♯5

「なんだって……よりにもよって……そんなのを教材にしたのよ博士はぁ……!?」


[うむ、ずばりそれはワシの幼くして死んだ愛娘が、アニメ『VS』のファンだったからだ。

 娘の遺伝的情報の刷り込みによって初期的培養に成功し、知的生命体としての兆候を見せつつも、それ以上の進化成長を見せない起源グォイド細胞に、あらゆるアプローチで刺激を行った結果、もっとも効果が示されたのが、アニメ『VS』を視聴させることだったのだ!]


 べつに質問したつもりでは無かったのだが、ユリノの呟きにドクター・スォンのAIはどこか自慢げに語り始めた。


[同作のファンであった娘のパーソナリティが表面化した可能性もあるが真実は分からない……が、それをおいてもクラウディアンに、グォイドと人類との戦いが続く状況と、自分の出自、また親としての期待を伝えるのに、かのアニメが実に優秀であったとは言える。

 切っ掛けは、ラボ内の高圧水槽で漂っていた彼女達の前で、たまたまワシがその『VS』を亡き娘を思いながら視聴していたところ、彼女達が反応していることに気づいたことであった。

 それ以来、成長し、ガス雲に出された後も、アニメ『VS』を見せ続けた結果、彼女らはアニメはもちろん本物のVS艦隊を含めた実に見事な『VS』ファンとなったのだ!]


「――…………となったのだ! 言われても……」


 ユリノは多少の条件付きとはいえ、人類が初めて遭遇するグォイド以外の知的生命体が、自分らの……それもけっこうコアなファンらしいことを、どう受け止めたらいいか分からなかった……分からなかったが……ともかく恥ずかしかった。


『ワタクシ達がオリジナルUVDをあの忌々しいナマコ・グォイドから守っている時に、急に誰かが加勢に来てくれたと思ったら、あの〈じんりゅう〉がやって来たじゃないですか!

 私はすぐにお姉さま達と話し合って、〈じんりゅう〉と共闘しようって決めたんです!』


 ユリノの気持ちなどどこ吹く風とばかりにサティが興奮したようにまくし立てた。


「あ~、あのでも私達はべつにあなた方を助けようと思ってナマコ・グォイドと戦ったわけじゃないし……、それにあなた方の大事にしているオリジナルUVDを掻っ攫っちゃったんだよ?」

『でも、お陰でワタクシは生き残ることができたんです。その感謝に理由はいりません!』

「えぇ……ああ……そうなの」


 ユリノはノリノリで話すサティに、曖昧な返事をする事しか出来なかった。


『こちらバトルブリッジ・シズより艦長、シズにも質問をさせて欲しいのです』

「え、おシズちゃんが? まぁ良いけれど……」

『感謝しますのです艦長! ミス・サティに質問なのです。数ある『VS』のエピソードの中で、どれが一番好きなのですか?』


 ――そっち方面の質問かい!! ――


 割とハイテンションで尋ねたシズに、ユリノは済んでのところで口を挟まずに済んだ。

 そういえば、シズもまたルジーナと同等かそれい以上の『VS』ファン女子であったことを、ユリノは今思いだした。


『あ~……それはとっても難しい質問ですね! ん~と、ん~っと……色々候補はあるのですがぁ……』


 サティはそんなシズの質問に、大真面目に答えようと熟考するあまり、一瞬黙りこんでしまった。


『やっぱりシーズン5の第十一話『遭遇! ネビュラ・チャイルド』ですね! ワタクシは『VS』ならこのエピソードが一番好きなんです』

「おお~なるほど!」

『渋いチョイスなのです!』


 ユリノにはサッパリ分からないサティの答に、ルジーナとシズが唸った。


「ああ、ネビュラ・チャイルドって確かあれか? 〈じんりゅう〉がナメクジのような宇宙生物に張り着かれてエネルギーを吸われて困る話」

『そうそう、それです! それでレイカ艦長と、〈じんりゅう〉の設計主任チーフが喧嘩しながらも協力して、なんとかその宇宙生物と〈じんりゅうの〉両方を救う方法を探し出すんです』

