♯5

 遮蔽物の無い広大な宇宙空間でのグォイドとの戦いは、民生の天体望遠鏡でも観測することが充分に可能であり、基本的に隠すことが出来ない。

 故にSSDF広報部は、マスコミ等から誤った情報が拡散される事態を避ける為に、秘匿不可能なグォイドとの戦いの情報は、基本的に民間に公開する方針であった。

 今回の木星でのグォイドとの戦いの情報も、太陽系人類圏各地へと随時公開されていた。

 木星の雲海の底で、一時は消息不明となっていた〈じんりゅう〉が、突如大赤斑から飛び立ったかと思うと、同じく大赤斑から飛び立ったグォイド・スフィア弾の追撃を開始したというニュースも、すでに光の速度の限りで人々へと伝えられていた。

 各民間マスコミのニュースで……惑星間ネットワークで……街頭ビュワーで……。

 シンジュク東口広場で……シブヤ・スクランブル交差点で……ニューヨーク・タイムズスクエアで……モスクワ赤の広場で………タイワン・台北で……ドイツ・ベルリンで……レフトアウト各国で……月SSDF総司令部で……火星・アルカディアで……木星軌道上〈第一アヴァロン〉で……汎用航宙士後方支援艦〈ワンダー・ビート〉で……。

 VS艦隊のファンが、親族が、友人が、勝利を願う者が、人々は集まり、固唾をのんで〈じんりゅう〉の戦いの行く末を見守っていた。

 冷たい方程式が支配する宇宙であっても、強く祈れば、きっと思いが通じると信じて

 そしてラグランジュⅢに浮かぶ宇宙ステーション〈斗南〉内ノォバ宅では、ノォバ・ユイが叔母に背中から抱きしめられながら、リビングに置かれたビュワーの向こうで、亡き母の妹である人が戦う姿を見守っていた。






 そして――大赤斑の近傍上空〈リグ=ヴェーダ〉内CIC中央情報室――同時刻――



 ビュワーの画面下方に広がる大赤斑の中心から、上空に向かってまるで髪の毛のように細く、レーザーのように真っ直ぐな光の直線が瞬いた。

 それは直前に放たれた木星ユピティキャノンに似ていたが、それよりもはるかに細く儚かった。

 それが木星から旅立つ〈じんりゅう〉の姿であった。

 人間の視力では、そうとしか見えなかったのだ。


「あ~あ、さんざん心配かけておいて、行っちまうのは一瞬だなぁ……」

「ホント……ですね……」


 指揮官席に深く身を沈めながらながら、ビュワーを眺めていたテューラがそうぼやくと、キルスティがしみじみと同意した。

 ビュワーの画面が切り替わって〈じんりゅう〉が向かった内太陽系方向の宇宙空間が映されたが、一瞬〈じんりゅう〉のスラスター噴射光が瞬いたのが見えたかと思うと、〈じんりゅう〉はもう太陽の輝きの左側に映る無数の星々の一つに紛れて分からなくなってしまっていた。

 木星の底で浮上不能のまま消息不明となり、突貫で〈ユピティ・ダイバー〉を建造するなどの苦労を重ね、ようやく高温高圧のガスの海の底から脱出する算段がついたと思ったら、〈じんりゅう〉はそのまま惑星間レールガンの弾体として秒速数百キロで飛び出して行ってしまった。

 まるでここまでの木星上での騒動が幻であったかのように……。


「凄い……〈じんりゅう〉との通信タイムラグが猛烈な速度で開いて行きます」


 キルスティが驚きと感心が入り混じったような声音で告げた。

 彼女の言葉は、如何に〈じんりゅう〉がとんでもない速度で離れって行ったかを表していた。

 すでに〈じんりゅう〉は光の速度で送られてきた映像情報であっても、人間がタイムラグを認識できるほどの遠い彼方へと去って行ってしまっていた。

 残された者達には、もう見守ることしかできない……すくなくともリアルタイムでは。

 光の速度をもってしても、秒単位の時間がかかる広さのある太陽系内での戦いは、時に見守った・・・・頃には、すでに終わっていることもある。

 〈じんりゅう〉とのタイムラグは猛烈な勢いで開いていき、〈じんりゅう〉がグォイド・スフィア弾と会敵する頃には、仮に木星圏にいるテューラ達が有益な情報を得て、それを〈じんりゅう〉に伝えようとしても、届くころには手遅れになってしまうかもしれない。

 同時に、〈じんりゅう〉とグォイド・スフィア弾との戦いが始まったという情報がここに伝わる頃には、すでに決着がついているかもしれないのだ。

 もちろん、エクスプリカ・ダッシュ等の尽力により、ある程度シミュレーションで戦いの趨勢を予測することは出来るが、それはテューラ達にとっては気休めにしかならなかった。

 自分達は〈じんりゅう〉が孤独に闘うことを、遠くから見守ってやることすら、もうリアルタイムではできないのであった。

 それが太陽系を舞台に人類とグォイド戦うということなのだ。


「多少のタイムラグがあっても構わん、戦況の変化は逐次報告してくれ」


 テューラは己の無力さを打ち払うように命令した。


「同時に内太系の全SSDFに連絡、グォイド・スフィア弾を観測し、〈じんりゅう〉に有益な情報があったら、多少の時間の誤差があっても伝えるよう頼んでくれ!」


 自分達のいる木星側からでは何を伝えても秒単位の遅れが出てしまうが、逆に内太陽系側の地球や火星、その他にいるSSDFからならば、〈じんりゅう〉に有益な情報的支援が可能かもしれないとテューラは考えた。

 もちろん、役に立つ情報があるとは限らないが、出来る事があるならば、やらないよりはマシだ。


『〈ヘファイストス〉ノォバより〈リグ=ヴェーダ〉CIC中央情報室へ、……始まったみたいだぞ』


 テューラの思考はCIC中央情報室に響いたノォバ・チーフからの通信音声によって絶たれた。


『重力異常とガス雲表層の運動状況の観測データから、【ザ・トーラス】が猛烈な勢いで収縮していることが確認された。データが正しければ、あと3時間程で【ザ・トーラス】は消滅する』


 ノォバ・チーフは淡々と事実だけを告げた。

 【ザ・トーラス】は消滅する――その事実は、軌道エレベーター・ピラーを通じた〈じんりゅう〉との連絡がついた時に、すでにユリノから説明を受けていた。

 サティを通じた【ザ・トーラス】を生みだした異星AIの弁によれば、〈じんりゅう〉を惑星間レールガン弾体として発射した直後に、この超巨大円環状真空空間を維持するエネルギーが尽きてしまうそうであった。

 テューラはこの木星の惑星間レールガンを人類が対グォイド戦に使えたら……などとチラリと考えていたのだが、そう物事は上手くは運ばないらしい。

 木星で〈じんりゅう〉が発見した稼働中のオリジナルUVDを、そのまま〈じんりゅう〉が回収してしまった為、それを動力源に形成・維持された【ザ・トーラス】は、蓄えていたUVエネルギーが尽きると、いずれは消滅する運命だったのだ。

 この【ザ・トーラス】が、どこの誰が、いったい何の目的で生みだしたのかは、結局よくは分からなかった。

 ただ20億年前の黎明期の太陽系に現れ、太陽系を現在の状態にするのに寄与したらしいことが分かっただけだ。

 だがその事実だけでも、テューラは人類やグォイドにとって重大な事実を示唆している気がしたのだが、今は考えないでおいた。

 この事実をSSDF上層部やその他の各国政府筋に伝えるということについては、今テューラが考えたくない事ベスト3に入る事柄だ。

 一人の人間には手に余る話過ぎだ。

 テューラはありとあらゆる赤褐色の横縞模様でできた木星の赤道部が、再び急速に変化を始めたのを外形ビュワーで確認した。

 〈じんりゅう〉がオリジナルUVDを回収した直後に起きたのと同じ類いの現象が、また木星赤道直下でおきているらしい。

 それは再び木星が元の姿を取り戻そうとしているのだとも言える。

 木星でのグォイドとの戦いは終わり、再び眼下の星に平穏が訪れようとしていた。

 今、戦いの舞台は、内太陽系へと猛烈な速度で移動しているのだ。







 ――同時刻、木星から内太陽系方向へ約20万キロの位置・グォイド・スフィア弾追尾中の〈じんりゅう〉バトルブリッジ――


 大赤斑エクスポート発射口から飛び出しすと同時に、〈じんりゅう〉バトルブリッジをそれまで襲っていた加速Gが止み、ケイジはやっとまともに呼吸をすることが許された。

 周回加速中は、加速Gだけでなく猛烈な遠心力も〈じんりゅう〉にはかかっており、本来ならばそれはクルーごと〈じんりゅう〉を平たく潰すだけの力があったはずなのだが、なんとか〈じんりゅう〉の人工重力を利用した生命維持装置が打ち消してくれたらしい。

