♯5

「撃てーッ!」


 ――〈じんりゅう〉バトル・ブリッジ――

 ユリノの号令と共に、カオルコが火器管制コンソールのピストルに似た操作桿のトリガーを絞るように引いた。

 直後、左舷に向けられた〈じんりゅう〉船体の前後・上下系六基十二門の主砲UVキャノンの砲口から、眩い虹色のマズルフラッシュ・リングが閃く。

 同時に全門一斉射撃による反動が〈じんりゅう〉を襲い、押し付けられた〈じんりゅう〉右舷側船体を伝わってグォイド・スフィア弾正面・木星UVユピティキャノン発射口の中央に、同心円状のクレーターのようなひび割れを瞬時に生み出した。

 その一方で、砲身が向けられた【ザ・トーラス】の東の虚空へと、吸い込まれるようにして迸った十二本の光の柱は、吸い寄せあうようにして一本の巨大な柱へとまとまると、【ザ・トーラス】の円環に沿ってうねるようにして左へとカーブして消えた。


「フィニィ! 緊急発進! 一刻も早くここか離れ――」


 ユリノが最後まで指示を告げるよりも早く、彼女の体を急発進にともなう加速Gが襲い、〈じんりゅう〉は前進を開始した。

 フィニィがユリノの指示を待つまでもなく、〈じんりゅう〉を加速開始させていたのだ。

 ユリノは、がガリガリと地表をひっかきながら進む〈じんりゅう〉の振動に、とりあえず歯を食いしばって舌を噛ないように専念した。




 グォイド・スフィア弾が己の身に起きた異変に気づいた時には、すでに手遅れだった。

 惑星間レールガンとしての木星よりの発射の際に、露払いの為に放とうとしていた木星UVユピティキャノンの発射口部が、原因不明の不調をきたしたのだ。

 グォイド・スフィア弾は、何が起きたのかを瞬時にし察した。

 どうやったのか詳しくは分からないが、先刻始末したはずの人類艦が、己の内部へ……正確にはグォイド・スフィア表面を包むUVシールドの内側へと侵入したに違いない。

 それ以外には考えられなかったからだ。

 それはグォイド・スフィア弾にとって、想定される中でも最悪の事態といえた。

 雑兵グォイドがそうであるように、グォイド・スフィア弾を包むUVシールドの中で作られたものは全て、最低限の目的が達成可能な以外の性能は付与されてはいない。

 簡単に言えば、グォイド・スフィア弾内で作られたものは、基本的に全て脆い。

 自重と使用時の負荷に最低限耐えられるだけの強度しか与えられていないのだ。

 一刻も早く完成させ、必要な性能を引き出す為に、製造工程を極限まで簡略化させた結果だった。

 そして、攻撃命中箇所に瞬時にして集中することで、最強の防御力を誇るUVシールドを信頼していたが為に、グォイド・スフィア弾のUVシールドの内側には、一切の侵入者迎撃能力が施されていなかった。

 もしも人類艦がグォイド・スフィア内で暴れたならば、雑兵グォイドの建造プラントや、木星UVユピティキャノンの発射口部ふくむ脆弱な全ての施設は、好き放題に破壊されるだろう。

 だが、グォイド・スフィア内に侵入を果たした人類艦は、木星UVユピティキャノンの発射口部以外の施設には目もくれず、そこに強攻着陸することで脆弱な砲口中心部を破壊すると、そこで静止した。

 グォイド・スフィア弾は、そこでようやく、彼の人類艦の真の目的に気づいた。

 しかし、その時点で彼のグォイドには、もうどうすることもできはしなかった。

 決して己が放ったものではないUVキャノンの光が、木星UVユピティキャノン砲口部から髪の毛のように細い一筋の直線となって放たれたからだ。

 人類艦が放ったと思しきUVキャノンの光の筋は、一見グォイド・スフィア弾のサイズから見れば、あまりにも細く儚く、取るに足らないもののように思える。

 しかもそれは、木星UVユピティキャノンの発射口のあるグォイド・スフィア弾の正面中心部の地表から、進行方向である【ザ・トーラス】東方向の何も無い空間に向かって放たれた。

