♯2

『詳細はまだ詰めるとして、本作戦【紅き潮流クリムゾン・タイド】の目的である、木星大赤斑ガス雲深部に潜伏中と思われる新型潜雲グォイドの発見と殲滅……できれば敵目標の解明の為の、具合的手段の大枠が固まったので説明する』


 彼女の言葉に合わせ、バトルブリッジ床面に木星赤道雲海が投影され、その上空に豆粒サイズの〈じんりゅう〉他の艦が描き足されていく。

 ――SSDFガニメデ基地出発前日――。

 そのホロ大赤斑を囲むように、フィニィをはじめ、ユリノ艦長他の〈じんりゅう〉クルーが見守る中、他所の艦からのホロ通信によるテューラ司令とノォバチーフ、艦長席に座ったアイシュワリア艦長とデボゥザ副長の姿が投影され、ホロ・テューラ司令による進行でブリーフィングが開始されたた。

『敵捜索は、唯一ガス雲深部に潜航可能な〈じんりゅう〉と、〈じんりゅう〉によって遠隔操作される無人艦〈ラパナス改〉三隻、及び新たにかき集めた無人艦二隻の計六隻によって行う。

 木星赤道上空では我々、〈リグ=ヴェーダ〉が作戦指揮、修理艦〈ヘファイストス〉が技術支援、〈ナガラジャ〉と〈ゲミニー〉がその護衛を受け持つ。

 作戦所要時間は最短で六時間、それ以降は状況次第で延長し、グォイドが発見できた場合は状況により柔軟に対応することとする。ノォバ・チーフ、そこから先の説明を』

 ある程度すでに耳にしている情報もあるが、〈じんりゅう〉や〈ナガラジャ〉のクルーにとってもフィニィにとっても、今一度、自分のすべきことを確認させてもらえるのはありがたかった。

 話を振られたホロ・ノォバ・チーフが『うむ』と頷きながら前に一歩でた。


『技術支援チーフのノォバだ。

 事前に先行偵察プローブを多数投入し、大赤斑深部から木星表層に漏れ出してくるUVEを追尾させてみた。

 その結果、強烈な電磁波の影響でプローブ自体は全てロストし、グォイドの発見には至らなかったものの、敵が潜航の際に利用したと思われるガス潮流を発見することができた』


 床の木星雲海が立体となって上昇し、大赤斑周辺からその内部を映したホロ断面透視図となった。

 太さも速度も違う無数のガス潮流が明度の異なる赤色半透明で示され、絡まりあって構成された赤道から大赤斑にかけてのホロ映像内で、赤道表層から放たれたプローブと思われる光点が、一本のガス潮流に導かれ、大赤斑の深部へゆっくちと流されていく。


「あれ、これはなんですか?」

『ああ、そいつは民間のヘリウム3採集基地だな』


 ガス流を進む光点の先に、幾つかの三角形のアイコンがあるのを指さして何気なく尋ねたミユミに、ノォバ・チーフが答えた。


『昔ほど数は無いが、今でもヘリウム3は木星の一番の輸出資源だからな。バルーンで組まれた多角形プラットホームの下に、千キロ程の長さのアンカー兼ヘリウム3採集チューブが伸びている』

「なんでガスに流されていかないんだろう?」

『速度の違うガス潮流とガス潮流の間に出来る渦の上に建造されてるからだな。そのお陰で木星赤道上の常に同じ位置にいてくれるわけだ。

 ま、じっとしてるからコイツのことは心配ない。

 だがこっちに見えるこいつには気をつけた方が良いかもしれないな』


 ノォバ・チーフは本筋とは関係無いらしいミユミの質問に律儀に答えると、新たにそう言って指し示した赤道直下のガス流内の別のアイコンからは、何か細い糸のようなものが、ガス流になびいて垂れているのが見えた。


