイカは答えた。

 もう迂回してきた戦艦級グォイドにできることは全部やった。

 残るは前方から来る戦艦級グォイドただ一隻。

 レイカは最後の指示を下す前に、今一度ブリッジのクルーを見まわした。

 それが艦長としての義務と思ったからだ。


「みんな……そのごめんね! ……ホントに……ごめん! アストリッド……お願い……」


 レイカは声を絞り出すようにしてクルーに謝ると、操舵席に命じた。


「ま、そういうこともあるさ……」


 操舵席のアストリッドは、これまでの回頭時の勢いをそのまま利用し、艦を一回転させると、艦首を敵艦最後の一隻に向けさせた。


「行くぞ!」


 アストリッドの気合声と共に、〈びゃくりゅう〉が残る補助エンジンナセル四基を盛大に吹かし最後の前進を開始する。

 ビュワーに映る敵艦が、みるみる巨大化して見えた。



 敵戦艦級グォイドがそうであるように、〈びゃくりゅう〉に残された手段もまた、敵艦への体当たりのみであった。

 〈びゃくりゅう〉そのものを実体弾とすれば、手負いの戦艦級クグォイドくらい楽に沈められるはずだ。

 そしてそれは、当然ながらクルーの死も意味する。


 ――ああ、これが例のアレなの?


 まるで時間が無限に引き伸ばされたような感覚と共に、ぼんやりとそんなことを考えた。

 いつかこういう日が来るとは思っていたはずだったのに、まるで現実感が無い。

 それは自分が心の奥底では、まだ本当に死ぬとは思ってはいないからだろうか?

 でも、今さら実は違いましたとなるような状況では、もう無いはずであった。

 艦の後方から、突然蹴飛ばされたような衝撃が襲って来た。

 同時にメインビュワーの縁からあぶられたように光が漏れ、後方ビュワーに目を向ければ画面がホワイトアウトしていた。

 後方に射出した人造UVDが爆発したのだ。

 はたして放った人造UVDは戦艦級グォイドを仕留められたのだろうか?


[人造UVD……直撃ハナラズダッタミタイダヨ……残念ダ]


 エクスプリカが、後方ビュワーに映る爆煙から、歩みを止めずに戦艦級グォイドが姿を表すのと同時に告げた。

 さらなるダメージを与えはしたものの、沈めるには至ってはいない。

 人造UVDを実体弾代わりにする作戦は失敗だった。

 これでもう、たとえ前方の戦艦級グォイドを〈びゃくりゅう〉の体当たりで相撃ちにもっていっても、〈ヴァジュランダ〉を守ることは出来ない。

 〈びゃくりゅう〉の任務が失敗したことが確定したのだ。


「……」


 レイカには、もう発する言葉も無かった。

 任務は失敗し、クルーも艦も自分の命も何もかも失って終わるのだ。

 せめてクルーを脱出させてから、自分一人の操艦で特攻を実行できれば良かったのだが、この状況下で速やかにクルーを脱出させられるようなシステムは、〈びゃくりゅう〉にはまだ搭載されていなかった。

 〈びゃくりゅう〉は実験艦であり、ここは外に逃げれば助かるという単純な場所でも無かった。

 せめてもの救いは、これを機に〈びゃくりゅう〉の後継艦では、実用的な脱出システムがきっと搭載されるであろうことだけだ。

 そして……レイカはただ一人の妹に詫びた。


 ――……ごめんね……と。


 が、しかし――


 ――ダメ~ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「!?」


 一瞬、誰かの声が聞こえた気がした。

 それは気のせいでは無かった。

 証拠に他のクルーもレイカと同じ用に、何かが聞こえ、当たりを見回すようなリアクションをしていたからだ。

 そしてその声が幻聴で無かったことを証明するかのように、突然〈びゃくりゅう〉の加速が止まり、それどころか猛烈な減速噴射が始まり、クルーは一人残らず前方につんのめった。


「レイカ! ……補助エンジンナセルが! 勝手にリバーススラストかけてる!」


 アストリッドが操縦桿中心部から膨らんだエアバックから、なんとか頭を上げながら叫んだ。

 〈びゃくりゅう〉の補助エンジンナセルは、昔ながらのH2Oを主剤とした燃料を用いる熱核ロケットエンジンだが、宇宙船・・・としての機能を果たす為に、当然のごとく推力を無理矢理前方に向ける逆推進機構が備わっている。

 それが勝手に作動したというのだ。


『補助エンジンナセル、燃焼終了!』


 報告と同時に、数秒間続いた突然の減速Gは嘘のように消えた。

 元々残り少なかった燃料が減速噴射によって尽きたのだ。これでも補助エンジンを吹かすことは出来ない。

 この後の〈びゃくりゅう〉は、あとは慣性で飛ぶ金属の塊でしかない。

 つまり出来ることはもう何一つ無くなったということであった。

 しかも今の意図せぬ減速で、前方戦艦級グォイドとの衝突タイミングも大いに狂わされた。これでは目的が達成できるかは怪しい。


「……なんてこと!!」


 他に言葉が出てこないレイカ。

 なぜ? 誰が? 何の為にいきなりリバース・スラストを!? しかもこのタイミングで!?