 宇宙戦闘どころか、既存のどの戦闘の常識でも、倒すべき目標の反対側に向かって撃つなどと言う戦術は存在しない。

 宇宙戦闘での常識から考えれば、UVキャノンは目標に近ければ近い程、威力を発揮する。

 砲身から放たれた瞬間から、減衰と減速をはじめてしまうUVエネルギーの特性ゆえだ。

 だから撃つならばグォイド・スフィア弾そのものに、正しくゼロ距離で放った方が理にかなっているはずだった。

 だがここは、それらの特性がすべてキャンセルされ、既存の戦闘全てのルールが通用しない【ザ・トーラス】なのだ。

 グォイド・スフィア弾は、己の背面にスラスター代わりに無数に突きさしたしもべ達に緊急噴射させ、次の瞬間に襲い来るであろうカタストロフからの回避を試みた。

 が、それはやはり遅過ぎた対処でしかなかった。





 アンダーヴァースから無限に汲みだされるUVエネルギーには、幾つかの特性があった。

 一つはこちらの宇宙に出ると、磁気的にこちらの宇宙から封印しない限り、僅か二秒程で崩壊・消滅するという特性。

 二つ目は、まるで大気中の物体のように、こちらの宇宙空間に対し抵抗を受けるという特性だ。

 UVエネルギーは、たとえ運動エネルギーを与えられていても、その消滅過程に合わせ、勝手に減速してゆくのだ。

 この二つ目の特性を利用することで、UVエネルギーは人工重力や無限の推進剤としての使用が可能となる。

 そしてそれらの特性ゆえに、人類とグォイドとのいくさで両者が使っているUVキャノンは、発射した瞬間から減速と消滅が始まり、宇宙戦闘で使うにしては射程距離の非常に短い兵器となったのだ。

 だが、ここ【ザ・トーラス】内では違った。

 円環状低気圧空間【ザ・トーラス】は、磁気的作用により、その円環内の物体を西から東へと加速させるシンクロトンとしての機能を持つ空間だ。

 磁気的作用が与えられるならば、加速させる物体は問わない。

 もちろん、加速させる物体の重量によって、最終的に加速できる速度には差があったが、直径3000キロの月サイズの小惑星でも構わないし、UVエネルギーでも構わなかった。

 木星特有の強大な磁気により、通常宇宙空間から隔離された【ザ・トーラス】内では、UVエネルギーは約二秒で自然崩壊することも、勝手に減速することも無く、そのシンクロトロンとしての機能により加速され続ける。

 そうして【ザ・トーラス】内のグォイド・スフィア弾から発せられたUVキエネルギーを加速させ、木星それ自体をUVキャノンとしたのが木星UVユピティキャノンだ。

 そして、【ザ・トーラス】内で周回・加速させるUVエネルギーは、その発信元は問わない。

 グォイドの敵である〈じんりゅう〉が放ったUVエネルギーであろうとも、【ザ・トーラス】は関係無く、維持・加速させる。

 ユリノは度かさなるグォイド・スフィア弾からの木星UVユピティキャノン発射の光景を観察したことにより、割と早期からこの事実に辿りついていた。

 だからユリノはこの【ザ・トーラス】の特性を利用し、〈ユピティ・ダイバー〉との合流直前、グォイド・スフィア弾前方の雑兵グォイド群の木星外への脱出を阻む為、潜伏していた【ザ・トーラス】外周の雲層から〈じんりゅう〉を浮上させ、グォイド・スフィア弾前方の雑兵グォイド群を主砲UVキャノンで撃つと同時に、【ザ・トーラス】内を一周させることで、グォイド・スフィア弾後方の雑兵グォイド群を屠ろうと試みたのであった。

 彼女の目論み通り、放った〈じんりゅう〉主砲UVキャノンは【ザ・トーラス】を一周し、グォイド・スフィア弾の背面から戻って来た。

 しかし、何度主砲を放っても、彼女の望み通りに、雑兵グォイドの全てを沈めるにはいたらなかった。

 あわよくばグォイド・スフィア弾背面に、主砲UVキャノンを喰らわせようと考えていた彼女の希望が叶うことは無かった。

 原因は、数度の失敗の後に判明した。

 42万キロの彼方の標的へ、〈じんりゅう〉の主砲の照準システムが対応出来なかったという理由もあったが、最大の理由は別だ。

 発射した位置が悪かったのだ。

 【ザ・トーラス】の外周部から主砲UVキャノンを放つ限り、決してグォイド・スフィア弾背面にUVエネルギーが命中することは無い。

 何故ならば、【ザ・トーラス】のシンクロトロンは円環の中心にあるもののみを周回・加速するようできているからだ。

 それ以外の位置から放たれたUVエネルギーは、【ザ・トーラス】のシンクロトロン効果で一応は維持・加はされるものの、角度をつけて放たれたUVエネルギーの束は、直径14万キロ、一周43万キロの距離を周回する過程で円環の内壁か外壁に必ず接触してしまい、その威力を減衰させられた上にランダムに進行方向がブレてしまう。

