▼エピローグ『この宇宙の片隅にて……』

 【航宙日誌 西暦22××年○月×日 サティ・ヌニエル記録】


 〈じんりゅう〉がグォイド・スフィアのせんめつに成功してから、はや五日がたちました。

 テューラ司令からのにしゃたくいつの提案に対し、ユリノ艦長は、けっきょく土星圏を一周してグォイドの本拠地を偵察してくるコースを選びました。

 まぁ当たり前ですよね……時間もかかる上に危ないもう一方の選択肢に比べ、こっちの方が危なさは同じでもメリットが多いですもん。

 テューラ司令という方も、きっとユリノ艦長らがこっちを選ぶと分かってて提案してきた気がサティはします。

 正確にシミュレーションした結果、〈じんりゅう〉が土星をぐるりと回ってまた内太陽系に戻って来るまでに44日間かかるそうです。

 ずっと木星には住んでいたワタクシには、いまいちピンとこないのですが、44日間というのは30分番組の『VS』で考えて……なんと2112話ぶん! ……なのだそうです。

 ……ですが、クルーの方々は思っていたよりも短い時間で帰ってこれることが分かって、とてもほっとしていらっしゃいました。

 もちろん、グォイドの本拠地のすぐそばを通る時間が短くて済んで安堵してらしたのでしょうが、ワタクシには同時に、クルーの皆さまがどこかガッカリしているようにも見えたのです。

 ワタクシの気のせいなのでしょうか……?

 〈じんりゅう〉は間も無く太陽に一番近いところを通過するところで、クルーの方々は、グォイド・スフィア弾との戦いの余韻と、土星圏一周に向けた準備の大騒ぎからようやく落ち着きを取り戻したところなようです。

 一番不安視されていたのは、土星圏に向かう前にまた通過せねばならないメインベルトについてですが、そこはグォイド・スフィア弾せんめつ直後の【ANESYS】が、上手くコースと速度を調節していたらしく、最大の難所である【集団クラスター】と【集団クラスター】の間を通過するコースに、すでに〈じんりゅう〉は乗っていたのだそうです。

 ですから、実は〈じんりゅう〉の中でクルーの皆さんがしなければならない仕事は、実はもう大して残っていないのかもしれません。

 ですが同時に、〈じんりゅう〉はもう後戻りが出来なくなってしまったともいえます。

 土星圏一周コースは、グォイドに見付かってしまったらお終いです…………敵のほんきょちでたった一隻でみつかっちゃったら袋叩きにあっちゃいますからね。

 ですからメインべルトを出てしまったら、〈じんりゅう〉は敵に見付からないように、一切の光を出すことは許されず、スラスター噴射さえ行わず、ただ勢いだけでずっと航行しなくてはならないのだそうです。

 退屈が苦手なワタクシには、ちと辛い日々になりそうですね。

 人間の方々はこういう時、心臓や胃にダメージが溜まるそうですが、ワタクシにはそのどちらも無くてラッキーでした。


 それはそうと、土星圏一周の旅に備えるにあたって、ワタクシもユリノ艦長らの指示で艦尾上部格納庫からお引っ越しすることになりました。

 理由は二つ。

 一つはワタクシ程の重さがあるものが艦の端っこの艦尾上部格納庫にいると、艦のバランスがあまりよろしく無いからだそうです。

 もう一つはクィンティルラさんからのリクエストで……『お前がここにいると、オレの昇電の修理ができんだろが!』と言われてしまったからです。

 返す言葉もありません。

 ……というわけで、ワタクシは〈じんりゅう〉の艦尾上部格納庫から、船体中央の無人機格納庫に住まわせてもらうことになりました。

 ワタクシ自身は見た事無いですが、そこにはかつてセーピアーというフォムフォムさんが操る〈じんりゅう〉の無人艦載機があったそうなのですが、それが先日の木星でのグォイドとの戦いで全機喪失してしまい、その格納が今は空いているので、そこに住まわせてもらうことになったのです。

 そこなら船体のほぼ中央なので、ワタクシのような重たい娘が居座っていても良いとのことなのです。

 容積的には艦尾格納庫よりも広いものの、中央格納庫はとても複雑な形をしていましたが、ワタクシならば問題ありません。

 ただでさえワタクシのわがままで乗せてもらっている上に、UVエネルギーまで分け与えて頂いているのに、このような場所まで用意して頂けるだなんて、ワタクシはクルーの皆さんにただただ感謝するしかありません。

 それに新たなワタクシの住みかである中央格納庫は、艦尾上部格納よりもはるかにクルーの皆さんが寝起きする居住区に近く、通りかかった皆さんとしょっちゅう顔を合わせてお話できるというメリットもあります。

 それだけではありません。ワタクシが頑張れば、身体の一部をほそーくして、自らクルーの方々がいる居住区の方に赴くことも可能なのです!

 それをやるとどうしても通路の隔壁を開けっぱなしにしなくてはならないので、あまり長い時間、居住区に顔を突っ込んでいると怒られてしまいますが……。

 ともかく、ワタクシはこれでクルーの方々の日々の生活を、ある程度はこの目で確認できることになったのです!!