『こいつは倒壊した木星軌道エレベータ-のなれの果てだから気をつけるように。もはやこいつは人のコントロールを離れ、ガス流に勝手気ままに流されているだけの存在だ』

「木星軌道エレベーター?」

『若い奴は知らんかもしれんが、昔は木星にも軌道エレベーターがあったんだ。採集したヘリウム3を運ぶのに便利だからな。

 だが、衛星イオが静止衛星軌道に近過ぎる関係で安定したブツが作れずに、第四次迎撃戦の時にグォイドとの戦闘の邪魔になる前に処分されたんだよ』


 チーフはミユミに昔を懐かしむように説明を続けた。


『木星の雲海に沈めたが、今回のプローブの調査で、まだ千切れずにゆっくりとガス潮流の中を漂っていることが判明した。

 何しろ元は長さが十万キロもあるケーブルだ。接触したら危険なので気をつけておくように』


 操舵を担当するフィニィは、チーフの説明に「もちろんですとも!」と心の中で答えておいた。ガス流内の速度で、そんな長い物に接触したらと思うと身の毛がよだった。


『ついでに説明しておくが、大赤斑の底に見えてるこの細長い幾つかの影については不明だ。データノイズが影になって映ってるだけかもしれんが……まぁ正直言って分からない。

 俺達は、せっかくUVテクノロジーを得たのに、それを身近な惑星の調査に使うのを、ちと怠っちまったかもしれんなぁ……ま、木星にゃ謎がまだまだあるってことだ』


 そうチーフはホログラム下部に見える幾つか謎の黒い影について、割りと熱心に語ったが、一同の意識は、ガス潮流に流されていくプローブの方に集中してしまっていた。


 ――なんか今……凄いカーブしながら沈んで行ったんですけどぉ……!!


 フィニィはプローブが大赤斑に達する直前で、大赤斑を形作る渦に巻き込まれ、一瞬滅茶苦茶な軌道を描きながら沈んでいったような気がした。

 プローブが乗った西からへと流れていく赤道ガス流に対し、大赤斑周囲のガスは反時計回り、つまりそれまでとは真逆の方向で周回している。

 プローブはそれまでのベクトルとは真逆の方向に流れる大赤斑外周流に到達しようとした瞬間、大赤斑周囲を回るさらに小型の無数の時計回りの渦に接触、もみくちゃにされるようにして大赤斑深部へ突入、そしてそのまま奥底へと沈むと同時に光点は消えていった。

 フィニィ以外のクルーも、その光景に一瞬ギョッとしていたが、チーフは完璧にそれをスル―して説明を続けた。


『〈じんりゅう〉及び無人艦〈ラパナス改〉五隻は、長大な単縦陣をとることで〈リグ=ヴェーダ〉とのリレー通信回線を形成・維持しつつ、このガス潮流に突入すれば、途中までではあるが新型グォイドとその目的地へ近付くことが可能なはずだ。

 接敵予測震度はガス雲深度150キロから、敵新型グォイドを分析して得た予測限界耐圧深度の深さ3000キロの間だ』


 先ほどプローブが通った凄いカーブを描くガス潮流を、縦一列となったホロ〈じんりゅう〉と無人艦が通過し、〈じんりゅう〉クルー一同が――ああ、やっぱり!!――と思うなか、ノォバ・チーフはさらにさらりと凄い数値を口にして、フィニィは耳を疑った。

 今、ガス雲深度150キロから3000キロの間って言った? と。


『まぁ、一見無茶苦茶な進入コースに思えるかもしれないが、実際にはこのコースのカーブは小さな奴でも回転半径が数十キロはあるから、このホロで見る程は無茶じゃない。

 リレー通信回線の構築には、曳航式通信ブイを各艦艦尾に搭載させた。

 こいつは先端に各種通信手段を搭載したブイが付いた最長5キロのケーブル状アンテナだ。こいつでガス雲内でも我々との通信ラインは確保可能だ。

 耐ガス雲深度圧対策は、〈じんりゅう〉と〈ラパナス改〉のUVシールドグリッドに外付けコンバーターを増設して対処した。みんな安心しろ』


 クルー達の表情に気づいたのか、ノォバ・チーフはそうフォローするように付け加えた。


 ――全然安心できないんですけど~……


 〈じんりゅう〉クルーのどんよりとした表情は、そう語っていた。


『〈じんりゅう〉が我々の目論見通りに敵新型グォイド艦隊を発見できた場合、〈じんりゅう〉は極力戦闘は避け、リレー通信回線で敵グォイドの位置を赤道上空低軌道上にて待機中の〈リグ=ヴェーダ〉他に連絡、上空からの〈リグ=ヴェーダ〉他による大型耐圧特殊UV弾道ミサイル攻撃で敵艦隊の殲滅を試みるものとする』