 その謎の答は突然響いて来た。


『レイカァ~ッ!! 早まるな~!! 今行くぞ~! うわっ――――』


 突然悲鳴のような男の声が大音量でバトルブリッジに響いたかと思うと途切れ、レイカは飛び上がりそうになった。


「じゅじゅじゅ……ジュウシローさんんん!?」


 響いてきたその声にレイカは覚えがあった。


「なんでジュウシロウさんがぁあぁ~……??」


 その声は、ここで聞えるはずの無い声であった。

 何故なら彼は――――、


「艦長、総合位置情報図スィロムに感あり! 左舷上方より急接近するSSDF飛宙機を確認、機首、昇電! 所属は不明! さらにその奥にも急接近するアンノン噴射炎を確認!」

[れいか、ドウヤラ今ノのぉば・ちーふカラノ通信ト〈びゃくりゅう〉ノりばーすすらすとハ、ソノ昇電ヲ中継シテ届キ、強制遠隔操作オーバーライドサレタ結果ナヨウダヨ]


 電側員に続き、エクスプリカが今さらそう報告してきた。

 それはつまり、到着を諦めていたSSDFの増援が来てくれたということあった。

 強制遠隔操作オーバーライドとは、緊急事態時に、危機に陥った僚艦を他の艦が勝手に遠隔操作することを言う。

 つまり〈びゃくりゅう〉は増援として駆けつけてくれた艦に勝手に操られ、リバーススラストをかけたのだ。

 が、そのような行いがこの状況下で出来るの艦を、レイカは【ANESYS】が使える〈びゃくりゅう〉以外に知らなかった。


「……まさか!」

「アンノン噴射炎の詳細判明! 減速しつつ急速接近中のSSDFの僚艦です! ですが艦名に登録無し! それから――」


 レイカの予想を裏付けるかのように、新たな報告が電側員から入った。


「――接近中の名称不明艦、減速が間に合ってません! 速すぎます!」


 電側員の報告の続きが悲鳴染みたものになった。

 総合位置情報図スィロムぶ目を向ければ、画面内に猛烈な速度でSSDFを示すアイコンが急速接近しているのが見えた。

 計算などするまでもなく、目測でもその接近速度では〈びゃくりゅう〉とグォイドとの戦闘宙域内で停止することなど不可能に見えた。

 宇宙では加速したのと同じだけ減速噴射せねば、望む所で停止することはできないのだ。

 その艦は減速噴射はこそしているもの、停止するつもりがないかと思う程の速度で接近中であった。

 ならば彼の艦は、この宙域を通過するつもりなのだろうか?

 否、それはあり得ない、ここ【ゴリョウカク集団クラスター】はそれを行なうには余りにも小惑星密度があり危険だ。

 だが、レイカは彼の艦に堅固な意思のようなものを感じていた。

 彼の艦には何か考えがあるのだ! と。

 レイカが謎の確信を抱いた次の瞬間、唐突に仕留めそこなった側面迂回中の戦艦級グォイドが、姿勢を崩したかと思うと大爆発した。


「名称不明艦、発砲!」


 一瞬遅れて届く報告。


「……すごい……」


 正確無比な射撃にレイカは思わず呟いた。

 〈びゃくりゅう〉の常識ではありえない程の遠距離から発砲し、戦艦級グォイドを一撃で沈めたからだ。

 もちろん【ANESYS】の超高速情報処理能力あっての所業だろう。だがそれだけではない。

 彼の艦はとんでもない威力と命中精度のUVキャノンを持っている。


『――ゃくりゅう〉へ――、残る敵艦はこっちで仕留める! お前らは大人しくし――』


 思い出したように、再びノォバ・ジュウシロウの声が響いたが、またすぐ途切れた。

 おそらく乗っている名称不明艦の無茶な機動に、通信どころじゃないのだろう。

 しかし、彼の言葉から、彼の艦が本気で残る戦艦級グォイド二隻を沈める気でいることが分かった。

 だがその為には、まずさらなる減速が必要なはずなのだが――、


「名称不明艦、急減速! …………艦長!〈ヴァジュランダ〉です!」


 レイカは電側員のその言葉だけで、彼女が何を言わんとしているのかを一瞬で理解した。

 総合位置情報図スィロム内の名称不明艦のアイコンが急減速していく、そのアイコンのはるか前方、〈びゃくりゅう〉の後方で、その名称不明艦に艦首を向けていた巨大な影があった。

