♯4

 リバイアサン・グォイドは、そのパイプ状船体を高速ロールさせる遠心力で、幾本ものワイヤーで繋がれ束ねられていた棒状船体同士の間隔を広げさせ、パイプ状から歪な王冠型へ、そして等間隔で歪な棘がついた指輪へ、それからフラフープ状へ、そこまでいってもなお径を広げ続け、渦となった大赤斑の端を周回する巨大なネックレス状へとなっていた。


「姫様、リバイアサン・グォイド大赤斑の渦の中心へと変進! さらに船体を包むUVエネルギーの急激な上昇を確認しました!」


 電側員の報告。

 ――〈ナガラジャ〉バトル・ブリッジ内――。

 アイシュワリアがホロ総合位置情報図スィロム越しに見守る中、突如木星雲海から大赤斑内に浮上してきたリバイアサン・グォイドは、ロール回転しながら径を広げつつ舵を大きく左へ切ると、反時計回りの渦巻き模様を外から内に向ってたどるようにして、大赤斑中心部へと向かった。


「なにを始める気なの……?」


 アイシュワリアが思わず呟くなか、瞬く間に大赤斑の渦中心部の中空へと躍り出たリバイアサン・グォイドは、球状の軌跡を描きながら縦軸回転を続けていたが、やがてまるでテーブルの上で回転させたコインがゆっくりと勢いを失って倒れるがごとく、大赤斑中心部真上に巨大な真円を向けた状態で安定した。

 その時点でリングの直径は優に100キロを超えていた。

 リングは一見安定しているように見えるが、リング状態のまま今も回転を続けることで、遠心力で真円を維持していることがよく見てみれば分かった。

 そして奇妙なことに、円盤状となったリバイアサン・グォイドは、第赤斑の上に水平にでは無く、僅かに傾いた状態で安定していた。


「姫様、無人機からの光学映像を見て下さい」 


 デボォザの言葉に、アイシュワリアはビュワーに映る大赤斑真上から見た巨大リング状リバイアサン・グォイドに目を凝らした。


「あれ……これってぇ……ひょっとして向こうの景色が歪んでる?」

「姫様もそう思いますか? 私もです」

「つまりあの輪っかの中にUVエネルギーが張られてるってこと?」


 アイシュワリアは息を吹いてシャボン玉を生みだす直前の、石鹸水の膜のついた輪っかを連想したながら言った。

 デボォザはアイシュワリアの答えに無言で頷いた。

 その表情に、アイシュワリアはこれからとても良く無いことが起きる予兆を感じた。

 元々、あくまで平面であり、渦でも穴でも無かった大赤斑は、赤道直上への移動と同時に変化を続け、今や混ざりかけのミルクティーのような模様を内壁に描く、直径2万キロの巨大なすり鉢状の渦へと変貌していた。

 そしてその広大な渦の中心部上空に、ポツリと浮かぶリング状になったリバイアサン・グォイドの輪を通してその向こうを見ると、それは僅かな違いではあったが、間違い無くリングの内と外で、無数の細い筋を描く赤褐色のガス潮流の模様がズレて見えていたのだ。

 リバイアサン・グォイドが傾いているは故に気づけたことであった。

 それは傾いた分厚いガラス盤越しに、その向こうの景色を見るのに似ていた。

 UVエネルギーは、〈ナガラジャ〉内の床にアイシュワリア達クルーを立たせることが出来たり、クルーを急激なGをキャンセルすることで守ったりすることができるように、重力を操ることが可能だ。

 そして重力が操れるということを究極的に突き詰めれば、それは同時に、理屈の上では空間そのものを歪めることをも可能であることも意味していた。

 今、リバイアサン・グォイドのリング越しに見える木星の赤褐色のガス潮流の模様が、その外側とでズレて見えるのは、リバイアサン・グォイドのリング内側が、高出力のUVエネルギーで満たされているからなのではないか?

