♯4
グォイド・スフィア弾は、仕留めそこなった謎の人類艦に、二度目の生存のチャンスを与えるつもりは無かった。
今、このタイミングで
そして姿を現すなり、ごく短時間で木星射出後の前衛用に前方に配備しておいた
それらの事実が、その人類艦が決して放置できない存在であるという認識をあたえたのだ。
グォイド・スフィア弾は、人類が〈じんりゅう〉と呼ぶ航宙艦の処分に万全を期すべく、後方でまだ健在であった
敵艦の動きは、既知の人類艦とは明らかに違った。故に多少の犠牲を払ってでも敵を無害化する必要性を感じた。
だから敵艦をくぎ付けにする為の
だが、実のところを言えば、この目論みが必ずしも成功しなくてもグォイド・スフィア弾はかまわなかった。
人類艦に、惑星間レールガンとしての木星からの射出さえ邪魔させなければ、突然ここに現れた人類艦など、その後どうなろうと知った事では無かった。
己の大赤斑
そして事態は、グォイド・スフィア弾のその目論み通りに……いやそれ以上に順調に進行していった。
特定射角・特定距離以遠内でしか威力を発揮できない
人類はグォイドという存在と、未だ意思の疎通を行うことには成功していないが、彼の存在に知性があることは認めていた。
そうでなければ、長大なる恒星間移動の果てに地球に来ること自体が、そもそも不可能だろうからだ。
ただ知性があるからといって、意思の疎通が成されるとは限らないということだ。
しかし、見方によってはだが、遭遇後四半世紀にも渡る彼の存在との戦闘行動において、人類は意図せずにある程度のコミュニケートに成功していたともいえる。
日々進歩・進化し続けるグォイドとの戦いは、それ自体が一種のコミュニケーションとも言えるからだ。
互いに相手の行動を観察し学習し、次の行動を予測し、それに対処する……相手の破滅を求めての行動でこそあるが、それは間違い無くコミュニケーションの一種であった。
人類が把握している範囲でグォイドの知性は、大型になるほど増すとされていた。
つまりここでの場合、雑兵グォイドよりも、グォイド・スフィア弾の方が知性があるということになる。
もちろん、グォイドの知性と、人類の言う知性には大きな隔たりがあることは間違いないが、知性があるが故に、次にグォイドが何を行うかを予測することが可能なはずなのだ。
全身全霊を用いた【ANESYS】
アヴィティラはこれからそれを行うにあたり、自分に残された最後の時間を使ってまず〈じんりゅう〉の折り畳み式緊急排熱フィンを、艦尾のメインスラスターの両サイドから緊急展張させると、今までの戦闘でダメージ・バッファに蓄積された熱をフィンに強制伝播させた。
たちまち過加熱状態だったUVシールド・ジェネレーターが冷却され、そのパフォーマンスの全てを発揮することが可能となる。
これから予測されるタフな戦闘で、己を守るUVシールドの防御力を少しでも上げておくために、どうしても必要な行いだった。
そして可能な限りの熱をフィンに捨て去ると、ただちにそれを
だが、ただ移動するわけでは無い。
この時、アヴィティラは雑兵グォイドに向け〈じんりゅう〉が撃ち返す主砲UVキャノンの出力を、徐々に絞らせていった。
まるで度かさなる砲撃によるダメージで、主砲がエネルギー切れを起こしかけているかのように……。
もちろんオリジナルUVDを主機関に持ち、それ専用に調整された主砲を持つ〈じんりゅう〉がエネルギー切れを起こすことは基本ありえない。
だが、そんな事実など知らないグォイドへ、主砲のエネルギーが切れているかのように見せることで、雑兵グォイドに攻勢を促し、望む位置関係となるよう誘導しているのだ。
アヴィティラはあくまで追加して大量に現れた雑兵グォイドに追われて〈じんりゅう〉が嫌々ながらも移動したかのように、UVキャノンの撃ち合いを繰り返しながら、ジリジリと押されるようにして移動させた。
雑兵グォイドの群は、グォイド・スフィア弾を挟んで反対側、【ザ・トーラス】の外周側からも現れ、〈じんりゅう〉が再び特定射角内を突っ切ることを封じ、〈じんりゅう〉を
雨あられと降り注ぐ雑兵グォイド群のUVキャノン。
だが〈じんりゅう〉にとって幸いなことに、【ザ・トーラス】内での戦闘など想定していなかったらしい雑兵グォイドの知性は、ここで意図せず得てしまったUVキャノンの長射程を活かすだけの照準能力も、それを修正するだけの学習能力も持っていなかった。
雑兵グォイドからのUVキャノン攻撃は、〈じんりゅう〉まで届きはすれど、命中率は低く、その集弾率は低いままだった。
ほぼ回避可能であり、〈じんりゅう〉を守るUVシールドに掠りはすれども直撃は避けることができた。
とはいえ……、
――コレハ芝居ナンダヨナ? 演技ナンダヨナ? ソウダヨナあヴぃてぃら!?