 だがその分、クルーの背中を座席へと押しつける加速Gまでは完全に消しきることはできなかったようだ。

 【ザ・トーラス】から飛び出た今は、艦尾方向への加速Gだけを打ち消せば良いだけなので、〈じんりゅう〉の乗り心地は大分マシになっていた。

 ケイジは己にかかるGの変化からそんなことを考えていた。

 ここまでは予定通り。〈じんりゅう〉は無事に惑星間レールガン弾体として猛烈な速度にまで加速され、木星から発射されることに成功した。

 だがそれだけでは目標は達成できない。

 〈じんりゅう〉はグォイド・スフィア弾より圧倒的に軽い分、【ザ・トーラス】を一周しただけで先に発射されたグォイド・スフィア弾と同等の速度で、木星から飛び出ることができたが、それだけでは彼のグォイドに追いつく・・・・ことはできない。

 〈じんりゅう〉はすでに艦尾スラスターを盛大に吹かし、加速をはじめていたが、次なるメルクリウス作戦フェイズ3は、さらなる加速を行うことで、グォイド・スフィア弾に追いつく為の行動であった。


「メルクリウス作戦フェイズ3へ移行! ケイジ君! たのんだわよ!」

「了解!」


 〈じんりゅう〉が無事に木星からの加速投射を成し遂げたことを確認するなり、ユリノ艦長が指示を下すと、ケイジは手筈通りに機関部席のコンソールから主機関の操作を行おうとした。

 が、正にその時――、


「待って下さい!」


 ルジーナ中尉の切迫した声が響き、ケイジは済んでのところで操作しようとしていた手を止めた。


「グォイド・スフィア弾の後部にスラスター噴射光を観測しましたデス! 同時に当該グォイド増速! このままでは【ANESYS】交戦圏内での会敵ポイントが大幅にずれ込みますデス!」


「!!……ケイジ君フェイズ3への移行一時中止! どういうことルジーナ!?」


 報告の意味を悟ったユリノ艦長はまずケイジに中止指示をすると、電側席に向かって尋ねた。


「グォイド・スフィア弾が、木星からの発射後に、露払いの為に放った木星UVユピティキャノンをの砲口を再び背面に回してスラスター代わりし、加速をするところまでは予測通りだったのですが、その加速力が予想を上回っていたのデス……このままでは、メインベルト手前で貴奴に追いつくのは難しくなってくると思われますデス!」


 ルジーナが報告する中、メインビュワーの左端に映る光点が拡大されると、後方から盛大に噴射炎を放っているグォイド・スフィア弾の望遠映像となった。

 〈じんりゅう〉から見えるのは、木星UVユピティキャノンによる噴射炎が放たれているグォイド・スフィア弾の背面部分の為、それはただの咲き乱れるUVエネルギー光の花にしか見えなかったが、良く見れば、見えているのがグォイド・スフィア弾の真後ろ出は無く、やや右後ろから見たアングルであることが分かった。

 噴射炎の花の右側に、わずかにグォイド・スフィア弾の本体である明灰色の球体が見えたからだ。

 どうやらグォイド・スフィア弾は、【ザ・トーラス】から発射された進行方向から右方向へのカーブを試みているらしい。

 ケイジはまるで最近見た映画の中のカーチェイスシーンでのドリフト走行のようだと思った。


「エクスプリカ、今の情報を元に新たな航路シミュレーションを算出して!」

[了解シタ、スグニ出ル]


 ユリノ艦長にエクスプリカがそう答えるなり、バトルブリッジ中央の床に投影されていた〈じんりゅう〉・グォイド・スフィア弾双方の予測航路が描かれたホロ総合位置情報図スィロムが更新された。

 先行するグォイド・スフィア弾と、それを追いかける〈じんりゅう〉を示したアイコンは、木星から水星へと向かう緩い弧を描いた予測航路ラインの上で明滅しながら、太陽を中心に、木星と火星の公転軌道の中間にある微小な砂の粒(小惑星)をまとめてドーナツ状にしたような宙域【メインベルト】へと突入しようとしていた。


[〈ながらじゃ〉ノ【ANESYS】ガクレタ航法しみゅれーしょんぷろぐらむガ早速役ニタッテクレタヨウダガ……コノ想定外ノ加速ノ原因ガ不明デハ、アマリ正確ナ航路予測ハ不可能ダ]


 じわりと変化していくホロ総合位置情報図スィロムの予測航路のラインが、スタート地点の木星と、ゴール地点の中間点で幅が広くなったまま定まらなくなっていた。

 エクスプリカの言う通り、グォイド・スフィア弾のさらなる加速の手段が不明な為、シミュレーションが確定できないのだ。

 グォイド・スフィア弾と〈じんりゅう〉は、目標である水星が太陽の左側に位置することと、陽がくれる間際……つまり太陽から発射口が反れかけたタイミングでの大赤斑エクスポート発射口より発射された為に、反時計回りで周回するメインベルトに対し、中心より左側――周回する小惑星の流れに真正面からぶつかるコースで突入しようとしていた。

 この事態に対し、グォイド・スフィア弾は、背面に回した木星UVユピティキャノンのスラスターを左後方に向け噴射し、加速しつつ無理矢理右にカーブすることで、メインベルト内にある小惑星密集エリア・通称【集団クラスター】と【集団クラスター】の間をすり抜け、小惑星群との衝突を回避しようとしてくるものと予測されていた。

 このグォイド・スフィア弾の動きに対し、〈じんりゅう〉もまた加速の限りを尽くしてグォイド・スフィア弾を追いかけ、メインベルトの手前で追いつき、これを破壊、生じた破片をメインベルト内の【集団クラスター】にぶつけることで、懸念されていたグォイド・スフィア弾の破片が内惑星に散乱し、地球や火星衣に被害を及ぼすことを防ごうと考えていた。

 がしかし……、


「まずいわね……」


 ホロ総合位置情報図スィロムを見つめながらユリノ艦長が呟いた。

 グォイド・スフィア弾の想定を越えた加速を考慮に入れた最新のホロ総合位置情報図スィロム内では、幅の太くなったグォイド・スフィア弾の予測航路ラインと、追いかける〈じんりゅう〉の幅広航路ラインが交わる(追いつく)ポイントが、今はメインベルトの内側になっていたのだ。


「…………なんてこった……」


 ケイジは新シミュレーションが伝える意味に気づき思わず呟いた。

 これでケイジが一番最初に提案したグォイド・スフィア弾殲滅のパターンは、決して実現することは無くなってしまった。

 しかも、シミュレーション上では〈じんりゅう〉がメインベルトを突っ切ると、何の説明も無く描かれているが、それはそう簡単に行えるような所業では決して無い。

 〈じんりゅう〉は惑星間レールガンとして秒速数百キロまで加速されている上に、現在もグォイド・スフィア弾に追いつく為に盛大に加速噴射を続けているのである。

 メインベルト手前でグォイド・スフィア弾に追い付けば、彼のグォイドを破壊し次第減速も開始できるし、同時に行う【ANESYS】|戦術《マニューバ〉で、メインベルト内への突入も何とかしてもらえるかもしれない。

 だが、【ANESYS】|戦術《マニューバ〉無しでこの速度でメインベルトに突入・通過を試みるのは、宇宙航行の常識から言えば、それは“自殺行為”と呼ばれて然るべき行いであった。

 通常航行ならば恐るるに足らないサイズの小惑星であっても、高速実体弾と変らぬ破壊力でもって〈じんりゅう〉に襲いかかってくるだろうからだ。

 ケイジはユリノ艦長が即刻艦を反転させ、減速を開始させないのが不思議なくらいだった。

 そしてケイジは危機感を覚えると同時に、戸惑ってもいた。

 〈じんりゅう〉がメインベルトへの突入に際しピンチを迎える……というこの状況に対し、猛烈なデジャヴを感じたからだ。


[ゆりのヨ、〈ジンリュウ〉ノ予定進路ヲ変エヨウニモ、ぐぉいど・すふぃあ弾ノ加速手段ガ分カラナイト新タナ計画ノ立テヨウガ無イゾ]