 超長距離・大質量加減速移送艦〈ヴァジュランダ〉だ。

 〈ヴァジュランダ〉はメインベルト内にの小惑星を移送し【集団クラスター】を築く為の艦だ。

 その為には小惑星を加速し、かすだけではなく、減速・・させ止める《・・・》能力が必要であり、〈ヴァジュランダ〉は現在火星トロヤ群にいる同・超長距離・大質量加減速移送艦〈アラドヴァル〉が加速し、【ゴリョウカク集団クラスター】へと放った小惑星をこの場所で減速させ受け止める為の艦であったのだ。

 メインベルト内に築かれた各【集団クラスター】は、こうして二隻の超長距離・大質量加減速移送艦〈ヴァジュランダ〉と〈アラドヴァル〉が加速と減速をそれぞれ担当し、ペアとなって行なって来たのである。

 そして、小惑星を減速させられるならば、航宇宙戦闘艦を減速させることも、造作も無くできるはずであった。


「名称不明艦、間も無く〈びゃくりゅう〉の前方、戦艦級グォイドとの中間を通過します!」


 電側員の報告を聞きながら、レイカは思わず艦長席から身を乗り出して、彼の艦が来る方向に目を凝らした。

 その艦は、急速に減速噴射の輝きを巨大化させながら接近し、なんとか目でとらえられる速度でメインビュワーの前を突っ切っていた。

 それはまるで〈びゃくりゅう〉の艦尾をスッキリさせて、艦首をシュモクザメのようなシルエットにした白い艦だった。

 そしてレイカは見逃さなかった。

 その艦の艦首横には――〈じんりゅう〉―― と書かれていたことを。





 そして……〈じんりゅう〉は残る一隻となった敵艦の目の前を通過した。


「艦長……まえ! ……前!」


 一瞬〈じんりゅう〉に気をとられていたアストリッドが、うろたえながら叫んだ。

 増援艦〈じんりゅう〉は来てくれた。

 が、最後の敵戦艦級はまだダメージはあれど健在であり、体当たりする為に〈ヴァジュランダ〉へ向かい加速中である。

 ちなみに〈びゃくりゅう〉は今その間にいる。

 結果〈びゃくりゅう〉と敵戦艦が正面衝突し、木端微塵になったとしても、グォイドの目的は達成される。

 なぜなら慣性による速度は粉々になっても生きており、無数になれどもその総質量大半は速度を維持したまま、実体弾となって〈ヴァジュランダ〉に殺到するからだ。

 〈びゃくりゅう〉が減速せずに、加速を続けて体当たりしていれば、速度は相殺されある程度避けられた事態であったが、今はもう遅い。

 〈じんりゅう〉がこの残る敵戦艦一隻を、先ほどのように主砲一斉射で撃ち抜くことは可能だろう。だが同じ理由でまだ撃てなかったのだ。

 〈びゃくりゅう〉の眼前に、肉眼でディティールが判別できる程に迫る。


「あわわわわ……」


 レイカは他のクルーらと共にうろたえた声を漏らした。

 増援が来なかった場合なら仕方が無いが、今〈じんりゅう〉が来てくれたのに、敵艦との衝突で粉々になるのはちと納得がいかなかった。

 が、もちろん〈じんりゅう〉が残る一隻を見逃すはずが無かった。

 〈びゃくりゅう〉前方に迫っていた戦艦級グォイドが、唐突に〈じんりゅう〉を追いかけるように艦首を捻った。

 レイカはその戦艦級グォイドの艦首から、通り過ぎた〈じんりゅう〉の方向に向かって、何か細い糸のようなものがピンと張りつめてるのを見逃さなかった。


「スマートアンカーか!?」


 アストリッドが呻いた。

 〈じんりゅう〉は戦艦級グォイドの前を通過した瞬間、賢いスマートアンカーを打ちこんでいたのだ。

 強靭なワイヤーで繋がれたことにより、ワイヤーが伸びきった瞬間、〈じんりゅう〉の運動エネルギーは戦艦級グォイドへと伝わった。

 結果、二隻はワイヤーの中心を支点にして大きな弧を描いて回転し、〈びゃくりゅう〉の前からは戦艦級グォイドが消え去り、代わりに完全に運動エネルギーを敵戦艦に伝え終わって減速を終えた〈じんりゅう〉が、まるで魔法のようにゆっくりと降りてきていた。


 ――撃て!!


 そして思わずレイカが心の中で叫ぶと同時に、〈じんりゅう〉は恐ろしい機敏さで砲塔を旋回し、伏仰角を揃えると、前六門の主砲を虹色のリングを瞬かせながら一斉射撃した。


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