♯5

「――……と、いうわけで、俺達はなんだかんだで木星がシンクロトロンになっていて、それが惑星間クラスのレールガンと、とんでもない威力のUVキャノンになっていることは、三時間程前にすでに予測できていたんです」


 ――〈ヘファイストス〉中央作業指揮所内・隔離通信ブース――。


 あまり広いとは言えないが、他の〈ヘファイストス〉クルーからは見られる心配の無い通信ブース内に、テューラ司令、ノォバ・チーフ、クィンティルラ大尉、キルスティ少尉とともにすし詰め状態となりながら、ケイジは所々つっかえながらなんとか〈じんりゅう〉への説明を続けていた。


『…………』

「……惑星間レールガンの標的はさておいて、グォイドが木星圏内でUVキャノンの標的にするとしたら〈第一アヴァロン〉以外は考えられなかったので、テューラ司令に木星防衛艦隊司令部をなんとか説得してもらって、さっさと手近な衛星の影に隠れるようにしてもらっていたんです」


 ケイジは”言う程簡単では無かったけれど”と心の中で付け加えながら、返ってこない〈じんりゅう〉の返答を待ちつつ、先を続けた。


「元々〈第一アヴァロン〉は、木星恒星化の可能性アリという最初の予測から緊急避難準備を進めており、ガニメデ軌道から離れ木星圏を脱出しようとしてたところでだったので、UVキャノンに狙われていると分かって時点で、そこからタイミング的に隠れられる唯一の衛星だった”イオ”に向かって移動し、今はその影で俺達が載っている〈ヘファイストス〉〈リグ=ヴェーダ〉と共に木星大赤斑にむけて決して身を晒さないようにしています」


『…………』


 ケイジは自分だけが喋っている気がして不安になってきた。

 何かマイクの後ろで、〈じんりゅう〉のクルー達が鼻をすするような、笑いをかみ殺しているような物音を出して騒いでいたような気がしたが、うまくは聞き取れなかった。


「ああ! それから、どうせならグォイドに〈第一アヴァロン〉を破壊できたと思いこませた方が何かと有利になると思いまして、適当な無人艦や無人飛宙機やUV弾頭ミサイルを使って、ガニメデの元々〈第一アヴァロン〉がいた軌道上に、〈第一アヴァロン〉が放っていたUVエネルギーとそっくりに似せた偽のUVエネルギーの輝きを再現して見せて、囮にしておいたんです。

 上手くいけば、さっきのUVキャノン発射時におきた爆発で、グォイドは〈第一アヴァロン〉の破壊に成功したものと思っているはずです…………はずなんですけど……あの〈じんりゅう〉に皆さん……聞えてますかぁ?」


 ケイジはとうとう確認せずにはいられなくなり尋ねた。

 そもそも、キルスティ少尉にいきなり〈じんりゅう〉との通信を替われと言われた時から、嫌な予感はしていたのだ。

 なぜに限られた時間しかないのに、自分が重要な報告をしなくてはならないのか? と。

 確かに、ほとんどエクスプリカ・ダッシュのお陰とはいえ偶然にも木星内の変容を看破し、〈第一アヴァロン〉を避難させつつその撃破を偽装しようと言いだしたのは自分かもしれないが、それは倫理的帰結に基づいた合理的行動を進言したに過ぎない。

 それに今にして思えば、航宙艦の中でも最も下っ端の技術三等宙曹のくせに、物凄く出過ぎたマネをしてしまった気がする。

 〈じんりゅう〉ロストの報を聞いて以来、また疼き出した右脚の痛みと共に、どうも行動力のリミッターがオフになってしまったようなのだ。

 それが必要ある行いとだ自分が判断したならば、躊躇いとうものが無くなってしまったのだ。

 そして自分が分をわきまえず進言予測したことが、大赤斑からのUVキャノンの発射によって的中してしまっていることが確認され、さらに不安に拍車をかけた。

 ――俺ってこんな予測能力あったっけ? と。

 それが失われた半年前の〈じんりゅう〉乗艦時の記憶が関係しているであろうことは、想像に難く無いが、まるで自分が自分の制御を離れてしまたようで、ケイジは今頃になってすこぶる不安になった。

 それに、自分なんかがVS艦隊の、それもケレス沖会戦の英雄〈じんりゅう〉のクルーと、こんな大事なタイミングで会話しても良いのか?