「……」

 

念を押すように告げるエクスプリカに、ユリノ艦長は何も答えなかった。

 恐らくエクスプリカの言う通りだからだとケイジは思った。


「その心配なら無用かもしれないのです艦長。加速中のグォイド・スフィア弾をとらえた望遠映像の分析が今完了したのです」


 緊迫した空気がブリッジを満たす中、シズ大尉が告げた。


「分析の結果、グォイド・スフィア弾の背面から発せられている噴射炎に、UVエネルギー由来以外・・の光が含まれていることが分ったのです」


 シズ大尉の説明に合わせ、ビュワーに拡大投影されていたグォイド・スフィア弾背面の噴射炎をとらえた望遠映像が編集処理されると、木星ユピティキャノン発射口から放たれたUVエネルギーの光が消された。

 だが画像内のグォイド・スフィア弾背面からは、それ以外の謎の光が、木星ユピティキャノン発射口周囲から放たれ続けていた。


「この残った光の波長分析をしたところ、これは何らかの化学燃料を燃焼させた結果発っせられた“炎”だと思われるのです」

「ほのお? ……炎ってあの・・炎か?」


 カオルコ少佐が呆れたように訊き返した。


「そうなのです。FIREの炎なのです。

 シズが思うに、グォイド・スフィア弾はいわゆるロケットブースターのようなものを作って噴射したのではないかと考えるのです。

 推測ですが、【ザ・トーラス】内での我々の攻撃により、あまり最適とはいえないウィンドウを使って水星を新目標とすることになったグォイド・スフィア弾は、再び人類からの妨害を受けないように、さらなる加速力を得ようと考えたのだと思うのです」


 ビュワーに新たなウインドウが開くと、低空飛行するカメラからとらえたどこかの星の地上と思しき映像が再生された。


「我々がグォイド・スフィア弾木星ユピティキャノン発射口付近の地上に降り立った時の映像です。

 地上の状況から見て、グォイド・スフィア弾の表面には無数のグォイド製Sヴィム〈セミ・フォンノイマン・マシン〉がおり、それらが彼のグォイドの核となっている岩石小惑星を分解、材料にして、雑兵グォイドや木星UVユピティキャノン発射口を作ったのだとシズは考えていたのです……が、御覧のように、あの時、映像にも〈じんりゅう〉の索敵範囲内にもグォイド製Sヴィムと思しきものは見えませんでした…………」

「あの……おシズちゃん、悪いんだけど要点だけ言ってもらえる?」


 この状況にあってもキャラ作りを忘れぬシズ大尉に、ユリノ艦長がたまらずに言った。


「すいません艦長! え~と……結論から言えば、消えたSヴィム達はグォイド・スフィア弾の地下に潜って、核にした小惑星を分解し、燃料とロケットブースターを作っていたのではないかと思うのです」


 ユリノ艦長に言われシズ大尉が慌てて説明すると、ビュワー内のグォイド・スフィア弾が、簡素なCGによる予想図に変ると真横を向き、さらに真っ二つに切られて断面図が映された。


「目標をあくまで加速のみに限定すれば、木星大気の主成分である水素と、それと反応する何がしかの物質さえ作り出せれば、雑兵グォイドを作り出すよりもはるかに容易く化学燃焼式ブースターのようなものをでっちあげることは可能と思われるのです」


 シズ大尉はそう説明を締めくくると同時に、CGグォイド・スフィア弾の断面図、球体の表面のすぐ下に、地下空洞のような燃料タンク部と、そこから背面に続く導管と簡素な噴射口が描かれた。


「…………なんという執念だ…………」


 カオルコ少佐が、ケイジの思っていたことを言ってくれた。

 断面図に描かれたそれは、一見ただの地下空洞の類いにしか見えなかったが、その構造から確かにロケットブースターの役割を果たすことがケイジには分かった。

 グォイドは決して諦めず、何かしらの手段で人類を出し抜き、目的を達成せんとする。

 この戦いは人類とグォイドとの執念の執念の戦いでもあるのだと、ケイジはあらためて実感した。


「でも……………この説が確かなら、いつかは燃料がきれて、加速が止むってことじゃない?」

「その通りなのです艦長、燃料である以上、燃焼しつくせばいつかは使い切ります。その時こそ、本当の意味での航路シミュレーションができるはずなのです……そしてそれは、シズの予測が確かなら…………」

「艦長、グォイド・スフィア弾の加速度が低下しましたデス! 現在の加速度は木星ユピティキャノン発射口からの噴射のみ!」


 シズ大尉の言葉を遮り、ルジーナ中尉の声が響いた。

 ケイジがユリノ艦長らと共にビュワーに目を向けると、再び映されていたグォイド・スフィア弾の背面からの噴射光が大きく減じられていた。


「やはり燃料が切れたようなのです、これで正確なグォイド・スフィア弾の予測航路シミュができるはずな――」

「エクスプリカ!?」


 ユリノ艦長がシズ大尉の言葉を最後まで聞くことなくエクスプリカの方を向いた。


[モウコレ以上ノ加速ヲぐぉいど・すふぃあ弾ガ行ワナイコト前提デしみゅれーしょんヲ再構築スル]


 エクスプリカが答えるなり、ホロ総合位置情報図スィロム内の〈じんりゅう〉とグォイド・スフィア弾の予測航路が変化した。

 その前の状態と異なり、グォイド・スフィア弾の正確な予測航路が算出できるようになっていた為、描かれた航路のラインは細く、またそれを追いかける〈じんりゅう〉の航路ラインも細くなっていた。

 そして新たに描き直された二本のラインは、メインベルトの内太陽系側境界部分で交わっていた。

 さらにグォイド・スフィアはメインベルトの【集団クラスター】と【集団クラスター】の間の進路右端をすり抜けていたが、〈じんりゅう〉は進路右側の【集団クラスター】の端を相変わらず突っ切っていた。


「これはつまり……あれか? 〈ナガラジャ〉の連中が作った航路シミュレーション・プログラムでは、〈じんりゅう〉はこの速度で、【ANESYS】を使わなくても、メインベルトの【集団クラスター】内を通過できると考えた……ということなのか?」


 ユリノ艦長の次にホロ総合位置情報図スィロムが良く見える位置に座るカオルコ少佐が、皮肉とも呆れたともつかぬ声音で言った。


「単なる無茶ぶりでも私達への信頼でも、どっちでも構わないわ! こうと決まったなら実行にうつすまでよ……、各セクション、このシミュレーションに従って行動する準備に入って!」


 ユリノ艦長は命じた。









 その後のブリッジでの話し合いから、グォイド・スフィア弾との予測会敵位置がメインベルトの向こう側に伸びてしまった為、〈じんりゅう〉をさらに加速させる作戦フェイズ3も、メインベルトの最深部を通過した後まで自動的に延期されてしまった。

 さすがにメインベルト手前でさらなる加速を行う程無謀は行えない。

 だがユリノ艦長は〈じんりゅう〉がメインベルトが目前に迫っても、艦尾スラスターの全力噴射による通常手段の加速は止めさせなかった。

 そして現行加速度で〈じんりゅう〉がメインベルトに突入するまで約20分後となる。

 これからメインベルト内の小惑星の密集したエリア【集団クラスター】に突っ込むことを考えれば、現行加速度でもそれは自殺行為に等しく思えたが、これ以上グォイド・スフィアに追いつく位置を内太陽系側にしない為には止めるわけにはいかなかった。

 すでに通常であれば恐れるに足りぬサイズの微小デブリがシールドに衝突しただけで、〈じんりゅう〉の船体がクルーにも分かる程に揺さぶられはじめていた。

 それだけ〈じんりゅう〉が凄まじい速度となっているということだ。

 ケイジはそんな中、僅かに与えられた猶予の時間を、再び主機関室へ向かい機関部の最終チェックに費やすことにした。

 すでにメルクリウス作戦開始直前にも一通りのチェックを行い、ブリッジへの集合に遅れた程であったが、自分の担当セクションに人類の命運がかかっているとなれば、念には念をいれておきたかったのだ。