 アイシュワリアがその結論に至るのに、時間はかからなかった。

 問題は、それが何の為に行われているかということだ。

 そして何が起こるのかは分からないが、それが起きるのは間も無くだ。


「艦長大変です!」

「今度はなに!?」


 アイシュワリアは突然の通信士からの声に、ビクリとしながら訊き返した。


「先ほど発見した〈ラパナス改〉より入電! 〈じんりゅう〉からのメッセージを受信した模様です!」

「はぃぃ!?」


 アイシュワリアは唐突な報告に、思わず素っ頓狂な声を上げることしかできなかった。


「ただちに木星上空作戦指揮所MCへ中継しつつ、ビュワーに投影を!」

「それが、〈じんりゅう〉からのメッセージは音声情報のみなようです、直ちにスピーカーに出します!」


 即座に指示を出したデボォザに通信士が答えると、バトル・ブリッジのスピーカーから猛烈な雑音が響き、思わずクルー達は耳を覆った。


『……――り返します。

 こち―――ゅう〉艦長の秋津――ノです。現在木星赤道直下2300キ―――成された円環状超巨大低気圧空間、仮称【ザ・トーラス】内を毎秒約28キロで――中、木星上空作戦指揮所MCおよび木星圏―――DFに緊急警告し…………』

「すぐに調整します!」


 ノイズだらけの音声メッセージに、すぐに通信士が告げた。


『……的速や――――DF木星防衛艦隊本部〈第一アヴァ―――は木星から見てガニメデの影に退避して下さい!

 本艦は、【ザ・トー―――て同空間を形成していると思わ――――ジナルUVDと同質素材で構成されたリング状巨大物体を多数発見、この円環状空間を巨大なシンクロトロンにし、大赤斑を発射口にした惑星間レールガン、及び超巨大UVキャノンとして使用する為のものと推定しています。

 本艦は、さらにそのシンクロトロンを惑星間レールガンとして使用する為の直径3000キロの準惑星サイズの大質量実体弾と思しき物体と遭遇、その表面に、すでに展開済み拡大中のグォイド・スフィアを発見。

 それは同時に、超巨大UVキャノンとしての使用する為のUVエネルギー発生源であるものと考えられます。

 この【ザ・トーラス】をシンクロトロンにして惑星間レールガンとした場合の発射予想時刻は遅くとも46時間以内の模様、標的は地球圏か火星圏のいずれかと推定しています。

 ですが同空間を巨大UVキャノンとして使用する準備は、すでに完了しており発射口である大赤斑が標的に向き次第発射可能と考えています。

 最優先目標と予測される〈第一アヴァロン〉は、今すぐガニメデの影か、木星の大赤斑の反対側へ退避して下さい!

 繰り返します! …………』


 恐ろしく久しぶりに聞いた気がするユリノ艦長の声が、繰り返し〈ナガラジャ〉ブリッジに響いた。

 ついにやってきた〈じんりゅう〉からの連絡に、アイシュワリアは一瞬思考が止まってしまった。

 ただ……――ほら、やっぱり無事だったじゃない! ――という思いだけが沸いてくる。

 いくら昇電で脱出してきたクィンティルラとキルスティの報告があったとはいえ、それから今この瞬間まで無事でいてくれたという確証を得られたことが、言葉にならない感情となって胸を一杯にしてしまったのだ。


「姫様!」

「……し、至急〈じんりゅう〉の現在位置を把握して! それとこっちからユリノ姉様への連絡は出来る!?」


 即すようにデボォザに呼ばれ、アイシュワリアはすぐさま指示を下した。


「今、試みています。少し時間を下さい!」

「同じく!」


 アイシュワリアの指示を待つまでも無く、すでに〈ナガラジャ〉クルーは、こちらからの〈じんりゅう〉位置把握と、同艦への通信ラインの構築を試みていたようだ。

 アイシュワリアが大赤斑が拡大投影されたホロ総合位置情報図スィロムに目をやると、ホロ映像がズームアウトしていき、ユリノ艦長が告げた通りの深度2300の赤道直下、大赤斑よりもやや東の位置に、〈じんりゅう〉を示す光ブリップが瞬いた。