 狙った位置に命中させ、破壊力を発揮させることは不可能なのだ。

 ユリノの失敗経験は、この貴重な結論を導き出した。

 逆に言えば、円環の中心部からUVキャノンを放てば、一周したUVエネルギーは確実に加速され、放った位置に戻って来る。

 つまり〈じんりゅう〉はグォイド・スフィア弾の前方中心に躍り出た上で主砲UVキャノンを撃てば、周回加速されたUVエネルギーを後方にいる同グォイド背面に命中させることができるのだ。

 だが、そこは同時に木星UV《ユピティ》キャノンの射線のド真ん中であり、その位置に向かうことは〈じんりゅう〉の爆沈を意味する。

 もし、木星UVユピティキャノンの脅威から逃れつつ、【ザ・トーラス】の円環中心位置からUVキャノンを放ちたければ、それが可能な位置は一カ所しか無い。

 しかし、その安全な位置に〈じんりゅう〉が向うことは、当時の船体状況では不可能に近かった……だから、挑戦したくともできはしなかった……ケイジ達が〈ユピティ・ダイバー〉で現れるまでは……。

 







 【ANESYS】の超高速情報処理能力と、ケイジ達が〈ユピティ・ダイバー〉を用いて運んできた新造パーツにより取り戻した〈じんりゅう〉の機動力と防御力をもってすれば、木星UVユピティキャノンの脅威から逃れつつ、【ザ・トーラス】の円環中心位置からUVキャノンを放てる唯一の地点――グォイド・スフィア弾正面・木星UVユピティキャノン発射口中心部の地表に行くことは、決して不可能では無かった。

 この位置では、仮に木星UVユピティキャノンが放たれたとしても、近過ぎてUVエネルギーがまだまったく加速されていないため、〈じんりゅう〉がダメージを受けることは無い。

 何物にも邪魔されることなく、〈じんりゅう〉の放った全十二門の主砲UVキャノンの光芒は、一筋の光の糸となり、【ザ・トーラス】の円環内を長大かつ一瞬の旅に出た。

 〈じんりゅう〉主砲塔基部に収められたバーベットリング内のシンクロトロンによって加速されたUVエネルギーは、砲身から射出された瞬間で、すでに光速の数%にまで達していた。

 その速度は、42万キロ……地球の円周の10倍の距離を、【ザ・トーラス】内の磁気により加速され続けながら延々と周回を続け、発射から約4秒後、最終的に亜光速と呼べる速度となって、グォイド・スフィア弾背面へと返って来た。

 その光の筋は、グォイド・スフィア弾のサイズから見れば、あまりにも細く、一本の髪の毛のように儚く、取るに足らないもののように思える。

 が、グォイド・スフィア弾にとってそれは、亜光速で突き刺さらんとするアイスピックとなった。

 グォイド・スフィア弾の核を形成してる小惑星は、太陽系黎明期の木星に飲み込まれた小惑星が、高温高圧のガス大気によって押し固められた高密度の金属と岩石の塊であったが、亜光速で直撃したUVエネルギーの針の前では、物理的な強度などに意味は無かった。







 瞬時に事態を理解すると、グォイド・スフィア弾は背面に無数に突き刺したスラスター代わりのしもべたちのうち、左半面の機体に緊急噴射をかけさせ、回避を試みた。

 もちろん、たった3秒弱の噴射で完全な回避などできるはずもなく、できたのはグォイド・スフィア弾を僅かに右方向にずらすことだけだった。

 そして、まるで一瞬閃く一直線となった雷のごとく、亜光速UVエネルギーは命中した。

 グォイド・スフィア弾の回避運動により、中心部からやや左に突き刺さった亜光速UVエネルギーは、瞬時にしてその地中奥深く数十キロにまで突き刺さると、思い出したようにその地殻をプラズマに変え、内側から爆発させた。

 グォイド・スフィア弾左後方にに放たれたその爆風が、まだ後衛として彼のグォイドの背後に残っていたしもべ達を襲い、瞬時にその大半を粉砕した。

 同時にグォイド・スフィア弾全体を、凄まじい衝撃が襲う。

 しかし、亜光速UVエネルギーが中心部に突き刺さらなかったことが幸いし、グォイド・スフィア弾はその背面左側に齧られたリンゴのような後を残されたものの、その球形は維持されていた。

 しかし――――。









「ひぃぃぃ!」


 ユリノは〈じんりゅう〉の背後から襲ってきたカタストロフに、食いしばった歯の隙間から悲鳴を漏らさずにはいられなかった。

 己が放ったUVキャノンが、間にグォイド・スフィア弾こそ挟んではいるものの、亜光速となって己の背後から襲って来たとも言える状況なのだ。

 亜光速UVエネルギーの弾体は、グォイド・スフィア弾背面への命中と同時に、つい二秒弱前まで〈じんりゅう〉が強攻着陸していた木星UVユピティキャノン発射口にまで、凄まじい衝撃を伝達させてきた。