〈じんりゅう〉バトルブリッジ内、アヴィティラは何度も自分の顔と戦況を交互に見るエクスプリカの顔が、そう訴えているのを感じた。
彼はこれから行うマニューバについて知ってはいるが、だからといって覚悟ができているわけではなさそうだった。
一端は自我の消滅を覚悟し、二度とクルー達と会えぬ想いで、己の独立したAIの情報慮理能力までも【ANESYS】に提供したエクスプリカであったが、存外アッサリと【ANESYS】の情報の洪水から戻ってこれた彼は、機械なりにとてもとても気まずそうであったが、アヴィティラは放置しておくことにした。
彼の献身には感謝している、が、今はそれを表しているどころではない。
実際のところを言えば、もうこれが芝居かどうかはあまり関係無いと思っていた。
わざとであろうが、欺瞞であろうが、
が、それでもこれから行うマニューバには必要な行いであった。
そして、彼女の望み通りに、雑兵グォイドの群は攻撃を繰り返しながらグォイド・スフィア弾を挟んで【ザ・トーラス】の内・外周から合流し、〈じんりゅう〉とグォイド・スフィア弾との間に位置し、お椀型の陣形となって〈じんりゅう〉を半包囲した。
ここではグォイド・スフィア弾から離れるほど
つまり理屈から言えば、現状はグォイドにとって、あとほんの僅かでも目標が
もちろん、そのまま
アヴィティラは、状況の第一段階が望み通りに進行したことに、微かに安堵した。
この絶体絶命とも思える状況が、最後の反撃の第一段階なのだ。
全ての戦闘に言えることだが、重要なのは距離、位置関係、タイミングであった。
距離は【ザ・トーラス】内で、グォイド・スフィア弾の放つ
位置関係は、〈じんりゅう〉、雑兵グォイド群、グォイド・スフィア弾が、
タイミングは、この二つの距離と位置関係が同時に成立した瞬間だ。
アヴィティラは〈じんりゅう〉と雑兵グォイド群とグォイド・スフィア弾との位置関係が、敵にとって望ましい形に至る寸前まで誘導はしたが、
アヴィティラは、
これに対し、雑兵グォイド群は、お椀型の陣形を急速に狭め、己のUVキャノンの確実な照準範囲に〈じんりゅう〉を納め、特定射角に押し込めようとした。
――…………よし!
アヴィティラはまた一段階、予測した状況へと進んだことに舌舐めずりしつつ、猛烈な攻撃を繰り返しながら〈じんりゅう〉との距離を詰めてきた雑兵グォイドの群を、〈じんりゅう〉のセンサー群と、情報処理能力の限りを使って精査した。
そして、数ある雑兵グォイドの中から、これから行うマニューバに最も適した数隻の個体を発見すると、その攻勢に耐えきれずに押し込められたかのように、徐々に特定射角内へ〈じんりゅう〉を突入させた。
その途端に、アヴィティラはお椀型陣形の雑兵グォイド群の彼方で、再びグォイド・スフィア弾の正面に、巨大な瞳のような
――やっと撃つつもりになったのね!?