「まぁ姉様ってばなんて場所に!? それにあんな場所からどうやって通信を寄こしてきたっていうの?」

「詳しくは分かりませんが、どうも木星に沈んだ軌道エレベーター・ファウンテンのピラーを、アンテナ替わりにしてこの警告メッセージを送った模様です」


 呆れるアイシュワリアに電側員が報告した。


「それで、こっちから通信は送れそうなの?」

「木星のガス雲の中を、本艦と〈ラパナス改〉、軌道エレベーターのピラーを中継して通信する関係上、ライン構築までもう少しお時間を下さいデボォザ副長。間も無く繋がります!」

「可能な限り急いで」


 通信士からの報告に、アイシュワリアはそう答えることしかできなかった。


「それから繋がったら木星上空作戦指揮所MCとも通信を中継させるように」


 デボォザがアイシュワリアの指示に付け加える。

 リバイアサン・グォイドが再び現れたこのタイミングで、行方不明だった〈じんりゅう〉からやっと連絡がついた……連続して襲い来る出来事に、アイシュワリアは思考が追いつかなかった。

 

 ――一体なにがおきるっていうの?


「姫様見て下さい! リバイアサンの下の大赤斑が……!」

「!?」


 〈じんりゅう〉に気を取られていたところでデボォザに呼ばれ、アイシュワリアは一瞬彼女が指示したビュワー画面に映る大赤斑の変化に気づかなかった。


「姫様、何かが起きようとしています」

「何かって……」


 デボォザにしては珍しい曖昧な物言いに、アイシュワリアは返答に窮したが、同時に彼女が言わんとしていることの意味も分かった。

 ”斑”から巨大なすり鉢状の”渦”とかした大赤斑の、その低くなった中心部が、今までよりもさらに下降し、木星内部に向かって何処までも続く深き穴へと急激に変貌していったのだ。

 一見その縦孔は、大赤斑の面積に対し、豆粒のように小さく思えたが、それは対比物が無いが故の錯覚であり、実際はそのはるか上空で回転し続けているリング状リバイアサン・グォイドと同等の直径があるようだった。

 そしてその縦孔は、てっきり木星中心部へと続いているものとアイシュワリアは勝手に思ったのだが、良く見れば違った。

 奇妙かつ不気味なことに、僅かに見える縦孔の内壁の向きから、その穴は大赤斑の真西に向って伸びていることが分かったのだ。

 それは、丁度〈じんりゅう〉がいるという赤道直下2300キロに存在するという円環状超巨大低気圧空間に繋がってるかのように……。

 アイシュワリアは自分でも上手く言語化できない閃きのようなものを感じた。


「あのリバイアサン・グォイドの円盤が、どこを向いているか至急調べて!」


 アイシュワリアは考える前に尋ねていた。

 リバイアサン・グォイドが傾いた状態で回転し、安定しているのには意味がある。

 いや、意味が無いわけが無かったのだと、アイシュワリアは気づいた。

 程無くホロ総合位置情報図スィロム上に、円盤となったリバイアサン・グォイドの中心部から垂直に光る仮想直線が木星の彼方へ向かって延ばされ、その円盤が何処を向いているかが示された。

 アイシュワリはその瞬間、リバイアサン・グォイドの存在意義が分かった。


「姫様! リバイアサン・グォイド直下の大赤斑中心部より、桁はずれのUVエ――」


 電側員がアイシュワリアに最後まで報告することは叶わなかった。

 アイシュワリアが外景ビュワーに映るガス雲の彼方、リバイアサン・グォイドがいるはずの方向を振り向いたその瞬間、その方向からホワイトアウトする程の閃光が瞬いたからだ。


「!!」


 慌てて再びホロ総合位置情報図スィロムに視線を戻す。

 そこに映る円盤状となったリバイアサン・グォイドを、垂直に光の柱が貫いていた。


「こ……これが…………」


 あまりの桁はずれのサイズと出力のUVキャノンに、他に言葉が出てこない。

 その瞬間、直径100キロはあろうかというUVキャノンの光の柱が、大赤斑の縦穴の奥底から放たれ、リバイアサン・グォイドの輪の中を通って、木星の上空の虚空へと伸びていったのだ。

 その光の柱の基部、リング状のリバイアサン・グォイドに向かって、今更のごとく木星防衛艦隊・実体弾投射艦部隊の放った実体弾が降り注いだのが視認できた。

 それは焼け石に水程の効果も発揮することなく、UVエネルギーの柱に接触するなり気化消滅し、敵艦の張り巡らせたUVシールドにガスとなって衝突し、虹色の壁面を浮かび上がらせるだけに終わった。

