♯3

「……ってなことがあって今に至った……って~わけだ」

「まったくなんて無茶するのかしら……それでクィンティルラにキルスティ、身体の具合はもう良いの?」

「ああ、俺とフォムフォムは元から身体の作りが違うからな。ちゃんとメディカルマイクロマシン錠を服用しといたし…………まだ折れてた肋骨がちと痛むけど……」

「それと〈ナガラジャ〉の皆さんに救助してもらい治療を受けたお陰です。本当にありがとうございましたアイシュワリア艦長、クルーの皆さん」

「あら、良いのよキルスティ少尉ぃ、安い出費で貸しを作るのは嫌いじゃないわ」

「……」

「それにしても姫様、クィンティルラとキルスティの要求にしたがって少年を連れてきたのは、いくらなんでも事を急ぎ過ぎたのではないでしょうか?」

「え~だってぇ! 早くしないと下で〈じんりゅう〉がいつまで持つか分からないんだもの! 早く準備して一刻も早く〈じんりゅう〉のところ行かないと、手遅れになっちゃうじゃない! キルスティ、〈じんりゅう〉には一体どれくらい時間が残されているの?」

「はい、〈じんりゅう〉が、昇電発艦直前でのプラン通り、さらに潜航して低気圧エリアに行けたとしたならば、正確な時間は分かりませんが、最大で三日間はUVシールドを維持可能だと思います」

「よし、その前に昇電を修理して奴と一緒に潜るそ!」

「こらクィンティルラ、ただ闇雲に潜ったって、浮上する算段を立てないと意味ないんだからね」

「アイシュワリア艦長の言う通りです。〈じんりゅう〉は無事ですが、恐らくさらなる潜航をした際に外付けUVシールドコンバーターは限界を迎えてしまっているはずです」

「つまりあんたとこの少年だけで潜ったって意味無いの!」

「姫様の言う通りです。少年を確保しても、再び雲海の底に行き、戻って来る手段が確率できなければ意味がありません。〈じんりゅう〉はオリジナルUVD搭載艦だったから出来たものの、本艦では人造UVDしか搭載していない上に、リバイアサンとの戦いで損傷しています。他の手を考えないと……」

「だけど……そこはそれよ……きっとノォバ・チーフがなんとかしてくれるに違い無いって!」

『おいおいおいクィンティルラ! 勝手なこと抜かすな!』

「あら、チーフ聞いてたんだ?」

『ああ、大分前からな、ついでにテューラも聞いてるぞ』

「うぇっ……」

『きぃ……すぁ……まぁ……らぁ……』

「嗚呼……テューラ司令……本日はご機嫌うるわしゅう……」

『何をやっとるか貴様らは! 無事に帰って来たならまず報告だろうが! それを……それを……クィンティルラ! 貴様という奴はぁ……』

「ひぃいぃ~ごめんなさいテュラ姉ぇ!」

「テューラ司令、報告ならばエクスプリカのデータを送信しておいたはずですが……」

『そういうことを言っているのではな~い! アイシュワリアも、いくら〈じんりゅう〉からの救出者に頼まれたからって! 〈ナガラジャ〉で〈ワンダービート〉に乗りこんで拉致騒ぎなんぞ起こしおってぇからに! 私がもみ消すのにどれだけ苦労したことか…………』

「だだだだだってテューラ司令! ユリノ姉さまを救うにはこの少年が必要だって彼女がぁ……あのクィンティルラが泣いて頼みこんできたんですよ! これに答えなければ女が廃るってものだわ!」

「いや俺ぜんぜん泣いてないしっ! ぜんぜん泣いて無いし!!」

「テューラ司令どうか怒らないでください。〈ナガラジャ〉の位置が、たまたま〈ヘファイストス〉に向かう際に〈ワンダービート〉を経由するのが最適だったので、時間節約の為に行ったのです」

『いや……おま……キルスティよ、いくら最適だからって、VS艦隊のクルーが勝手に他所の艦に乗りつけてだなぁ…………』

「〈じんりゅう〉救出には必要なことだったんです!」

『そこだキルスティ! 〈じんりゅう〉の救出に異存は無いにしても、それになんだってこの少年が必要だというんだ? 分かってると思うがVS艦隊の艦にオトコを連れ込むって事はなぁ……』