 仮に〈じんりゅう〉がグォイド・スフィア弾の地表に着陸したままであったならば、その衝撃は〈じんりゅう〉にまで伝わり、船体に深刻なダメージを与えていたことだろう。

 幸いにも、フィニィが主砲UVキャノン発射直後に、指示を待たずに即〈じんりゅう〉を発進させていた為、〈じんりゅう〉に直接的な衝撃が襲いかかることは無かった。

 だが、船体から僅かに離れたグォイド・スフィア弾の地表で、破壊的な衝撃が発生しているのは、とても心臓によろしくない現象であった。

 ユリノは首を捻り、後方ビュワーの向こうで急速に離れていくグォイド・スフィア弾の地表を見つめた。

 反対側のグォイド・スフィア弾の背面がどうなったかは、ここからでは知りようが無かったが、〈じんりゅう〉が木星UVユピティキャノン発射の為に展開していたUVシールドの穴を抜け、グォイド・スフィア弾から離れていくにつれ、グォイド・スフィア弾が、少なくともまだその球体を維持していることが確認できた。

 〈じんりゅう〉が苦難の末に放ったUVキャノンは、亜光速化され、グォイド・スフィア弾に命中させることに成功はしたものの、彼のグォイドを完全に破壊することは叶わなかったのだ。

 だが、ユリノはグォイド・スフィア弾が急速に【ザ・トーラス】外周側に移動し始めていること気づいた。

 今もまだ壁の様に見えるグォイド・スフィア弾の明灰色の表面ディティールが、視界の左方向へ動いていたからだ。

 亜光速UVエネルギーは、グォイド・スフィア弾の完全な破壊は叶わなかったが、彼のグォイドに意図せぬ方向へのモーメントを与えることはできたのだ。


「おおおおおおおおおお…………」


 〈じんりゅう〉の背後で、コントロールを失ったグォイド・スフィア弾が、そのまま【ザ・トーラス】外周側内壁に接触しようとしているのを、ユリノはそのまま見つめ続けた。

 もう充分な距離をとったと分かってはいても、グォイド・スフィア弾があまりにも巨大すぎて、ぶつかってしまいそうな恐怖が拭えなかった。

 彼のグォイドは、背面の残った雑兵グォイドのスラスターを駆使して、内壁衝突回避の為の噴射を行っているようだったが、月サイズの物体が一度持ってしまった慣性をすぐさま帳消しにできるとは思えなかった。

 実際に秒速何百キロで動いているのか、正確なところは分からなかったが、とても月サイズの動きとは思えぬ速度で、グォイド・スフィア弾は成す術も無く【ザ・トーラス】外周側内壁に接触した。

 まず【ザ・トーラス】外周部に溜まった雲を盛大にまき散らすと、さらにその奥で内壁を形成しているUVフィールドと、グォイド・スフィア弾表面を包むUVシールドが、凄まじい干渉光を放ちつつ衝突、その眩さが〈じんりゅう〉後方の回廊をホワイトアウトさせた。

 衝突によりUVD数千基分のエネルギーが一気に放たれたのだ。

 同時に〈じんりゅう〉にもそれに伴う背後から蹴られたような衝撃が届く。

 振動と共にブリッジに響くユリノ含むクルー達の悲鳴。

 天体規模のカタストロフがすぐ後ろで巻き起こっているだから無理も無かった。


「グォイド・スフィア弾はどうなったの!?」


 ユリノは艦長隻の肱掛けを握りしめながら電側席に尋ねた。


「まだ形状を維持してますデス!」

「!」


 ルジーナの叫ぶような返答を聞きながら、ユリノは自らも背後を確認した。

 盛大だったUVシールド同士の干渉光が治まり、それでもまだまき散らされ続ける外周部の雲の彼方に、先刻よりも少しだけ距離の離れたグォイド・スフィア弾の明灰色の壁が、今もそこに存在し続けていた。


「なんという頑丈さだ! 今の衝突でまだ形を保っているのか!」


 同じ光景を見ていたカオルコが感心と呆れが混じったように喚いた。

 〈じんりゅう〉が放った亜光速UVキャノンを持ってしても、グォイド・スフィア弾を破壊することはできなかった。

 それだけでなく、月サイズの物体が秒速数百キロで【ザ・トーラス】内壁に接触したにも関わらず、今だに形状を維持できているのは、恐らく内壁と接触した部分のUVシールドを集中させたからのだろうが、その目で見ても容易には信じられない頑丈さであった。