『そこにいらっしゃるのはケイジさんですかぁ?』


 時間内に出来るだけの点検を行い、機関室を出ようとしたところで、機関室上の上部格納庫に納まっているサティに声をかけられた。


「お、おうサティ……どうかしたの?」

『いえ、特に用があるわけでは……ただ……ちょっと……その寂しくって……』


 ケイジの問いに、サティは機関室天井の隔壁越しに届くこもった声で答えた。


「一応ブリッジの会話は聞こえてるんだろ?」

『ええ、ですがせっかくケイジさんいらしたので、少し話してみたかったのです……』

「……そう……か」


 ケイジは艦尾上部格納庫へと移動しながらサティに答えた。


『ごめんなさい、お仕事中に引きとめてしまって……』

「いや、俺もサティにちょっと訊きたいことがあったんだ」

『なんです?』

「その……お前さんホントに木星に残らなくってよかったのかな? ……てさ……」


 ケイジは少しぶしつけかなとも思いつつ訊かずにはいられなかった。

 サティは〈じんりゅう〉と共に木星から出ていくことを選んだ。

 その選択について、すでにユリノ艦長らとの相談の上で決められたことは知っていたが、彼女の口から理由を聞いて見たかったのだ。


『ご迷惑でしたか?』

「いや、そんなことはないけど……」

『良かった……、ワタクシが皆さんと一緒に行きたいと思ったのは、お役に立ちたいと思ったからという理由もありますが、論理的に考えて、もう木星では生きていけそうにないからですよ。

 もうオリジナルUVDはありませんからUVエネルギーの補給もできませんし、唯一の同胞の姉様たちもいませんしね……残っていても、暇で暇で死んでしまうだけです』

「…………」


 サティの言っていることは理解できないことはなかったが、あまりにもあっけらかんとしたもの言いに、ケイジはなかなか返す言葉が出てこなかった。


「……サティが納得してるなら俺は構わないんだけれど……」


 上部格納庫に到着すると同時に、ケイジはなんとかサティに答えた。

 人類がはじめて遭遇したグォイド以外の知的生命体に、これまで散々助けてもらった上に、これ以上自分らが甘えてしまうことがケイジには申し訳無く思えたのだ。


『それに……勘違いかもしれないけれど、ワタクシは皆さんに出会えて、色々冒険して……少しだけ感じたんですよ』

「なにをさ?」

『生きる……意味的な? ここにいる意味的な? ……ことをです』


 艦尾上部格納庫の奥一杯に詰まった不定形知的生命体のサティは、その半透明の体を様々な色や模様にじわりと変化させながら告げた。


「生きる……意味ねぇ」

『アニメの「VS」等で見る限り、人間の方々にはそういうものが必要なのでしょう? 

 ワタクシが思うに、人間の方々をはじめとしたイキモノの生きてる意味は、たいがい“長寿と繁栄”です。人間の方々はさらにプラスαを求めていらっしゃるようですが、ワタクシにはそのどれもありませんでした……寿命も無ければ繁殖もできないようですし……』

「……」

『ぶっちゃけワタクシは、どうも【ザ・トーラス】の異星AIさんと、その利用者の人とのインターフェイスとなる為にオリジナルUVDにへばり付いて来ていた存在のなれの果てらしいのですが、その【ザ・トーラス】での役目も終えてしまって完全フリーになっちゃいましたからね、あとは迷惑にならない範囲でワタクシの思うがままに自由に生きるだけです』


 サティはそうしめくくると、その身をゼリーのように震わせた。

 どうも笑っているらしい。

 ケイジはサティがさらりと重大なことを告げた気がしたが、触れないでおくことにした。


『お引き留めしてすいませんケイジさん、さぁはやくブリッジにお急ぎ下さい。もうすぐメインベルトに突入なのでしょう?』


 サティはそう言ってケイジを促した。


「ああ……うん」


 ケイジは結局、サティの言わんとしたことを良く理解できなかった。

 だが、何故かこのメルクリウス作戦をやり遂げようという意欲が湧いてくるのを感じながら、ブリッジへと急ぎ戻ることにした。


『ああ、それからケイジさん…………』

「ん、なんだい?」


 格納庫のハッチを潜ろうとしたところでまた声をかけられ、ケイジは振り返った。


『どうか皆さんを……ルジ氏《うじ》やユリノ艦長たちのことをお願いします……』


 サティはとても真剣で切実な声で言った。

 ケイジは「逆だよ逆!」と思ったが、何も言わないでおいた。









 グォイド・スフィア弾の予想外の加速は、メルクリウス作戦に大きく影響を及ぼしたが、決して作戦それ自体を中止に至らせはしなかった。

 この作戦に人類の命運がかかっているのだ。

 中止はありえず、その執念では、人類もグォイドには負けてはいない。

 惑星間レールガンとして撃ち出された速度に加え、さらに加速した〈じんりゅう〉がその端とはいえメインルト内の【集団クラスター】に突入・通過を試みるのは。常識でいえば“不可能”に該当する行いであった。

 が、ユリノはそれでも実行する道を選んだ。

 もちろん、自殺するつもりは無い。

 人類の持つ最大の武器、〈英知と勇気〉を使って【集団クラスター】に突入・通過を達成するつもりであった。

 そして〈じんりゅう〉は孤独では無かった。


「艦長、内太陽系SSDFから〈じんりゅう〉進路上【集団クラスター】内の小惑星分布の詳細なデータがプローブを経由して届きました!」


 ケイジがメインベルト突入を目前に控えた〈じんりゅう〉ブリッジに戻ると、通信席からのミユミの声が響いた。


「それから、地球のSSDFからグォイド・スフィア弾迎撃の為に出動したとのことです!」


 ケイジはミユミのその報告に、きっとテューラ司令が手を回しに違いないと思った。


「地球からだってぇ? 間に合うのかぁ?」


 クィンティルラ大尉が訝しげに当然の疑問を唱えたが、ケイジの意識はその前の報告に集中していた。

 【集団クラスター】内部は人類によってジャミングエリア化されており、レーダーが使えず、内部の小惑星位置の詳細は光学観測でしか分からない。

 〈じんりゅう〉はく曇ったレンズの眼鏡をかけて飛びこむようなものであった。

 が、ミユミの報告が確かならば、あらかじめ収集されていた【集団クラスター】内の小惑星の仔細な分布データを、内太陽系側のSSDFから送ってもらうことで、索敵可能距離の短さを補うことが可能となったのだ。

 【集団クラスター】内部は通信電波が通過することも不可能なはずであったが、内太陽系SSDFがメインベルト北点および南底方面に展開させていた偵察プローブを中継させることで、〈じんりゅう〉は無事にそのデータを受け取ることができたのであった。


「エクスプリカ! 受け取ったデータを直ちに総合位置情報図スィロムに反映させて! 電側ルジーナは可能な限り危険サイズの小惑星の間を抜ける航路を発見作成、カオルコとフィニィの席に転送して!」

「カオルコ、とりあえず【集団クラスター】突入時の大まかな進路は〈じんりゅう〉主砲をぶっ放して形成する! ルジーナの指示に従い撃ちまくれ!」

「結局それか!」

「了解デス!」

「フォムフォムはどうしても回避の必要なデブリを可能な限り素早く発見し、クィンティルラに伝えてちょうだい!」

「フォムフォム……」

「操舵フィニィはルジーナの出した航路通りに〈じんりゅう〉を進めるよう専心しつつ、緊急回避運動は副操舵のクィンティルラに一任!」

「はい艦長!」

「クィンティルラは航路を大きく反れない範囲内で、フォムフォムからの回避指示に従い、要回避小惑星を最小限のサイドキックのみでかわして!」

「おう!」


 矢継ぎばやに繰り出されるユリノの指示に、クルー達が答えた。

 ケイジ少年が席を増やしてくれたことで、操舵と電側を二人体制で行えることになったことにより、主操舵はフィニィが、回避運動はクィンティルラが。電側は基本的航路指示をルジーナが、要回避指示をフォムフォムがそれぞれ担当することで、【ANESYS】程ではなくとも、クルーのスキルを最大限発揮することが可能となっていた。


「だがユリノよ、主砲をここで撃ってしまったら、グォイド・スフィア弾に我々が追跡していることがばれてはしまはないか?」

「大丈夫! とっくにバレてる! だからあんなロケットブースターで加速なんてしたんでしょうに」


 カオルコ少佐の問いに、ユリノ艦長は自信たっぷりに答えると、カオルコ少佐は「納得!」と掌を拳の底で叩いた。


「〈じんりゅう〉は【集団クラスター】の最深部を通過後、グォイド・スフィア弾を【ANESYS】戦術マニューバの交戦圏内にとらえ次第起動、同時に作戦フェイズ3に移行する!」