「へぇ……そんな話があるんだ……」


 カオルコも知っているという『VS』の一エピソードに、ユリノは半分呆れながら呟いた。

 姉及び自分がモデルとなっているアニメを見る勇気など無いユリノには知り得ないことであったが、どうやらそれは、姉のレイカとノォバ・チーフとの馴れ初めをアニメ・・・オリジナルで描いた話でもあるようだ。

 姉とノォバ・チーフの実際の馴れ初めはユリノも知らないのだが、ユリノはフィクションとはいえ、姉の恋愛話に耳が熱くなるのを感じた。


『数あるエピからそれをチョイスするとは……艦長! どうやら彼女はホンモノなようなのです!』


 シズが力説した。

 ユリノは彼女の言うホンモノの意味など知りとう無かった……。

 どうやら、そのエピソードで〈じんりゅう〉が未知の宇宙生物と仲良く窮地を脱出したことに、サティは自身の境遇に通じるものを感じ、気に入ったらしい。


『ワタクシ、いつか人間の皆さんに会った時の事を想像して、何度もあのエピソードを見たんです。でも、いやぁ|~……実際に行ってみる”ファーストコンタクト”ってやっぱり緊張するものですね!』


 ちっとも緊張していな声音でサティが言った。

 もちろん彼女の言う”ファーストコンタクト”とは、異なる知的生命体が初めて出会うという意味の言葉だ。


「いや、これ微妙にファーストコンタクトでは無いし……」


 ユリノは口にした後で、思わず無粋なことを言ってしまったと両手で口を覆った。


「まぁ、サティは既に父上とも〈ユピテルOEVコーポ〉の人間とも会ってるし、そもそも父上に生みだされた身なのだからな、これはセカンドコンタクトというべきなのか?」


 そんなユリノの言葉に、カオルコがふむふむと頷きながら続けた。


『艦長、バトルブリッジ・サヲリです。ワタシからも質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?』

「サヲリまで? 別に構わないけれども……」

『ありがとうございます艦長、まずスィン・ヌニエル博士に質問なのですが、木星の底で発見されたオリジナルUVDに関して、分かっていることを教えてもらえますか?』


[ふむ、その質問はもっともであろう]


 サオリの質問を予期していたかのように、ドクター・スィンのホロAIは答えた。


[だがワシが答えられることは限られている。何故なら所詮ワシは〈ユピテルOEVコーポ〉の木星オリジナルUVD回収計画に付随した、オマケの計画のスタッフにすぎ無いからな。

 そもそも同社が如何にして木星大赤斑の底にオリジナルUVDが存在していることを知り、その回収の為に軌道エレベーターを建造するに至ったのかについては、ワシは全く知らない。

 とはいえ、オリジナルUVDが何故木星に、いつから存在したのか? については、25年前のUDO初遭遇時に木星に来たわけはは無く、むしろもっと昔に木星に飛来した可能性が高いと予測されている。

 なぜならば、起源グォイド細胞回収時に、木星オリジナルUVDの表面を調査した際、その表面にあった堆積物の層が、数十億年単位の厚みを持っていたからだ]


 ホログラムが、五年以上前に〈ユピテルOEVコーポ〉が撮影したと思しき、木星大赤斑直下でゆっくり回転しているオリジナルUVDへと変った。

 その姿はユリノ達がつい数時間前に発見した時とは異なり、回転速度は目で追える程にゆっくりであり、その表面は、それがオリジナルUVDであると判別するのが困難になりそうな程に堆積物が付着していて、まるでスティック状のスナック菓子のようであった。


[極めて希薄な木星ガスの構成物質が体積に、ここまでオリジナルUVDを覆うのに、いったいどれくらいの時間が必要であったのかについては、諸君らに送るデータを元に自分らで計算して見てほしい。

 先にも話したように、発見されたオリジナルUVDはその時点から弱いUVエネルギーを発し続けており、それが起源グォイド細胞を生かし続けていただけでなく、同僚の研究者達の間では、木星大赤斑の形成と維持に何がしかの影響を与えているものと目されていた……が、ワシに語れる木星オリジナルUVDに関することはこれでほぼ全てだ]