「大丈夫だよテュラ姉、こうしてちゃんとふん縛ってるから」

『そういうこっちゃ無い! 木星がエラいことになってるってのに、何故どういう理由でその若造が必要だったのかと訊いているのだ!』

『俺も知りたいなキルスティ少尉、ただでさえ〈じんりゅう〉の救出は技術的に難題なんだ。それにこの少年が必要だと思う理由を聞きたい』

「あ~……テューラ司令……ノォバ・チーフ……お二方の疑問はご最もだとは思います……思いますのですが……それを話す前に…………あの、彼をまずどうにかしませんか?」








 ――という、一番幼そうな声音の少女の言葉と共に、しばしの間があるとケイジの視界を覆っていた目隠しが外された。

 視界を覆っていた闇から解放され、ケイジはようやく自分が座らされていたのが、航宇宙艦内のホロ会議室らしき場所だと知ることができた。

 〈ワンダービート〉内で〈ナガラジャ〉から来たと思しき女プレデターに撃たれて気絶し、目が覚めると、椅子に拘束された態勢で、猿轡をされたうえにズタ袋を被らされ、視界が闇に閉ざされているという恐怖極まる状態だったのだ。

 これから映画でたまに見かけるような拷問でも始まるのか!? とケイジはカタカタと震えたが、塞がれていなかった耳から聞えた男性一名と他女性だらけの会話から、とりあえず拷問はないらしいと安心しながら、〈じんりゅう〉に起きた今までの経緯を聞いていたのだった。

 ところどころ分からないことはあるが、どうも今〈じんりゅう〉が木星の雲の底でピンチらしい。

 薄暗い会議室内には、中心に浮かぶ木星大赤飯周辺の断面を描いたホロ映像に照らされ、四人のソフティスーツ姿の航宙士と、男女二人のホログラムの人影が立ち、ケイジを見つめていた。

 ソフティスーツ姿の四人の内の一人は、〈じんりゅう〉クルーのクィンティルラ少尉だった。 思い出せはしなかったがケイジには分かった。なんとなく失った記憶のなかで面識があった気がするからだ。

 それに例の写真に自分と一緒に写っていたし、〈ワンダービート〉でのイベント時に、遠くからだが見かけたこともある。

 ケイジは間近で見る彼女の姿に、言い知れぬ懐かしさのような感覚を覚えて戸惑った。


「よ、よぉ……久しぶり……」


 彼女はケイジと目が合うと、微かに頬を赤らめながらそう声をかけてきたが、ケイジが何も返せないでいると、寂しげに眼を伏せてしまった。

 ケイジは胸の奥がチリチリと焦げるような罪悪感にも似た感覚を覚えたが、結局それを言語化にすることが出来なかった。

 四人の内のあと一人は、〈ワンダービート〉で自分を撃った女プレデターみたいな長身のVS艦隊クルーだった。

 HMDを装着していないと意外と美人であることが分かった。が、ケイジはやはり目が合った瞬間震えあがらずにはいられなかった。

 他二人のソフティスーツ姿の少女には見覚えが無かった。

 だが、今まで耳にした会話から〈ナガラジャ〉艦長のアイシュワリア中佐と、〈じんりゅう〉機関長のキルスティ少尉らしい。

 黒髪に薄褐色の肌の小柄な少女――アイシュワリア艦長は、椅子に拘束されたケイジの顔をまじまじと見つめると「これがあのケイジ少年ねぇ……改めて見てみても、あんまし冴えたオトコじゃないわね……イメージしてた程には」と、その可愛らしい顔立ちからは想像できないような、割と失礼なことを言ってのけた。

 問題は、どうやら他所の艦からホログラム投影されているらしい二人だ。


『こうしてファイルの写真以外で見るのは初めてだが……思ってたよか元気そうだな』


 司令官服に身を包んだ女性が、ケイジを見つめそう述べた。

 VS艦隊司令にして初代〈じんりゅう〉副長のテューラ・ヒュウラ司令だ。


『そうか? 充分にボロボロだと思うがなぁ……』


 もう一人のずんぐりむっくりの中年男性が、ケイジの顔の左上面を覆うカバーや、火傷の跡を指して言った。

 〈じんりゅう〉級・航宇宙戦闘艦の開発責任者のノォバ・ジュウシロー技術大佐ではないか!

