♯4

『現時刻をもってVS‐802〈じんりゅう〉をMIAと認定する』

「ちょっと待って下さい! 〈じんりゅう〉との連絡が途絶えてからまだ3時間も経っていません! いくら何でもその判断は早計なのではないでしょうか!?」

『木星圏でのMⅠA認定の権限は我々にある、その判断に不服でも?』

『君は、超ダウンバーストとやらが発生したあの木星の高温高圧の雲の底で〈じんりゅう〉が無事でいられると?』

「それは……自分はそう信じております!」

『それは論理的根拠にもとづいた意見なのかね?』

「……」

『ふっ、君は分かっておらんようだな、木星の厳しさというものが。我々がこの星でどれだけの年月、ここの環境と戦って来たことか…………君は少々、木星というものを甘く見ていたのではないか? その結果〈じんりゅう〉のMIA認定なのだよ』

『テューラ司令、まぁあまり気を悪くしないでもらいたい。

 今の時代、宇宙での戦闘で作戦時行方不明となることは特段珍しくも無いし、MⅠA認定後に生還した例も多々ある。

 ただ……我々は今、ようやく第五次迎撃戦でうけた傷が癒えたところなのだ。君の言うグォイドの企み現実のものであったとしても、今、我々が優先すべきは戦力の確保だ。ここで補充した戦力を損耗するわけにはいかない』

「し……しかし、グォイドが木星の恒星化を目論んでいるという問題もあります。このまま座視して良い物でしょうか!?」

『それは君の〈じんりゅう〉が何とかしてくれたのだろう?』

「ですがまだ新種のリバイアサン・グォイドがいます。連中の企みはまだ終わったわけでは無いと考えますが」

『だからさ』

「はい?」

『まだグォイドの企みが進行しているのならば、なおさら我々は戦力の喪失を回避せねばならない。敵の出方を見てから改めて反撃にでるのが得策というものだろう?』

「ですが……」

『断わっておくが、この状況は君の責任といえるのではないかね?』

『いくらオリジナルUVDが搭載されているとはいえ、我々の対応を待ちもせずに〈じんりゅう〉を木星の雲海に潜らせたのは独断専行が過ぎるのではないかな?』

『――それでも、我々は君たちの木星侵攻グォイド迎撃に充分艦を提供してきたつもりだ』

『功を焦ったのかは知らないが、君たちが勝手に潜らせた艦を救うのに、これ以上手を貸す余裕は無いということだテューラ君』


 テューラにそれ以上彼らに言い返せる言葉は無かった。

 彼らの選択と行動それ自体の正否はさておき、自分に対する指摘は大方その通りであったからだ。

 言いたい事だけを言いきると木星艦隊司令部の人間は、さっさとホロ映像通信を切り、テューラ自身の姿だけが、ホロ会議室に残された。

 








『ようするにだ、連中は責任を取りたく無いんだ。我々が始めた木星侵攻グォイドとの戦いに参加することによってな。

 せっかく第五次大規模侵攻迎撃戦を乗り越えたってのに、実はまだグォイドの危機は去っていませんでした……などと認めたくは無かったんだろう。

 そしてそれで被害など出そうものなら、スポンサーたる世間が許さないってな』


 キルスティは、〈ナガラジャ〉から接舷した〈ヘファイストス〉とへ移動しながら、一時間ほど前に行われたというSSDF第四艦隊・木星防衛艦隊〈ベル・マルドゥク〉司令部とのホロ通信会議の顛末を、インカムを通した無線通信越しにテューラ司令から聞きいていた。


『まぁ連中の判断はある程度は妥当だとも言える。恒星化が阻止されたからといって、リバイアサン・グォイドの脅威がまだ去っていないのに、木星圏からの避難を取り止めにされた方が、むしろ悩みの種になっていたかもしれん』


 テューラ司令は憤るクィンティルラ達の思いを察してかそう続けた。


『テューラよ、お前が無理我儘を言って、木星艦隊の連中から駆逐艦せびったり実体弾投射艦を動かしたり、向こうの司令部の頭越しに好き勝手やりすぎたからじゃないのかぁ?』