 ユリノ艦長は宣言した。

 その数十秒後、まずカオルコ少佐による前方への主砲UVキャノン斉射による回廊形成が開始された。











 グォイド・スフィア弾は、木星から惑星間レールガンとして発射されてからすぐ、同じく木星から発射され、己を追尾し続けている存在に気づいていた。

 元々減速噴射用に準備していた燃焼推進をここで使うのは控えたいところであったが、仮に追尾してきているのが【ザ・トーラス】内で交戦し、グォイドには想像もつかない戦法と機動で無視できないダメージを己に与え、第三惑星への発射を妨害した敵なのであれば、その接近を許すことは出来なかった。

 追跡してくる敵に対し、グォイド・スフィア弾がもつ攻撃手段は限られていたが、攻撃できずとも、先行して第一惑星を破壊さえできれば彼のグォイドはそれで良かった。

 だから己を這う無数の小さきしもべ達に作らせた燃焼推進システムを使い切り、さらなる速度で加速したことにより、もう追尾して来る敵を心配する必要は無くなったと判断していた。

 グォイド・スフィア弾は燃焼推進を行うことで、ただ加速を行うだけでなく、コースをコントロールすることで、進路上の濃密な小惑星帯の隙間を通ることに成功していた。が、後方の敵はそうはいかない。

 敵は高速で小惑星の濃密なエリアを通過せねばならず、それはまず不可能に思えた。

 ならば敵を待つ運命は、追跡を諦めるか、小惑星に衝突して粉微塵になるかのはずであった。

 だが、グォイド・スフィア弾のその予測は間違っていた。

 彼のグォイドが小惑星の濃密なエリアの隙間を丁度通過したその時、右後方で人類製のUVキャノンとはとうてい思えない程の眩いUVキャノンの光柱が瞬いたのを観測したからだ。

 その光柱は何度も瞬き続け、それを発射している存在――しつこく追尾してくる敵は、グォイド・スフィア弾から引き離されもせずに、小惑星の濃密なエリアを通過し続けていた。

 グォイドはその時、人類で言うところの“驚く”という感情に値するものを感じた。

 彼の敵は、追跡を諦めるどころか、UVキャノンを撃ちまくり、小惑星群の中に回廊を設けることで追跡を続けてきたのた。

 この事態に対し、グォイド・スフィア弾に残された手段はもう少なかった。

 とはいえ、彼のグォイドは己の目的達成を疑ってはいなかった。

 右後方の敵が追跡を続けていたとしても、グォイド・スフィア弾まで追いつくことは距離速・度・コースのどれをとっても可能とは思えなかったのだ。

 だから彼のグォイドは、右後方の敵を足止めする為に、コース変更の為に己の左側面に突き刺して噴射をかけさせていたしもべたちを指し向けることにした。

 ………………だが、それは遅すぎた。









「フォムフォム……グォイド・スフィア弾に動きあアリ……数、約30の光点が前後二手に別れて彼のグォイドより分離。〈じんりゅう〉に向い急速接近中……」


 冷静過ぎて逆に危機感を感じられなくなりそうなフォムフォムの報告。

 直後に、メインビュワーの画面内のまだ弱々しい太陽の輝きの左隣に、豆粒のように光るグォイド・スフィア弾の噴射炎から、小さな光の粒が分離したのがユリノにも見えた。


「光波紋分析から、恐らく【ザ・トーラス】内で見た雑兵グォイドの減速噴射光だと思われるのです!」


 小惑星からの回避運動が続く最中、シート上で身体を踏ん張りながらシズが補足した。

 メインベルトに突入してから20分が経過した。

 操舵と電側要員を増やす作戦は奇跡的に上手く行き、少なくともまだ〈じんりゅう〉は小惑星に激突し、粉々になってはいなかった。

 フィニィの操舵はさておき、クィンティルラの回避運動にクルー達が付き合うのは、かなりのスリルと恐怖を伴ったが、それでも死ぬよりかはマシだった……何人かには新たなトラウマになったかもしれないが……。

 ユリノの周りで、すでにおシズ、ミユミ、サヲリまでもが半グロッキー状態になっていた。

 〈じんりゅう〉が今も無事だったのは、操舵士と電側員を増やした以外にも様々な要因が重なった結果であった。

 まずカオルコが〈じんりゅう〉艦首側四基全八門の主砲を、一門ずつ発射するローテーション射撃によって、間断なく回廊を作り続けることに成功した。

 さらにクルー達の尽力もさることながら、テューラ司令が手配してくれたと思われる内太陽系からのメインベルトの進路上の小惑星分布の詳細なデータも重要であったし、〈ナガラジャ〉【ANESYS】製航路シミュレーション・プログラムが、無茶ぶりをしているようにみえて〈じんりゅう〉が通過可能なコースを上手く選んでくれたらしいことも重要な要因であった。

 ……が、それらの要因を一言で現すならば、それはきっと人類側の“執念”が成し得た結果であるに違い無い……とユリノは思った。


「フォムフォム……雑兵グォイド群、主砲射程距離まであと40秒、ただし……」


 相変わらず淡々としたフォムフォムの報告はそこで途切れた。

 恐らくたとえ射程圏内に入っても、ただでさえ機動性に長けた雑兵グォイドに、【ANESYS】戦術マニューバ無しで、この極限状況下で主砲を命中させるのは極めて困難だと言おうとしたのだろう。

 少なくともユリノはそう判断していた。

 シズの言う通り、小さな光の粒に見えるのは雑兵グォイドが放っている減速噴射の輝きだろう、これにより雑兵グォイドは〈じんりゅう〉とコースを加速度をシンクロさせ、同行戦を仕掛けて来るつもりなのだ。

 もちろん、雑兵グォイドごときの武装では簡単に〈じんりゅう〉が沈められることはないが、体当たりでもされれば保証は出来ないし、少なくとも、向かわせることで充分な足止めにはなると敵は判断したのだろう。

 そしてこの状況を打開する術はもう一つしか残っていない。

 ユリノはホロ総合位置情報図スィロムに描かれたグォイド・スフィア弾、雑兵グォイド群、そして〈じんりゅう〉の位とコースを確認した。


 ――苦労したけれど、もうそろそろ我慢するのを止めても良い頃かもしれない……。


 ユリノはホロ総合位置情報図スィロムを睨みながら決断した。


「総員【ANESYS】戦術マニューバスタンバイ! 私の指示でケイジ君がメルクリウス作戦フェイズ3を開始すると同時に【ANESYS】を起動! そのまま【ANESYS】戦術マニューバ中にフェイズ4を実行し、グォイド・スフィア弾を殲滅する!」


 ユリノは宣言した。

 ユリノはこの時を待っていた。

 グォイド・スフィア弾は木星からやや水星に対し左側に放り出され、木星ユピティUVキャノンスラスターを噴射することで無理矢理緩い右カーブを描き、メインベルトを通過して水星へと向かわんとしていた。

 これに対し〈じんりゅう〉は、ほぼ同じ速度と方向で木星より発射されたものの、グォイド・スフィア弾よりはるかに軽い為に、彼のグォイドよりも急な右カーブを描くことができた。

 そして一端艦首を太陽に向けた状態でメインベルトに突入した。

 この進路では、グォイド・スフィア弾との距離が進めば進む程に離れてしまうことになるが、それはユリノの……そしてケイジ少年の思惑通りであった。

 グォイド・スフィア弾との進行方向に対し横方向の距離は離れるが、前後の距離は引き離されてはいない……この事実が重要なのだ。

 ケイジが一番最初にこの案を提示した時から、グォイド・スフィア弾とは意図的にある程度距離を開けておくことになっていたのだ。

 そしてユリノ達が望む、最も理想的な位置関係になってしまうことをグォイド・スフィア弾は許してしまった。

 ロケット・ブースター加速も雑兵グォイドによる攻撃の試みももう遅い。

 グォイド・スフィア弾が〈じんりゅう〉の【ANESYS】戦術マニューバの攻撃圏に入ると同時に、ユリノは叫んだ。


「ケイジ君、作戦フェイズ3実行! アネシス・エンゲージ!」


 











「了解! 作戦フェイズ3に移行! 艦尾木星オリジナルUVDを点火します!」


 ケイジはブリッジ内の照明が落ちると同時に各座席が変形、クルーの頭上から燐光を放ちながら彼女らの思考が一つへとなっていくのを横目でみながら、機関部コンソールに後付けされた作戦フェイズ3用の応急起動ボタンを、パネルを跳ね上げ拳で引っ叩いた。


[けいじヨ…………何カニ掴マッテイタ方ガ良イゾ……]


 心なしかカタカタと震えながら、そんな不安になりそうなことをエクスプリカが告げた。


 ――掴まるて……これ以上どこにさっ!?