望んでいた事態がとうとう迫ってきたことに、不安と恐怖と興奮がないまぜになった感情を覚えながら、彼女は巨大な眼球のような砲口を向けるグォイド・スフィア弾を、負けじと睨み返した。
グォイドからして見れば、自棄になったかのように主砲UVキャノンを撃ちまくり、己を囲む雑兵グォイドに抗おうとすると、とうとう特定射角内へと完全に押しこまれる〈じんりゅう〉。
グォイド・スフィア弾は、そんな〈じんりゅう〉を逃す時間は与えまいと、〈じんりゅう〉反撃により次々と爆沈していく雑兵グォイド群ごと、その塊へ向かって
直後、直径約100キロにもおよぶ虹色の光の柱が、〈じんりゅう〉を包んだ。
『最初からワタシの心には、恐怖や不安はあれども、絶望や悲しみは無かった……少なくともケレス沖会戦で味わったような絶望や悲しみは。
その代わりに、心の内側から溢れ出るような温かい充足感をワタシは覚えていた。
今のワタシの中には、ケレス沖会戦ではいなかったあの人がいる……〈ジンリュウ〉の艦尾上部格納庫で、ワタシと共にいる。
それが意味する満たされた心の前では、グォイド・スフィア弾の脅威など、恐るるに足りなかった。
負ける気がしなかった。
恐怖や不安を遥かに上回る勇気と希望が湧いてきていた。
むしろグォイド共に、誰にケンカを売ってしまったのか思い知らせてやる! そんな気分であった。
ましてやこれから行わんとするマニューバは、彼の少年からヒントを貰い、考え出したものなのだ。
ワタシはその事実に、彼の少年とワタシを形作る彼女達との間に、強烈な“絆”の存在をかんじ、それがとても嬉しく、心強かったのだ。
ショーデンの中で少年が眠ってしまっていたのは残念ではあったが、ある意味でそれは幸運でもあった。
もし起きているケイジとワタシが会いでもしてしまったら、ワタシを形作る彼女達の心が、ワタシに何を言わせるか分かったものでは無いからだ。
仮にそんな事態になれば、ケイジ少年がどれほど驚き、混乱し、彼女達との関係に影響が出るか分かったものではない。
どちらにしろ今の優先順位はグォイドへの対処だ。
彼については彼女
ワタシにいかに勇気がある勝利の確信があっても、実際にどうやって勝つのかは、実際に考え、行動してみなければ分からなかった。
その術はワタシの全力の情報処理とエクスプリカ、そしてオリジナルUVDとケイジからの助力によって得る事ができた。が、その為に、ワタシがワタシでいられる時間が多少削られてしまった。
ワタシを形造る彼女達の脳に、負荷をかけ過ぎてしまったからだ。
どうやら、グォイド・スフィア弾の発射阻止……いや殲滅の遂行は、彼女達に譲るしかないようだ。
このマニューバの最後まで、ワタシがワタシではいられそうにない。
まぁきっと彼女達なら出来るだろう。
ワタシは心配などしていなかった。
むしろ、全てが終わり、例の彼が目覚めた後のことの方が心配なくらいであった。
ワタシは残された最後の時間を使って、〈ジンリュウ〉を
グォイド・スフィア弾は、目標の敵人類艦を包囲する
一瞬、太陽が誕生したかのような鋭い輝きが【ザ・トーラス】内をホワイトアウトさせ、それが消え去ると、グォイド・スフィア弾の前方に【ザ・トーラス】円環を埋める程の巨大な爆煙が、まるで巨大なウニのような形で残され、急速に霧散していく。
グォイド・スフィア弾に、【ザ・トーラス】という閉鎖空間でのUV爆発によって生じた衝撃破が襲いかかったが、それで加速を減ずることもなく進み続けた。
グォイド・スフィア弾の質量がもたらす運動エネルギーは、爆風ごときで脅かされるものでは無い。
目標の殲滅は達成した。
標的との距離は、
だから、目標は確実に破壊されたはずであった。