 他にもっと適任な人物がいるのではないかと思えてならなかった。

 が、キルスティ少尉の進言によって通信席に半ば強引に座らされると、言いだしたキルスティ少尉はおろか、テューラ司令、ノォバ・チーフまでもが黙したまま”うむ”と頷き、クィンティルラ大尉はニヤニヤしながらサムズアップしつつこっちを見ている。

 彼らのそのリアクションの意味することとは何なのだろうか?

 何故キルスティ少尉は今自分に彼女らと話させたのか?

 疑問が山程沸いてくるが、今は答えてもらえそうに無かった。今は何とか繋がった〈じんりゅう〉と有用な連絡のやりとりをせねばならなかった。


「え~あの~〈じんりゅう〉? 聞えてますか?」


 ケイジはおそるおそる再度返事の返ってこない〈じんりゅう〉に呼びかけた。

 むこうも突然わけのわからない若造に話しかけられて、混乱しているのかもしれない。

 いくら時間が限られているとはいえ、少しばかり早口で喋り過ぎたかもしれない。

 これではストーカーじみたVSファンのキモオタみたいではないか!?

 と、一通りの説明を終えた後になってみて、ケイジは説明が上手く伝わったか云々よりも、〈じんりゅう〉の彼女達に気持ち悪く思われなかったかが心配になってきた。

 よく考えてみれば、自分はストーカーじみてるかはともかく、VSファンのキモオタみたいなものではないか!? と。

 ……だが、これが音声のみの通話であったのは幸いであったかもしれない。

 もしも、この通信が映像付きであったならば、〈じんりゅう〉の彼女らは今の自分の顔を見てビックリしてしまうかもしれないからだ。

 白い保護カバーで多少は隠しているとはいえ、控え目に言っても、半年前に負った怪我によって今の自分の顔の左上面はちょっとした怪人状態になっているのだから。

 なにしろ、毎朝洗面所の鏡の前に立つ度に、自分自身がドッキリしているくらいなのだ。

 ケイジは、あの〈じんりゅう〉クルー子と会話できることに喜びを抱かないでは無かったが、それと同じくらい嫌われやしないかと不安だった。

 自分は下っ端で経験も浅く、見た目もボロボロな若造でしかないのだから。


『ここここ……こちら〈じんりゅう〉聞いてます! ちゃんと聞いてますから!』


 ケイジが説明を終えてから、実際にはほんの数秒しか経っていなかったが、それでもケイジにはその何倍もの時間が経ったように思えた頃、慌てたように〈じんりゅう〉からの通信が返ってきた。


『イ……イオにいるですって!? 今ケイジ君達と〈第一アヴァロン〉はイオの軌道にいるの?』


 ようやく返って来たユリノ艦長の声は、まずそう尋ねてきた。


「は、はい! そういうことです。逃げるどころか近づいてしまいましたけれど、下手に木星圏から離れると、遮蔽物が無くなって余計危ないので、木星UVキャノンが射角的に狙い辛く、かつ丁度公転位置的にガニメデに近かったイオに〈第一アヴァロン〉は逃げてきたんです」


 ケイジは答えながら、〈ヘファイストス〉の外景ビュワーに映る衛星イオの姿を見つめた。

 木星の代表的な衛星であるガリレオ衛星の中でも、最も内側にある”イオ”は、木星からの潮汐力によって無数の活火山に覆われた星であり、まるでカビの生えたグレープフルーツのような姿をこちらにさらしていた。

 もちろん、ここまでの移動は言う程簡単では無かった。

 まず、偵察機や無人艦で、〈第一アヴァロン〉の動向を偵察してはリバイアサンに伝えるステルス偵察機の類がいないことを入念に確認し、続いて〈第一アヴァロン〉の移動を開始しようとしたわけだが……。