 ドクター・スィンの声はそう締めくくると、過去の木星オリジナルUVDから再びドクター・スィンの姿へと戻った。


「…………今、博士は数十億年前からオリジナルUVDが木星にはあったと言ったのか?」


 カオルコが酷く驚いた顔でユリノに尋ねた。

 その傍では、フィニィとルジーナも同じように驚愕の顔をしている。

 それは可能性の一部として、既にサヲリとシズ、エクスプリカとの話し合いで予測されていたことであったが、初耳のカオルコ達にとっては、当然ながら大そう驚くべきことであったようだ。


『ありがとうございます博士。もう一つ質問です。何故軌道エレベーター・ファウンテンが倒壊し、博士がホロAIカプセルを残さねばならなくなったのか? その経緯を教えて下さい』


 サヲリは律儀にホロAIに礼を述べると、さらに質問を続けた。


[うむ、それも当然諸君の知りたいことではあろう。

 ワシがこのホロAIを残している今現在、人類は数えて四度目となるグォイド大規模侵攻を辛うじて凌いだ直後だ。

 まだ軌道エレベーター・ファウンテンは倒壊はしていないが、近く倒壊し、木星の雲海に没することは避けられぬ状態ではある。

 ワシがこのカプセルを残してから、いったいどのくらい時間が経っているのか、ワシには想像もつかんが、そうせねばならなくなった事情を説明しておこう。

 今から一週間間前、ちょうど地球大気上層でSSDF‐VS801〈じんりゅう〉が、地球大気上層部でシードピラーと刺し違えたとのニュースがここに届いたのと同じ頃、ワシらが軌道エレベーター最下部のラボから観測していた木星オリジナルUVDから放出されるUVエネルギー量が、突如として原因不明の上昇を始めたのだ]


 ホログラムが木星大赤斑の傍にそびえ立つ軌道エレベーター下部の拡大映像となると、そのさらに下方にでゆっくりと水平回転していたオリジナルUVDの、その両端から放出されるUVエネルギー量が目に見えて増していき、その勢いで最初はゆっくりであったオリジナルUVDの回転速度がみるみる加速させられていった。


[この放出されるUVエネルギーの急上昇現象は、木星の大赤斑のさらに奥底に、何かしらの変動を起こしていると思われているが、詳細は深々度すぎてワシらの観測技術では確認は不可能であり不明だ。

 そしてその現象は一方で、オリジナルUVDの周囲を泳ぎながらUVエネルギーを摂取しているクラウディアンに、それまでの数百倍の食糧を与える結果となった。

 体長が精々数メートルだった全13個体のクラウディアンは急激に成長し、現段階で全長150メートルを超えるに至っている]


 ホログラムが高速回転するオリジナルUVDの傍を泳ぎ回る、13匹のヘビ形態のクラウディアンへとズームした。


[この事態に、〈ユピテルOEVコーポ〉は簡単に言えば恐怖した。

 正直なところ、宇宙開発で後手に回り、それを挽回すべくSSDFに対し秘密裏にオリジナルUVDを回収しようとしたワシら非五大国家間同盟レフト・アウト地域の人間にとって、あまりにも手に余る事態だったのだ。

 結論として、〈ユピテルOEVコーポ〉は第四次グォイド大規模侵攻迎撃戦での影響を口実にし、この軌道エレベーター・ファウンテンを倒壊させ、全ての秘密を闇に葬ることにした]


 オリジナルUVDとクラウディアンのホログラムの映像がズームアウトし、木星軌道エレベーター・ファウンテンが、ゆっくりと倒れていく映像へとなった。


[全てを木星の雲海の底へ、オリジナルUVDの存在とその原因不明のUVエネルギー放出現象も、クラウディアンの存在も、何もかも沈めてしまうことにしたのだ。

 あまりにも身勝手な行いだと責められても、仕方が無いことだ。

 このホログラムAIは、そのせめてもの償いとして、将来、ここでワシらが何を行い、何を生みだしたのかを後世に知らせるべく残したものだ。

 許して欲しいとは言わん。

 だがせめてこの情報を活かし、人類の存続に役立ててほしい、それがワシの望みだ]


 ホログラム映像とドクター・スィンの説明はそこで終了した。

 ユリノをはじめ、しばし誰も口を開くことは無かった。

 特に既にオリジナルUVDが、木星赤道直下で円環状超巨大低気圧空間【ザ・トーラス】を形成され、超巨大な惑星間レールガンとなりつつあるらしいことを把握しているユリノ達にとっては尚更であった。


