▼第四章 『ユピティ・ダイバー』
♯1
【凄い……これが【ANESYS】の力なんですね……ワタクシ感動しました…………こんな……皆さんそこまで……彼のことを……なんて……なんて……】
眠るようにして目覚めるなり、必死に木星上空
もちろんそれは実際の音による声ではない。
HMDゴーグルを通しルジーナにのみ彼女の心が届いたのと同じように、ワタシにだけ届く声で、サティの気持ちがテレパシーのように伝わってきたのだ。
――サティ、あなたワタシの伝えてるデータが解けるの?
【ああ、ごめんなさい! すいません! お邪魔するつもりは……ただあまりにもあなたの声が……】
――……というか、今のワタシと話せるの?
【はい、がんばれば話せます! 分かります!】
――…………あなたって子は……。
ワタシは改めてクラウディアンのサティの底知れなさに呆れた。
超高速情報処理を行っている最中のワタシ……即ち
しかも、ワタシが高速高密度多重音声にして流している情報を読み解いただなんて……ワタシはワタシになった状態では滅多に味わう事の無い”驚く”という感情を抱かずにはいられなかった。
【お忙しいところで邪魔をしてすいません! …………ですが、お伝えしておきたいことが……】
――なにサティ?
ワタシは音声情報伝達を続けながら、彼女に彼女と同じテレパシーの要領で尋ねた。
【せいいっぱい頑張ってはみたのですが……間も無く軌道エレベーターと繋げているケーブルが限界を迎え、木星上空
――それは分かっていた事だわ、気にしないでサティ。
【それから………………】
――それからなに?
【ワタクシが〈じんりゅう〉に帰還するのは、ちょっと無理そうです】
ワタシはサティの言葉の意味が、一瞬(その数百分の一程の間)分からなかった。
――それは一体どういう意味!?
【トーラスの外のガス潮流が強すぎて、とても〈じんりゅう〉には戻れそうにないんです…………少なくともすぐには】
サティはとても人間臭く、そして済まなそうに告げた。
彼女の言葉に、ワタシはワタシの能力を駆使して彼女のいる場所の状況を探った。
が、たとえワタシの高速情報処理能力を持ってしても、センサー性能自体が向上するわけではない以上、【ザ・トーラス】の向こうで何が起きているのかを知るには限界があった。
だが……瞬時に分析し類推することはできた。
【ザ・トーラス】周囲のただでさえ高温高圧の空間のガス潮流が、
彼女がその状態から、すでに【ザ・トーラス】内の大赤斑の裏側を、グォイド・スフィア弾と共に通過してしまった〈じんりゅう〉を追いかけ合流するのは困難に思えた。
それどころか、ワタシは新たな事実にも気づいてしまった。
今木星上空
それはとっくに曳航式センサーブイのケーブル長で通信を維持できる距離を超えていた。
そしてそれにも関わらず、未だに木星上空
それが意味することに、ワタシが思い至るのには一瞬も必要無かった。
――……サティ、あなたまさか…………。
【アヴィティラさん、どうかワタクシの御心配はなさらないでください……それよりも、あなたの……皆さんの健闘を祈っています】
ワタシが最後まで尋ねる前に、サティはそう伝えてきた。
本来であれば、木星上空
――サティ! あなた身体は大丈夫なの!?
理由があるとしたら、今、サティがその身を持ってすでに千切れてしまったピラーと曳航式センサーブイとを繋ぐケーブルの代わりを務めているからに違い無かった。
不定形生命であるその身を細く長くケーブル状に変えることによって……そうとしか考えられなかった。
サティの肉体が、情報伝達ケーブルの代用まで可能であることも驚きだが、それよりも何よりも、乱流吹き荒れる高温高圧の【ザ・トーラス】外の環境で、そんな姿になって千切れようとするケーブルを繋ぎとめて、その身体は耐えられるのだろうか……。
【え~と多少ダイエットには成功しちゃいましたが、ワタクシなら大丈夫です! な~に死にはしませんよ、それよりも、もうすぐその通信も限界です。どうかアヴィティラさんは情報を送ることに集中してください】
サティは出会った時と変らず、ただひたすらに優しく親切に告げた。
【次にいつ会えるのか、会える日が来るかも分かりませんが、どうかお元気でアヴィティラさん、〈じんりゅう〉の皆さん……皆さんが無事ケイジさんに会えることを祈ってますね!】
彼女の言葉は、これが今生の別れになる可能性を否定はしてくれなかった。
そして……、
――あああああああああ……あなたケイジ君のことを知ってるの!? なんでぇ!?