 ただ木星の重力井戸から脱出するのと、それに従い半落下して内側の衛星に遷移するのとでは、後者の方が遥かに容易であった。

 楽である為にイオに来ただけなのだ。そして他に選択肢は無い。

 単なる成り行きの結果と言っても良い。


『あの……人的被害は出ていないんですね?』

「はい、とりあえず人的被害で出ていません」

『………あぁ………良かったぁ~』


 ケイジの報告に、とろけそうな程に安堵したユリノ艦長の呟きが返って来た。

 よほどUVキャノンに〈第一アヴァロン〉が破壊されなかったことが嬉しかったらしい。

 ケイジはユリノ艦長が想像していたよりも優しく人間味があることを知り、言い知れぬ親近感のようなものを感じた。

 ……それとほんの僅かな懐かしさも。


「…………けれど、そのリバイアサンと名付けた新種の輪っか状グォイドのお陰で、〈じんりゅう〉救出と惑星間レールガンの発射を阻止を行おうにも、誰も近づけない状態なんで、まずはこのリバイアサンをなんとかしないといけませんね」


 ケイジは他にもっと何か喋るべきことや、話しあいたいことがあった気がしたが、限られた時間ではそれは許されず、結局任務に関することしか言えないことを憂いながら、また説明を続けた。


『ちょ、ちょちょちょ……ちょっと待ってケイジ君、さっきテューラ司令も言っていたけれど、〈じんりゅう〉を救出するって、いったいどうするつもりなの!?』


 考えてみれば当たり前のことながら、ケイジには当然の説明も、〈じんりゅう〉にとっては驚きのことだったらしく、ユリノ艦長が驚きつつ尋ねてきた。


「あ~ですから〈じんりゅう〉がいる場所まで救出に行ける木星深々度雲海潜航艦を、今〈ヘファイストス〉で急造中なんです。あと……」


 ケイジがノォバ・チーフの方を見ると、彼は慌ててハンドサインで伝えてきた。


「あと30時間でそちらに行ける予定です。それでですねユリノ艦長、大至急、今度はそちらの状況を教えて下さい。

 そちらの救助に向かうには、そちらの正確な位置とかの情報を知らないと……」

『な! あと30時間でこっちに来るですってぇ!?

 ……わ……分かったわケイジ君、ちょっとまってて、ともかく情報を伝えようにもこっちからの口頭での説明では埒が明かないから、今から〈じんりゅう〉で【ANESYS】を行います。そっちで録音の上、あとで解読して下さい!』


 ケイジは一瞬彼女が今告げたことが頭に入って来なかった。 

 いつの間にかユリノ艦長から下の名前で呼ばれたことに気づいたからだ。





 





 現在、〈じんりゅう〉と木星上空作戦指揮所MCとの通信は、木星の濃厚なガス大気の中を、〈じんりゅう〉からプローブ、曳航式センサーブイ、軌道エレベーターのピラー、〈ラパナス改〉、〈ナガラジャ〉を中継することで辛うじて繋がっている状態であった。

 しかもそれは超ダウンバーストによる軌道エレベーター・ピラーの沈降により、維持できるのはあと数分が限界であった。

 とうてい画像、映像などの高密度データを送受信することなどは不可能であり、音声会話を辛うじて可能とするのが精いっぱいであった。

 かといって現在〈じんりゅう〉がいる【ザ・トーラス】とシンクロトロン、その中を加速周回中のグォイド・スフィア弾の諸々の情報を、簡潔かつ正確に、通信維持時間内に口頭で木星上空作戦指揮所MCに伝えるのには無理があった。

 一つの手段を除いては……。


「総員【ANESYS】スタンバイ! 〈じんりゅう〉が持っている【ザ・トーラス】その他諸々のデータを、圧縮した音声にして木星上空作戦指揮所MC伝えるわ!」


 ――〈じんりゅう〉バトルブリッジ――。


 エクスプリカが見守る中、ユリノは決断するとすぐさま命じた。

 同時に、各クルーが座る座席が変形展開し、四肢を固定するパッドと、クルーの思考を読みとる磁気共鳴スキャナーが、彼女達の身体を囲む。


『わ~凄いですねエクスプリカさん! モノホンの【ANESYS】に立ち会えるだなんて!』

[シ~! さてぃ静カニシテクレ]