『お父様……』


 サティが悲しみの宿った声音で、やっとそれだけ呟いた。

 彼女にとってはそれが父親の遺言となるのだから、それは当然のことかもしれないとユリノは思った。


「サティ……さん、その後、あなた方はずっとオリジナルUVDのそばで生き続けていたわけなのね?」

『はい、その通りです。お父様が私にこのカプセルを預けてすぐ、軌道エレベーターは倒壊し、私達はオリジナルUVDから出るUVエネルギーを摂取しながら、ずっとここで漂い続けていました。他に行けるところなんてないですから……ですが……』

「あのナマコ・グォイドが現れたのね?」

『その通りです』


 ユリノの問いに、サティは沈んだ声音で答えた。


『人類の皆さまの時間で言う、今から二カ月と少し前から、何者かが次々と木星の赤道付近に落っこちてきたかと思うと、その内の何割かが、ワタクシ達からオリジナルUVDを奪おうと襲って来たのです』

「なるほどなぁ……でも……」


 カオルコが腕組みしながらふむふむと頷いてから尋ねた。


「しかし、何ゆえにそのタイミングだったのだ?」

『心当たりはあります。さらにその4カ月程前、今からだと半年程前に、私達が囲んでいたオリジナルUVDの出力が、突然さらに上昇したのです』

「半年前?」


 ユリノはサティのその言葉に引っかかるものを感じ顔を上げた。


『はい、それ自体のきっかけは分かりませんが、半年前に始まったオリジナルUVDのさらなる出力上昇が、グォイドを呼び寄せたのではないかとワタクシは思っています』


 サティはユリノやカオルコの疑問を余所に自説を述べた。


『UVエネルギーが増えたお陰で、ワタクシ達姉妹はますますおデブちゃんになってしまいましたけれどねっ』


 サティがシリアスになった空気を明るくせんとばかりに付け加えた。


「ふむん……半年前か……」


 ユリノはサティの告げた言葉を再度呟いてみた。

 五年前に始まり、半年前にさらに増したという木星オリジナルUVDの謎の出力上昇現象……ユリノはその原因に、微かだが心当たりがあった。

 だがづ時に、それを今口にするのは躊躇われた。まだ確証など何も無かったからだ。


「しかし…………まあこれで少しだけ真相が見えてきたと言えるかもね」

「真相? 真相って何の真相なのだ? ユリノよ、わたしが休んでいる間に何が分かったのか教えてくれないか?」


 自分の呟きをカオルコに問われ、先刻バトルブリッジで話し合い達した結論を、彼女はまだ知らなかったことをユリノは思い出した。


「あ~…………」


 ユリノはそれを彼女に話うとして一瞬躊躇った。

 まだ分からないことも多いし、仮説に仮説を積み重ねたような部分も多々ある。

 どうせ説明するならば、全クルーに一度に説明したいと思ったから。

 それに今得た情報を元にまたサヲリやおシズとも話し合いたかった。

 そして話すにしても、今ここでサティの耳に入る状況で話すべきか否か……。

 だが、多少の無駄があっても第二副長たるカオルコには話しておくべきかとも思ったその時……、


「ア~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」


 それまで固まったまま何やら黙考していたルジーナが、正しく素っ頓狂素な声を上げ、サティを含む一同は思わずビクリとした。


「な……どしたのルジーナぁ?」

「ああ、これは失礼しましたデス。つい声が出てしまいまして…………でも……おかしいのデス。おシズ殿も考えれば分かるはずです。先ほどサティ殿は、『VS』について一つ有り得ないことを仰っていたことに!」

『はい? ……………………ああ!』


 ルジーナはユリノの問いを半ば無視してブリッジのシズに呼びかけると、シズはしばし考えただけで、すぐにルジーナの言わんとすることに気づいたのか、またもた素っ頓狂な声を上げた。