…………にも関わらず、グォイド・スフィア弾は、目標が実際に破壊されたのかが僅かに確信できなかった。
なぜならば、グォイド・スフィア弾からは目標は、包囲していた
しかも目標人類艦は、
しかし、それでも目標人類艦は、
爆発の範囲外に逃げたのなら、グォイド・スフィア弾からも観測できたはずだからだ。
そして
目標人類艦は、残骸も確認できぬほど完全に破壊した……故に目標の生存を危惧する必要は無い。
グォイド・スフィア弾は、微かな引っ掛かりを覚えつつも、そう結論を下さざるをえなかった。
傷つきながらも僅かに生き残ったの
前衛の
どちらにせよ惑星間レールガンとしての発射まで、あとわずかだからだ。
仮にどこかに潜んでいたとしても、グォイド・スフィア弾の索敵エリアの外から移動し、今から発射を妨害しようとしても、もう間に合うなどとは考えられなかった。
もちろん、最後の瞬間まで周囲への警戒は怠らない。
が、その瞬間まで、グォイド・スフィア弾の索敵圏内に敵影が発見さることはなかった。
もしもグォイド・スフィア弾が、己の相手にしていた人類艦が、かつてケレス沖でシードピラーを擁するグォイド一個艦隊を、中破状態の船体でありながらたった一隻でほぼ殲滅した艦だと知っていたならば……。
もしくはその艦がオリジナルUVDを搭載し、なおかつ人類が【ANESYS】と呼ぶ超高速情報処理能力を有した艦だと知っていたならば、あるいは違う結果が待っていたかもしれない。
だが、グォイド・スフィア弾は、最後までその可能性に思い至ることはなかった。
そういう可能性があるかもしれないと、その可能性を探ろうという発想自体が無かったのだ。
――その約30秒前――、
『ワタシは
それまで包囲を許してはいたが、それはあくまで欺瞞行為であり、〈じんりゅう〉を囲む雑兵グォイドの群を殲滅することなど、実のところ、やろうと思えばいつでもできたのだ。
ケレス沖会戦においてオリジナルUVDを現地換装した〈ジンリュウ〉は、中破状態の船体で30隻もの駆逐艦を殲滅できたのだ。それもごく短時間で。
ノォバ・チーフにより補修・改良された完全状態の船体でならば、その数倍の雑兵グォイドの群など、敵では無かった。
ただ、
これにより
その瞬間までの間、彼のUVキャノン攻撃を耐えしのぐのは、なかなかに厳しかったが、事前に折り畳み式緊急排熱フィンで排熱していたおかげでなんとか耐えきることができた。
そしてその一方で、ワタシは百隻以上ある雑兵グォイドの群から、事前に選出しておいた個体に対し、決して沈めることが無いように、出力を絞ったUVキャノンを精密に狙いを定め撃ち込んだ。
なぜならば…………』
――グォイド・スフィア弾発射まで残り約60秒――
――グォイド・スフィア弾・
グォイド・スフィア弾を形成しているUVフィールド、その下に溜まった明灰色のガスの層を、まるで海面へと浮上する鯨の姿を上下逆さまにしたかのように、けたたましい飛沫と波と共に突き破り、歪な極彩色の塊が姿を現した。
全長約600メートル、直径役300メートル、大まかに見て凹凸の激しい歪な円錐形をしたそれは、もし外から見ることができる人間がいたならば、新型のグォイドかと思っただろう。
その表面が各級のグォイド艦と共通した色とディティールをしており、なおかつそのフォルムとサイズが既知のどのグォイドとも一致しなかっからだ。
しかしもっと良く観察すれば、そのフォルムがグォイドにしては歪すぎることが分かったはずだ。
艦首部分は宇宙での行動に適した上下左右対称フォルムであったが、それより後ろは上下も左右も対象では無く、まるで強く握られた粘土の塊の表面に、極彩色のグォイド装甲を張りつけたかのようであった。
そんなフォルムのグォイドは、今まで人類に発見されたことは無い。