「デスが! 今の外周壁との衝突の反作用で、間も無く今度は内周側内壁との衝突コースに入っていく模様デス! 」


 続く響くルジーナの報告。

 グォイド・スフィア弾の破壊は叶わなかった。だがその代わりに今、彼のグォイドを超巨大なピンボールへと変貌させることには成功したらしい。

 ホロ総合位置情報図スィロムを見れば、直線だったグォイド・スフィア弾の予測進行ルートが、【ザ・トーラス】回廊内を内壁にぶつかりながらジグザグに進行するルートへと変貌していた。

 そしてピンボール状態となったグォイド・スフィア弾が、大赤斑エクスポート発射口へと問題無く突入できるとは思えなかった。

 グォイド・スフィア弾の破壊には成功しなかったが、その代わりに惑星間レールガンとしての大赤斑エクスポート発射口からの発射を阻止できたならば、一応はそれでユリノ達の勝利と言って良かった。

 なぜなら、地球圏にグォイド・スフィア弾が向うには、今回のタイミングで大赤斑エクスポート発射口を通過するのが最良かつラストチャンスだからだ。

 この機を逃せば、仮に後になってから大赤斑エクスポート発射口から発射出来たとしても、もう地球に向かうことは出来ない。

 大赤斑の向きが、木星の自転によって変ってしまっているからだ。


「ユリノ、この隙に大赤斑エクスポート発射口から脱出してしまわないのか!?」


 艦長席の前方に座るカオルコが尋ねた。

 彼女がユリノに何を言わんとしているかは分かる。

 大赤斑エクスポート発射口は【ザ・トーラス】内部から見て窪んでこそいるものの、普段は木星表層までは開口しておらず、木星UVユピティキャノンの発射や、雑兵グォイドの放出の時のみ開口することが分かっていた。

 その開口は、グォイド・スフィア弾がコントロールしていると睨んでいた。

 カオルコが尋ねているのは、これからグォイド・スフィア弾は惑星間レールガンとして発射されるつもりであったのだから、当然大赤斑エクスポート発射口は開口させているはずであり、〈じんりゅう〉をそこから脱出させては? と訊いているのだ。

 だが、ユリノはおいそれをそのチャンスに飛び付くことに、何故か抵抗を感じた。


「ルジーナ! 大赤斑エクスポート発射口の状況は見える? 開口はしてるの!?」

「観測できてますデス! そして開口も始まっている模様デス! 間も無く本艦程度でしたら通過可能なサイズとなる模様! 本艦、およびグォイド・スフィア到達まであといっ……55秒!」


 ユリノの問いに、すぐに返って来る電側員の答え。

 ホロ総合位置情報図スィロムに目をやれば、円環状回廊を進む〈じんりゅう〉前方はるか彼方の観測圏内に、ごく浅い角度で回廊が外側に分かれる巨大な分岐路が見えて来ていた。

 それがこの円環状高速道路のインターチェンジ、大赤斑エクスポート発射口なのだ。

 カオルコが提案したように、〈じんりゅう〉が散々苦労したここから脱出するならば、確かに今は絶好の機会だ。

 そして、これから何をどう行動するにせよ、自分達がそこへ到達するまでの時間はもう無い。

 大赤斑エクスポート発射口は、グォイド・スフィア弾が任意に開口できることが、これまでの木星UVユピティキャノン発射時に確認されている。

 そして、それが今も開きかけている……それはグォイド・スフィア弾がこれから大赤斑エクスポート発射口を通過し、惑星間レールガンの弾体として出ようとしていたところなのだから、当然と言えば当然なのだが……同時にユリノは疑念を持たずにはいられなかったのだ。


 ――こいつ……まだ発射されるのをあきらめてないんじゃ……


「かかかかか、艦長大変です! 」

「なに!? ミユミちゃん!」


 まったく予期しなかった通信席からの悲鳴のような声に、ユリノは驚きをねじ伏せ尋ねた。


「大赤斑エクスポート発射口方向から、木星上空作戦指揮所MCよりのレーザー通信によるメッセージを受信! 内容、[コレガトドイテイルナラバ、至急回避セヨ]以上、これの繰り返しです!」

「なんですってぃ!?」

[ゆりのヨ、同時ニ何カ圧縮でーたヲ受信シテイルガ、何ノでーたカハマダ全部受ケ取レテナイノデ不明ダ]


 ミユミとエクスプリカからの矢継ぎばやの報告に、ユリノは一瞬、思考が真っ白になった。

 木星上空作戦指揮所MCからということは、メッセージを送ったのはテューラ司令ということなのだろうか?

 一体なぜ? どういう意味で?