『おっと! ごめんなさい! でもこっちはもうすぐ限界です。何をするにしても急いでくださいね』


 軌道エレベーターのピラーにいるサティの能天気にはしゃぐ声が響き、エクスプリカが窘めると、サティはそれだけ告げてすぐに黙した。

 ピラーにへばり付いているサティからの通信によれば、どうやらこの通信が維持可能な時間はもうあと僅かなようだ。


「全システム問題無し、【ANESYS】いけます!」

「よし、みんないくわよ! 【ANESYS】エンゲージ!」


 副長サヲリの報告を聞くなりユリノが命じると、彼女らの頭上を覆う磁気共鳴スキャナーから燐光が放たれ、彼女達の思考は一つとなった。

 と同時に、バトルブリッジに曰く言い難いあらゆる波長の音が同時に響いた。

 シンセサイザーの鍵盤を全て同時に押したような音色であったが、どこかしら法則性があり、かといって音楽という程洗練はされていない。

 無理に例えるなら、それは地球に海に住んでいるというあらゆる鯨種の鳴き声を、甲高くして同時に聞いたようであったかもしれない。

 といても、それは所詮は機械たるエクスプリカの感想でしかなかったが。

 当然ながらエクスプリカはその音色の正体をよく理解していた。

 今、木星上空作戦指揮所MCと〈じんりゅう〉とでは音声データのやりとりしか出来ない。

 だからといって、ユリノか誰かが人間の思考速度で伝えるべきことを取捨選択し考え、口頭で細々と〈じんりゅう〉がここで得たデータを語って送るのは、現実的には不可能だ。

 だが【ANESYS】を使えば話は別だ。

 超高速情報処理を可能とする【ANESYS】の統合思考体のアヴィティラ化身ならば、必要なデータを高速高密度音声化して木星上空作戦指揮所MCへと伝えることができる。

 分かりやすく言えば【ANESYS】がおそろしく早口で喋ることで、高密度のデータを送れるというわけだ。

 実際には、人間の可聴域を超えたあらゆる波長の音程でアヴィティラ化身となった彼女がまくし立てており、その為に多数の鯨が一斉に鳴いたような音が聞こえるのだ。

 もちろんこの方法では木星上空作戦指揮所MCにいる人々には、何が何だかわからない鯨音が届くだけであるが、そこは向こうにいる適当なAIにでも再翻訳してもらえば良い。

 今〈じんりゅう〉がもつ情報を木星上空作戦指揮所MCへ最大限に伝える方法があるとしたら、これが唯一の手段であった。

 〈じんりゅう〉が最後に【ANESYS】を行ってからすでに4時間弱が経過しており、クルー達の脳は充分再統合に耐えられる程回復している。

 6分間の限られた思考統合時間の問題も、それよりも早く通信維持時間限界が来るので問題とはならないはずだ。

 ユリノのアイディアは妥当な案だとエクスプリカも判断した。

 残りの通信可能時間内に〈じんりゅう〉が木星上空作戦指揮所MCへと送りたいと望む情報は、全て送れるはずだ。

 この手段は、理屈から言えば〈ナガラジャ〉から木星外での状況を〈じんりゅう〉に知らせるのにも使用可能なはずであったが、リバイアサンとかいう新種グォイドを監視中であり、いつ戦闘での【ANESYS】の起動の必要に迫られるか分からない彼女らの艦には頼めない所業であった。

 問題があるとすれば、〈じんりゅう〉がこの【ザ・トーラス】の全てを把握したわけではないことと、あと彼女達が余計なことまで木星上空作戦指揮所MCへと送りはしないかということだった。

 この【ザ・トーラス】を形成維持し、シンクロトロンにしてるリング状巨大物体の出自は未だに分かっていない。

 グォイドでは無い何者かが、数十億年前に大赤斑直下で発見したオリジナルUVDと共に木星にもたらしたらしいことが分かっているだけだ。

 木星でおきた一連の事変は、全てその事実をグォイドが利用しているだけらしい。

 ユリノは【ザ・トーラス】内を周回する都度、このシンクロトロンを惑星間レールガンとしてコントロールしている中枢がどこかにあるのではないのかと睨みスキャンを続けていたが、未だ発見には至っていない。