 ケイジはそう思ったが、それを口にする間も無く、急加速高機動のデタラメなGが肉体を襲い、ケイジは舌を噛まないように歯を食いしばっていることしかできなくなった。

 そしてそんな中、ケイジは眼前にホログラムの雪吹雪のようなものが舞うと、ブリッジ中央にあつまり、言葉もできない程の美しい女性の姿が浮かび上がるのを目撃した。










 秒速千キロ代に達した〈じんりゅう〉であったが、それでも左前方で同じ惑星間レールガン速度として飛翔中のグォイド・スフィア弾に、これまで通りただ加速し続けて追いつくことは不可能であった。

 だが、この宇宙にただ一隻だけ、〈じんりゅう〉には……それも今の〈じんりゅう〉にだけは、主機関オリジナルUVDと四基の補助エンジンと艦首可動式ベクタードスラスターの全力噴射に大きく上乗せして加速力を得る手段があった。

 ケイジが機関コンソールのボタンを叩くと、直ちに〈じんりゅう〉船体内の全UVキャパシタに蓄えられたUVエネルギーが、艦尾メインシラスターのノズルコーン先端に装着されたシュラウドリング付外装コーンへと送られた。

 ケイジ達が〈ユピティ・ダイバー〉で命がけで運んできたそのパーツは、〈ヘファイストス〉でノォバ・チーフが組みあげたものであったが、彼はこのパーツを組みあげる時にも、いつものモットーを忘れたりはしなかった。

 すなわち、予想できる事態には、それがどんなに低い可能性であっても、それが可能な限り備えておく……という主義だ。

 ノォバ・チーフは、必ずしも予測した未来が来るとは本気で思っていなかったであろうが、それでも、予測してしまった以上は備えずにはいられない人間だったのだ。

 そしてノォバ・チーフが、ケイジの発案を元に組み上げたそのパーツにも、その主義は活かされていた。

 そのパーツ内には今、〈じんりゅう〉が大赤斑のそこで見つけたオリジナルUVDが納められていた。

 UVキャパシタから送られたUVエネルギーは、ケレス沖会戦で行われたオリジナルUVDの緊急起動よりもはるかにあっけなく、かつ確実に、木星オリジナルUVDを目覚めさせた。

 そして新たに〈じんりゅう〉の艦尾から溢れ出たUVエネルギーは、ノズルコーン先端と、シュラウドリング型推進機から後方へと猛烈な勢いで噴射された。


「ひいいぃぃいいぃぃいいいいいいい!!」


 とても人工重力による慣性相殺装置が効いているとは思えない程の、暴力的な急加速がケイジを襲い、彼は思わず歯の隙間から悲鳴をもらした。

 同時にケイジのすぐ傍に、まるで狛犬のように佇むエクスプリカが甲高い電子音を漏らすのを聞いた。

 史上初の二つのオリジナルUVDを稼働させ推力とした〈じんりゅう〉は、それまでの倍に近い加速度でグォイド・スフィア弾へとかっ飛んで行った。


 ――メルクリウス作戦フェイズ3達成――。




 






 眠ると同時に目覚める……そんな不可思議な感覚と共に、奴らの中へと飛び込む……いつものように。

 それこそがワタシの使命。ワタシの存在意義。その行為それこそがワタシ。

 だが今回のワタシの目覚めは心なしかいつもよりも清々しかった。

 その理由は明らかだった。

 今、この艦の、格納庫ではなくブリッジの、目覚めたワタシのすぐ傍には、彼がいる。

 私は斜め後ろの機関部席を振り返った。

 一瞬目が合ったような気がするが、互いに気恥ずかしくて目を反らしてしまった。

 どちらにしろ、高加速高機動中の〈ジンリュウ〉の中では、彼はワタシに気を割く余裕などなさそうだった。

 ワタシ自身も、まだ彼にかまけるわけにはいかない。

 ワタシは我が肉体たる〈ジンリュウ〉を目標たるグォイド・スフィア弾へと向けた。

 だが目前には、彼の敵が放った雑兵どもが迫る。

 しかし彼らなど、今のワタシの敵では無かった。

 待ち切れずに雑兵どもが放ってきたUVキャノンをひらりとかわしつつ、まず雑兵共の第一陣十五隻の間をすり抜ける。

 慌ててワタシを通り過ぎてしまった雑兵共は、急制動をかけて反転追尾してくるが、ワタシは気にせず、新たに前方に控えている雑兵共の第二陣十五隻に真っ正面から突っ込んでいった。

 前方の雑兵のUVキャノンの砲身にエネルギーが溜まって行くのワタシは感じた。

 だが、決して気遅れはしなかった。

 ワタシは冷静か正確にタイミングを掴むと、推力を一端カットし、艦尾上部格納庫にいる友に呼びかけた。

 今よサティ! と








 前後二手に分かれた内の後方第二陣の雑兵グォイドは、前方に迫る目標の人類艦が、突然その推力をカットしたかと思うと、消えて無くなったように感じた。

 グォイドと人類との宇宙での戦闘と索敵は、敵の放つ推進噴射光を発見することで行われるが、目標はただ推進噴射を切っただけではなく、その船体自体が見えなくなっていたのだ。

 本来ならば、噴射をしていようがいまいが見える距離にまで接近しているはずに敵が、突如消え去り、どこにも見えなくなっていた。

 雑兵グォイドは発射寸前だったUVキャノンを撃つことができなくなった。

 そして、さらなる違和感に気づいた。

 目標人類艦を追い越してしまい、反転追尾を開始したはずの僚艦群の推進噴射光までもが見えなくなっていたからだ。

 雑兵グォイドが猛烈な危機感を覚えたが、全ては時すでに遅かった。

 突如眼前の宇宙空間の星野が歪んだかと思うと、まるで巨大な膜に描かれていたかのように視界の端にくしゃくしゃと丸めて消え去り、その奥に、新たな宇宙空間の景色が広がったのだ。

 そしてその新たな宇宙空間には、一瞬前まで見えなかった僚艦たる雑兵グォイド第一陣が、己に向かってくる姿があった。







『ばぁ!』


 まるでかくれんぼでもしていたかのように、膜状となって宇宙を映していたサティが身を縮めて避けると、雑兵グォイド群同士が盛大に正面衝突し、巨大な光球となって宇宙空間に四散していった。


『うまくいきましたね!?』


 いいから早く戻りなさい!

 ワタシははしゃぐサティに怒鳴ると、慣性航行中の〈ジンリュウ〉を膜状となって包み、その表面に宇宙空間を映すことで敵の目を欺いてくれたサティを収容し、再び全力加速を開始した。


『ね!? お役に立てたでしょ!』


 サティがハイテンションで訊いてきた。

 雑兵グォイドによる迎撃はすべて退けた。

 あとは目標を破壊する工程、メルクリウス作戦フェイズ4に移行するだけだ。

 身を守る駒を失ったグォイド・スフィア弾には、あとはもうひたすら加速して逃げ切る以外できることは無い。

 ワタシは目標の後方やや右寄りから急接近した。

 たとえ惑星間レールガン速度の敵に追いついても、敵を破壊できなければ意味が無い。

 だが仮に破壊できたとしても、それによって敵の破片が内太陽系全体に散らばってしまえば、人類は甚大な被害を被り、その勝利に意味は無い。

 だがこの後方やや右寄りから急加速して接近すれば、それらの問題は解決可能であった。

 グォイド・スフィア弾は、木星からのウィンドウの関係上、太陽を右手前方に、破壊目標の水星をその左側に見つつ、そのさらに外側に発射され、むりやり右カーブしつつ接近していた。

 これに対し〈じんりゅう〉は、一端艦首を太陽方向に振って加速、移動に伴ってグォイド・スフィア弾の右方向に離れていく形で追いかけてきた。

 これから殲滅せんとする相手から距離をとるのは、一見理屈に合わない行いに思える……が、その距離こそが作戦フェイズ4の肝なのだ。

 グォイド・スフィア弾の後方では無く右側にとった距離が、ダブルオリジナルUVDの推力で充分な加速を行う為の助走距離・・・・として必要だったのだ。

 艦首をグォイド・スフィア弾に向け、ダブル・オリジナルUVD推力で加速した〈じんりゅう〉の相対速度は、グォイド・スフィア弾にとって惑星間レールガン並みとなり、なおかつ〈じんりゅう〉から放たれた実体弾で破壊された場合、彼のグォイドは後方やや右寄りから背中を蹴っ飛ばされた形となり、その破片は太陽系の外へと向かって四散する。