 光の柱が向ったその彼方に目を向ければ、木星の衛星ガニメデがタイミングを計ったようにぽっかりと浮かんでいた。

 UVキャノンの眩い閃光は、その射線上にある微小衛星のリングを気化させつつ、ガニメデの直近を通過し、カリスト軌道を超え木星圏の外まで伸びると幻のように消え去った。

 そして再び木星上空を宇宙の闇が覆うと、ガニメデのすぐそばに一瞬遅れて数え切れない程の無数の虹色の光輪が瞬いて行った。

 その光が無数のSSDF製人造UVD、あるいはUVキャパシタの爆発によるものであることは、今さら確認の必要など無かった。


 ――これが……ユリノ姉様が警告していたUVキャノンなの……? ――


 絶句しながらも、その時アイシュワリアは見逃さなかった。

 大赤斑の縦孔から伸びたUVキャノンの光の柱が、リバイアサン・グォイドの輪を通過したその瞬間、その向きをわずかに変えたことを。

 それが、それこそがリバイアサン・グォイドの存在理由なのだ。

 リング状リバイアサン・グォイドは、UVエネルギーの膜を輪の中にはることにより、内部の空間を歪め、輪の中を通過するUVキャノン向きをプリズムのように無理矢理偏向させる為の艦なのだ。

 これにより、ユリノ艦長が警告していた木星そのものをシンクロトロンにした超巨大UVキャノンの射角は、大赤斑の直上のみでなく、リバイアサン・グォイドの輪の傾きが許される範囲ならどこでも狙える程広くなるはずであった。

 それはつまり、SSDFの艦が射角に納められてしま範囲が一気に何千倍も増したことを意味していた。

 アイシュワリアが〈じんりゅう〉からの警告の意味と、リバイアサン・グォイドの輪の意味を瞬時に理解するのと同時に、UVキャノン発射に伴う衝撃破が、大赤斑外周ガス雲内にいる〈ナガラジャ〉まで到達し、バトルブリッジを激しく揺さぶった。


「こんなの……警告されたって対処が間に合うわけないじゃ~ん!!」


 デボォザに転倒しそうなところを抱きとめられながら、アイシュワリアは思わず叫んでいた。

 






「ミユミちゃん! 木星上空作戦指揮所MCからの返信はまだ来ない!?」


 ユリノがヒステリックに叫びそうになるのをなんとか堪えながら尋ねると、〈じんりゅう〉通信士は、

インカムから聞こえる音声に自分の声が邪魔にならないよう、黙したまま首を左右にふった。

 この木星雲海深き【ザ・トーラス】で、警告メッセージが届いたかどうかを確認する術は、それに対する返信を受け取る他に無かった。

 そして返事が来るまでは、ただ待つことしかできない。


「何か、今放たれた木星UVユピティキャノンに対するSSDFの通信も傍受できないの?」


 さらなるユリノの問いかけに、ミユミは両手でインカムを耳に抑えたまま、黙して首を振るだけだった。

 ついにグォイド・スフィア弾正面から膨大なUVエネルギーが放たれ、【ザ・トーラス】を周回、猛烈に加速されることで〈仮称〉木星UVユピティキャノンとなって大赤斑裏の穿孔に消えてから数十秒後――。

 〈じんりゅう〉の船体を、木星UVユピティキャノンの光の柱が艦尾を通過したことによる衝撃破が襲った。

 幸い、ほぼ真空に近い【ザ・トーラス】で受けるその衝撃破は船体にダメージをあたえるようなレベルでは無かった。

 バトルブリッジを微かとは言い難いが、充分に耐えられる範囲の振動が襲った。

 だが【ザ・トーラス】の外までそうとはいかないようであった。

 ホロ総合位置情報図スィロムに映る軌道エレベーター・ピラーが、衝撃破によって、ゆっくりとのたうつヘビのようにうねるのが見えた。

 それに合わせ、ホロ総合位置情報図スィロム内の【ザ・トーラス】外周側内壁で、サティがケーブルを引っ張っていきとり残された曳航式センサーブイが、ピラーと繋がれたケーブルを引っ張られることで木の葉のごとく翻弄されているのが見えた。