【最初にルジ
――……え?
ワタシはワタシの中に、自分でも意識せぬワタシがいて、それがワタシの預かり知らぬ行いを勝手にしていることを今初めて知った。
ワタシが
【人間の愛って……とても不思議で……そして素敵ですねアヴィティラさん、ワタクシ達には性別も無ければ寿命も繁殖能力もないので、そういうオスとメスとの繁殖の為の精神的繋がりに憧れます……人間の皆さんはこれを”愛”と呼ぶんですよね?】
――……あ……え……んんん?
【…………ワタクシの知る限りでは、普通の人間の皆さんは一対一でつがいになるようですが、〈じんりゅう〉の皆さんは、皆さんで一人の男の子をお選びになったんですね!?】
ワタシはワタシの高速情報処理能力をもってしても、身を呈してワタシと木星上空
というか思考が真っ白になった。
【それではそろそろ時間のようです。アヴィティラさん、〈じんりゅう〉の皆さんまた会える時まで……ごきげんよ――――】
彼女はどこまでも優しく、なおかつ恐ろしいまでにマイペースに驚くワタシの心を華麗にスル―しながらしみじみと語ると、その声はそこでプツリと途切れ、同時に木星上空
それはワタシがワタシから彼女達へと戻る時でもあった。
「ルジーナ! サティは!?」
ユリノは【ANESYS】から目覚めるなり、電側席に向かって叫ぶように尋ねた。
サティの最初にして最良の親友たるゴーグル姿の〈じんりゅう〉電側員は、両手で口元を抑えながら黙って顔を左右に振るだけだった。
もし彼女に涙が流せたなら、大粒の涙をこぼしていたに違いないと、ユリノは彼女の震える肩に気づいて思った。
まるで夢での出来事かのように、唐突に出会った〈じんりゅう〉の新たな友人との別れは、出会った時と同じように唐突にやってきてしまった。
――自分の身をケーブル代わりにしてまで通信を繋げていてくれただなんて……!
ユリノには、そこまでしてくれたサティの思いに、答えることができるのか自信が無かった。
そして、最後に彼女と交わした会話のことを思い出した。
――ひょっとして私達……余計なことまで
ユリノは背筋がゾクリとするのを感じた。
まったく自覚無しにアヴィティラがそういう行動をするとは…………無いとは言い切れない話であった。
というより、【ANESYS】の行いの全てを人が把握することは不可能に近い。
”彼女”になれば奇跡をも起こせるが、それが何故どうやって行えたかが分からないことは、珍しいことでは無かった。
所詮【ANESYS】は年端もいかぬ少女達の心の塊なのだ。幼き心をそれ自身が制御しようと思って制御しきれるものでも無いのかもしれない。
故に【ANESYS】は大艦隊の戦力の一部として組み込まれず、遊撃戦力として扱われる。
それにしても……ユリノはアヴィティラが上に何を伝えたのか想像して不安でたまらなくなった。
もし、自分達の彼に対する感情の全てが、不特定多数の人間に露見してしまったら……想像するだけで顔が熱くなるのを感じた。
「…………艦長、今はそのことについて考えるのはよしましょう」
すぐ隣のダメコン席に座るサヲリが、半分祈るような視線でそう言って来た。
ユリノは頷く他無かった。
自分らが何を伝えようとも、もうどうすることもできないのだ。
今はサティの気持ちに答えるべく、全力を出す時だった。
彼女が何故、こうも自分らに親身に協力してくれるのか? その理由の一端を、彼女はさきほど教えてくれた気がする。
サティは自分に無いものを我々が持っていると思い、その憧れから、我々に協力したかったのだという……無論、それはあくまで助けてくれた理由の一部なのだろうが……。