 初代〈じんりゅう〉のファンであり、航宙艦エンジニアの端くれでもあるケイジは、伝説に等しい人物が目の前(ホログラムとはいえ)にいることに仰天した。

 一体全体、何で自分はこの錚々たるメンツの中にいさせられているのか、皆目分からない!

 その〈じんりゅう〉をピンチから救う事に、自分が関係しているらしいのだが……。

 ケイジは何か言おうと思ったが、口には猿轡代わりにタオルが押し込まれていて、ふがふがという異音しか出てこなかった。


「さて…………それで? キルスティ少尉、これからについて何か考えがあるんでしょ?」

「あ~え~っと………………それが、アイシュワリア艦長。私に言えるのは、今の〈じんりゅう〉には彼が必要であり、何とかしてクィンティルラ大尉と共に下にいる〈じんりゅう〉の元へ連れて行かねばならない……とうことだけなんです」


 長い黒髪のちんちくりんな艦長に問われた短い銀髪のちんちくりんな機関長は、そこまで言うと沈黙した。


「…………ひょっとして……他は何も考えて無かったりする感じぃっ!?」

「いえ、私自身には確信があるんです! ただ、それを上手く言葉に出来なくって…………。 私は最後に〈じんりゅう〉で行った【ANESYS】戦術マニューバで、いえ、そのもっと前から【ANESYS】戦術マニューバを行う度に感じていたんです。

 私じゃ駄目だって。

 私が加わった〈じんりゅう〉クルーの行う【ANESYS】戦術マニューバでは、ケレス沖会戦でみせたものには程遠いって!」


 キルスティは拳を固め力説した。


「それの原因が三鷹技術三曹にあると我々は思い、彼の無事な姿を確認すべく、わざわざ〈ワンダービート〉に赴いてイベントをこしらえ、サヲリ副長を送り込んだわけです。

 結果、なんだかんだあってクルーの皆はケイジ三曹の無事を確認し、直後の木星上空の戦闘で行った【ANESYS】戦術マニューバでは、ある程度その統合力を取り戻したわけ……なのですが………」

「結局また元に戻っちゃったのね?」


 先読みしたアイシュワリア艦長の問いに、キルスティは頷いた。


「……木星の雲の底で行った最後の【ANESYS】戦術マニューバで私は感じたんです。

 【ANESYS】の統合思考体アヴィティラには何かが欠けているって。

 そして、彼女は彼を……というより、まるで欠けてしまった自分の一部分を強く求めているって…………そう感じたんです。

 〈じんりゅう〉には機関長が必要です。ですが、それは私じゃありません」

『だから、こやつが必要だという結論になったってのか?』

「理屈じゃ無いんです! 私じゃ駄目なら他の誰なら良いっていうんですか!?」


 テューラがキルスティの言葉を継いだのを最後に、ついさっきまでうるさい程だったホロ会議室内を、思いだしたように沈黙が包んだ。

 先ほどまでの、あのテューラ司令にさえ毅然と答えていたキルスティとかいう少女の言葉は、そこまでいうとフェードアウトしてしまった。

 ここにいるSSDFの航宙士達は、木星雲海に消えた〈じんりゅう〉を救うべく集まった者達だった。

 だが、その望みを達成する唯一の鍵は、キルスティ少尉の言葉だけだったようだ。

 彼女からのその言葉が続かなければ、この会議室で発せられるべ言葉は他に無かったのかもしれない。

 つまりたった一人の少女の、何となくのフィーリングで自分は拉致られたのか……とも言える結論に、ケイジは一瞬ウソだろ!? と思った。

 が、その他者にとってはフィーリングとしか思えないことを理由に、彼女本人とクィンティルラはもちろん、アイシュワリア艦長率いる〈ナガラジャ〉までもが動いたのだ。

 それはVS艦隊クルーたるキルスティが【ANESYS】戦術マニューバの最中に感じたことが、ただの感覚どころではない程の意味を持つということなのかもしれない。

 【ANESYS】で繋がっておる時の記憶は、後になって見ると夢としか思えないような儚いものだという……だが、それで彼女らは数え切れない程のグォイドを撃破してきたのだ。