 やったぁ!








 グォイド・スフィア弾との戦いが終わった直後のクルーの皆さんは、徐々に伝わってくる地球圏やその他の太陽系の人達の反応に興味深々でした。

 数秒から数分単位で遅れて〈じんりゅう〉に届く人類圏各地のニュース映像では、〈じんりゅう〉が無事にグォイド・スフィア弾の破壊に成功したとの報がとどくと、歓声をあげる各地の街の群衆の映像が何度も流れ、ケイジさんやルジ氏はなんだか映画みたい……と思ったようです。

 ワタクシも〈じんりゅう〉住まいになってから色々な映画を見る機会がを得て、あ~ホントだ! とケイジさん達が言っている意味が理解できました。








 ……………………………………ってな具合だったのですが、数日がたって、ニュースの内容が〈じんりゅう〉を称える話題から、実践デビューし、水星圏を雑兵グォイドから救い、新たなオリジナルUVDを回収したステイツ建造の新鋭VS艦〈ウィーウイルメック〉を称賛する内容にナチュラルに変って行くと、ワタクシもですが……クルーの皆さんは何か釈然としないものを感じたようです。

 皆さん曰く、ステイツが国を挙げて〈ウィーウイルメック〉を推している結果なのだそうです。

 まぁ……ワタクシの知る限り、決して目立ちたがり屋ではない〈じんりゅう〉のクルーの方々にとっては、それはそれで幸いだったような気もするのですが……。





 土星圏への旅が始まった最初の数日は、艦内のあとかたづけにおわれました。

 〈じんりゅう〉がとんでもない加速を行った為に、慣性を相殺するシステムがあるにも関わらず、クルーの皆さんが潰れるかと思う程のGがブリッジにはかかっていたそうですから、ブリッジ以外の艦内の他の部分はしっちゃかめっちゃかになっていたのだそうです。

 クルーの皆さんはヒューボットの方々と一緒に、その掃除と整理に勤しみました。

 ケイジさんは、加速で〈じんりゅう〉の船体にガタがきていないかを入念にチェックしてました。

 もちろんワタクシも、船体中央格納庫から体を伸ばして、それらのお仕事はできるかぎり手伝わせていただきましたよ。





 それが無事に終わり、特に補給を受けずとも、今の〈じんりゅう〉で土星圏一周コースを行うのに問題が無いとわかると、クルーの皆さんは通常航宙シフトという生活形式へと移行していきました。

 クルーの方々は二人ずつ四つの斑に別れ、一日の生活を【ブリッジ勤務】【待機と訓練】【睡眠】の8時間ずつ三つに分けた三交代制で、それぞれの斑が交代でこなしていくという形式です。

 三つの時間帯を4斑で分けているため、一斑は完全な休息、あるいは予備要員として回せるのだそうです。

 クルーの方々曰く、他の艦と違ってVS艦隊の艦はクルーが少ないので、戦闘中はさておき、通常航宙中は人を回すのが大変でしかたが無いのだそうです。

 ……といっても、すでにコースも整ってしまい、ただ慣性航行しながら、ひたすら息を潜めてグォイドの本拠地に向かうだけの艦内での生活は、これといったイレギュラーが起きることが無いかがり、単調は日々が続くだけになりそうに思えましたが……。

 ちなみにケイジさんはこのシフトには組み込まれず、船体とクルーの管理責任者であるサヲリ副長の作成したスケジュールに従って、ある時は食堂でコックさんとなり、ある時はエンジニアとして艦内各所の修理や整備を行うことになったようです。

 こうして……予定では、何事も無く44日間の旅が終わるはずだったのですが………………。







 この生活形式が始まる頃には、クルーの方々のグォイド・スフィア弾との戦いの興奮もさめていたように思えたのですが、同時にワタクシの目には、どこかクルーの皆さんが異様にそわそわし始めたように見えたのです。

 一体何が原因で彼女たちがそわそわしているのでしょうか?

 ワタクシが思うに、それはケイジさんに関係してるように思えます。

 クルーの方々は、それぞれのシフトで生活する中、事あるごとに何かしらの口実を見つけては、ケイジさんに接触を試みているように見えましたから……。

 そして日がたつにつれて、どことなくケイジさんが疲弊していっているようにも見えたのです。

 ケイジさんはその職責上、居住区画と機関室の間にある中央格納庫をよく通るので、必然的にワタクシと顔を合わせる機会が多く、ワタクシは彼の変化に気づくことができました。

 もちろん、ワタクシは『どうかしたんですかぁ?』と元気の無い彼に尋ねるのですが、ケイジさんは基本的に「いや……なんでもない」と答えるだけで、その原因はなかなか教えてくれません。

 何も無いわけは無いと思うのですが……。

 ワタクシはケイジさんもクルーの方々も、その変化のわけを答えてくれないので、機会を見てエクスプリカさんに尋ねてみることにしました。


[嗚呼……さてぃニモ分カルカ……]


 ワタクシの質問に対するエクスプリカさんの第一声はそれでした。

 そしてしばしの黙考の後、言葉を続けてくださいました。


[……けいじハ今、言ワバ可愛ガラレスギタ猫状態ナノダ]