 説明を続けるノォバ・チーフの言葉に合わせ、大赤斑内部を真横から見た透視図内で、豆粒のようなホロ〈じんりゅう〉とホロ・グォイドが鉢合わせすると、大赤斑の斜め上空にいた〈リグ=ヴェーダ〉他の計三隻から、自前でUVシールドを展開可能な大型の耐圧UVミサイルが直下に向け発射され、ガス雲奥底のナマコ型潜雲グォイドを沈めていった。

 敵の居場所さえ分かれば、わざわざガス潮流を通過させずとも、大赤斑上空から最短距離で攻撃すれば良いという判断なのだろう。

 それが可能な大型のUV弾頭ミサイルをガニメデ基地で調達しておいたようだ。ホロ映像の端に映るウィンドウの情報によれば、そのミサイルは〈じんりゅう〉の発射管に収まるサイズをはるかに超える巨大なものであった。

 〈じんりゅう〉は僚艦からのそのUVミサイルが発射され次第、ミサイル誘導を無人艦やプローブに任せつつ、敵の爆発からの退避を開始する。

 理屈の上では、これにより大赤斑深部に潜むグォイドの殲滅は出来ることになる。

 しかし、フィニィは思わずにはいられなかった。


 ――そんなに上手くいくのだろうか……? と。


 振り返ってみると、ユリノ艦長が艦長席に座りながら自分と同じような表情をしていた。やはりユリノ艦長も同意見らしい。


『――と、ここまでがプランAだ。

 プランAが上手くいけばそれに越した事はないが、如何せん敵がそもそも木星大赤破斑に潜った目的が不明であり、プランAにはそれが組み込まれていない以上、そう話が上手くいかない可能性は充分にある。

 それに木星の内部がどうなっているのかは、人類にもまだよく分かっていない。ガス潮流が我々の言うことを聞いてくれるとは限らないしな。

 そこでプランBだ』


 フィニィ達の懸念に答えるかのように、ノォバ・チーフのプランB説明に合わせてホロ大赤斑透視図内が動いた。

 ……といっても、今度はホロ〈じんりゅう〉と無人艦〈ラパナス改〉が、直接自前の耐圧UV弾頭ミサイルでグォイドを撃破しただけであったが……。


『〈じんりゅう〉と無人艦〈ラパナス改〉にも通常ミサイルサイズの耐圧特殊UV弾頭ミサイルは積めるだけ積んである。

 不測の事態が発生した場合は、独自の判断に基づき直接これでグォイドを沈めてもらう。

 高圧大気中でのUVDの爆発は、先の戦闘でも分かったように、衝撃破が真空中とは桁違いの破壊力をもたらす。ミサイル使用の際〈じんりゅう〉はくれぐれも気をつけるように』


 チーフは曖昧かつ難易度の高い事をさらりと言ってのけた。


『敵を狙う際は、可能な限りガス雲流の風上から、敵よりも下方から狙うように。

 高重力下高圧ガス流内では、UVDの爆発は風上から風下に向かって上昇していく傾向にある。風下から自艦よりも風上方向にいる敵を破壊すると、爆発衝撃破を自分で食らう羽目になるぞ』