……にしても……、
「オスとメスの(繁殖システムの為の)愛って……」
ユリノは我知らず呟いていた、なんて直接的な表現! と。
彼女に言わせれば”愛”とはそういうものらしい。
そして彼女は、さらにあまり素直には認め難いことを言ってのけた。
――【〈じんりゅう〉の皆さんは、皆さんで一人の男の子をお選びになったんですね】――
まさかクルー全員が一人の男の子を好きになることが起きるだなんて……そんなこと、起こりえるわけ無いと…………そう信じこもうとしていた。
はいそうですかと認められるわけが無かった……無かったのだが……。
ユリノ自身も、他のクルー達も、ケイジに対する感情を互いに言葉にして確認しあった事など無かったのだが、サティから見れば一目両全のことだったようだ。
――やっぱりこれって凄~く面倒なことになるんじゃ……
ユリノはただ、困り果てることしか出来なかった。
だが今、サティが言うところのオスが、自分らを助ける為の艦をこしらえて助けにきてくれるのだという。
――ホントにケイジ君が来るっていうの!?
いったい何がどうなって、〈ワンダービート〉でリハビリ中だった彼がそうすることになったのだろうか?
クィンティルラとキルスティの仕業なのか?
ともかく……その知らせを彼のその声で聞いた時、ユリノはたとえようも無い嬉しさや、安心感や、誇らしさのようなものを感じた事を思い出した。
だが今は、同時に漠然とした不安も感じずにはいられないのであった。
ケイジの言った〈じんりゅう〉救出用木星深々度雲海潜航艦とやらが来るまであと30時間……長い長い30時間になりそうであった。
「――……以上が、〈じんりゅう〉から得た木星内部の状況と、我々が木星外部を観測して得た情報を掛け合わせて導き出した、グォイドが木星内部で進行していると思われるグォイド・スフィア弾地球圏投射作戦の概要です」
『ちょ、ちょっと待ってくれたまえテューラ司令、木星それ自体が惑星間レールガンに変貌したというのは分かった。だがその…………
「残念ながら……それを皆さま方が今、確実に納得していただくことができるような形での物証はありません。
〈じんりゅう〉から届いたドクター・スィンによる仮説であり、彼がその根拠とした物証は、今はもう確認不可能です。
ですが、そう考えざるを得ない……というのが、今我々が直面している事態から類推される過去の出来事なのです。
とはいえ、幸いにも今はそれはあまり重要な問題ではありません。
我々をはじめとしたSSDF艦艇は、衛星の影に隠れることで辛うじて難を逃れてきたわけですが……我々がグォイドのグォイド・スフィア弾地球圏発射を阻止するには、まず、何とかしてこのリバイアサン・グォイドを倒さなければなりません。
しかる後に
そして時間の猶予は最短で残り28時間、決断は速やかに下さなければ、目標達成の機会を失ってしまいます」
『…………』
〈リグ=ヴェーダ〉内・ホロ会議室――。
VS艦隊司令としての座上艦に戻って来たテューラは、SSDF木星司令部との作戦会議に挑んでいた。
まるで裁判の被告人のように、木星防衛艦隊〈ベル・マルドゥク〉総司令官をはじめとした面々に囲まれながら説明を続けるのはこれが初めてでは無かった。
が、何度目であっても良い気分ではない。
『君の進言によって、今〈第一アヴァロン〉にいる我々は命を救われた身だ。信じるしかあるまい、君の言う事を……続けてくれ、君の作戦案を聞こう』