しかし、その物体は明確な目的をもって、グォイド・スフィア弾の地表すれすれの低空を猛烈な速度で飛行しながら、
「艦長ぅ!やっぱり前が見えないし、それに超重たいよう!」
その物体の中心部で、操舵桿を握る少女が背後に向かって叫んだ。
「ああ……やっぱり? 仕方無いわね……フィニィ、全偽装パージ!」
「了解!」
物体の内部でのそんな短い会話が行われた直後、物体がぐるりと船体をロールさせると、表面を覆っていた極彩色のグォイド装甲が、遠心力によって瞬時にして剥がれていくと、その内部から、まるでシュモクザメのようなシルエットの艦首が姿を現した。
「ああ……とうとうこんなとこにまで来ちゃったのね……私たち……」
その人類艦の中心部で、艦長帽をかぶったその女性は、頭上に広がる明灰色の雲と、眼下の墨のような黒色の砂に覆われた地表とに挟まれた光景を見ながら、しみじみとつぶやいた。
〈じんりゅう〉は人類史でも数えて五指に入る、グォイド・スフィア内部への突入を果たしたのだ。
それは同時に、雑兵グォイドによってくぎ付けにされている
だが、ただ脱出できたとしても意味は無い。
〈じんりゅう〉の目的は、あくまでグォイド・スフィア弾の惑星間レールガンとしての発射の阻止なのだ。
そしてその為には、グォイド・スフィア弾の鉄壁とも言えるUVシールドの守りを突破する必要がった。
この難題に対し、アヴィティラはエクスプリカと共に行った全身全霊での高速情処理の最中、艦尾格納庫で眠るケイジから得たビジョンから、ある閃きにいたった。
ケイジから届いたのは、まず〈ユピティ・ダイバー〉が〈じんりゅう〉との合流を果たした際に、薄い卵の殻状になったサティで船体を包み、その表面をステルス化させることでグォイドの目を欺いた時のビジョンであった……。
グォイド・スフィア弾の鉄壁とも言えるUVシールドの守りを、外から〈じんりゅう〉の主砲UVキャノンで貫くことは不可能だ。
だが、〈ユピティ・ダイバー〉のように、なんらかの膜で〈じんりゅう〉を包みこみ、グォイド・スフィア弾の目を欺いて敵UVシールドの内側へと飛びこみ、敵の懐から攻撃してはどうだろうか? と、そうアヴィティラは考えたのだ。
もちろんサティで包むには〈じんりゅう〉で大き過ぎるし、ステルス化しても敵UVシールドは通過出来ない。
サティ自身も、合流の際に傷つき、今は艦尾格納庫で眠っている。彼女で〈じんりゅう〉を包むことはできない。
だが……周りにうじゃうじゃといる雑兵グォイドそれ自体を、欺瞞の為の殻にしてはどうだろうか? と、さらにアヴィティラは考えたのだ。
これまでの観測から、雑兵グォイドの群が、グォイド・スフィア弾を包むUVシールドを自由に出入りしている光景がすでに何度も確認されている。
グォイド・スフィア弾のシールドは、僚艦は通過できるような仕組みになっているのだ。
…………ならば、出力を絞ったUVキャノンで雑兵グォイドの武装と推進部のみを破壊し、内部UVDとUVシールド発生機を破壊しないようにしたものを、〈じんりゅう〉を包む殻の代わりに使ってはどうだろうか?
もちろんこのアイデアには問題がある。
数ある雑兵グォイドとの戦闘を繰り広げながら、
アヴィティラの超高速情報処理能力を用いた精密射撃と操舵であれば、問題な大半は解決可能だ。
だが、手が付いているわけでもない〈じんりゅう〉の船体で、いかにして雑兵グォイドでできた殻を纏うかだけは、アヴィティラの能力だけでは解決できなかった……ケイジからのもう一つのビジョンを受け取るまでは。
ケイジ達により届けられたUVシールド・コンバーター等の新造パーツの中には、超ダウンバーストからの脱出の際に失われた
彼の少年はこれを利用しろと言っているのか!?