『ねこ……ですかぁ?』

[……モノノ例エダ]


 エクスプリカさんは、ワタクシが分かりやすいように説明したつもりのようでしたが、最近はさておき、ワタクシは基本的にアニメ“VS”の中で登場する範囲でしかものを知らないので、それをルジ氏から貸して頂いた端末で調べるのに少し時間がかかってしまいました。

 ワタクシが人間の方々がペットで飼う猫について調べている間に、エクスプリカさんにも現状に思うところがあったのか、愚痴にも似た意見を一方的に述べられました。


『……ようするにクルーの皆さんは、ケイジさんと一緒に過ごせるのが嬉しいのと同時にドキドキしてしまって、落ちつきを無くしていて、結果、ケイジさんに無闇に構い過ぎてしまって、ケイジさんはその心労から、だんだんやつれはじめてるってわけですね?』

[ダイタイソノ理解デアッテル…………けいじハけいじデ、コノ空間ニイルコトニ緊張シマクッテルシナ]

『それは……やっぱりこのままでは困りますよねぇ?』

[大イニ困ルナ……マッタク!]


 エクスプリカさんはエクスプリカさんで、憤りが溜まっているようです。


『まぁ……どうしましょう?』

[正直、コッチガ訊キタイクライダ! 認メタクハ無イガ、さてぃガイテクレテ良カッタ。客観的ナ意見ヲ訊ケルカラナ]

『ユリノ艦長以下、クルーの皆さんが全員ケイジさんのことが好きで、でもその気持ちをケイジさんに伝えてしまうことは、その結果クルーの誰かがケイジさんと両想いにでもなったら、人間関係のバランスが壊れてしまうから出来ないんですよね?』

[ヨク分カッテルジャナイカ、ソウダ。ソンナコトヲスレバ【ANESYS】ドコロジャ無クナルカラナ]

『……けれどクルーの皆さんは、いくら禁じられていても。ケイジさんがこの艦にいることで、そわそわして仕方が無い……と』

[ソンナトコロダ。スルナト言ワレテヤメレル事デハナイラシイカラナ。スデニしみゅれーしょん訓練デオコナッタ【ANESYS】ニモ影響ガデハジメテイル。注意力ガ散漫デ、統合維持時間ガ伸ビタリ縮ンダリシテカナワン]

『それは……もし戦闘中にでも【ANESYS】が突然終わったら困りものですねぇ』


 ワタクシが同意すると、エクスプリカさんは、訓練の時に、ものの試しで【ANESYS】シミュレーションを開始する直前に、クルー達に[けいじニハ故郷ニ結婚ヲ約束シタ許嫁ガイルソウダ]という偽情報を告げたら、【ANESYS】が統合どころでは無くなり、後になってあれは冗談だ……と告げたらボロッカスに罵られたあげく、分解されかけたこと話してくださりました。


 …………エクスプリカさんよく無事でしたね……。


 因みにその後で行った【ANESYS】訓練では、無事に思考統合できたようです。


『人間の方々の……VS艦隊のクルーの方々のレンアイって色々と面倒くさいんですね』

[マッタクダ]


 ワタクシの人間の方々が持つ“恋”や“愛”という概念に対する感想に、エクスプリカさんは大きく頷きました。

 ワタクシに言わせれば、人間の“恋愛”とは、つがいを見つけて繁殖する為の行動諸々のことなのですが、エクスプリカさんにそう伝えると、[俺モソウ思ウケレド、クルー連中ニハ言ワナイ方ガ良イゾ……]と忠告して下さいました。


[マァ、彼女達モ、けいじニ想イヲ告ゲテハナランコトグライ、充分ニハ分カッテイルンダ…………互イニナ……ダガ……]

『どうかしたんですかぁ?』

[タトエけいじニ想イヲ告ゲルコトガ許サレズトモ……彼女達ハセメテ、けいじニ失ッタ記憶ヲ思イ出シテホシイトハ思ワズニハイラレナイヨウダ]


 エクスプリカさんはそう言って、ケイジさんが半年前のケレス沖会戦の時に〈じんりゅう〉内で、いかに貢献したかを説明してくださいました。

 ……そして文字通り身を削って〈じんりゅう〉を救い、結果、大怪我をした上に、記憶喪失で〈じんりゅう〉とクルーの方々との思い出を忘れてしまったことも。

 ある程度は知っていたことですが、あらためて聞いてみると、ケイジさんに記憶を取り戻して欲しいと願うクルーの方々の気持ちは、人ならざるワタクシにも凄くよく分かりました。


[けいじガ疲レテイルノハ、ゆりの達ガ彼ガ記憶ヲ思イ出スヨウニ色々仕掛ケテクルカラダナ]

『…………ということは、逆に言えば、ケイジさんに半年前のケレス沖会戦での記憶を取り戻してもらえれば、ある程度問題は解決されるということなのでしょうか?』

[アル程度ハナ……ダガドウシタモノカ……]