 内太陽系内を破片は通過はするが、その時に通る惑星は無く、被害がでることは無い。

 その後破片はメインベルトに衝突、あるいは通過して、太陽系の外へと飛び去っていくことになる。

 多少のイレギュラーはあったものの、ケイジ少年が発案した時点からメルクリウス作戦では、メインベルト外での破壊が叶わなかった時は、内太陽系に入り次第、目標の右方向に遷移したあと、後方やや右寄りからダブルオリジナルUVDの推力で接近することに最初からなっていたのだ。

 それこそがこのメルクリウス作戦の肝であり、実行が承認された理由であった。

 だが、全てが上手くいく作戦というわけでは無かった。

 この勝利には払わねばならない犠牲もあった。

 ケイジが自分アイデアを出した時、もっとも恐れていたのは作戦フェイズ4〈目標破壊〉の手段の部分であった。

 ケイジ少年は絶対にテューラ司令あたりが許さないだろうと思っていた。

 真正面から衝突した無人航宙艦実体弾でも、【ザ・トーラス】で周回加速させた〈じんりゅう〉の主砲UVキャノンでも破壊できなかったグォイド・スフィア弾を破壊する為には、それ以上の破壊力を乗せた実体弾をぶつけるしかない。

 その為に、五年前の初代〈じんりゅう〉のように、二代目〈じんりゅう〉を体当たりさせるのも一つの選択肢ではあった。

 だが、幸いにもこの瞬間の〈じんりゅう〉には、もう一つの選択肢があった。


『ケイジくん今よ! フェイズ4実行!』


 ワタシはそれが不合理であると分かりながらも、作戦の最後を少年に託し、叫んだ。






 その瞬間、強烈なGに気を失う寸前だったケイジは、これが本当に現実なのか、今一つ確信が持てなかった。

 これと言って実績や取り柄があるわけでもない少年が、あの〈じんりゅう〉に乗って、美しき女子クルー達に囲まれて、未曾有の危機から人類を救うなど出来過ぎな気がしたからだ。

 だが彼の手は動いた。

 とてもとても美しい女性が、ケイジの手をとり、導いたからだ。


『このボタンは……ケイジくんに押して欲しい……そうして欲しいの』


 見知らぬその人は、ケイジの瞳を真正面から見詰めながら、そう訴えた。

 何故、この人はそんなことを言うのか……?

 これが夢であれ現実であれ、ケイジは一瞬どうでもよくなった。


『生きる……意味的な? ここにいる意味的な? ……ことを…………』


 ふと、格納庫でサティと交わした言葉が蘇った。

 自分は何故生き、何故ここにいるのか? ケイジにはよく分からない。

 だが、それが何故であれ、自分が今何を実行すべきかは、この瞬間分かった気がした。

 Gで鉛のように重くなった腕をあげ、機関部コンソールに設けたもう一つのボタンを、ケイジは思い切りひっぱたいた。








 グォイド・スフィア弾は、後方やや右寄りから猛烈な速度で接近してくる敵が、てっきり体当たりしてくるものだと思っていた。

 が、激突すると思われた瞬間、敵人類艦から何かが分離し、人類艦本体の方はグォイド・スフィア弾と互いのUVシールドが干渉する程のギリギリの距離を通過し、己に激突したのは分離したごく小さな物体のほうであった。

 その円柱状の物体は、グォイド・スフィア弾のサイズ比で言えば、像と蟻どころか像と菌ほどの差がある小さな物体であったが、UVシールドを突き破り己に激突したその物体は、正確かつ容易く己の中心核にまで突き刺さり、中心にあったシードピラーとその内部の主機関たるグォイド製UVDの束を、保持していた運動エネルギーを破壊力に変えて粉々にした。

 グォイド・スフィア弾には、最後まで己に突き刺さったのが何かを知る術は無かった。








[アア、モッタイナイ……]

『やっぱりもったいないですよねぇ……』


 エクスプリカとサティが揃って呟く中、ワタシはワタシの観測圏を猛烈な勢いで飛び去って行く木星オリジナルUVDを見送った。

 グォイド・スフィア弾を破壊できる最強の実体弾、それは木星で発見したオリジナルUVDであった。

 〈ジンリュウ〉がグォイド・スフィア弾衝突直前で分離したシュラウドリンク付きノズルコーンと、それに内臓された木星オリジナルUVDは、惑星間レールガンとして木星から発射された速度と、ダブル・オリジナルUVD推進によって得られた速度を乗せ、絶対に破壊不可能であるからこそ、その運動エネルギーの全てを余すことなくグォイド・スフィア弾に伝えて破壊した。

 一見、ただ細く深い穴が開いただけに見えたグォイド・スフィア弾が、思い出したように無数のひび割れに覆われたかと思うと、次の瞬間、猛烈なUVエネルギーの輝きをひび割れの隙間から放ちながら、傍目にはゆっくりと、だが実際には時速数千キロで破片をまき散らしながら分解してゆく。

 それがグォイド・スフィア弾の最期だった。

 中心核に据えられたシードピラーの主機関UVDの破壊による爆圧は、内部奥深くにあったが故に逃げ場を失い、その器たるグォイド・スフィア弾そのものを粉々にしたのであった。

 その破片は目論み通り、ほぼ全てが太陽系の外へと飛び出ていくコースに乗ったことが確認できた。

 絶対に破壊不可能なオリジナルUVDは、破壊不可能故にグォイド・スフィア弾破壊後も傷一つ付かずに残り、大幅に減速しつつ、彼のグォイドの進行方向と命中したコースの丁度中間のコースに乗って、水星方向よりやや外側の軌道に向かって飛び去っていってしまった。

 オリジナルUVDは人類にとって掛け替えのない価値のあるものではあったが、グォイド・スフィア弾の破片を半ば追いかけるコースで推力を切り、慣性航行となった〈ジンリュウ〉には、もう回収するのは絶対に不可能なコースであった。

 とはいえ、これ以外の手段でグォイド・スフィア弾を破壊する術は、ワタシにも他の人類にも思い浮かばなかった。

 オリジナルUVDを実体弾代わりにして敵にぶつける……まったくアホなことを考える人間もいたものだ……。

 ワタシは機関部席でのびている少年を見つめながら、再び彼女へと還って行った。

 ひょっとしたら、もうちょっと起きていて、彼に話しかけることもできたかもしれないが、今のワタシには、まだその覚悟と勇気が無かったのだ。









「状況報告!」


 ユリノは【ANESYS】戦術マニューバから目覚めるなり慌てて叫んだ。

 同時に時刻をチェックする。

 心なしか、いつもより【ANESYS】からの目覚めが早いような気がした。


[安心シロ、ぐぉいど・すふぃあ弾ノ破壊ハ成功シタゾ]


 エクスプリカが真っ先に返答し、ユリノはまず大きく溜息をついて安堵した。


「オリナルUVDは!?」

[〈ジンリュウ〉デ回収ハ無理ダナ]


 エクスプリカに訊きつつ、ホロ総合位置情報図スィロムを確認したユリノは、ああやっぱり……と微かに呟くと天を仰いだ。

 だが、覚悟の上での犠牲だった。

 今さら嘆くのは時間の無駄かもしれない。

 せっかく〈じんりゅう〉が発見・回収したものだったのに手放すのは惜しく無いわけが無かったが、引き換えに手に入れた勝利の方に、ずっと価値があるに違いない。

 ユリノはオリジナルUVDを実体弾にするアイデアを提唱した当人の方を向いた。

 彼はミユミに揺さぶられて起こされようとしているところであった。

 他に経験者がいないので分からないが、【ANESYS】戦術マニューバ中のブリッジにいるのは、部外者にはかなりタフな行いらしい。ケイジ少年はぐったりとしていた。


「艦長、大変デスぞ! 水星へと向かう残存雑兵グォイド群、数6隻を発見、〈じんりゅう〉の右後方を通過していきますデス!」

「何ですって!?」


 ユリノは予期せぬ電側席からの報告に、思わず訊き返した。


「フォムフォム、【ANESYS】戦術マニューバの時に撃ち漏らした奴だな、方向と速度からいって〈じんりゅう〉で追撃は不可能だ」

「そんな……」


 続いて補助電側席からの報告にユリノはそれ以上返す言葉が無かった。


「艦長、いかに雑兵グォイドとはいえ、この速度で航行中の敵に襲われたら、水星の人類拠点もただでは済みません」


 サヲリが冷静に告げた。

 確かに、グォイド・スフィア弾とは比べものにならない程小さいとはいえ、その速度は惑星間レールガン並みなのだ。何かで迎撃するにせよ、命中させるだけでも至難だ。


「ミユミちゃん、ただちに水星SSDFおよび関係各所に連絡して!」

「それが…………」


 ユリノに指示に返って来た声は途中でとぎれた。


「どうしたの?」

「あの……これを聞いて下さい」


 尋ねるユリノに通信席のミユミは答えると、スピーカーに聞き覚えの無い女性の声が響いた。


『――り返す、こちらVS‐806〈ウィーウイルメック〉、基艦を援護する為急行中であったが、グォイド・スフィア弾の破壊を確認した。

 当艦は残存艦がいるようなので、【ANESYS】戦術マニューバによりこれを殲滅し、オリジナルUVDの回収を試みる。〈じんりゅう〉は自分のサバイバルを優先されたし。繰り返す――』