アヴィティラには分からなかった。だが、彼の少年のアイデアは確かに使えた。
と同時に、予め選んでおいた数隻の雑兵グォイドに対しては、武装と推進部を破壊するのみに留めておくと、その船体に向かって、再装備された艦首スマート・アンカー二基を放った。
それを確認するなり、船体を急速ロールさせる〈じんりゅう〉。
たちまち数珠つなぎにアンカーワイヤーに貫かれた雑兵グォイドの船体が、〈じんりゅう〉に螺旋状に巻き付き、〈じんりゅう〉を覆った。
最後にダメ押しで艦尾のみを破壊した雑兵グォイドに後ろから突っ込むと、〈じんりゅう〉は無力化された雑兵グォイド完全に覆われた、ニセ・グォイドとなっていた。
全ての戦闘に言えることだが、重要なのは距離、位置関係、タイミングであった。
距離は、雑兵グォイドの包囲が〈じんりゅう〉に接近し、〈じんりゅう〉がニセ・グォイドに化ける為に、スマート・アンカーが届く距離。
位置関係は、雑兵グォイド群が、グォイド・スフィア弾と〈じんりゅう〉との間に立ちはだかり、
タイミングは、この二つの行いが同時に行える瞬間だ。
そこから先は、単純であった。
UVDを破壊されていない雑兵グォイドからは、グォイドの特性を持ったUVシールドが今も展開され続けており、それに包まれた〈じんりゅう〉を、グォイド・スフィア弾を包むUVシールドは同胞だと認識し、難なく通過させたのであった。
問題が一つあるとしたら、そこまで〈じんりゅう〉を操って来た【ANESYS】の統合維持限界が、そこで訪れてしまったことだ。
もうアヴィティラによる加護は受けられない。
ここから先のグォイド・スフィア弾への攻撃は、ユリノ達クルー一人一人で成さねばならないのであった。
「ああ……とうとうこんなとこにまで来ちゃったのね……私たち……」
【ANESYS】
【ANESYS】
“グォイド・スフィア”それは星に打ち込まれたシードピラーによって展開される球状空間のことだ。
UVシールドに包まれたその空間内部では、討ちこまれた星を材料に無数のグォイド艦が建造され、放置しておけば、いずれは新たなシードピラー建造能力までも持つとされていた。
一説によればその空間内は、グォイドの母性に似た環境へと改造されているのだという。
グォイドはシードピラーを訪れた恒星系の各星々に打ち込むことで、その版図を広げているのだ。
つまり、グォイド・スフィアの存在を放置することは、太陽系全域をグォイドに奪われる危険を意味し、ひいては人類の絶滅を意味していた。
人類はグォイドがシードピラーを太陽系各星々に打ち込もうとする度に、辛くもそれを阻止し続けてきたが、今回のようにシードピラーの侵入を許し、雑兵グォイドを生み出せる程までにグォイド・スフィアを成長させてしまった例は、今回がほぼ始めてと言って良かった。
そしてそんなグォイド・スフィアの中へ、航宙艦で突入に成功した例は、当然といえば当然だが〈じんりゅう〉が初であった。
グォイド・スフィア内部には、多数の雑兵グォイドを生みだしたプラント等があるはずだったが、〈じんりゅう〉が降下したのは
「分かっているとは思うけれども艦長、感慨にふけっている場合ではないぞ」
【ANESYS】
「艦長、どうやらグォイド・スフィア内部では、我々で言うところの
無人艦指揮席から、極めて貴重なグォイド・スフィア内のデータを得たシズが、やや興奮気味に告げた。
人類が火星や月の開拓で使用しているその半自己増殖機械と同種のものが、グォイド・スフィアの中でも使われているらしい。
「上空を覆う灰色の雲は、地表の物質を分解した際に生成された余剰元素が生み出したガスのようなのです!」
シズが明灰色の謎が解け、スッキリしたように続けた。
シズの報告にユリノが出した結論は、それまでと変らなかった。
「どちらにしろ、こいつを地球に向かわせるわけにはいかないってだけだわ……みんな、行くわよ!」