『う~む…………そういう見方も無くは無いかもしれん……』


 横あいからのノォバ・チーフの指摘に、テューラ司令は苦々しげに答えた。


『ついでに言えば、連中がそういう方針になったのは、第五次大規模侵攻迎撃戦が終わって半年経ったところで、木星防衛艦隊〈ベル・マルドゥク〉総司令部のメンツが、戦力温存派の人員へと大幅に入れ替わったから……というのもこの事態の理由の一つなようだ。

 我々はその上層部の頭がすげ変わったタイミングで、彼らの庭先でグォイドとドンパチを始めてしまったわけだ』

「タイミング悪るぅ!」

『まったくだクィンティルラよ。だがまぁ考え方を変えればだ。これで木星艦隊に被害が及ぶ心配はしなくて良いってことだ。思う存分暴れられるぞ!』

「そ……そういう見方もあるのか……」


 傍にいるクィンティルラ大尉が、テューラ司令の言葉に驚くやら呆れるやらしつつ呟いた。


「けれど、〈じんりゅう〉救出の協力は望めないんですよねぇ?」

『なあに、邪魔されるよかマシさキルスティよ。それに協力してもらえないといっても、艦隊を動かしてもらえないだけで、物資の補給はしてくれるそうだし』

「………なら良いんですけど」

『とりあえず我々は〈じんりゅう〉救出とリバイアサンの対処に注力すれば良いさ』


 ――簡単に言うなぁ……。


 キルスティはテューラ司令の言葉に、思わず無重力のボーディング・チューブ内を漂って移動しながら天を仰いだ。

 拘束を解かれたと思ったら、急きたてられるように移動を即された三鷹ケイジ三曹とクィンティルラ大尉と共に、ボーディング・チューブを抜けて〈ヘファイストス〉艦内へ入ると、他の航宙士に見られないよう気をつけながらテューラ司令のいる場所へと移動する。

 〈ナガラジャ〉は戦闘で受けたダメージの補修の為に、〈ヘファイストス〉とランデブーしている最中であった。

 〈ナガラジャ〉には〈ヘファイストス〉と〈リグ=ヴェーダ〉の直掩の任務がある。可能な限り早く補修を終え、任務に復帰せねばならない。

 キルスティ達三人がいつまでも〈ナガラジャ〉にいるわけにはいかなかった。

 早く〈じんりゅう〉救出プランを練り上げたかったが、その前に三人はまず〈ヘファイストス〉へと行く必要があった。

 ケイジ三曹はハードスーツ姿でヘルメットのバイザーを降ろし、顔を見られないようにしてはいる。

 それもこれもVS艦隊クルーが男性と共に、VS艦隊の艦から出て来るところを、他の航宙士に見られないようにする為だ。

 VS艦隊の航宙艦の中といえど、【特別懸案事項K】の存在は極秘中の極秘事項なのだ。

 もし、彼の存在と必要性の真実が世間に洩れたりでもしてしまったら、大変なスキャンダルとなるだろう。

 その事態が〈じんりゅう〉救出にプラスに働くことは絶対に無い。

 キルスティは割とハラハラしながら、周りを警戒しつつ移動を続けた。

 が、そんな彼女の心中など露知らず、彼は途中にあった船外目視確認用舷窓から、ついさっきまで自分が乗っていた〈ナガラジャ〉の姿を見ることができると、思わず足を止めた。