「サティちゃん、そっちは無事なの!? 無事なら返事して!」

『無~事~で~~~~~~~~す……一応は~』


 ユリノの問いかけに、高圧大気中にいるが故の酷い雑音をバックに、それに負けじと声を張り上げるあまり無事でなさそうなサティの通信音声が返ってきた。

 その声に、ユリノは安堵すべきか心配すべきか迷った。


『ワタクシは平気ですけどぉ~~~~~、通信ケーブルを繋いだピラーが今の衝撃で動いて、センサーブイが【ザ・トーラス】に引きずり込まれそうで~すセンサーブイで通信できる時間は予想より短くなっちゃいそうで~す』 


 サティがそう告げたそばから、ホロ総合位置情報図スィロム内のセンサーブイが【ザ・トーラス】内壁に触れそうな程引っ張られる。

 もし高温高圧の【ザ・トーラス】外に出てしまったら、センサーブイはあっという間に圧壊してしまうだろう。

 木星上空作戦指揮所MCと通信できるチャンスは、もうあまり残されていない。

 木星UVキャノンが放たれてからまだ数分しか経っていないはずだったが、ユリノは未だ木星外SSDFと通信が繋がらないことに、嫌な想像をしてしまうことを止められなかった。

 警告メッセージに返事が来ないのは、木星のガス大気に阻まれて通信ラインが繋がらないからではなく、今放たれた木星UVキャノンによって返事を出来る人間が全て消し飛ばされてしまったからなのではないか?

 そんな想像を拭い去ることができない。

 その想像は、もしも木星UVユピティキャノンがありのままの威力を発揮したならば、決してあり得ない話では無いのだ。


「艦長! 木星大気上層部にいる〈ナガラジャ〉と通信が繋がりました!」


 ユリノがあきらめかけたその時、ミユミが喜びと緊張が一度にやってきたような表情で報告してきた。


『姉さま! まったく何やってるんですかッ!? ホントにまったく皆に心配をかけてもぉ~!!』


 ミユミがスピーカーから流した木星外からのノイズまみれの返事は、ユリノの予想に反して、VS805〈ナガラジャ〉艦長からの怒鳴り声であった。


「あ、あ~…………え~っと……」

「艦長、返信が来た位置が分かりましたのデス! ピラー上部近傍にいた〈ラパナス改〉を中継して、木星大気上層部・大赤斑外周部周回中の〈ナガラジャ〉と繋がった模様デス」