 エクスプリカさんはそう言ってしばし考え込むと、意を決したのか再び話し始めました。


[実ハダ……ドコマデ信用デキルカハ分カランガ、〈ジンリュウ〉ノAIどくたーニ相談シタ結果、奴ノ記憶ヲ取リ戻スニアタッテ、ひんとニナルカモシレナイ情報ヲエテハイルンダガ……]

『まぁ、それはなんですかぁ?』

[フム……ソレハダナ……]


 ワタクシはエクスプリカさんから、〈じんりゅう〉のお医者さんAIがくれたと言うヒントを聞くと、ワタクシはそれを使って、ケイジさんが記憶を取り戻すアイデアが浮かんだら出来る限り協力すると約束しました。













 ケイジは〈じんりゅう〉の艦上構造物であるセンサーセイルの内部背面側に来ると、艦に数か所しか無い窓がある目視後方観測室から、遠ざりはじめた太陽の姿を目に焼き付けた。

 名残惜しむ気持ちもあったが、どちらかというと、久方ぶりに近づいた太陽を見ておきたかったからだ。

 ここ半年間は火星より内太陽系側には行っていなかったケイジにとって、水星公転軌道を掠めて通過する〈じんりゅう〉から見た眩い限りの太陽を見るのは、久方ぶりどころか初めてであった。

 防眩機構の効いた窓から見ても、太陽はなお眩しく、光が抑えられた結果か、表面対流はうねるオレンジジャムのようであった。その視界を覆う程のサイズから、ケイジは衛星軌道から見た木星を連想させた。

 ようするに、ともかく大きい。

 少し前に〈じんりゅう〉右舷側をすれ違って行った水星が、太陽に比べてただの小さな点にしか見えなかった。

 防眩機構とUVシールドがあるとはいえ、ここまで近づいて大丈夫なのか不安になってきてしまう。

 思えば遠くに来たものだ……と、ケイジは眼前の光景に、自分の流転する運命に溜息しか出てこない。

 だが、その光景も、僅かずつだが認識できる速度でまた視界から小さくなりはじめていた。

 〈じんりゅう〉が太陽に最も近い部分を通り過ぎ、遠ざかり始めたからだ。

 そして今度は木星よりも遠く、遥か彼方にある土星圏のグォイド本拠地に向かって〈じんりゅう〉は飛び続ける。

 ケイジは、さて仕事に戻ろうかと思うと同時に、もう何度目かになる背後からの気配を感じ、先んじて振り返った。

 たとえ気配が分からずとも、背後に立つ姿が窓に反射していた。

 相手のこっそり近づくスキルは、実に低レベルだ。


「!…………………………………………」


 今まさにケイジの背後から「ワッ!」と大声をかけ驚かそうとしていたミユミは、先にケイジに気づかれた気まずさと驚きで、驚かそうとしたポーズのまま固まっていた。


「…………やっぱり来たか……」

「えぇ!? ケイちゃん分かってたのぉ?」


 幼なじみたるミユミは、肩を落としながら呻いた。


「まぁ、いい加減……ねぇ……」


 ケイジは自分からあまり詳しく話す気にはなれなかった。


「やっぱり思い出せない? ちっとも?」

「いや、そんなことは無いよ! ここまで思い出せそうになる時が何回かある…………あるんだけど…………あるんだけれども結局思い出せないんだな……これが」


 寂しそうに尋ねるミユミに、慌ててケイジは喉元を掌で指し示しながら答えた。

 記憶喪失のケイジに対し、ショックを与えることで……ようするに驚かすことで記憶を呼び覚まそうとクルーが考えるのは自然なことであった。

 どうして、そこまでして自分の記憶を思い出させたいのかは分かりようが無かったが、ケイジは自分が思い出させたい側の立場だったら、同じことをするかもしれないと思いはした。

 が、さすがに何度も同じことをやられると、いい加減耐性がついてしまった。

 最初にクィンティルラ大尉が背後から突然大声で驚かしてきた時は、失禁するかもと思う程驚いた。

 そしてカオルコ少佐、ルジーナ中尉、フォムフォム大尉……と、しめし合わせたかのように続いて驚かしてくると、ケイジはもう心が休まらず、一時は軽い強迫観念めいたものを抱く始末となり、サティに心配されてしまった。


 ――もしやとは思っていたけど、思い出すことが出来ない半年前の記憶の中で、自分はひょっとしたらめちゃめちゃ彼女らの恨みをかうようなことをしていて、自分を〈じんりゅう〉に連れてきたのは、その記憶を思い出させた上で彼女ら御自らがお礼参り・・・・する為だったのでは? ――


 ――などと考え出してしまう程であった。

 ……だが、シズ大尉、フィニィ少佐と、あまり上手く無い人が驚かして来ると、ケイジにも免疫がつきはじめ、とうとう艦長や副長までもが背後からワッと驚かそうと試みてくるころには、先んじて振り向き、逆に驚かし返すことができるまでになっていた。

 ユリノ艦長とサヲリ副長は、急に振り向いたケイジに驚き過ぎて、危うく泣かせてしまいそうになり、ケイジはとても慌てたものだ。


 ――自分は半年前、〈じんりゅう〉でいったい何をしでかしたのだろう……?