「凄い……オレってマジで〈ナガラジャ〉に乗ってたんだ……」


 男子たる自分が、VS艦隊の船に乗っていたという事実を、彼はここにきてようやく実感し感動を覚えたのかもしれない。

 舷窓から見える鮮やかに山吹色の艦に、彼は目を輝かせていた。


「こらケイジ! まったくお前って奴は変らんやっちゃの~……」


 クィンティルラ大尉が、言葉の割にどこか頬笑みらしき表情を浮かべ、そんな彼の襟首を掴んで引っ張っていった。

 キルスティは自分が無理無茶を言って連れてきたこの男子が、本当に〈じんりゅう〉救出の役に立ってくれるのか、今更ながら心配でならなくなってきていた。

 最後に行った【ANESYS】の直後に感じた確信や決心は、時間の経過と共に、まるで夢か幻のように曖昧になり、不安へと変っていく。

 自分がとんでもない過ちをおかしたのではないかと、怖くてたまらなくなってしまう。

 キルスティはすでに彼の個人情報ファイルに目を通していたが、正直言ってぱっとしない人物だった。

 航宙士としての成績は中の上、年齢を考えれば優秀と言って良いかもしれないが、今のこの事態を打開できる程とは到底思えないし、今の彼は怪我の後遺症があるぶん、それよりも酷いかもしれない。

 それを除いても、勢いに任せて無理矢理連れてきたこの男子航宙士は、こうして直接見てみると、とても〈じんりゅう〉を救う手助けにはなりそうも無い、ただの男子だった

 しかも、自分が男子禁制たるVS艦隊〈ナガラジャ〉に乗艦していたことに、小躍りして喜ぶようなミーハーな男子だ。

 ユリノ艦長達〈じんりゅう〉のみんなは、この人のどこが良かったというのだろうか?


 ――頼むわよホントに!――


 キルスティは顔を振って不安を払うと、先を急いだ。


「凄い! VS艦隊の〈ヘファイストス〉の中には、こんなでっかいプリンタ立体造形機まであるんだ!」


 ――と、そう彼に願ったそばから、ケイジ三曹はまた歩みを止め、初めて見るVS艦隊専用・現地修理用・技術支援艦〈ヘファイストス〉の内部に感嘆の声をあげ、クィンティルラ大尉に襟を掴んで引っ張られて行った。

 キルスティもクィンティルラ大尉も、一応ヘルメットをかぶって顔を隠しているが、ソフティスーツを着ていては、あまり効果があるかは分からなかった。

 幸いにして、〈ヘファイストス〉には生身のクルーの姿はあまり見えなかった。基本的にヒューボットが多様されている為かもしれない。


「クィンティルラ以下二名、到着しました!」


 テューラ司令とノォバ・チーフが待つホロ会議室に、誰にも見とがめられずに辿り着くことができ、三人は敬礼、到着報告するとほっと安堵の溜息をもらした。


「やっと来たか、待ちかねたぞ」

「おう、誰にも見られなかったか?」


 キルスティの心労など関知せぬ。テューラ司令とノォバ・チーフの言葉が彼女らを向かえた。


「多分……生身のクルーには会いませんでしたけど」

「主な作業員は〈ナガラジャ〉の補修で船外作業で出払わせたからな。まったく同じ艦のクルーにまで守らねばならん秘密を抱える破目になるとは……」


 キルスティの報告に、ノォバ・チーフが無精ひげを撫でながらぼやいた。

 リバイアサンとの戦闘で、宇宙皮剥き器スターピーラーの先端の補助エンジンナセルを失った〈ナガラジャ〉の補修が、接舷した〈ヘファイストス〉の真横で行われている光景が、ホロ会議室の中央に投影されていた。