 ケイジは右脚が疼くように痛むのを感じた。

 やはり〈じんりゅう〉は窮地に陥っていたのだと、知ってしまったからだ。

 自分は、なぜこうも〈じんりゅう〉のことが気になるのか? それはまったく思いだせないが、例の写真を見る限り、自分が過去に〈じんりゅう〉と関わっていたかららしい。

 そしてその事実が、自分がここに拉致された理由と関係があるようだった。


 …………というかキルスティとかいう子は、今さらりと、とても重大なことを話した気がする。


 ついさっきクィンティルラ大尉が木星の底での出来事を話してた時も聞いた気もするが、もう聞き違いではすませられないようだった。


――……今、オレを〈じんりゅう〉に連れてくって言ったぁ!?


 ケイジは思わずふがっと猿轡越しに声を上げていた。

 会議室内の目が、一斉にケイジにあつまった。


『いい加減……そろそろその猿轡くらい外してやったらどうだ?』

「――だってさ、デボォザ」

「分かりました姫様。三鷹ケイジ技術三曹、騒がないと約束するならばタオルを外す」


 VS艦隊司令の意向を受けた女プレデターに言われ、ケイジはコクコクと頷くと、ようやく口に詰められたタオルが外され、ケイジはぷはっと溜息をもらした。

 ついでに拘束も解いてくれないかなと期待したが、基本的に男子との接触が禁止されてるVS艦隊クルーの前では、まだ自由に動けるようにはしてくれないようだった。


「あ……あの……なんでオレを〈じんりゅう〉に送り込もうなんてことに? ……ケレス沖会戦の時、オレと〈じんりゅう〉に何があったからなんでしょうか?」


 ようやく発言を許されたケイジは、尋ねてしまってから、押し寄せたプレッシャーに脂汗をたらした。

 だが、ここ半年間の記憶喪失が原因の心のモヤモヤを解消できるとしたら、今しか無い、とそうも思ったのだ。


『……確かに、キルスティの言うとおりに〈じんりゅう〉にお前を送り届けるのならば、ある程度は話さないわけにはいかないな』

「ちょっと待って下さい司令!」


 しばしの間をおき、腕組みしながら呻くように言ったホロ・テューラ司令の言葉を、キルスティが遮った。


「ちょちょっとまって下さい!」

『何を待つのだ? お前が言いだしたことじゃないか? 奴の質問ももっともだしな』

「はい! それもそうなんですけど……三鷹ケイジ技術三曹……今、ケレス沖会戦の時にオレと〈じんりゅう〉に何があったかとかって言ってましたけれど……」


 ケイジは銀髪小柄なVS艦隊クルーに鋭い眼力で訊かれ、震えるように頷いた。


「じゃひょっとして記憶が戻ったんですか!?」


 ケイジは今度は顔を横にフルフルと振った。


「あ、あの……ケレス沖会戦があった頃の記憶が無いってことは自覚してます。それでその時、自分がどうやら〈じんりゅう〉にいたらしい……ってこともなんとなく知ってます。……あのオレの個人携帯端末SPADの中に、写真が挟んであったんです」