 彼女らがそうまでして思い出させたい自分の記憶に、ケイジは不安を溜めずにはいられなくなってしまった。

 そして最後の一人、ミユミが現れるであろうことは、ケイジには予測できて当たり前のことであった。


「……ミユミちゃん、俺……ひょっとして恨まれてたりする?」

「はぁ? なんで?」


 ケイジが思いきって尋ねてみると、幼なじみから逆に訊き返されてしまった。


「いや……だって、皆して俺を後ろから驚かそうとしてくるから……それって、失った〈じんりゅう〉での俺の記憶を思い出させたいからなんでしょ?」

「…………まぁ…………そうなんだけれど……さ」


 ミユミは顔を反らしながら、ようやくそれだけは認めた。


「俺は半年前に〈じんりゅう〉で何をしたの? そうまでして思いだせたいことってなに?」

「……………」

「俺が〈じんりゅう〉でしたことって、良い事? 悪い事?」

「……うう……」


 ケイジが畳みかけるように問うと、幼なじみは顔を背けたまま呻き出した。


「あのぉ……ミユミちゃん?」


 あ……ちょっと踏み込み過ぎたかも……と思った頃には遅かった。


「だ~か~ら~! それが言えたら苦労しないんだってば|~!」


 幼なじみはそう思い切り叫ぶと、一目散にケイジの前から去って行ってしまった。












「…………ってことがあったんだ……」

『ワタクシには良く分かりませんが…………大変だったんですねぇ……』

「まったくだよ…………あいててて」


 そう言って、いつものように船体中央格納庫を通りかかったケイジさんは、今日あったことを話して下さると、ワタクシに腰かけ・・・ながら辛そうに右脚をさすりはじめました。


『痛むんですかぁ?』

「義足がな……俺まだ成長期だから、当分はこの痛みに付き合わないといけないんだってさ」


 ケイジさんは苦笑いしながら右脚をさすり続けました。

 ケイジさんの右脚に何があったかについて、すでに話を聞いていたワタクシは、ただ同情することしかできない自分を歯がゆく思うことしかできませんでした。

 ケイジさんは成長が続く限り、これからも右脚の義足と生身の継ぎ目にはしる痛みに耐えないといけないのだそうです。

 そしてその痛みは、過度なストレスを感じた時にも発生するようなのです。


「まぁ、痛むことは痛むけど、もう慣れたっちゃ慣れたよ」


 ケイジさんはそう言うと、腰を上げ、艦首方向へと向かいました。

 ケイジさんはああ言いましたが、それが強がりなことぐらいワタクシにも分かります。

 半年前、記憶を失い、右脚を失い、顔や体にも大火傷を負うという代償を払って〈じんりゅう〉救ったケイジさんが、今こうして辛い思いをしているのは間違っているという想いが、ワタクシにも湧いてきます。

 きっと、ユリノ艦長やルジうじたちも、ワタクシと似たような感情を抱いたのでしょう。

 多少その思いが不器用というかトンチンカンな行動で現れてる気がしなくもありませんが……。

 ワタクシは、去り行くケイジさんの後ろ姿を見送りながら思いました。

 そういえば、今日は〈じんりゅう〉の急加速時に壊れてしまった大浴場の修理をこれから行うのだそうです。

 お風呂という文化は、クラウディアンたるワタクシにはいまいちピンと来ませんが“VS”や、最近になってたくさん見る機会を得た人間の文化を描いた映画やら漫画やらを見る限り、人間の女子にはとても大事な行いなようです。

 エンジニアとしてのケイジさんが、一刻も早く大浴場の修理をクルーらに望まれ、またその期待に応えたいと思うのも無理ないことなのかもしれま――――。


『!!』


 その瞬間、ワタクシは閃いたのです。

 ケイジさんの痛む右脚……大浴場……記憶喪失……お医者さんAIが下さったヒント……。

 いけるかもしれません……。

 ワタクシはたった今思いついたアイデアを、早速エクスプリカさんに相談してみることにしました。














 グォイド・スフィア弾との戦いを終え、同時に土星圏への旅を開始してから丁度一週間がたったその日、ユリノらは今か今かと待ちわびていた[風呂ガ沸イタゾ]というエクスプリカからの報告を受けると、ついに使用可能となった大浴場へと向かった。

 母港であるラグランジュⅢ〈斗南〉での〈じんりゅう〉改修時に、この大浴場もまるまる作りかえられ、新品の大きな浴槽に、タイルに、壁画に、ジャグジーバスも増設された。

 できることならユリノは毎日でも入りたいくらいであった、

 が、木星に来てからはとても使用する余裕は無く、土星圏への旅が始まった頃は、惑星間レールガンの加速Gで所々が故障し、完全な補修と使用許可が出るのに今までかかってしまった。