 無数のヒューボットに紛れ、ハードスーツ姿の航宙士作業員がポツリポツリと〈ナガラジャ〉のホロ映像に群がっているのが見える。


『まったく、ちゃんとなおるんでしょうねぇ? チーフぅ』

「お前達が宇宙皮剥き器スターピーラーの先っちょの補助エンジンナセル無くしちまったからなぁ、予備が届けばすぐにでも直るが……届かないと完全になおすことは不可能だ」


 〈ヘファイストス〉ホロ会議室に新たにホロ通信投影されたアイシュワリア艦長に、ノォバ・チーフはにべも無く答えた。


『姫様、左舷宇宙皮剥き器スターピーラー用補助エンジンナセルの予備は、ただ今火星の母港から輸送艦が出航したとの事です。木星圏到着まで四日弱はかかるかと』

『そんなにぃ!?』

 ホロ・デボォザ副長の報告に、ホロ・アイシュワリア艦長は憤った。

「ま、戦えるようにはしてやるから安心せいアイシュワリア」

「チーフ、俺の昇電は!?」

「そっちも並行して補修中だ! セーピアー用の耐圧オプションが残ってるからすぐにまたDS使用にできる」

「よし! それじゃすぐに――」

「慌てるなクィンティルラ、めくらめっぽうに潜る前に、まずは救出プランの構築だ」


 放っておくとすぐヒートアップするクィンティルラ大尉を、テューラ司令が窘めた。


「ああ、だがテューラ、その前に……キルスティ、〈じんりゅう〉のから持ってきたエクスプリカのメモリー・デヴァイスは持ってきたか?」

「はい、ここに。でも中の作戦データは全部送ったはずですけど……」


 突然チーフに問われたキルスティは、そう答えながら懐から件のメモリーデヴァイスを取り出すと、チーフへと手渡した。


「まぁちょっと見てな」


 ノォバ・チーフはそう言いながら脚元においていた箱上の機械のスロットに、受け取ったメモリーデヴァイスを指し込んだ。


「これって……ひょっとして……」


 何か思い当ったのか、クィンティルラ大尉が呟く中、一同の目の前でチーフの用意した箱がモーター音と共に展開し、四肢を伸ばし頭部を起こすと、見慣れた四足獣型ヒューボの姿へと変った。


『エクスプリカだぁ!』


 ホロ・アイシュワリア艦長が、年相応の声音ではしゃぐように言った。


「正確にはその後継機種だな。デヴァイスに互換性のある奴がこの艦の倉庫に眠ってるのを思いだしてなぁ、探すのに苦労したぜ。よし、エクスプリカ・ダッシュ起動しろ」


 ノォバ・チーフが音声コマンドを下すと、そのエクスプリカ・ダッシュと呼ばれたその後継機は単眼のレンズの奥を赤く明滅させ、四本足で立ちあがった。

 その姿は〈じんりゅう〉で使用中のエクスプリカと酷似していたが、カラーリングが薄いピンク色をしており、なんだかとてもファンシーな雰囲気を漂わせていた……そして、


[やあミンナ、オイラを呼んだかい?]

「……」

『わぁ……! やっぱり可愛いなぁ…………うちにも来ないかなぁ』

『姫様、なんでも人の持ち物を欲しがってはいけません』


 尻尾を振りながら首を傾け、声変わり前の少年のような電子音声を発した新たなるエクスプリカに、〈ナガラジャ〉艦長と副長以外の人間は絶句した。






[オイラの名前はエクスプリカ・ダッシュ! ミンナの願いをこの艦のコンピュータに伝えるのが仕事なんダッ。だからオイラに君たちの望みを教えてくれるカイ?]


 周囲の反応を余所に、エクスプリカ・ダッシュは、子供向け番組のマスコットキャラのような声音と口調で話し続けた。


「なぜだろうな……」

「凄い違和感を感じるぜ……」

「こっちが本来の声のはず……なのに」

「〈じんりゅう〉のプリ坊みたいな経験、こいつは積んで無いからな」


 テューラ司令、クィンティルラ大尉、キルスティがそれぞれ感想を呟き、ノォバ・チーフが冷静に分析した。

 〈じんりゅう〉で使用中のエクスプリカは、五年もジャミング・エリアを漂流した結果、中年のおっさんみたいな声音と言動という謎のパーソナリティを得えいたが、そうでは無いエクスプリカはこんなキャラだったという事を、彼女らは今思いだしたのだ。


「お前達……そんな顔しなくても……あ~~エクスプリカ・ダッシュよ、挿入したメモリー・デヴァイスを読みこんで、基本AIプログラムと同機させてくれ」

[ウン、分かった。ちょっと待っててネl]