 フィニィは橋の上から川上に向かって手榴弾を投げたら、自分の立つ橋の下で爆発してしまった所を想像して、身を震わせた。

 当たり前といえば当たり前だが、水の中の泡が水面へと向かって浮かび上がる様に、木星ガス雲内で発生した爆発の泡もまた、表層に向かって上昇するのだ。

 聞けば聞く程気が滅入って来る話だ。


『プランCもあるぞ。プランAもBも無理そうだったら、敵の情報を可能な限り持ち帰ることに専念して、ちゃっちゃと逃げてくれば良いんだ』


 最後にノォバ・チーフは冗談めかしてそう締めくくった。


「はいは~いチーフ、しつもん質問~」

『なんだクィンティルラ?』

「俺たちの出番は~? ガニメデで俺の昇電TMCとセーピアーをいじくってたじゃないか?」


 フィニィは他にもっと質問すべき事が掃いて捨てる程ある気がしたが、クィンティルラの質問ももっともだと思ったのでとりあえずは黙っておいた。


『あ~、〈じんりゅう〉艦載機はグォイドと遭遇時の虎の子だな』

「虎の子ぉぅ?」

『そ。いざって時の。不測の事態がおきた時用の。

 ……ってか分からないことだらけだから、何かしら思ってもみなかった事がおきるとは思うんだけれど……そんな時が来たときに、ここぞとばかりに使うための奥の手だ』

「お、おぉ~」


 クィンティルラは、チーフの説明を前向きに捉えたのか、拳を固めて唸った。

 フィニィはチーフが、暴れたがるクィンティルラを言葉巧みに言いくるめているだけな気がしたが、クィンティルラが納得しているならそれで良いと思った。


『UVキャパシタで限られたUVエネルギーしか使えない昇電とセーピアーは、一応耐ガス雲内飛行使用にオプション装備と調整をデッチアップしちゃいるが、ガス雲深度次第じゃ飛行可能時間は一時間も無いかもしれんしな』


 チーフは肩をすくめながら続けた。どうやらそちらが本音なようだ。

 UVシールド無しでは、航宙艦も飛宙機もガス雲内部の圧力と強力な電磁波と放射線には耐えられないわけだが、使えば無くなってしまう限られたUVエネルギーしかもたない飛宙機は、当然、飛行可能時間は短くなってしまう。

 パイロットの生命を考えれば、使いどころは慎重に選ばねばなるまい。


『ああ、あとクィンティルラよ、お前はフィニィの交代要員として、彼女が休憩中に〈じんりゅう〉の舵を握ってもらうから、その覚悟をしておけよ』


 テューラ司令が思いだしたように付け加えた。

 司令の言葉にクィンティルラは、〈じんりゅう〉の舵を握れるのが嬉しいのか

「ホントに? やった~」と素直に喜んでいたが、〈じんりゅう〉の他のクルーはクィンティルラが操舵する艦を想像して青ざめていた。


「ハイハイッ! ノォバ・チーフ殿、あの索敵はどうするのでりますデスか!? 電磁波まみれ、視界ゼロの高圧ガス雲内で、ワタシャどうやって敵やガス潮流を見つけたら良いやら?」

『それについては多少勝手が違うことをしてもらわないとならないな、ルジーナ』


 チーフがホロ〈じんりゅう〉を拡大させながら彼女に答えた。


『前方の敵の存在やガス流の状況については、近距離はレーザー索敵、中距離はUVEを利用したアクティブ・パッシブの両重力破ソナーで、さらに遠くの索敵は半有線プローブで行ってもらう。また敵が艦尾から放つUV推進航跡を追うことも可能だ』


 チーフの言葉に合わせ、ホロ〈じんりゅう〉艦首から、各種手段による索敵可能範囲がサイズと色の違う学円錐で表現されていった。

 そのどれもがフィニィが操舵士として期待する範囲よりも、短く狭かった。


「……なんか、ますます潜水艦じみてきましたデスのねぇ」

『まったくだぜルジーナよ。……気をつけて欲しいのは、こっちもグォイドも基本的に艦尾方向の索敵が、自分の出すUV推進破で困難になるということだ。敵に真後ろにつかれたら気づけないし、こっちも敵の真後ろにつけられれば気づかれずにすむ。