 宇宙でお風呂に入ろうなどという試みが、そもそも無茶であり、割と危険なのだから、使用には入念な安全確認が必要とされるのは仕方のないことであった。

 大浴場の修理には、ケイジ三曹が活躍してくれたらしい。

 ユリノはそこまで無理しなくても良いのに……とは言ったのだが、彼は何か仕事をしていないと間が持たないとばかりに働き、今日この時を迎えるに至ったのである。

 脱衣所で服を脱ぎ、髪をまとめ、アヒルちゃん他の必要装備を洗面器に入れて抱えたユリノは、他のクルーらを従え、いよい大浴場へと足を踏み入れた。

 久しぶりに踏み入った大浴場は、心なしか湯気がいつもより多くたちこめている気がしたが、だからといって歩みを止めたりはしなかった。







 ケイジは朦朧とした意識で、〈じんりゅう〉大浴場へと足を踏み入れた。

 補修作業の為では無い。

 今回ばかりは利用者として来たのだ。

 ひょっとしたら半年前の失われた記憶の中で利用したことがあったのかもしれなかったが、思い出せないので感覚としてはこれが初めてだ。

 人並みに風呂好きな方ではあったが、VS艦隊〈じんりゅう〉の大浴場につかりたいなどと自ら言うわけも無く、サティに勧められても最初は固辞していたのだが、艦のドクターAIに痛む右脚の治療の一環として、大浴場の使用を命じられてしまったのである。

 いわゆる“湯治”としての効能があるかもしれないと言われたのだ。

 オフィシャルな理由があるならば、大浴場の理由もやぶさかでは無かった。

 〈じんりゅう〉での生活での心労と、今日の大浴場使用直前になって突如多発した艦内システムの不調の対応に追われ、ケイジは寝不足かつ疲労困憊だった。

 幸いにもシステムの不調は、すべて今回のグォイドとの戦闘をもとにシズ大尉がアップデートを試みたプログラムが原因のもので、ハードウェア側には問題は無かった。

 ハードウェア担当エンジニアのケイジには幸いであったが、かといって、問題が無いことの確認作業はしないわけにはいかず、ケイジは艦内じゅうを掛けずり回る羽目になったのだ。

 そして、他のクルーらはもう入った後なのか前なのかを考える余裕も無く、半分寝ぼけながら腰タオル一枚になって大浴場へと入った。

 そしてさっさと身体を洗い場で流すと、日本の有名温泉の露天風呂を模してデザインされたという、まるで小さなプールのようなサイズの浴槽の隅へと、静々と身をしずめたのであった。






 ――その数日前――


[さてぃヨ…………確カニ理屈ハアッテルガ、ソノ実行ニハ、後デめっちゃ怒ラレル覚悟ト――]

『それで皆さんのお役に立てるなら怒られるくらいへっちゃらです! ……で、あとは何が必要なんですか?』


 アイデアを聞いてくださったエクスプリカさんに、ワタクシは尋ねました。


[確カニ、AIどくたーガ教エテクレタけいじガ記憶ヲ思イ出シカケタ状況ヲ元ニ、ソノしちゅえーしょんヲ実現デキレバ、けいじハ記憶ヲ思イ出スカモシレナイ……]


 ワタクシがエクスプリカさんに伝えたアイデアは、この艦のお医者さんAIが、ケイジさんが乗艦して以来、ずっとモニターしていたバイタルデータが関係していました。

 半年前の大怪我での治療の関係から、ケイジさんの義足や顔面のカバーには体調をモニタするセンサーが内臓されており、その情報を、〈じんりゅう〉のお医者さんAIはその職責上、常に把握していたわけなのですが、そのデータを見れば、ケイジさんが記憶を思い出しそうになった時の身体状況も知ることができるわけなのです。

 そしてケイジさんが記憶を思い出しかけた時に、彼が何をしていたのか? どんな目にあっていのかを調べれば、ケイジさんが記憶を取り戻すキッカケを、人為的に作り出すことができるってわけなのです。


[…………ダガさてぃヨ、ソノ状況ヲ作リダスノハ我々ダケデハ無理ダ。…………誰カ協力者ガイル]

『協力者って……それは彼女らの中からてことですよね? それってつまり裏切り者を募れってことですかぁ?』

[ソンナトコロダ……]

『でも……それでもこれが、やるしかない事ならば、やるしかないです!』


 ワタクシ達は決断しました。

 内部協力者を募り、計画を実行に移すことを。

 ですが協力者はクルーなら誰でも良いというわけではありませんでした。

 ケイジさんと皆のシフトと、その内容を操作できる人でなければならないのです。

 しかし幸いにも、この計画に必須な条件を満たす二人のクルーは、ワタクシが話してみると存外にあっさりと協力を引きうけてくれたのです。









「ふひぃ~」


 思わずあまり乙女らしくない呻き声を洩らしながら、ユリノは肩まで湯に浸かった。

 ぼんやりと瞼を上げれば、クルー達が思い思いに久方ぶりの大浴場を味わっている姿が見える。


「あれ、シズちゃんまだタオルとらないの? やっぱりまだ女の子同士でも恥ずかしい?」


 ユリノは胸から下をバスタオルで巻いたまま、恥ずかしげに俯きながら皆と共に湯に浸かる彼女に尋ねた。


「すすすすす、すいませんなのです。あの……マナー違反ですよね? やっぱりシズは上がりま――」

「ああ、良いのよおシズちゃん! せっかくの皆のお風呂なんだし、別に無理にとれってわけじゃないのよ。ね? サヲリ?」


 まだ裸のつきあいというものに慣れないお年頃なんだものねと、ユリノは立ち上がりかけたおシズを引きとめると、サヲリの方を向いた。

 彼女からの返事は無かった。


「サヲリ?」


 ユリノが再度尋ねると、クルーのなかでも最も白い肌をほんのりピンクに染めた〈じんりゅう〉副長は、ようやくユリノに話しかけられたことに気づいたのか、「は、はい!」と、どこか彼女らしくない上の空の返事が返って来た。

 彼女もリラックスしすぎて気が抜けるということもあるのだろうか?