『ああ! ルジ氏、確かになのです!』

「でそでそぉ! おシズ殿?」

「もう、なになに何なのルジーナぁ? 二人だけで分かってないで、ちゃんと皆に分かるように話さないと駄目だよ~」


 突如親友が人ならざる存在と友人関係になってしまったフィニィが、置いてきぼりをくらった子のように、ルジーナの腕を揺すりながら訊いた。


「ああ、これは失礼いたしました皆さま……あ~こほん、え~っと先ほどサティ殿は、おシズ殿の『VS』のどのエピが一番好きか? という質問に対し、シーズン5の第十一話『遭遇! ネビュラ・チャイルド』が一番好きだ答えられましたよねぇ?」

『はい! そうですけれども……それがどうかしたんですかぁ?』


 確認を促すルジーナの言葉に、サティは何の警戒感も感じさせずに答えた。


「アニメ『VS』は第四次グォイド大規模侵攻迎撃戦が終わった段階で、第3シーズンまでしか配信されていなかったのデス。

 地球で初代〈じんりゅう〉が沈んだことを受け、同アニメシリーズは喪にふくす形で一時中断され、再開されたのはその一年後なのでありますデス……つまり」

「サティ……さんが見たというそのシーズン5が配信された当時は、すでに木星軌道エレベーターはとっくの昔に沈んでいたはず……なのね!?」


 ユリノはルジーナの言葉を引き継ぐように呟くと続けた。


「じゃ……サティ、あなたどうやって『VS』の続きを見たの?」

『ああ、それはぁ……』


[ウォッホン! クラウディアンの知識習得方法についての質問がでたようなので答えよう。

 ワシはワシらが軌道エレベーターを去った後も、彼女達クラウディアンが外部の状況を知る為の手段を残しておいたのだ。

 全長10万キロもある軌道エレベーターは、たとえ倒壊したとしても、その一部は木星表層に残っているだろうとワシは推測した。

 そこで軌道エレベーターのピラー全体をアンテナ替わりにして、木星外部で行われる通信を傍受する機能を与えつつ、最下部のラボに設けてある無人観測艇用レーザー通信装置と繋ぎ、クラウディアンに、傍受した通信データを受け取る為のレーザー受信機を渡しておいたのだ]


 またしても勝手に始まったドクター・スィンの説明に合わせ、ホログラムが木星表層部に倒壊した全長10万キロの軌道エレベーターのピラーのホロ映像へと変った。


[著しく確実性には欠けるが、これで一応は外部情報の欠片くらいは受け取ることができるはずだと思ったのだ。結果的にこの質問をしているとうことは、ワシの試みは成功したようでなによりだ……これによって我が娘たちが身の安全の為に有益な情報を得ていたことを願う]


『ええと……つまりそういうことなんです……皆さま』


 サティは多少の気まずさを感じさせる声音で言った。

 初めてできた人間の友人に、父親を紹介せねばならない女子の気分というものを、初めて味わっているのかもしれないとユリノは思った。


「……で、『VS』の続きを見ることが出来た……と」

『そうですユリノ艦長。ワタクシ達はお父様によって、『VS』を楽しめるだけの知能や感性を授けてもらいましたが、それは同時にある概念を私達に与えたのです、それはつまり――』

「退屈だったのね……」

『はい、そういうことです艦長。

 特に目的も無く、お父様達と話すこともなく、ただオリジナルUVDの回りを泳いでいるだけという生活は、なかなかに耐え難かったんです。

 それに、この軌道エレベーターのピラーをアンテナ替わりにして傍受できる情報はとてもとても微弱で、拾えるのは頻繁に配信されているアニメ『VS』のデータくらいのものだったんです。

 それもデータ欠損だらけで、何度も受信することでようやく100%視聴可能になるくらいだったんですよ』

「う~む……」


 ユリノはサティの『VS』に対する執念に呆れると同時に、この事が意味するある可能性について思考を巡らせた。

 軌道エレベーターのピラーは、アンテナ替わりに使える……それはすなわち……、


「艦長、これを利用すれば、上の作戦指揮所MCと連絡が取れるってことなんじゃないですか!?」


 フィニィが期待に満ちた顔で尋ねてきた。

 だがユリノはそう簡単にこの可能性に飛び付く事はできなかった。

 超ダウンバーストが発生し、木星赤道直下に円環状超巨大低気圧空間【ザ・トーラス】が構築された今も、それを使って連絡がとれる状態だろうか? 