 さっきも言った曳航式通信ブイで艦尾方向の索敵もある程度可能だが、艦首方向に比べればその範囲は短い。

 あとアクティブな索敵手段は索敵可能範囲も広いが、その分グォイドに〈じんりゅう〉の存在と位置がバレる可能性も高くなる。無闇に使用することはお勧めしないな』


 ルジーナの言った“センスイカン”じみたという言葉の意味が、フィニィにはよく分からなかったが、どうやらそれでノォバ・チーフとでは通じ合ったらしく、彼女は「了解デス」と敬礼して答えた。


「あ~チーフ、わたしからも質問をよろしいか?」

『なんだカオルコ?』

「UVキャノンは使えないのか? せっかく二連装に換装したのに使わないなんてもったいないではないか?」


 カオルコ少佐は平静を装ってはいたが、新生〈じんりゅう〉の火器管制担当として、主砲をもっとぶっ放したくてたまらない気持ちは、その表情から隠し切れていなかった。


『浅い深度なら使用は可能だが、深度150キロ以下で使用は勧められないなぁ』

「え~ッ! それはまた何ゆえに?」

『そりゃまぁガス大気中だからとしか……ガスが抵抗になって射程も命中精度も撃オチするし……、特に高圧ガス大気中でUVキャノンをぶっ放そうもんなら、発射した瞬間、艦のすぐ傍のガス大気が爆発膨張して、敵をやっつけるどころじゃ無くなっちまうぞい。撃ちたければ、ガス雲深度にゃくれぐれも気をつけてくれ』


 ノォバ・チーフはにべもなくカオルコ少佐に答えながら、ご丁寧にホログラムで〈じんりゅう〉が主砲を撃った瞬間、砲口前の大気が爆発したように膨れ上がり、船体が反対側に吹っ飛ばされるシミュレーション映像を流した。

 カオルコ少佐は「そ……そうですか」と答えながらがっくりと肩を落とした。


『ちょっとまって! ……ってことはノォバ・チーフ』


 シミュレーション・ホログラムを一緒に見ていたホロ・アイシュワリア艦長が手を上げた。


『ガス雲の中じゃ撃てなくても、ガス雲の上空にいる私達からなら、下のグォイドに向かってUVキャノンが撃てるんじゃないの?』


 ホロ大赤飯の真上から、グリグリと人差し指で下方を指し示しながらアイシュワリア艦長は尋ねた。


『わざわざ大型の特殊UV弾頭ミサイルなんて高価なもの使わなくてもいいんじゃない?』

『まぁ上空からなら撃っても安全だが、どっちゃにしろ射程の短いUVキャノンが届くのはガス雲のごく浅いところまでだ。ナマコ・グォイドがそういう浅いところにいてくれて、正確な居場所が分かったなら撃ってもかまわんぞ。

 プランAの時も、俺達がミサイルを発射する直前にUVキャノンで、できるところまでガス雲にミサイル突入回廊を作ってもらうつもりだしな』

『ふう~む』


 チーフの答に、アイシュワリア艦長は、まだなにか釈然としていないようだった。


『まだ何かあるのかアイシュワリア艦長?』

『じゃ、実体弾ならどう? あれならUVキャノンみたいに大気と反応しないでしょ? そりゃ空気抵抗とかで威力は落ちるかもしれないけれど……』

『確かにその通りだが~……』


 食い下がる〈ナガラジャ〉艦長にチーフが答えると、その隣で実体弾投射艦調達の交渉をしていたと思われるテューラ司令がそのあとを続けた。


『要請はしているのだが、実体弾投射艦の手配が未だついていないんだ。ただでさえ第五次迎撃戦で一番損耗した艦なものでな。

 使用可能な実体弾投射艦自体が木星圏では大変レアな存在であるし、その数少ない艦も、慣性ステルス航行グォイド来た時の為の迎撃用にも確保されてしまっていてな。こっちにはまだ回せてもらえてないのだ』