 ユリノは微かな違和感を感じたが、それ以上は考えなかった。

 そしてユリノは別のことに気づいた。


「…………あれ、なんかおかしくない?」


 ユリノは目の前の光景を見ながらポツリと呟いた。

 ゾロゾロと大浴場に足を踏み入れ、お風呂のマナーにのっとって洗い場で軽く体を洗い、静々と体を湯船に沈めてから、たっぷりと数分が経過した後のことであった。


「…………一、二、三、四、五、六、七、八、九人…………人多く無い?」


 ユリノは湯船に浸かっているクルーを指折り数えながら訊いた。

 何度数えても……自分(ユリノ)、サヲリ、カオルコ、フィニイ、ルジーナ、おシズ、クィンティルラ、フォムフォム、ミユミ……九人全員が、思い思いに湯に浸かっている。


「ここに全員いちゃっちゃマズいんでない? ブリッジは今誰もいないってことぉ?」


 ユリノは真っ先に自分の斑がシフトをすっぽかしてないか心配になりながら皆に尋ねた。


「ボクとミユミちゃんはさっきシフト終わったばっかりだよ」

「わたしらはその前だった」


 フィニィとカオルコがまず答えると、ミユミとルジーナがその横でコクコクと頷いた。


「私とクィンティルラとフォムフォムは今日はオフなはずなんだけど…………」


 ユリノがそう続けると、一同の視線は自然と残るサヲリ・おシズ斑へと注がれた。


「艦長のシフトは、明日でまちがっていません。つまり……」

「え!? サヲリがシフト間違っていたというのか? 珍しい……」


 サヲリが最後まで言う前に、カオルコが先を続けた。

 カオルコが言う通り、ユリノにもにわかには信じがたことであった。

 クルー全員のシフトを考え把握している彼女が、うっかり間違えるとは……。


「…………その通りです……すいません艦長、すぐにワタシはブリッジに戻ります」

「ああ、ちょっと待ってサヲリ!」


 皆の視線が集まる中、立ち上がり湯船から出ようとしたサヲリをユリノは呼びとめた。


「確かにブリッジに誰もいないのはマズいけれど、良いじゃない今日くらい……」


 ユリノは上がりかけたサヲリの手を握ると言った。


「10分……いえ20分くらいならここで皆でお風呂につかってたって構いやしないわよ……もちろん今日だけ特別にだけど……ホントに今日だけの特別だけどね!」

「…………」


 ユリノが彼女の手を強く握りながらそう告げると、サヲリは再び湯に身を沈めた。

 ユリノとしては、全員揃って大浴場に入るという機会を、もう少し味わっておきたかったのだ。

 ブリッジを空にするなど、航宙士としてあり得ない行いだが、もし仮にそれが許されるタイミングがあるとしたら、グォイドとの戦いが終わり、再びメインベルトを通過する手前の今しかない。