 キルスティ達のリアクションに若干傷つきつつも、ノォバ・チーフが指示を下すと、エクスプリカ・ダッシュは束の間考え込むように黙り込んだ。


「なぁチーフ、何がしたいんだ?」

「焦るなクィンティルラ、すぐに分かる」


 ノォバ・チーフがそう告げたところで、エクスプリカ・ダッシュのメモリー読み込みが完了した。


[やぁミンナ、もう一人のオイラからのメモリー読み込みが終わったよ。〈じんりゅう〉にいる彼に尋ねたいことが合ったらボクがなんでも答えられるヨ]

「よし、エクスプリカ・ダッシュよ。これで今、俺達を取り巻く状況は理解できるようになったな?

 早速だが〈ヘファイストス〉のメイン・コンピュータと接続して、〈じんりゅう〉にいるお前が収得した大赤斑直下のガス雲海内のデータと、〈ヘファイストス〉が大赤斑上空から得た雲海のデータを統合して、現在の木星大赤斑の状態をここにホロ投影してみてくれ」

[がってん了解ッ、少し時間を貰えるかい?]


 ノォバ・チーフの指示にエクスプリカ・ダッシュは答えると、しばしカメラを明滅させてから、ホロ会議室の中央に浮かんでいたホロ〈ナガラジャ〉が消え、替わりに巨大な木星のホログラムを投影させた。

 キルスティはクィンティルラ大尉と共に、数時間前まで自分らが潜っていた木星の変容に、唖然として言葉が出てこなかった。

 木星の赤道部分が、ぐるりと虫にでも食われたかのように溝が掘られている。

 超ダウンバーストが起きている一帯を宇宙から見ると、そのように見えることに、二人は背中に寒気が走るのを感じた。

 こんな中から自分達はよく脱出できたものだ……としてこんな中にいて、〈じんりゅう〉は無事でいられるのか? と。

 大赤斑はその赤道部の溝に半分以上入ってしまっており、完全に赤道の真上に来てしまうまであとわすかのようであった。


「こいつを使って、こっちで得た木星の外側の情報と、〈じんりゅう〉が得た木星内部の情報を合わせれば、今、このガス惑星で何が起きてるか……つまりグォイドどもが何を企んでいるのかの答に、多少は近づけるかもしれないと思ってな……」


 ノォバ・チーフは鼻の下を擦りながら告げた。


「エクスプリカ・ダッシュ、〈じんりゅう〉から得たデータを元に、木星大赤斑周辺部を拡大した上で透視図にしてくれ」


 続けて下されたチーフからの指示により、ただちに大赤斑一帯のホロ映像が拡大される。

 巨大な円盤となった大赤斑上昇し天井を覆うと、その下に、太さも速度も異なる無数のガス潮流が、束となって西から東へ流れているのが見てとれた。


「それに〈じんりゅう〉、〈ラパナス改〉、ナマコ・グォイド、スネークイド、諸々の辿ったコースを判明している限り表示してくれ」

[がってん了解ッ]


 ホログラムに赤道西側から突入してくる〈じんりゅう〉が辿った航路が、光るラインによって描き足されたのを始め、〈ラパナス改〉や観測されたナマコ・グォイドとスネークイドのコースが足されている。

 〈じんりゅう〉のラインは、昇電が発艦したところで途切れていた。


「プリ坊、軌道エレベーターの位置と、オリジナルUVDが元あった位置も表示してくれ」

[がってんッ]


 クィンティルラ大尉は自分が通過した軌道エレベーター・ファウンテンのピラーが漂っているの表示されると、思わず顔を近づけて見つめた。


「これを元に〈じんりゅう〉救出と、グォイドの企みを阻止する案を練ろうってか」


 現在確認されている各情報が表示され、無数の光るラインだらけになった大赤斑の底のホログラムを見つめながら、クィンティルラ大尉が半ば呆れたように言うと、〈じんりゅう〉の描いた航跡ラインの最終観測地点……そのさらに下にあるアイコンに顔を近づけて見つめた。