 ホロ総合位置情報図スィロムの木星内部に、〈ナガラジャ〉と〈ラパナス改〉の位置を示す新たな光点ブリップを追加しつつルジーナが小声で報告してきた。

 ユリノは中継に中継を重ねた通信ラインの際どさに思わず目を見開きつつ、アイシュワリアに答えた。


「え~っと、なんか心配かけちゃってごめんね……それよりアイちゃん、警告メッセージは受け取ったんでしょ? 今発射されたUVキャノンによる被害は大丈夫なの!?」

『警告メッセージはちゃんと受け取りましたよ姉様。でもUVキャノンの発射直前だったんであんまり意味無かったですけど……』

「そんな……」


 アイシュワリアの微妙にぞんざいな答えに、ユリノは一瞬言葉を失った。

 苦労して木星外部との通信を確立したというのに、すべて無駄だったのだろうか、と。


「それじゃ〈第一アヴァロン〉は? ガニメデ基地の皆はどうなったの!?」

『あ~姉様、そんなことより今〈ヘファイストス〉と通信を繋げますから、テューラ姉様と話して下さい』

「え? あ、ちょっと待っ――」


 アイシュワリアからの通信は、ユリノの心中などお構いなしに一旦切れてしまった。


『ユリノォ! 貴様無事だったんだな! まったく心配かけやがってからにぃ!!!』

「ひぃ~テュラ姉ごめんなさ~い!」


 アイシュワリアの声に代わって響いたテューラ司令の怒声に、ユリノは驚くと同時にまず謝っておいた。


『警告メッセージは無事受け取った。なんか木星の中は滅茶苦茶なことになってるらしいなぁ』

「そうなんです……で今撃たれたUVキャノンのそっちの被害は――」

『お前が勝手に命名した木星内部の変化あらましは、こっちでもある程度予測していた。とりあえず、今すぐ〈じんりゅう〉が圧壊する心配は無いのか?』

「え、あ、はい」

『今、こっちで〈じんりゅう〉救出用の艦を急造しているところだ。もうしばらくそこで待っていてくれ……ん? なんだって? ああ、そうか分かった……』


 どうも〈ヘファイストス〉の方でも混乱しているらしく、テューラ司令の声は途中で他の誰かとの会話する声に変った。


「あの……テューラ司令?」

『ユリノ艦長、キルスティです! クィンティルラ大尉と共に無事に脱出に成功してこっちにいます!』

「ああキルスティちゃん!? クィンティルラも無事だったのね! 良かったぁ……」


 テューラ司令に代わり響いて来たキルスティの声に、ユリノは驚きつつも素直に喜んだ。

 決して二人のことを忘れたわけではないが、ついさっき放たれた〈仮称〉木星UVユピティキャノンの被害が気になって仕方無かったのだ。


「キルスティちゃん、この通信が維持できる時間は残り少ないの、だから教えて。さっき放たれたUVキャノンで被害は出てるの? 出てないの? なんでまだ大赤斑がガニメデに向ききっていないのにUVキャノンが放たれたのか、そっちで分かる?」

『ああなんだ、ユリノ艦長、そのことでしたら心配ありませんよ。UVキャノンがそちらの予測よりも早く発射されたのは、大赤斑の真上に、そのUVキャノンの射角を自在に偏向できる輪っか状の新種のグォイドが現れたからです。今それとは〈ナガラジャ〉が相手してます』

「新種のグォイドぉ!? またぁ!?」


 ユリノはキルスティの言葉に思わず呆れた声を漏らした。

 そして同時に疑問も沸いた。


 ――今、「心配ありません」って言った? ――


 何がどう心配いらないのか? それは〈仮称〉木星UVユピティキャノンが〈第一アヴァロン〉に命中しなかったということなのか?

 被害者は、命を落とした者はいなかったということなのか?

 その答えは、焦らずともすぐに知ることが出来た。


『それで、こっちになんで被害が出なかったかについてと、〈じんりゅう〉の救出プランについは、彼から説明してもらうんで聞いて下さい』


 キルスティのはそう告げると、再び通信の声は途切れてしまった。

 しかし、耳をすませばノイズの奥で「ええ僕ですかッ!? なんでぇ?」「いいから四の五の言わずに出て下さい」「かまわんから早く出ろ時間が無いんだ」「知りませんよホントにぃ!」……などというテューラ司令とキルスティと、あと他の誰かとの会話が聞こえた。

 そして数秒後、


『え~〈じんりゅう〉の皆さま……そしてユリノ艦長……で、良いのかな? ああ…………え~こほん、じぃ~自分は三鷹ケイジ技術三等宙曹。この件の説明を任されましたので、自分の口から色々とご説明させていただきます』

「……………………はぃぃぃぃぃ~!?」


 緊張のあまり上ずった声で名乗って来たその少年の声に、ユリノ含む〈じんりゅう〉ブリッジクルーは、思わず素っ頓狂な声をあげずにはいられなかった。







 ――その約三時間前、〈ヘファイストス〉ホロ会議室――。


「……これマジかよ……」

「エクスプリカ・ダッシュ、ケイジ三曹の言ってることはホントに理論的には間違って無いの?」


 ノォバ・チーフが見守る中、シャワーを浴びていたところで突然ホロ会議室に呼び出されたらしいクィンティルラとキルスティは、まだ濡れた髪のままホロ総合位置情報図スィロムによるシミュレーション映像に照らされながら、ケイジ三曹が導き出したという仮設を聞くと尋ねた。


[そうだネ。あくまで状況証拠に近いけれど、木星外部からの観測データを統合して、もっとも辻褄があう可能性は、ケイジ三曹が述べた仮説であることは間違い無いヨ]