テューラの説明を聞くまでもなく、すでにある程度の意思決定は行われていたらしい。
テューラも懸念に反し、木星艦隊総司令部の面々は、思いの他すんなりとテューラの意見を聞き入れ、彼女は軽く拍子抜けした。
どうやら、強引にでも〈第一アヴァロン〉のイオへの避難を強行させ、結果最初の
あるいは責任をテューラに押し付ける算段が出来あがっているからかもしれなかったが……。
「……感謝します。
中央のホロ
仮称
木星SSDF司令部陣とテューラだけが見える仮想の巨大ホログラム木星が透視図となり、内部の円環状シンクロトロンから大赤斑を繋ぐ
「繰り返しになりますが、我々がまずなせねばならないのはこのリバイアサン・グォイドの殲滅です。
このリング状グォイドを倒さない限り、我々は内太陽系から増援も呼べず、惑星間レールガンによる地球圏へのグォイド・スフィア弾の進攻も阻めないからです。
SSDFの艦艇がこのリバイアサン・グォイドに接敵するには、木星の大赤斑とは反対側から木星ガス大気表層ギリギリを進み近づくしかありません。
もちろん木星の重力と自転とガス潮流に抗いながらです。
さもないと
テューラの説明に合わせ、巨大なホログラム木星表面の大赤斑の反対側から、そのガス雲表層を這うようにして数十の
木星のガス潮流と自転方向を無視しての移動はかなりの困難が予想されるが、今回ばかりはそれでも強攻せざるをえなかった。
大赤斑へと向かう個々の艦は、艦首を真上に向け、艦尾メインスラスターを盛大に吹かして木星重力に抗いながら移動することになっていた。
「作戦使用艦艇は、射程の関係から現在使用可能な全ての実体弾投射艦、及びミサイル駆逐艦、あるいはUVミサイル発射可能な艦を有人無人問わず全て投入、全艦が射程圏内の砲撃指定座標に到着するのを待ち、タイミングを合わせ全周囲より飽和攻撃を開始、敵リバイアサン・グォイドの退路を絶ってこれを殲滅します。
攻撃開始は、全ての艦の配置と攻撃準備が整う今から28時間後の木星時刻一六〇〇を予定」
大赤斑を囲んだSSDF艦隊の数十の
「この際、着弾観測と位置情報伝達は、大赤斑外縁部でリバイアサン・グォイドを監視中の〈ナガラジャ〉から情報を元に行います」
ホロ木星の大赤斑外周を回る〈ナガラジャ〉の
「〈ナガラジャ〉からの間接照準により、SSDF艦隊各艦はその身を
ホロ木星大赤斑中心部に浮かぶリング状リバイアサン・グォイドが、チープな爆発CGと共に消え去った。
「そして作戦開始と同時進行で、深々度潜航艦〈ユピティ・ダイバー〉が、木星赤道部、大赤斑の西2000キロから潜航を開始。SSDFVS‐802〈じんりゅう〉救出作戦を開始します」
ホロ木星の大赤斑の西、赤道部表層から〈ユピティ・ダイバー〉とアイコンが示した
「リバイアサン・グォイドの殲滅に成功したら、実体弾投射艦を始めとしたSSDF艦艇は直ちにそのまま大赤斑真上まで移動、惑星間レールガンの砲口たる大赤斑から逆に内部に向かって実体弾砲撃を行い、発射の為の加速を行っているグォイド・スフィア弾の正面から、その相対速度差を利用して敵UVシールドを突破してこれを破壊します」
ホロ木星の大赤斑の真上に移動したSSDF艦艇の
『あ~テューラ司令、大変よくできた作戦案だと思うのだが…………』
作戦概要説明を終えようとした直前に、一人の木星艦隊司令部の人間が挙手質問した。
「なんでしょうか?」
『対リバイアサン・グォイド戦はさておき、最後の【ザ・トーラス】内部のグォイド・スフィア弾の破壊に関しては、この案はいささかリスクを伴うのではないかね?