 ユリノは即座に事態を理解した。今、この瞬間に、木星上空へと開通した大赤斑エクスポート発射口を通って、木星上空作戦指揮所MCからメッセージが届いた意味を。


「フィニィ! 今すぐ減速して、なんとか貴奴の後ろに回り込んで~! はや~く!」

「了解!」


 ユリノの絶叫のような指示に、事態の緊急性を察したらしいフィニィは即座に動いた。


「……いいのか? ユリノよ……」


 カオルコがユリノの顔を窺った。


「カオルコ……今の私たちって、とんでもない速度でかっ飛んでるのよ……現状では舵が効かな過ぎるわ! ……それに……」


 今〈じんりゅう〉はそれ自体が惑星間レールガンの弾体たる速度で【ザ・トーラス】内を移動中なのだ。

 カオルコの言う通り大赤斑エクスポート発射口から脱出を試みるにしても、この速度では再【ANESYS】でも行えない限り、艦を正確に操り、大赤斑エクスポート発射口に突入できるとは思えなかったのだ。

 だがそれは自分に対する言い訳でしかない。

 自分が何を恐れ、ここからの脱出を躊躇っているのか、自分でも明確にできなかったのだが、木星上空作戦指揮所MCより届いたメッセージがユリノを決断させた。

 フィニィの操作により、当初の艦長指示通りにグォイド・スフィア弾の後方に遷移すべく、艦首可動式ベクタードスラスターと、艦尾補助エンジン基部およびその後端部分から、盛大なリバーススラストの輝きを発しながら、〈じんりゅう〉はまるで後方のグォイド・スフィア弾に墜落するかのようにして接近していった。


「【ザ・トーラス】外周部から後方に周りこむ!」


 フィニィが宣言した。

 後方ビュワーに明灰色のグォイド・スフィア弾表面が、再び画面いっぱいに迫り、そして画面右―〈じんりゅう〉左舷方向へと移動していくと、いまだにグォイド・スフィア弾に挟まれ盛大にまき散らされている【ザ・トーラス】外周部の雲層へと〈じんりゅう〉は艦尾から突っ込んだ。


「ああ……ちょっと……フィニィ…………フィニィッ!?」


 自分で指示しておきながら 思わず操舵席に問いかけるユリノ。

 一瞬、全外景ビュワーが雲で覆われる。

 しかし、思わず目を瞑ったユリノが勇気をだして再び目を開くと、つい先刻まで後方ビュワーいっぱいに映っていた明灰色の壁は、左舷外景ビュワーへと移動し、やがて前方ビュワーへと移っていった。

 【ザ・トーラス】外周側内壁との接触による反動で、内壁から離れていくグォイド・スフィア弾の右横を減速しながらすり抜けたのだ。

 そして同時に前方ビュワーへと映りこんでいく、齧られたリンゴのようになったグォイド・スフィア弾の背面に、ユリノは思わず息を呑んだ。

 ユリノはその背面に、無数のUV推進の噴射炎の輝きが瞬いているのに気づいた。

 残存した雑兵グォイドが、推進機の代わりとなってグォイド・スフィア弾背面に突き刺さり、彼のグォイドを全力で押しているのだ。

 グォイド・スフィア弾は、まだ、己のコントロール諦めてはいないのだ。

 ユリノはその噴射炎の輝きの方向に、微かな違和感を覚えた。

 

 ――これじゃ……まるで……。


 グォイド・スフィア弾背面に突き刺さる無数の雑兵グォイド群は、まるで自ら進んで【ザ・トーラス】内周側内壁にぶつかろうとするかのような方向に、その噴射による推進力を向けているように思えたのだ。

 ユリノがそう感じたの時には、グォイド・スフィア弾は自ら突っ込むかのように、加速しつつ今度は反対側の【ザ・トーラス】内周側内壁にへと接触した。

 再び起こる凄まじいUVシールド同士の衝突と干渉による凄まじい閃光。

 二度目のそれは、雑兵グォイド群による噴射があるにもかかわらず、最初のそれ以上の激しさがあった。

 ユリノは今度は前方で起きた閃光に、腕で目を隠しながグォイド・スフィア弾の目論みにも気づいた。


「ルジーナ!?」

「グォイド・スフィア弾の予測進路、このままいくと大赤斑エクスポート発射口に突入しますデス!」


 すでにユリノの問いを察していたらしいルジーナの返答。

 グォイド・スフィア弾は、〈じんりゅう〉からの亜光速UVキャノンをくらい、完全破壊こそ免れたものの、ピンボールのように【ザ・トーラス】内壁にジグザグにぶつかるモーメントを与えられてしまった。

 これにより、もう大赤斑エクスポート発射口からの発射は不可能に思えた。

 だが、彼のグォイドは、背面の雑兵グォイドによる噴射で、【ザ・トーラス】内壁への接触それ自体をコントロールし、自ら進んで内壁にぶつかって行くことで、その反動で再び己が大赤斑エクスポート発射口へと向かうよう仕向けたのだ。