 ケイジは知ってることは包み隠さず話すことにした。

 そうしておかねば、教えてくれるものも教えてもらえないと思ったからだ。


「写真ですって? デボォザ、彼の持ち物はどこ? 個人携帯端末SPADはあった?」

「三鷹ケイジ三曹の個人携帯端末SPADならここに」


 そう言うデボォザと呼ばれた女プレデターの手には、いつの間にかケイジ愛用の個人携帯端末SPADがあった。


「写真ってのは?」

「……これのようですね」


 アイシュワリア艦長の問いに、デボォザはそう言ってケイジの個人携帯端末SPADのカバーを極めて乱暴に外すと、隙間に挟まっていた一枚のホロ写真を取り出した。

 その写真にあつまるケイジ除く一同。


「………………わお!」

『……あいつらめ!』

『意外と楽しそうだったんだな、あの時のお前達って』


 アイシュワリア艦長、テューラ司令、ノォバ・チーフが、それぞれの感想を漏らした。

 クィンティルラは真っ赤になりながら、キルスティはジトっとした視線でその光景を見詰めていた。


「いやいやいや皆さん! その写真に夢中にならないで下さい~!」


 キルスティのその小柄な体に見合わぬ剣幕で言われ、アイシュワリア達はケイジと〈じんりゅう〉クルーが写ったホロ写真からようやく顔を上げた。


「つまり! ケイジ三曹はケレス沖会戦の時に自分が〈じんりゅう〉にいたことは漠然と知ってはいるけれど、べつにその時の記憶が戻ったわけじゃないってことですね!?」


 キルスティの問いに、ケイジは何度も頷いた。


「何だ……そうなのか……」


 クィンティルラが少しだけ寂しそうに呟いた。


『ではやっぱりケイジ三曹に話しておくべきじゃないのか? ケレス沖で自分が何をしたのかを』

「そうですけれどテューラ司令、記憶喪失な三鷹ケイジ技術三曹に、ケレス沖会戦で何が起きたか我々が話すのは待って下さい」

『なんでだ? 何があったか話とかないと、この先めんどくさいだけじゃないのか』

「ですが、記憶喪失の人に、他者が何があったかを下手に教えると、教えられた事を元にして、偽の記憶をでっちあげてしまう可能性があるんです。ですから、失った記憶は当人が自力で思いだしてもらわないと……」

『なんだ面倒な話だなぁ……ってことは記憶喪失な奴を記憶が無いまま〈じんりゅう〉に放りこめってことか?』


 記憶喪失者の当人をよそに、話し続けるVS艦隊司令とキルスティに、ケイジはぞわりと背中に寒気が襲ってくるのを感じた。


「あ、あ、あ~……そのことについてなのだが……」


 クィンティルラが心なしか焦った顔をして、勢いよく挙手した。


「その……話して良い概要とやらを伝える前にだ……デボォザ、ケイジの耳を塞げ!」

「……」


 クィンティルラの唐突な命令に、飛ばれた女プレデター……もとい〈ナガラジャ〉のデボォザ副長は、どうしたものかとアイシュワリア艦長に無言で許可を仰ぐと、静々と椅子に拘束されたケイジの背後に回り込み、その手でケイジの両耳を塞いだ。


「ぎっ……!!」


 その瞬間、ケイジは耳が聞こえなくなる以前に、万力で頭が締め付けられたような痛みと恐怖を感じるち、以後のクィンティルラ達の会話は全く聞こえなくなった。







「えええ~えっと……いくら俺達といえども、この問題に関しては非常にセンシティブな部分があるわけでだなぁ……俺達のケイジに対する感情諸々が他所から伝わるのは……」

「ようするにここで、三鷹ケイジ三曹に対しクィンティルラ大尉を含め〈じんりゅう〉のクルー全員が惚れちゃってる云々を、私達の口からバラして欲しく無いってことですよね? まぁ……確かに気持ちはわかるかも……」

「ちゃ……ちげ~ってキル坊! 俺はただ死線を潜り抜けた大切な戦友としてだなぁ――」

『あ~分かった分かった、告白は自分でしたいから黙っておいてくれと言うんだな?』

『確かに、ここで勝手に自分らがこの三曹のことを好きだったバラされたと知ったら、下にいる〈じんりゅう〉の連中……【ANESYS】で思考を統合するどころじゃ無くなるだろうしな……ユリノとか』

「くっ……テュラ姉にチーフまで……」

「あら~可愛いところあるのね~クィンティルラ、おほほほ」

「ですが姫様、とりあえずこの少年にクィンティルラ達の恋愛感情は伝えないとして……ではどうこの事情を彼に伝えましょう?」

『私を見るなよ! いくらVS艦隊の司令だからって色恋沙汰についてのノウハウなぞ知らん!』

『………………え、俺?』

「確かにノォバ・チーフは御結婚もされてますしお子さんもいらっしゃいます。しかもあのレイカ艦長と!」

『いやいやいやいや、あれは恋愛とかいうより、ロックオンされて撃墜されたとかの類いの話で……そういうんじゃ無かったからなぁ……』

「なんだ役に立たないなぁチーフは」

「上手く濁して話すしか無いようですね」








 耳を塞がれている間、喧々諤々の話しあいが行われ、クィンティルラなどは顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりしていたが、当然ケイジにはその会話の内容はサッパリ分からなかった。