『ああ~もう! だからって対シードピラー用で飛び道具の無い〈ナガラジャ〉に護衛なんて任せること無いのにぃ!』


 どうやらそっちが本音らしい。頭を抱えて身体をくねらせながら、アイシュワリア艦長は嘆いた。そして小声で『なんで私らが木星を守らにゃならないのよぉぅ』と呟くのが聞こえたような気がした。

 そもそも木星圏は、国家勢力で言えば、ロシア周辺諸国〈アライアンス〉と欧州諸国の〈ユニオン〉が開拓し、統治している宙域であり、そこを守るのもその国家勢力が建造したVS‐803〈ナガラジャ〉とVS‐804〈ジュラント〉が守るのが筋じゃないかという意見も、最もなものなのかもしれない。

 しかし状況がそれをを許さなかったのだ。


『まぁまぁ火力は無いかもしれんが、お前達には【ANESYS】があるじゃないか。すまんが今回はこの作戦につきあってくれぃ』

『……』


 あのテューラ司令にすまなそうに言われては、アイシュワリア艦長はそれ以上何も言えないようで、彼女は頬を膨らませながら艦長席で踏ん反り黙ってしまった。


『まぁ、こういう任務は本来ならVS‐803の長距離精密狙撃艦〈ファブニル〉に任せるべきなのだが、アストリッド艦長らの艦は今、ガニメデ工廠で改修中。〈ジュラント〉はまだ太陽の反対側で野良グォイド捜索中だし……』


 テューラ司令はさらにそう付け加えた。


「あ、あの……ボクからも質問をよろしいでしょうか?」


 フィニィはここでようやく声を上げることができた。今まで我の強いクルーに押されて言い出せなかったのだ。


「あ、あのこの大赤斑深部への進入コースと予測接敵深度って……けっこう無茶苦茶な気がするんですけど、物理的に〈じんりゅう〉でホントのホントに到達可能なんでしょうか……いえ、理屈では行けるんでしょうけれども……あの、つまり……ですね」


 フィニィはもっと訊きたいことがあったはずなのだが、どうも上手く言えなかった。


『ふむ。それについては、実際に試してみないことには分からない……としかな言えないな。かつて誰も試したことが無い以上、俺に言えるのは理屈の上の話だけなのだ。すまないが』

「い、いえ、それは良いんですけど……」

『しかし、今、この木星大赤斑の奥底で起きている正体不明のグォイドの企みを阻止することができるのは、オリジナルUVDが積まれた〈じんりゅう〉を置いて他には無い。

 やって駄目なら仕方が無いが、それを確認する為にはまずやってみないとな……』


 チーフの言葉に、フィニィは何も答えることができなかった。

 チーフの説明した作戦を自分が上手くやれる自信なんて湧かなかった。

 が、それが自分らにしか出来ないことであり、グォイドと人類の戦いの趨勢を決め、結果多くの人命を守る為に必要なことであるならば、VS艦隊のクルーたるフィニィは全力でその作戦を遂行すると決意せざるおえなかった。


『大丈夫! 大丈夫! 〈じんりゅう〉のガス雲深部内航行についちゃ、これからお前らに【ANESYS】でもって上手い航行用支援プログラムを作ってもらうから!』


 チーフはまるで他人事のように明るく言ったが、フィニィ達はどんよりとした顔でその言葉を受け止めることしかできなかった。

 特にフィニィは不安でたまらなかった。

 どう考えても、今回の作戦は航宙艦がやらねばならないような任務では無い気がする。

 では航宙艦以外の何なら相応しいのか? と問われたら、木星ガス雲内で戦える艦などそもそも人類は今だかつて建造したことが無いので、存在しないとしか答えらず、結局はオリジナルUVDの恩恵でガス雲内でも飛べそうな〈じんりゅう〉の出番にならざる負えないわけなのだが。

 今まで培ってきた操舵士のスキルが、まったく役に立ちそうに無い……。

 猛烈な風に晒されながら進む〈じんりゅう〉は、一体どんな挙動をするのだろうか?