今の君のプランだと、仮にグォイド・スフィア弾の破壊に成功しても、破壊にあたって砲撃を行った実体弾投射艦部隊に、その無数の破片がそのまま加速投射される可能性があるのではないかね?』
「おっしゃる通りです」
テューラは一切否定しなかった。
「今説明した作戦では、確かに実体弾投射艦に損害がでる可能性があります。
また、それだけではなく、周回加速中のグォイド・スフィア弾を木星内部で破壊することで、予想不可能な事態が発生する可能性を孕んでいます……ですが、現在我々が持つ戦力で行える作戦としては、これが最良のものとしか言えません。
少なくとも当方の戦術AIはそう判断しています。
あと我々にできることがあるとしたら、グォイド・スフィア弾への砲撃を無人艦に任せることで、人的被害を避けることぐらいなのです」
テューラはホロ木星大赤斑から放たれる直前のグォイド・スフィア弾を、実体弾投射艦が正面から撃って破壊し、その直後に、破壊されども慣性を失わなかったグォイド・スフィア弾の無数の破片の直撃を受け、破壊される実体弾投射艦のシミュレートを見せながら告げた。
「もちろん、〈第一アヴァロン〉やその他の戦術AIや人間のスタッフ、クルーから、もっと良い案が出されたならば、そちらを実行すべきと考えます。
が、代案が無い以上、この作戦案をもとに即座に行動開始することを強く進言します」
テューラは最後にそう告げると一礼した。
この作戦案の草案の、それもごく基本的な部分を考えたのが、まだ16歳の技術三等宙曹であることは黙っておいた。
――それから約20分後、テューラの提出した作戦案は作戦名『
「お前さん、ここにいたのか」
背後からノォバが声を掛けると、突貫で組み立て作業中の〈ユピティ・ダイバー〉を見つめていた少年はビクリと跳ね上がった。
――イオ周回軌道上〈ヘファイストス〉内部工廠展望室――
――『
昇電と大型耐圧特殊UV弾頭ミサイルをコアにし、それに〈ヘファイストス〉内部に搭載された|三台の大型
「少しは寝た方が良いぞ……特にお前さんはな」
「すいません! すいません! その……気になって……自分が乗る艦が……」
「まぁ、気持ちが分からんではないがな……」
ケイジ少年にそう言われると、ノォバは強くは言い返せなかった。
これから自分がクィンティルラと共にそれに乗り、それで木星の雲の奥底に潜ろうというのだから、気にするなとはいえない。
ついでに言えば、詳細はさておき、この艦の基本設計プラン……というかアイデアを考えたのはこのケイジ少年だった。
同じ航宙艦エンジニアの端くれとして、自分の手がけた艦のことが気になるのを責められはしなかった。
「〈ユピティ・ダイバー〉の組み立ては順調だ。心配することは無いぞ……まぁテストする暇は無さそうだが……」
ノォバは気休めを言うことぐらいしか出来なかった。エンジニア的にはまったく気休めになっていなかったが……。
正直なことを言えば、ノォバはこの少年が少しばかり苦手であった。
元々若者が苦手だったし、この少年に関して言えば、ケレス沖会戦でその存在を知った時から、なるべく関わり合いになることを避けてきた。
ケイジと〈じんりゅう〉クルーとの面倒な関係に巻き込まれたく無かったからだ。
これでも恋愛関係での面倒事は、もう充分に味わってきたつもりだ。
そしてここ〈ヘファイストス〉で実際に彼に会い、その能力と人柄を知った結果、ノォバはますますこの少年が苦手となった。
それが、簡単に言えば彼に対する嫉妬心が原因であることは、重々自覚していた。
もちろん〈じんりゅう〉クルーに好かれているらしいことに対し、一人の男としての羨ましさもあるが、実際に会ってみた彼が、エンジニアとしてというか……航宙戦術士というか、よく分からない優秀さを発揮し、木星でのグォイドとの戦いに、〈じんりゅう〉の救出にと希有な才能を発揮し貢献してきたからだ。
簡単に言えば”こいつ一体何者だ?”と困惑したのだ。
若さ故のただの生意気なクソガキだったならば、それ相応の対応のしようもあったのだが…………ノォバの前に現れたのは、ケレス沖会戦で負った怪我の癒えきらない姿ながらも、健気に〈じんりゅう〉救出の為に尽力しようとする少年であった。