 大赤斑エクスポート発射口の開口が開始されていたのは、今も・・、これからそこを通過するつもりだったからなのだ。


「グォイド・スフィア弾、大赤斑エクスポート発射口通過まであと6……5……4……」


 ルジーナのカウントダウン。


 ――なんて執念なの……


 ユリノはそう感嘆せざるを得なかった。

 そしてこの事態に対し、〈じんりゅう〉ができることはもう無かった。

 亜光速UVキャノンでも破壊できなグォイド・スフィア弾を止める術は、もう〈じんりゅう〉には無い。

 そして急減速した〈じんりゅう〉はさておき、先行したグォイド・スフィア弾はもう大赤斑エクスポート発射口へとたどり着こうとしていた。

 もう何を行う時間もありはしない。

 だがユリノは諦めたわけでは無かった。

 確かに自分達だけでは無理だが、ユリノ達には、他にも仲間がいるのだから。


「艦長! 大赤斑エクスポート発射口より飛――」


 突如カウントダウンを中止したルジーナの報告はそこで止まった。

 代わりに前方ビュワーの彼方で、急速に遠ざかっていくグォイド・スフィア弾の正面側で、眩い閃光が数度にわたって瞬いた。


「何事だ!?」


 仰天するカオルコの声。当然の反応だったが、ユリノには何が起きたかが察しがついていた。

 テューラ司令率いるSSDFが、木星上空から大赤斑エクスポート発射口を通して、航宙艦をぶつけたのだ。






 最後に〈じんりゅう〉が木星上空作戦指揮所MCと交信した時に、木星SSDFの総力をもって、大赤斑上空を陣取るリバイアサン・グォイドを殲滅し、そのまま【ザ・トーラス】内のグォイド・スフィア弾に攻撃をしかけるとテューラ司令は宣言していた。

 大赤斑の上空で、SSDFとグォイドとの間に、如何なる戦いが行われたのかは、先刻の【ANESYS】際に、クィンティルラを通じて僅かに伝わってくる以外は知りようが無かった。

 が、ユリノは信じていた。テューラ司令ならきっと勝つ! と。

 そして大赤斑周囲を固めるグォイドの守りを排除したならば、テューラ司令が次に行うことは一つだ。

 大赤斑上空から大赤斑エクスポート発射口を通して、なんらかの攻撃を、惑星間レールガンとして発射直前のグォイド・スフィア弾に加えることだ。

 先ほどミユミが受け取ったメッセージは、その攻撃から〈じんりゅう〉を退避させようという警告メッセージだったのだ。

 ただ、あまりにも時間が無さ過ぎて、あのような短文過ぎて伝わりづらい文面になってしまったのだ。

 木星の外から、如何にグォイド・スフィア弾の発射タイミングに合わせて攻撃したのかは分からない。だが、きっとノォバ・チーフあたりが、大赤斑エクスポート発射口が開通したタイミングで自動で攻撃するプログラムでも構築したのだろう。

 グォイド・スフィア弾の正面に命中したのが何か、その背後にいる〈じんりゅう〉からは確認のしようが無かったが、その連続した爆発の規模から、どうも無人航宙艦をぶつけたのではないかとユリノは睨んでいた。

 実体弾投射艦の実体弾では破壊力不足に思えたし、他に使えそうな物が無い。

 そして何よりもテューラ司令ならやりかねない行いだ。

 〈じんりゅう〉に対する配慮がもうちょとあっても良い気がしたが、今は考えるまい。

 大赤斑上空・高高度から加速して無人の航宙艦を大赤斑エクスポート発射口に突入させれば、秒速数百キロにまで加速されていたグォイド・スフィア弾の相対速度差により、その破壊力は〈じんりゅう〉の亜光速UVキャノンに匹敵するものとなるだろう。

 急減速する〈じんりゅう〉からはもう判別がつかなくなるほど遠くで、大赤斑エクスポート発射口を通過する直前だったグォイド・スフィア弾正面やや右側で、数度にわたって起きた大爆発は、彼のグォイドを僅かに【ザ・トーラス】の内周側に押し出した。

 結局、またしてもグォイド・スフィア弾の破壊には至らなかったが、今回はそれで充分だった。

 正面右側からの爆発により、グォイド・スフィア弾は、大赤斑エクスポート発射口から【ザ・トーラス】へと押し戻された。

 ただしその身は、僅かに大赤斑エクスポート発射口と【ザ・トーラス】との中央分離帯に接触するコースへとはみ出ていた。

 今回の衝突は、【ザ・トーラス】内壁への真横からの接触の比では無かった。

 相対速度さがそのまま襲いかかる正面やや右側からの衝突だったからだ。

 グォイド・スフィア弾は、細い垂直の板状となった分岐路境界を形成している【ザ・トーラス】内壁のUVフィールドを、己のUVシールドで力任せに突き破ると、その奥で、【ザ・トーラス】を形成しているフィールドを発していた超巨大リング状物体に、その右側面を接触させた。