ブリッジを見まわしながらにユリノの宣言に、返って来る『了解』という声の数々。
「カオルコ! 全主砲、左舷90度、伏仰角0度で発射用意! 微調整は【ANESYS】製FCSに一任!」
「よしきた!」
「フィニィ、〈じんりゅう〉を
「りょ、了解! ほ、本当ですか?」
「全主砲を目標に向けて撃つにはそれしかないわ! 頼んだわよ!」
思わず訊き返した操舵席のフィニィに、ユリノは答えた。
【ANESYS】の思考統合維持限界を越えてしまった為、最後の最後で、クルー達一人一人の操作で〈じんりゅう〉を動かさねばならなくなった。
だが、【ANESYS】の
それは頼りにするには不明確な記憶かもしれなかったが、ユリノは全力で信じることにした
「艦長、頭上を見て下さい! 目標、
電側席からのルジーナの報告。
ユリノが上方ビュワーを仰ぐと、艦前方上空から後方にかけ、明灰色だった雲が瞬く間に消え去って行くのが見えた。
と同時に、眼下を巨大な城壁のような隆起がいくつも通過したのが見えた。
遠くからは同心円状のタービンに見えたものが、近くからはこう見えるのだ。
そして、その城壁と城壁の間に、急速に虹色のUVエネルギーの光が蓄えられていくのが見えた。
――木星からの脱出に合わせて撃つつもりなのね!? ――
ユリノはグォイド・スフィア弾の企みを察した。
グォイド・スフィア弾は、惑星間レールガンとして大赤斑
眼下で増していく淡い虹色のUVエネルギーを、切り裂く様にして突き進む〈じんりゅう〉。
眼下を過ぎ去る城壁の数々が徐々に湾曲していくのが分かった。
同心円の中心に近づいている為だ。
「目標到達まで3000メートルデス!」
「フィニィ、リバース・スラスト展開、フルリバースで降下!」
「了解! こなくそぉ~ッ!」
ルジーナの報告に、ユリノは操舵席に命じると、フィニィが呻きながら操舵桿を捻った。
同時にバトルブリッジから見える景色がぐるりと90度回転、ビュワー右舷側に壁のように見えるグォイド・スフィア弾
直後にバトルブリッジを襲う鋭くかつ断続的な衝撃。
〈じんりゅう〉はリバース・スラストを全力でかける一方で、自らグォイド・スフィア弾の地表に着陸することで、その摩擦抵抗により、ここまでやってきた際の速度を無理矢理ゼロにしようとしたのだ。
バトルブリッジの前方ビュワーに、何層もの城壁のような
この世の終わりのような衝撃が何度もバトルブリッジを襲い、クルー達の悲鳴と、エクスプリカの甲高い電子音が響く。
だが、強化された〈じんりゅう〉のUVシールドと、船体が持っていた運動エネルギーは、城壁状パーツの強度に勝っていた。
〈じんりゅう〉の
同時に〈じんりゅう〉周囲に溢れるUVエネルギーの虹色の光が濃密になっていく。
グォイド・スフィア弾が、惑星間レールガンとしての発射と同時に、
彼のグォイドの立場ならば当然の帰結だからだ。
そしてその行動が、〈じんりゅう〉に最初で最後にして、最大のチャンスを与えていた。
グォイド・スフィア弾が、これから〈じんりゅう〉がUVキャノンを撃とうとしている方向の表層UVシールドを、自ら進んで開けておいてくれたからだ。
「〈じんりゅう〉目標位置に到着! 静止完了!」
「全主砲、左右仰伏角微調整よし! 【ANESYS】製FCS連動よし、発射用意全てよし!」
フィニィとカオルコの報告。
同時に〈じんりゅう〉が
ユリノは今一度、大きく息を吸い込んだ。
左舷ビュワーに、広大極まりない光景となって、微かに左方向に湾曲した【ザ・トーラス】のチューブが広がっているのが見えた。
主砲UVキャノンは、その広大な円環の中心部に広がる虚空へと向けられだ。
ユリノは万感の思いを込めて叫んだ。
「撃てーッ!」
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