「今くらい、皆でこのお風呂を楽しみましょうよ」


 ユリノはそう決断を下すと、足を伸ばして脱力した。


「ま、ユリノが良いのならばわたしはかまわないのだけれどな」


 カオルコもそれに続いた。


「よし、そうと決まったならそろそろ……」


 今まで空気を読んでいたのか、大人しくしていたクィンティルラがそう呟くと、おもむろに湯船の端から端まで優雅なクロールで泳ぎ始めた。

 彼女が大浴場に入る時には、おなじみの光景だった。

 そして――


「ウボッ!!」


 湯船の途中で急に止まった。

 まるで何かにぶつかったかのように。





「わぁ! ビックリしたぁ!」

「お風呂で泳いだりするからですよ大尉」


 慌てて水面から顔を上げると、目の前の空間を手でさぐり始めたクィンティルラに、それを見ていたミユミが声を掛けた。


「フォムフォム……どうかしたのか?」

「いや、今なにかにぶつかったんだよ、なんかブヨブヨしたものに……」

「なんですかブヨブヨって?」

「わからんよミユミ……でもこの感触って……」


 ユリノが見守る中、湯部の中央でクィンティルラ達が集まると、ユリノも興味をひかれた。


「どうしたの? 何か不具合でも見付かったの?」


 クィンティルラが湯船の中央の空間を手で探り始めているのを見て、ユリノは近づくと声を掛けた。

 考えたくは無いが、また大浴場が壊れたならば大事だからだ。


「いや、湯船に何かあったっぽくってさ……」


 クィンティルラがそう答えながら試しに水面を手ではじくと、それはユリノにも見えた。

 水しぶきが見えない壁にぶつかったかのように空宙で静止すると、ゆっくりと重力に引かれて落ちていったのだ。


「あ……あの艦長、お伝えすることが……」

「ユリノ艦長、どうかお許し下さいなのです……」


 背後でサヲリとおシズが何か言った気がしたが、ユリノは今目の前で起きた不可思議な現象で頭が一杯になっていた。


「どうかしたのかユリノよ?」


 カオルコとそれに続いてルジーナまでもが湯船の中央に集まった。

 カオルコの背後で、テレパシーで事情を聞いたルジーナが「え、マジデスかサティ殿……」と、天を仰ぎながら呟いていたことには気づかなかった。

 だが、クィンティルラが泳いでいる途中でぶつかった物体については、すぐに見当がついた。

 ブヨブヨしいる見えない壁には、前にもぶつかったことがあったからだ。

 彼女・・と初めて会った時も、確かこんな状況だった。

 彼女・・ ならば、その身がまるで透明であるかのように、その表面に大浴場の光景を立体投影することができる


「サティ? ひょっとしてここにいるの?」

『…………ばれてしまいましたか……さすがユリノ艦長ですね……』


 存外あっさりとサティの声が返って来た。


「もう、こんな所まで来ちゃって……お風呂が見たいなら言ってくれればいいのに……」

『いえ、今回ここにお邪魔したのは、ワタクシが寂しかったからではありませんよ、目的は別です』

「目的?」

『はい。皆さんが求めているように、ワタクシも失われたケイジさんの記憶を取り戻す為にここにきたのです』

「サ、サティが? ………………ど……どうやって?」


 ユリノは物凄く嫌な予感に襲われながら尋ねた。


『ワタクシがこの艦のお医者さんAIに調べてもらったところ、どうもケイジさんは皆さんの肌の露出面積が多い時に会うと、記憶が戻る可能性が高いことが分かったんです』

「…………」


 ユリノ達は一瞬何も言えなかった。

 わざわざこれ以上訊かなくても、そこまで聞いた瞬間、だいたいサティの考えとこれからの行動が分かってしまったからだ。

 初めてサティと会った時のように、彼女は己の身を隠すだけでなく、他の誰かをその身をもって隠すことも可能であることをユリノは思い出していた。

 そして、そういえばケイジ少年が今どこで何をしているのか、ユリノは把握していなかった。


『どうも半年前にケイジさんが〈じんりゅう〉で過ごした時に、皆さんがやたらケイジさんに肌を見せる状況を作ったからのようですね。ケイジさんの記憶の中で、それが一番鮮烈に残っていたのかもしれません!』


 グォイドとの戦いとかじゃ無いの!? というユリノ達の疑問と驚きを無視してサティは続けた。


『つまり、その時と同じ状況を作れば、ケイジさんの記憶は戻るということになります。

 あとはこれからワタクシが何をするかは、皆さんもうおわかりですね? 大丈夫、見せて減るものではありませんから! ……それでは――』

「わ~! ちょちょちょちょちょちょちょっと待っ――――!」


 そういうが早いか、ユリノが止める間も無く、透明な壁に化けていたサティは湯船の中央からその身を退けた。





 ケイジは気持ち温めに設定された湯船に浸かっているうちに、右脚の痛みも嘘のように引いて、久しく感じることのなかった穏やかな睡魔に襲われた。

 慢性的に睡眠不足だからという理由もあったが、艦内システムの不調で駆けずりまわされ、疲れが溜まっていたからでもあった。

 そして抗う気力もわかぬうちに眠りへといざなわれた。

 だがその心地よい眠りは長くは続かなかった。

 顔が湯船に沈んで、思いっきりむせかえったからだ。

 激しく咳き込みながら慌てて顔をあげる。

 そしてケイジはつい先刻までいなかったはずの人影が、魔法のように現れ目の前に立っているのに気づいた。

 彼女達が、思い切り恥じらいの悲鳴を上げようと構えていたら、相手がとても穏やかに眠っていたので、湯にばしゃりと身を沈めたり、悲鳴をあげることで目覚めさせるわけにもいかず、息を潜めて固まっていたところだったなどとは知りようがなかった。

 ケイジはただ目の前に広がる光景に、目をくぎ付けにされる他なかった。


 その時のケイジの心境を文章で現そうなどとは、無粋極まりない行いであったが、それでも無粋を承知であえて表現するならば、彼の心の中を、その瞬間、壮大なBGMと共に以下のようなナレーションが流れていた……。










『女体…………それは健全なる青少年にとって、最後のフロンティア……

 これは、23世紀の初頭、グォイドとの激しいいくさが続く中、ひょんなことから航宇宙戦闘艦〈じんりゅう〉に乗り込んでしまった少年ケイジが、女性クルー達と共に任務を全うし、使命を続行し、未知なる領域を探索して、新たなる文明と生命の神秘を求め、人類未踏の宇宙を勇敢に航海した物語である!』









 今さら思い出したかのように響いて来た彼女らの恥じらいの悲鳴と共に、その日その瞬間、ケイジは失われた記憶の全てを取り戻した。

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