 そのアイコンには無人機セーピアーと表示されていた。

 そこは木星雲海のさらに底にあるにも関わらず、何故かセーピアーが圧壊することなくシグナルを送ることができた謎の低気圧アリアであり、ユリノ艦長の目論見通りならば、今〈じんりゅう〉がいるはずの場所であった。








「さてと、まずどこから話しあったものかな……もちろん〈じんりゅう〉救出プランを真っ先に立てたいが、それには木星の現状とグォイドの企みを知る必要がある……」


 腕組みをしたテューラ司令が溜息と共に呟いた。


『確かに、そこが分からないと雲海のそこでリバイアサンにやられかねないものね……ねえエクスプリカちゃん、なんでこんなところに泡みたいに圧力の低いエリアができているのかは分からないの?』

[ごめんねアイシュワリア艦長、今得られている情報からでは、なぜそこに低気圧エリアが生まれているかの予測モデルは立てられていないんダッ、新しい情報か、シミュレーションを構築する為の指針をくれるかいッ?]

『あらまぁ……』


 アイシュワリカ艦長は、エクスプリカ・ダッシュへの質問の解答に残念そうに呟いたが、どこか彼と話せるだけで幸せそうだった。


「その低気圧空間が実在したとして、まずそこが分からないと、救出しようにも二重遭難になるだけだからな……」


 テューラ司令が、言外にすでに〈じんりゅう〉が圧壊し沈んでいる可能性を込めながら言った。

 確かに、セーピアーが送って来たシグナルが何かの間違いだあったならば、〈じんりゅう〉はすでにこの世には無く、それを知らずに救出に向かえば、救出に向かった者の命も無い。


[だけどミンナッ、〈じんりゅう〉にいるオイラが、ガス深深度からのセーピアーのシグナルを受けたのは間違い無いヨッ。ただ何故そこが低気圧かが分からないだけなんダッ]

「う~む、そんなこと言われたってもなぁ……」


 それが分かれば苦労はしない……皆の意見を代表するようにして、クィンティルラ大尉がエクスプリカ・ダッシュの言葉に呻いた。


「一応、他のスタッフにも考えさせているんだがな……」

「あ……あのぉ~……」

 ぼやくノォバ・チーフに続き、不意に耳に入って来た彼以外の男性の声に、一同は振り返った。

「あ……あの、ちょっと質問をよろしいでしょうか?」


 一同の視線の先のホロ会議室の隅で、ケイジ三曹が個人携帯端末SPAD片手に恐る恐る挙手していた。


「なんですか三鷹ケイジ三曹!? 今は重要な話しあいの最中なんですが」


 キルスティは自分でも驚くほど、険しい声音でケイジ三曹に答えていた。

「はぁ……ただ……その……今までの作戦記録を読んだんですけれども……グォイドは、木星を恒星にしようとしていたんですよね?」

「そういうことです、それが何か?」


 キルスティはそれでもなお質問してくるケイジ三曹に、軽いいらだちを隠しながら答えた。


「だって……それって変じゃないですか? 今までここに来たこの……ナマコ・グォイド? は、これから恒星化しようって木星に来てたんですよね?」


 ケイジ三曹は質問するのを止めなかった。


「恒星化のプロセスがすでに進行していたのであれば、下手に近づかずに、恒星化が成功してからくれば良いのに……なんだって恒星化が終わる前に次々と近づいては発見されて、終いには〈じんりゅう〉にオリジナルUVDを発見され奪われてしまうなんてドジやったんでしょうか?」

「それは…………」


 それでも止めなかったケイジからの問いに、キルスティをはじめ、すぐ答えられる者はいなかった。


「……確かに、ちょっとタイミング的な部分で違和感は覚えるな……それにお前と同じようなことを口にした人間を、俺は一人知ってる」


 最初にケイジ三曹に答えたのはノォバ・チーフだった。


「そうか! 我々が木星の恒星化に気づいたのはナマコ・グォイドが襲来して来たからだが、逆に言えば、奴らがこなければ我々は恒星化に気づかず、木星は太陽になっていたかもしれないわけだな?」