 話しあいの結論が出たのか、ようやく万力のようなデボォザの両手から解放されると、ケイジは頭が若干補足なったような気がした。


「あ~三鷹ケイジ三曹、VS艦隊の機密情報に抵触する為、細部まで教えるわけにはいきませんが、許された範囲内でケレス沖会戦であなたに起きたことを説明します」


 キルスティ少尉が、もの凄く気乗りしていなさそうな顔で告げた。


「簡単に言えば、あなたは第五次大規模侵攻迎撃戦で漂流していたところを〈じんりゅう〉に救助され、ケレス沖会戦の直前まで機関長が不在だった同艦の臨時機関長を務めていたのです」

「……」

「そして、ケレス近傍で発見したオリジナルUVDを〈じんりゅう〉に換装してる最中に、グォイドとの戦闘が始まり、あなたは負傷、記憶喪失にいたったわけです……以上で説明終わりです!」

「……あの――」

「悪いのですがこの事についての質問は、一切受け付けません! 」


 ケイジが何か言う前に、キルスティは静かに、だが断固とした口調でそう締めくくった。


「色々訊きたいことはあるかもしれませんが、私達はそれを伝えることはできません…………その上で、あなたに今木星の雲海から戻ってこれなくなった〈じんりゅう〉を救う手伝いをお願いしたいのです」


 キルスティはこの時になって、はじめてケイジの顔をまっすぐと見た。


「無理強いできることではありません。ですから……お願いします! 〈じんりゅう〉を助けて!」


 最後にキルスティは深々と頭を下げた。

 ケイジは、頭を下げる直前、彼女の瞳から大粒の雫が溢れかけていたのに気づいた。日本人でも無いのにそこまで頭を下げたのは、それを見られまいとしたからなのかもしれない。

 割と冷静に一同と会話しているように見えた、このちびっちゃいVS艦隊クルーも、心の内ではケイジと同じように、〈じんりゅう〉が心配で心配でカタカタと震えていたのかもしれない。


「ケイジ、俺からも頼む」


 傍にいたクィンティルラも頭を下げる。


「了解……しました」


 ケイジは自分でも驚く程あっさりとそう答えていた。


「オレで良ければ……」


 そう答える他無かったし、それに何故か割とスッキリもしていた。

 記憶を思い出したわけではないが、自分がそうではないかと思っていた事が、公式に事実であったと認められたわけなのだから。

 そして、猛烈な使命感を沸くのを感じてもいた。

 木星の雲海の底で、〈じんりゅう〉がまたしてもピンチなのだという。

 それを救う鍵が、なんと自分なのだというではないか! ……だとしたならば……ケイジは自分にできうることを精一杯やりたいと、そう強く思うのだった。

 ケイジは自分が大して悩むことも無く、割と命がけの任務につくことを厭わなかったことを不思議に思った。だが、それが思い出せない〈じんりゅう〉で過ごした日々が、そう思えるようにさせたのかもしれない。

 ケイジはそう考えた。


『では早速具体的な救出プランをたてないとな……だが、正直言って、クリアせにゃならん課題は多いぞ…………ついさっき、〈じんりゅう〉がMIA(作戦中行方不明)認定された』


 テューラ司令が頭を掻きながらぼやくように告げた。


「なんだってぇ!?」

『そう言うな、状況から考えて認定するなとは言えん』


 宇宙戦闘で言う【戦死】扱いに、限り無く近い先刻に憤るクィンティルラをテューラ司令は制した。


『それに今、他所の艦隊に救出の手伝いを求めるのは難しい。第四艦隊・木星防衛艦隊〈ベル・マルドゥク〉は、木星恒星化の報を受け、この宙域からの脱出に大わらわだからな』

「そんな、木星の恒星化は阻止したのに……」

『なに言ってるんだキルスティ。この後におよんでリバイアサン・グォイドなんてモンが現れてるのに、

木星に来たグォイドの企みが完全に阻止された……などとはお前達も思っちゃいないんだろう?』


 テューラ司令はさも当然とばかりに言った。

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