 いくら避弾経始を考え、いくらか流線型をしているとはいえ、〈じんりゅう〉はガス雲内を飛ぶ為に設計されているわけではない。

 自分達がVS艦〈じんりゅう〉のクルー足り得るのは、【ANRSYS】が使えるからであり、【ANESYS】起動中であれば、きっと例の彼女・・の力でガス雲内でも自在に飛べるしグォイドとも戦えるだろう。

 だが、それが使える時間はごく僅かであり、それ以外の時間のガス雲内航行は、フィニィの手腕にかかっているのだ。

 フィニィは自意識過剰なだけかもしれないが、皆の視線が自分に集まっている気がしてならなかった。

 そして、こんなことが前にもあったなぁとも思った。

 ――フィニィ自身は気づいていなかった。

 皆の視線が彼女に集中しているのは、フィニィがうっすらと不敵な頬笑みを浮かべていたからだということを。







 フィニィは地球生まれではあるが、地球の空を飛んだ事は無かった。

 幼くして【ANESYS】適正が認められたことで、折り合いの悪かった両親から逃げるようにして宇宙に上がってしまったし、それに彼女は航宙艦の操舵士であって航空機のパイロットでは無い。

 しかし、もしも自分が地球大気中を飛ぶ航空機のパイロットであれば、今、眼下に見えるこの光景に、多少の既視感を覚えたかもしれないとフィニィは思った。

 眼下左右を、前後に延々と続く巨大なミルクティー色の雲が、猛烈な速度で艦首から後方へと流れていく。

 その雲海の中央を、長大な渓谷が縦断していた。

 ほぼ暗闇と言って良いようなその渓谷の遥か下方の奥そこで、黒茶色の河の水面ような雲の流れが、自分らとほぼ同じ速度で並走しているのがかすかに見える。

 そのスケールは、地球大気層とでは正に桁違いではあったが、脳がこの光景を無理矢理にでも理解するには、そのように例え、解釈していくしかなかった。

 あるいは自分らが豆粒のような極小の虫となった気分と言えばいいのかもしれない。

 自分らは今、巨大な雲でできた轍の上を航行しているのだ。

 よく見れば、右舷側の雲海には、恐ろしく長いスパンではあるが、定期的に切れ目が通過していくのが分かった。

 それは右舷前方の遥か彼方にある大赤斑の影響で、連続して生まれた幾つもの、小さなガスの渦の切れ目なのだそうだ。小さな……とはいってもあくまで大赤斑と比べての話であって、渦の直径は地球直径の半分くらいはありそうであったが。


『〈リグ=ヴェーダ〉作戦司令部テューラより各艦へ、先遣無人艦のガス雲突入は順調に進行中。先頭艦からのリレー通信状態良好。これより作戦開始第二段階・〈じんりゅう〉のガス雲突入に移行する』


 テューラ司令の声が〈じんりゅう〉バトルブリッジに響き、フィニィはゴーグル型HMDを額に上げ、視覚をブリッジ内に戻した。

 木星圏到着と同時に行われた戦闘から三日、SSDFガニメデ基地にてガス雲潜航用に装備と調整を受けた〈じんりゅう〉は、再び木星赤道上空へと戻って来ていた。

 乳白色と赤褐色の二色が入り混じった雲流の上では、〈じんりゅう〉を囲むように、戦闘指揮艦〈リグ=ヴェーダ〉、修理艦〈ヘファイトス〉、高機動近接格闘艦〈ナガラジャ〉、〈ゲミニー〉と〈ラパナス改〉の二種類の無人駆逐艦が同航している。


「みんな、準備は良い?」


 バトルブリッジ中央最後列からユリノ艦長が問うた。

 いよいよ〈じんりゅう〉が、再びガス雲に潜る時が来たのだ。

 フィニィが他のクルーと共に艦長に返答すると、ユリノ艦長は命じた。


「よし……ここまで来たんだ。行くっきゃないか! 〈じんりゅう〉潜航開始!」


「了解。〈じんりゅう〉潜航開始します! ダイブ! ダイブ! ダイブ!」


 フィニィは操縦桿をゆっくりと傾け、紅き潮流へと艦を沈めさせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る