 ユリノはその【ザ・トーラス】を操るコントロール中枢に、グォイドが取りつくことで、己の意のままに操っているのではないか? と睨んでいた。

 それはまだ仮説でしかないが、もし発見できれば、この【ザ・トーラス】におけるグォイドの企みを阻止する鍵となるはずのだが……。

 発見できない以上は仮説にすぎず、それ以上考えても詮無い話であった。

 それともう一つ……エクスプリカは木星上空作戦指揮所MCとの音声通信にケイジ三曹が出た瞬間の、ユリノ達〈じんりゅう〉クルーの激しいリアクションを思い出した。

 それぞれに思う所があるのは機械なりに分かるのだが……まさかこれ程とは……。

 この場にいないクィンティルラを除き、ユリノ、カオルコ、フィニィ、ルジーナ、シズ、フォムフォム、ミユミ、そして沈着冷静なサヲリまでもが、ケイジの声が聞こえた瞬間、任務のことを忘れ、それぞれのリアクションで驚き、喜び、そして何故か少し怒っていた。

 エクスプリカは、〈ワンダービート〉で再開を果たした副長サヲリ以外のクルーが、ケイジと音声でのみとはいえ再開を果たしたことの影響が心配になってきた。

 ケイジとの再開によって爆発した彼女らの感情まで、音声データとなって木星上空作戦指揮所MCへと送られてしまったならば、それはきっと面倒なことになるだろう。

 エクスプリカは、かつて今は亡き初代〈じんりゅう〉艦長にしてユリノの姉たるレイカが、ノォバ・ジュウシロウと結ばれ、娘まで設けた際の騒動を思い出し、機械なりに戦々恐々とした。

 その懸念は、けして考え過ぎだとはエクスプリカには思え無かった。

 今、エクスプリカの眼前のバトルブリッジ中央には、ホログラムで姿を現した【ANESYS】の統合思考体のアヴィティラ《化身》が、天に祈りを捧げる聖母像のように、膝をつき両手を握り合わせて、瞑目しながら歌うようにして、木星上空作戦指揮所MCへとデータを送り続けていたからだ。









『あの~すいませ~ん! これを聞いていらっしゃる木星上空作戦指揮所MCの皆さ~ん、そろそろ本当に限界で~す! ケーブルが限界まで引っ張られちゃって……ああ……も~……それでは皆さんご機嫌よ――――』


 ユリノ艦長の【ANESYS】起動宣言の後で響いてきた謎の多重音が治まると、ようやく繋がった〈じんりゅう〉からの通信からは、切羽詰まってる割にはどこか緊張感にかける女性の声が響き、その途中で通信はプツリと途切れた。


「…………今の誰だ?」


 しばしの沈黙の後、テューラ司令が一同を代表するかのようにポツリと尋ねたのを皮切りに、様々な疑問が沸いて出てきたが、それらの疑問には、いち早く高密度音声データを解読したエクスプリカ・ダッシュにより解かれていった。

 