まったく始末におえない。
そのケイジの謎の優秀さについて、ノォバはキルスティから簡単なレポートを受け取っていた。
どうやら彼女もノォバと同じ感想をケイジに抱いていたらしい。
彼女によれば、ケイジが能力を得たのは、彼がケレス沖会戦直後に〈じんりゅう〉に救出され、医療カプセルで酸欠による脳のダメージの治療が行われている最中に、ユリノ達が〈じんりゅう〉の船体修理の為に【ANESYS】を行った結果、【ANESYS】の
確かに一応の説明はつく仮説であったが、ノォバはあまりこの説が気にいらなかった。
あまり論理的な理由は無い。
ただ、その仮説がケイジの功績と能力を”お前の能力では無いから”と否定しているようで気に入らなかったのだ。
ノォバはケイジが苦手ではあるが、同時に一応の評価もしていた。
少なくとも、ケレス沖会戦での彼の功績と、彼が肉体に負った傷を無碍に否定は出来なかった。
手に入れた経緯はさておき、その能力はケイジのものだと思ったのだ。
とはいえ、キルスティの仮説は、ケイジが〈じんりゅう〉に向かわねばならない理由の補強にはなる……無視はできない仮説ではあった。
「あの……ノォバ・チーフ?」
ケイジに呼ばれ、ノォバはもの思いから引き戻された。
「なんだ三曹?」
「俺が……ごほん! 自分が…………自分なんかがこの作戦の、それも根幹部分に参加して、本当に良かったのでしょうか?」
ケイジ少年は、その頭蓋骨のような保護カバーで左上面を覆われた顔に、真剣な表情を浮かべて尋ねてきた。
「だって……自分はまだガキで、ただの三曹で、戦闘だって第五次迎撃戦の一回…………いや記憶を無くした時にも一回あった気がするけれど……ともかく、こんな大仕事任されるのが許されるとは思えないんです」
「…………」
ノォバは少年にすぐには何も答えられなかった。
だいたいにおいて、確かにケイジ少年の言う通りであったからだ。
だが同時に、ノォバはケイジ少年の意見に対し、それは違うという感想も瞬時に抱いた。
「それは~……違うぞ三曹」
「何故ですチーフ?」
「え~と、それはだな~……」
ノォバはとりあえずケイジに答えてから、その理由を考えた。
「チーフ、自分が〈じんりゅう〉に行くわけが、自分が記憶を失ってしまったケレス沖会戦での自分の行いが関係しているらしいのは分かります。それが今は教えてもらえないことも……ですが」
「まぁ…………そこいらへんを曖昧にしたまま、こういう任務を任されても、なかなか辛いもんがあるよなぁ……」
ノォバはケイジに対する感情云々はさておいて同情した。
考えてみれば酷い話でもある。
まだ技術三等宙曹の身で、大怪我からのリハビリ中を、拉致同然でいきなり連れてこられたと思ったら、木星の高温高圧の雲の底へ潜れというのだから。
だが、ケイジが尋ねていることが、必ずしも自分が選ばれた理由では無いことを、ノォバは感じていた。
ケイジが尋ねているのは”自分が選ばれた理由”では無く、”自分でも良い理由”なのだ。
それに関して言えば、ノォバはケイジと同じかつて一人の少年だった男として、答えれら無いことも無い気がした。
「あ~ケイジ三曹よ、お前さんがこの任務につくにあたって、その理由について答えられることは少ないが…………だが、ただ、こうは言えるぜ」
「なんです?」
「お前さんは、この任務を達成できるだけスキルと経験と充分積んでる。お前さんが思っているよりもずっとな。その未だに癒えきらない大怪我の跡がその何よりの証拠だ。
人が何かを成す時に必要な経験と負債なら、お前さんはとっくの昔に充分に払ってるさ」
ノォバがそう告げると、ケイジは保護カバーの奥の緑色の瞳を見開き、ぽかんとした顔になった。
「…………それに、たいていの独身の男にとって、〈じんりゅう〉の女の子達を助けに行くことに特段の理由なんぞいりはしないだろぅ?」
ノォバの最後の言葉に、ケイジは少しだけニヤリとした表情を浮かべると、強く頷いた。
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