 いかに亜光速UVキャノンと、秒速数百キロで衝突する航宙艦の爆発にも耐えうるグォイド・スフィア弾といえども、オリジナルUVDと同質で出来た超巨大リング状物体との衝突に対しては、無事ではいられなかった。

 グォイド・スフィア弾が衝突した際の運動エネルギーは、そのまま彼のグォイドに襲いかかった。

 グォイド・スフィア弾の右側面が、深さ百キロ以上、面積にして全体の2割にわたって瞬時にしてえぐり取られる。

 それだけでは無い、超巨大リング状物体との右側面の衝突は、今度は彼のグォイドに猛烈な回転モーメントを与えた。

 それまで常に木星UVユピティキャノン発射口を正面に据えていたグォイド・スフィア弾は、発射口を東から西方向に回転させる自転・・運動をはじめさせられ、さらに新たに回廊内内周側内壁にぶつかるモーメントを与えられながら、そのまま大赤斑エクスポート発射口を越えて、【ザ・トーラス】の東方向へと消えていった。

 グォイド・スフィア弾は惑星間レールガンとして、地球圏に向かう最後のチャンスを逸したうえに、その身に大ダメージを受け、さらに【ザ・トーラス】内回廊をピンボールのごとくジグザグに内壁に衝突する未来だけが残されていた。

 グォイド・スフィア弾が惑星間レールガンとして発射される驚異は、こうして去った。







 しかし、〈じんりゅう〉クルーは安堵している場合では無かった。


「艦長! 大赤斑エクスポート発射口が再び閉じていきますデス!」


 ルジーナの報告。

 もう惑星間レールガンとして発射できないと悟ったグォイド・スフィア弾が、開通させた大赤斑エクスポート発射口をまた閉鎖させたのだ。


「フィニィ、このまま減速しつつ、艦を【ザ・トーラス】南側に降下させて! 大赤斑エクスポート発射口にたどり着いたら、そのままエクスポートのくぼみの内壁に遷移して縦回転、相対速度差が充分に落ちたら、低気圧空間から外に脱出する!」

「了解!」

「カオルコは低気圧空間脱出直前に、フィニィの合図で主砲で進路前方をぶち抜いて! 外の高圧高圧大気への突入の衝撃を緩和させる!」

「わかったユリノ!」


 矢継ぎばやのユリノの指示に、操舵士と火器管制がすぐに答えた。

 グォイド・スフィア弾の脅威は去った。が、このまま彼のグォイドと共に【ザ・トーラス】】内に〈じんりゅう〉が閉じ込められるのは避けたかった。

 急減速により多少の時間は稼いだものの、シンクロトロン加速されていた〈じんりゅう〉が大赤斑エクスポート発射口にたどりつくのはすぐだった。

 〈じんりゅう〉が脱出するならばチャンスは今しかない。

 なぜならこの速度でここ以外の【ザ・トーラス】の円環状低気圧空間から脱出を図ると、この空間を形成している500基以上ある超巨大リング状物体に激突を免れないからだ。

 だが大赤斑エクスポート発射口の前後ならば、超巨大リング状物体同士の間隔が広くなっており、現在の速度を上手く殺しながら脱出が可能かもしれない。

 ユリノは現在の〈じんりゅう〉の直前に近い前進運動エネルギーを、大赤斑エクスポート発射口の内壁に張りつくような回転運動に変え、その上で主砲で低気圧空間の境界に穴を開けてることで、高温高圧の木星深深度大気内への突入時の衝撃を和らげた上で脱出しようと考えたのだ。

 またあの高温高圧の深深度木星大気に戻るのは決して良い気分では無かったが、届けられた新造パーツによりUVシールド出力が回復した今の〈じんりゅう〉ならば、高温高圧の外に出ても、充分耐えられるはずだ。


「頼んだわよ……二人とも!」


 ユリノはフィニィの操舵により、前方ビュワー一杯に迫ってきた大赤斑エクスポート発射口の内壁を睨みながら、祈るように叫んだ。

 あともう少しで、この長い長い木星の底で過ごす時間からオサラバできる……どうしてもその気持ちが彼女の心に湧いた。

 そして、ここまで来て、今までの〈じんりゅう〉の苦労がおじゃんになるわけ無い! と、そう信じていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る