「つまり最も合理的仮説だってことなのね……」


 〈じんりゅう〉のエクスプリカと根本的なところは変わらないエクスプリカ・ダッシュの持って回った答えに、キルスティもまたケイジ三曹の仮説を認めざるをえないようだった。

 ノォバには、エクスプリカの意見を聞くまでも無く、すでにキルスティ自身が、ケイジ三曹の仮説を認めているように見えた。

 それはノォバも同じだった。

 エクスプリカ・ダッシュの説明や、ホロ総合位置情報図スィロムによるシミュレーション映像を見るまでもなく、慌てたケイジ少年の仮説を聞いた瞬間、ノォバは彼の説が正しいと直感したのだ。

 そして同時に、ノォバは変貌した木星の姿を見て連想していたものの正体を思い出した。

 幼い頃に見た20世紀製のスペオペ映画に登場する惑星破壊要塞に似ていたのだ。

 見た当時はなんて荒唐無稽なと幼いなりに思ったものだが、今こうして現実の方の無茶苦茶さに驚く他無い。


「やはりキルスティもそう思うか……【グォイド行動予測プログラム】の方はどう言ってるんだ?」


 壁に寄り掛かっていたテューラが、髪をかき上げながらぼやくように訊いた。

 顔に疲れが見えるような気がするのは、ケイジ少年の立てた仮説の深刻さを受け止めた結果なのかもしれない。

 そしてこれから行わねばならないことの面倒臭さにも。


[〈ヘファイストス〉のメインコンピュータの【グォイド行動予測プログラム】は、ケイジ三曹の仮説を否定はしていないけれど、木星の内部にシンクロトロンを形成した存在が不明なことを理由に、あまり熱心には支持しているってわけでもないネ]


 エクスプリカ・ダッシュが、機械たちのケイジ三曹の仮説に対する見解を告げた。


「……ってことは面倒なことになる……なるよなぁ……」

「ですが、〈第一アヴァロン〉を一刻も早くガニメデの影に隠さないと……仮説が確かなら、とんでもない威力のUVキャノンに消し飛ばされます」


 溜息混じりのテューラに言葉に、恐れを知らぬケイジ少年が告げた。


「簡単に言ってくれるない……………と言いたいところだがな……」

「テューラよ、あまり言いたかないが、逃げずに破滅が訪れるより、逃げて無駄にすんだ方がマシだぞ」


 うんざり顔のテューラに、ノォバは言うべきことを言わざるを得なかった。


「正直、まだ16歳の若造に警告されて、大の大人達が尻尾巻いて逃げだすのは癪に障るが、エクスプリカ・ダッシュが少年の仮説を追認している以上は無視できん。

 【グォイド行動予測プログラム】も肯定とはいかずとも否定はしていないわけだし、それ以外に有力なこの事態に対する説明が無い以上、現状上がっている最も有力な仮説を元に行動するしかないんじゃないか?」

「……」

[〈第一アヴァロン〉の人間の司令官方の反応は分からないけど、オイラなら〈第一アヴァロン〉にあるAI達を……少なくともここヘファイストスの【グォイド行動予測プログラム】と同等の結論に至るまで説得させることはできるヨ]


 驚くべきことに、エクスプリカ・ダッシュが自ら進んで提案をしてきた。

 それだけ彼が事態を重く受け止めている証なのかもしれない。


「なら、むこうお歴々も納得してもらえるかもしれんぜ。なにしろ少年じゃなく機械が言いだしたことだからな]

「ふ~む……」


 エクスプリカ・ダッシュの申し出と合わせてノォバが説得が試みると、テューラは覚悟を決めたようだった。


「その説得作戦でいくかぁ」

「あ、あの……それに……これはある意味チャンスでもあるかもしれません」


 気乗りしないテューラに、ケイジ少年が遠慮がちにだが挙手しながら発言した。


「この木星での一連のグォイドの企みに対し、俺達は常に後手に回ってしまっていました。ですが、ここで上手く立ち回れば、少しですがグォイドを出し抜けるかもしれません……よ」


 ケイジ少年は恐る恐る、だがどこか確信をもってホロ会議室の一同に告げた。

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