「……そうです! それが言いたかったんですテューラ司令」

「つまり……どういう事なんだ? グォイドってドジだな~って事?」

『違うわよクィンティルラってば、つまり……つまりなんだっけデボォザ?』

『あのナマコ・グォイド達は慣性ステルス航法で来ていました。我々が発見できたのは偶然の産物であり、グォイドの不手際とは違います……それよりも……』

「慣性ステルス航法って慣性ってうくらいだから、発進から到着まで恐ろしく時間がかかるんですよね?」


 ケイジ三曹がデボォザ副長の後を継ぐように一同に向かって尋ねた。


「その通りだケイジ三曹、慣性航行じゃなければあのステルス幕は繊細過ぎて維持出来ないからな……だから連中がこのタイミングで木星に来たということは…………」


 ケイジ三曹に答えるノォバ・チーフの声は、一端そこでフェードアウトしかけた。


「エクスプリカ・ダッシュ! ナマコ・グォイドの発見時の速度データから、連中が本拠地である土星圏タイタンを出発したのはいつか逆算して割り出してくれ!?」

[がってんッ、………………多少の誤差はあるけれど、ナマコ・グォイドがタイタンを出発したのは今から三カ月と二週間前から四カ月前だヨッ]

「なんてこった……」


 エクスプリカ・ダッシュが自分の質問に即座に答えると、ノォバ・チーフの顔色が変わった。


「もっと早くに気づくことが出来ることだったのに……」

「……チーフ、大丈夫か?」


 膝を折らんばかりにショックを受けているノォバ・チーフの肩をテューラ司令が掴んで支えた。


「この大赤斑の赤道への移動ってのは、半年前から始まっているんでしたよね? これがオリジナルUVDによる木星恒星化のプロセスに付随した現象ならば……」

「つまりナマコ・グォイドがグォイド本拠地を出発する前から始まっていたってことになる。連中に木星をどうこうできるわけ無いか……」


 ケイジ三曹の言葉を、ノォバ・チーフが継いだ。


「えええ!? それってつまりグォイドが来る前から木星の恒星化が始まってたってこと?」

「……というより、木星の変化に気づいたグォイドが、急遽ナマコ・グォイドを送り込んだってのが正解なのかも……」


 キルスティは、まだ良く理解できていないクィンティルラ大尉に説明したてあげた。


「そして今の木星の変化は、恒星化とは関係無いということになります。少なくとも今すぐってことは無かったはずです。だからナマコ・グォイドは欄性ステルスでのんびりとやってこれたわけです」

「それを……その恒星化じゃ無い木星の変化を、〈じんりゅう〉が止めてしまったってわけか?」

 キルスティの説明の、理解したクィンティルラ大尉が悲しげに呟いた。

『ちょっと待って! ちょ~っと待ってよ!』

『なんですか姫様、まだ理解ができていないのですか?』

『ちがうわよデボォザ! つまり、半年前に木星の大赤斑の奥底で、オリジナルUVDを動力源にした一見恒星化に思える何がしかの変化が始まって……それをタイタンにいるグォイド共が気づき、新種のナマコ・グォイドをでっちあげ、木星に送り込んだってことでしょ?』

『左様です姫様、よく出来ました』

『頭を撫でんでいい! 私が言いたいのは、なんで半年前にグォイドの仕業でもなく木星の変化が始まったのか? ってことと、恒星化でないならば、その変化で最終的に木星何が起きるのか? ってことよ!』