 ――イオ軌道上、〈ヘファイストス〉中央作業指揮所内・隔離通信ブース――。


 ビュワー上に〈じんりゅう〉から届いたデータが次々と再映像化されると、テューラ司令は「おお」と感心した。


「ユリノの奴、なかなか上手い伝達手段を考えたもんだな……にしても……ついに人外の友達まで作るとは……」


 テューラ司令の呻きに、ケイジは他の者と同じように何度も頷いた。

 スネークイドなどという未知の木星生命とのコンタクトだけでも驚きなのに、まさかそれと友好関係になるとは……しかもその声を、ケイジは通信でさっき聞いてしまったのだ。

 〈ワンダービート〉から拉致されて以来、言葉も出ないような驚きの連続で、ケイジはどっと疲れが押し寄せるのを感じた。

 【ANESYS】を用いた音声による〈じんりゅう〉からのデータ受け取りは無事成功した。

 だが、これはクリアせねばならないハードルの一つでしか無かった。


「あとは【ザ・トーラス】攻略と、〈じんりゅう〉の救出だな」


 テューラ司令が再確認するように告げた。


「それには、まずあのリバイアサンをなんとかしないといけませんね……」

「そんなに面倒な敵なのかアイツ?」


 呟くキルスティ少尉にクィンティルラ大尉が尋ねた。


「確かに敵は一カ所にじっとしていますし、的みたいにでっかい図体していますが、奴のお陰でグォイドはとんでも無く強力なUVキャノンを左右上下45度の射角で6時間毎に木星の周囲全方向にぶっ放すことができます……」


 ケイジは説明しながら手近なビュワーに木星周辺の総合位置情報図スィロムを呼び出し、そこに木星大赤斑から放たれる木星UVユピティキャノンの射角と射程を描き足した。


「うぇ……」

「つまり俺達は現在木星圏にある戦力だけで、木星内にいるグォイドに対処しなくちゃなりません」


 呻くクィンティルラ大尉にケイジは説明を続けた。

 木星の自転に合わせ、木星UVユピティキャノンは6時間毎にメインベルト再外縁まで届く程のUVキャノンを発射できる。

 それは大赤斑から伸びる巨大な赤い扇形をなって総合位置情報図スィロムに示され、木星の自転に合わせて反時計周りに回転していた。

 火星や地球のSSDFから、本事案の為の増援を求めようにも、その赤い扇形に触れないように6時間以内にメインベルトから木星圏まで増援艦艇を移動させることなど不可能だ。

 故に、木星圏にいるSSFだけで、木星内部にいるグォイドを殲滅し、惑星間レールガンの発射を阻止せねばならない。

 それは控え目に言っても容易い行いとは思えなかった。


「確かに楽にとはいかないが不可能じゃない、他に手が無いならば我々だけで何とかするまでだ」


 テューラ司令が宣言した。


「至急作戦立案とその準備を〈リグ=ヴェーダ〉を始めとする関係各所に命じる。チーフもお前達も、アイデアがあったらどんどん言ってくれ、エクスプリカ・ダッシュはその検証だ。チーフは早いところ〈ユピティ・ダイバー〉を仕上げてくれ……忙しくなるぞぉ……」


 テューラ司令が指をポキポキ鳴らしながら、不敵な笑みを浮かべ次々と指示を下していく姿に、ケイジ達はグォイドに勝るとも劣らない恐怖を感じざるを得なかった。

 絶対に彼女の敵には回りたくない、と。

 ケイジのここに呼ばれた最大の理由である、テューラ司令命名の木星深々度雲海潜航艦〈ユピティ・ダイバー〉の完成まであと約30時間、ケイジはそれまでに自分が覚悟を決めれるかが心配になってきた。


[ちょっとまってチューラ司令、今〈じんりゅう〉が木星内部で得たデータと、オイラ達が持ってる木星外から観測したデータを合わせてみたら、新たな予測シミュレートが出来たヨ]


 それぞれの任務に向おうとした一同を、エクスプリカ・ダッシュがビュワーに新たな映像を映しながら引き止めた。


[大赤斑の変化と、【ザ・トーラス】内を加速周回中のグォイド・スフィア弾の加速率から予測すると、惑星間レールガンが発射されるのは今から約29時間から32時間後、標的は地球ということになる可能性が最も高いネ]


 エクスプリカ・ダッシュが説明する中、ビュワー内の総合位置情報図スィロムに映る木星大赤斑から、緩い弧を描いてグォイド・スフィア弾が放たれ、瞬く間に地球圏に到達、誰に邪魔されることも無く地球の月軌道へと納まった。

 それは恐ろしく自然で、そうなるのが運命でもあるかのごとく滑らかな動きにケイジには見えた。

 そのシミュレーション結果が意味することに気づくのに、時間はいらなかった。

 〈ユピティ・ダイバー〉による〈じんりゅう〉救出任務と、惑星間レールガンの発射時間が被っている!

 ケイジは己が担う任務が過酷になることを覚悟せねばならなくなった。

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