 それに、軌道エレベーターのピラーは、クィンティルラとキルスティが昇電で脱出する際に、ミサイルで破壊してしまった可能際が高い……。

 ユリノがあまり期待しないでおこうと決めたその時、


[艦長、ばとるぶりっじヨリえくすぷりかダ。〈じんりゅう〉後方ニ飛バシタ警戒用ノせーぴあーガ、何カノ存在ヲ検知シタヨウダゾ]


 突如響いたエクスプリカからの報告が、ユリノの思考を遮った。


「…………なんですってぃっ!?」


 クラウディアンとの遭遇に頭が一杯になっていたユリノは、その報告の意味を理解するのに一瞬かかった。


『ブリッジよりフォムフォムだ。〈じんりゅう〉後方約15万キロの彼方に、相対速度プラス4000で加速接近中の大質量物体があるらしい。このままいくと当該物体はあと三時間で最接近し、〈じんりゅう〉を追い越す』

『艦長、シズです。今データを送るのでお近くのコンソールを見て下さい』


 ユリノは言われるまでもなく、カオルコ達と共に、艦尾上部格納庫入口の傍にあった適当な多目的コンソールへと向かった。

 コンソール上のビュワーには、すでにシズが送ったと思われる総合位置情報図スィロムが映されていた。


『セーピアーからの当該物体の情報によれば、直径約3000キロの球状の物体を中心に、多数のグォイド艦らしき物体が前後を守っているようなのです』


 【ザ・トーラス】内を航行中の〈じんりゅう〉の後方、円環内を約3分の一程進んだ位置に、〈じんりゅう〉を追いかけるようにしてシズの言う球状の物体が投影されていた。


『当該物体の主成分は金属を含んだごく普通の岩石、質量は50000000兆トン、月の約半分程もあるのです。状況から見てこれが先ほど話した惑星間レールガンの弾体であると思われます』

「……い、いま、おシズちゃん惑星間レールガンって言いましたぁ!?」


 共にビュワーを覗いていたフィニィが、信じられないといった顔で尋ねた。

 ユリノはフィニィにすまないと思いつつ、彼女の問いを無視してシズからの報告の意味を考えた。

 彼女に言う通りならば、直径3000キロ、月の半分もの質量がある実体弾が、この木星自体を巨大な惑星間レールガンとして発射されようとしているのだ。

 やはり俄かには信じ難い話であった。


『当該物体がどの程度まで加速された上で発射されるかは分かりませんが、その加速度から言って近日中に発射されることは間違い無いと思うのです』


 シズの声は冷静さを装っているようだったが、それは意識して恐怖を抑え込んだ結果のようであった。


『それともう一つ、当該物体の進行方向前部中心からはUVエネルギーの反応も計測されているのです。こちらは当該物体が大赤斑直下を通過し次第、【ザ・トーラス】円環中心部を丁度一周させるように発射させれば、約四時間半後には恐ろしく協力なUVキャノンとして使用可能なのです』

「……なんてこと!」


 ユリノはシズからの報告に思わず呻いた。

 一番当たってほしく無い予測が当たってしまったことが、今、物理的に観測されてしまったのだ。

 月ほどの実体弾を使用した惑星間レールガンももちろん大問題だが、【ザ・トーラス】をシンクロトロン代わりにした超巨大UVキャノンの驚異は、より間近に迫った危険だ。

 その標的がどこかは知りようが無いが、木星近傍の人類拠点であることは間違い無いだろう。


[ゆりのヨ。ソノさてぃガ言ウ軌道えれべーたーノぴらーヲ利用シテ、外部ト連絡ガ取レルトスルナラば、急イダ方ガ良イゾ]


 エクスプリカがまるで他人事のように簡単に言ってくれた。

 だがエクスプリカの言う通りであった。

 何とかして一刻も早く作戦指揮所MCに連絡をとりこの危機を知らさねば、この【ザ・トーラス】はまず巨大UVキャノンとなって、多くの人間の命を奪ってしまうのだから。

 そして今思いつく最も可能性の高い標的は、SSDF木星防衛艦隊本部・ガニメデ基地〈第一アヴァロン〉であった。

 自分らの把握している予定が確かならば、そこには今、汎用航宙士後方支援艦〈ワンダービート〉が停泊しているはずであった。

 それは彼がいるはずの艦だ。

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