「……それは……」


 アイシュワリア艦長の問いに、ケイジ三曹は答えようとしてそこで止まった。


「それは…………分かりません……分かりませんけど、きっと超ロクでもないことだと思います」

 思いだしたかのように答えを続けたケイジ三曹は、きっぱりと断言した。

『なんで?』

「だってその良く分からない変化を、グォイドが利用しようとしているからです」


 ケイジ三曹の言葉に、反論できる者はいなかった。

 そして皆、言葉にはしなかったがもう一つの可能性に気づいていた。

 〈じんりゅう〉は恒星化と思われる現象を、オリジナルUVDを停止させた上で回収し、阻止したわけだが、木星に起きている変化が恒星化で無いならば、それが阻止できたとは限らなくなってしまうのだ。

 〈じんりゅう〉が阻止したのはあくまで恒星化なのだ。

 結果何が待っているか不明である木星の変化は、今もなお続いている可能性があった。









「エクスプリカ・ダッシュよ、いま出た仮設を元に、再度【グォイド行動予測プログラム】をかけてみてくれ。恒星化では無い場合の木星の変化の良くつく先を、グォイドがどう利用しているというのかを?」

[がってん了解ッ! だけど、やっぱり質問が漠然としているから、時間がかかる上に答えも正しくないかもしれないヨッ。 もっと予測する為の指針があると助かるんだけどな~]

「う~む……やっぱりそうか……」


 テューラ司令はエクスプリカ・ダッシュの答えに呻いた。


[だけど何故、半年前から木星の変化が始まったのかについてはオイラに心あたりがあるヨッ]

「何ぃ!?」

[半年前と言えば、第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦があった時期じゃないか。より正確に、木星の大赤斑の移動が始まった予測時期に合わせて言えば、〈じんりゅう〉によるケレス沖会戦が起きた時期と一致するヨ]

「!」


 エクスプリカ・ダッシュの発言に、その場の人間達は一瞬、言葉が出てこなかった。

 ケレス沖会戦といえば、〈じんりゅう〉が準惑星ケレスのグォイド・スフィア化をたった一隻で阻止した戦いである。

 そして、それは同時に現〈じんりゅう〉が初代〈じんりゅう〉の残したオリジナルUVDに換装し、再起動させた時でもある……


[ついでに言っておけば、〈じんりゅう〉にいるもう一人のオイラが、その時にオリジナルUVD表面の螺旋文様の発光現象を観測しているよヨ]


 エクスプリカ・ダッシュの言わんとしている事は、最後まで聞かずとも分かった。

 木星の大赤斑の底で、一連の現象を引き起こしていたいたのもまたオリジナルUVD・・・・・・・・なのだ。

 オリジナルUVDは謎の塊だ。

 UVDとしての桁はずれの性能だけでは無く、絶対に破壊は不可能であり、それが存在する真の目的のほんの数割しか、人類は理解できていないと言われている。

 現〈じんりゅう〉に再搭載したオリジナルUVDが、その表面の螺旋文様に謎の発光現象を起こした際に、遠く離れた木星の雲海の下で、人知れず存在したもう一つのオリジナルUVDを起動させた……などということが……無い! ……とは言いきれなかった。

 そして付け加えるならば、その発光現象は、〈じんりゅう〉のクルーが究極の【ANESYS】の化身たるアヴィタラの粋に到達した時の出来事なのだ。


『………………とりあえず一つ謎が解けてスッキリしたわね!』


 沈黙を破ったホロ・アイシュワリア艦長の言葉に、笑顔で賛同する者はいなかった。


「けれど、これで今〈じんりゅう〉がいる低気圧エリアが存在している可能性が、ますます補強されましたよ」


 ケイジ三曹が、一同を励ますように言った。


「はぁ? 何でですか?」

「だって木星の変化が恒星化を目的としてるならば、〈じんりゅう〉がいる低気圧エリアが存在する理由なんて皆無ですけれど、恒星化する事が目的じゃ無いならば、その低気圧エリアが木星の変化に付随する現象かもしれないじゃないですか!」

「あ……それはそうかもしれないけれど……それって、なんだか凄くこじつけなんじゃ……」


 キルスティには、ケイジ三曹の意見を無碍に否定できなかった。

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