「………………はぃぃ!?」


 ユリノの脳が通信の内容を理解するのには、しばしの時間を要した。

 それは彼女だけでは無かった。

 カオルコはじめ、他のクルーらもユリノと似たような反応を示していた。


「艦長! SSDF識別信号の出ている艦が猛烈な速度で残存雑兵グォイド群に接近中デス」


 ルジーナの報告に、ユリノは慌ててホロ総合位置情報図スィロムを覗きこんだ。

 彼女の言うとおり、〈じんりゅう〉の後方、太陽側に水星に向かう恐ろしく高速な物体が映されていた。その物体の頭上にはVS‐806のアイコンが浮かんでいた。


「ミ、ミユミちゃん、とちあえぞのウィーウィ…………ウィーなんちゃらに通信を繋げて!」

「了解しました」


 ユリノは事態を良く飲み込めないままミユミに頼むと、VS‐806からの通信を待った。

 VS‐806などとは初耳であった。

 VS艦隊は今の所VS‐805〈ナガラジャ〉までしか完成していないと思っていた。


「フォムフォム……艦長、どうやら彼の艦はもう残存グォイドに追いついたみたいだぞ、〈じんりゅう〉の光学観測圏内だから映す」


 通信を待つ間にフォムフォムが告げると、ビュワーに望遠映像で捕らえた交戦中のVS‐806の姿が拡大されて映った。

 それは確かに〈じんりゅう〉級の艦であった。

 むしろ他の〈じんりゅう〉級の〈ファブニル〉や〈ジュラント〉や〈ナガラジャ〉に比べ、最も〈じんりゅう〉に似ている艦と言えた。

 だが、そのフォルムは〈じんりゅう〉をそのまま引き伸ばしたかのように細長く、鮮烈なコバルトブルーのカラーリングをしていた。

 そして何よりも特徴的だったのは、その艦の周囲に巨大なブースターと思しきタンクを四基装着していたことだ。

 つい先刻までそのブースターを使って加減速していたらしい彼の艦は、空となったブースターを切り離すと【ANESYS】戦術マニューバと思しき高機動で雑兵グォイドの間を舞い、瞬く間に主砲UVキャノンで彼のグォイドを屠りそのまま加速、あっというまに漂流中に木星オリジナルUVDのもとまで辿り着いてしまった。

 そしてユリノ達は驚愕した。

 彼の艦はその場で艦尾メインスラスター部を後方に大きくスライドさせると、主機関室を開放し、まるで電池でも交換するかのように中の人造UVDを投棄し、代わりにオリジナルUVDを主機関室に納めると、再び主機関室を閉鎖してしまったのだ。

 そしてユリノ達は、自分らが見守る中、彼の艦のメインスラスターに再び火が灯るのを確認した。


「え……あの場でオリジナルUVDに換装して再起動させちゃったってこと?」


 ユリノは自分の見たものが信じられず、誰かに確認せずにはいられなかった。


『おお、やっと通信が繋がったみたいで良かったよ〈じんりゅう〉、私はVS‐806〈ウィーウイルメック〉艦長キャスリンJグリソム、せっかく通信が繋がったのに残念だけれど、当艦はこのまま帰還の途につかせてもらうわ。なにしろ処女公開なものでね、それじゃグッドラック! バイバ~イ!』


 思い出したように通信の繋がったVS‐806から、とても直前まで【ANESYS】を行ったとは思えないような女性の声が響くと、また唐突に途切れた。


「…………」


 ユリノはなにか猛烈に釈然としないものを感じたが言葉にならなかった。

 苦労して回収したオリジナルUVDは、突然現れた新たなるVS艦にかすめ取られてしまった。

 まるでトンビに油揚げだ……。

 だが放置すればオリジナルUVDがグォイドに奪われる可能性だってあったわけで――


「艦長、木星のテューラ司令から音声メッセージが届いてます!」


 さらなるミユミの報告に、ユリノは半分ジャスチャーで再生してと促した。


『ユリノ、及び〈じんりゅう〉クルーよ、このメッセージを聞いているということは、数分の誤差だがすでにグォイド・スフィア弾の殲滅には成功していると思う。御苦労だったな。

 間に合うかは分からんが、ステイツが建造していたVS‐806〈ウィーウイルメック〉が援護に向かったらしい。ランデブーすることがあったら仲良くやってくれ。

 それよりもだ、このメッセージを送ったのは他でも無い、ここから観測した最新予測航路だと、今の〈じんりゅう〉の速度と方向では、減速しても停止するのが木星・土星間のグォイド勢力圏のど真ん中になってしまうのだが、そちらは把握しているだろうか?

 どう考えてもよろしく無い状況だが、VS艦隊司令の立場として、もう一つの選択肢の検討を頼みたい。

 今から減速すれば土星の目前で止まり、そこからグォイドの本拠地の目の前で再加速し人類圏に帰還するはめになるが、逆に今から土星にむかって加速すれば、土星をフライバイすることで最短の時間で人類圏に帰還することができる。

 前者は敵本拠地の目の前に長時間身をさらすことになるが、後者は敵本拠地に近付くがごく短時間ですむ。

 もし後者を選択するならば、この機会に是非ともグォイドの本拠地土星圏の情報を可能な限り収集して帰還して欲しい。

 どちらを選んでも構わないが、悩んでいられる時間はあまり無いはずだ。後悔の無い選択をすることを望む。……以上だ』


 ユリノがゾワリと嫌な汗が額を伝うのを感つつ、ホロ総合位置情報図スィロムを睨みながら聞いていると、妙に形式ばったテューラ司令からの音声メッセージはそこで途切れた。

 確かに、ホロ総合位置情報図スィロムをズームアウトすると、〈じんりゅう〉の進行方向には、悪い冗談かのように土星圏が存在し、帰還可能ルートは、土星の手前で戻るか、土星を一周するコースかの二者択一になっていた。

 〈じんりゅう〉は惑星間レールガンの速度の上に、さらにダブル・オリジナルUVD推進をかけ、凄まじい速度で内太陽系を通過しているのだ、そしてもう〈じんりゅう〉にオリジナルUVDは一柱しかない。

 宇宙では出した速度に比したのと同じ手間が停止する為にかかり、さらに引き返すとなればさらに同じだけのエネルギーがいる。

 行きよりも推力の減じた〈じんりゅう〉が、止まって引き返すのにかかる手間は、行きを上回ることになるのが宇宙の必然であった。

 この事態を考えなかったわけでは無かった。

 ただグォイド・スフィア弾殲滅を優先しただけだったのだ。


「艦長、さらにテューラ司令からの暗号電文も受信しました!」

「読んで」


 ユリノはこめかみを指先でこねながら命じた。


「こほん、読みます。『〈じんりゅう〉クルーへ、どちらの選択をするにしても【特別懸案事項K】については細心の注意を払う事! これは厳命である』とのことです!」

「…………」


 ユリノをはじめ、その電文に対し、何かリアクションのとれる者はいなかった。

 テューラ司令が言う通りならば……言う通りなのだが、これから〈じんりゅう〉クルー達は少なくとも数カ月間は【特別懸案事項K】とこの閉鎖空間で過ごすことが決定してしまったのだから……。


「あの……【特別懸案事項K】ってなんですか?」


 一人事情を知らないケイジ少年だけが、ブリッジの沈黙を破ってポツリと尋ねた。



                                    了

     

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