♯5

 テューラ司令は遅からず早からず、されど極めて無駄のない動きでまず身体をシャワーで軽く流してから、持参した洗面器から愛用と思しきアヒルちゃんを湯船にちゃぽんと浮かべると、VS艦隊クルー達が浸かる湯船に自らも身体を沈めた。

 ミユミはその間、初めて目にするVS艦隊司令の裸身に視線がくぎ付けになっていた。

 なんというか凄かった……どう凄かったのかは言葉にできない程だ。

 我が〈じんりゅう〉のカオルコ少佐やフォムフォム中尉も、〈ナガラジャ〉のデボゥザ副長も戦略級の攻撃力があるとは思っていたが、テューラ司令にはバストサイズ云々のスペックでは表せないパワーを感じる。


 ――って、これじゃルジーナ中尉みたいじゃない!


 そしてミユミはそんな事を考えている自分を嘆いた。


「……あぁ~」


 濁音の混じった呻き声と共に肩まで湯に浸かったところで、テューラ司令はようやくうっとりと閉じていた瞳を開け、起立敬礼したままのVS艦隊クルーに気づいたらしい。


「あ、ごめん。楽にして良いぞ」

「……」


 クルー達は特に返す言葉も思いつかず、おずおずと再び湯に身体を沈めた。


「いや~ウチの〈リグ=ヴェーダ〉の風呂はこっちほどでかく無いからさ~」


 テューラ司令は訊かれた分けでも無いのにしみじみと語りだした。


「やっぱ〈じんりゅう〉級の風呂はでかくて良いなぁ……〈ナガラジャ〉のに入るのは初めてだが、なかなか豪華で結構なことじゃないか」

「……は、はぁ……御満足いただけで嬉しいです……わ」


 〈ラーマーヤナの湯〉を見まわしながら語るVS艦隊総司令に、アイシュワリア艦長はビブラートの混じった声でなんとか答えた、司令が本当にここの浴場を利用しに来たのだと信じそうになりながら。


「……もちろん、グォイドとの戦闘が終わったというのに、報告一つよこさない艦長に直に何が起きたか訊きに来た……というのもあるがな!」

「ひぃ~!」

「やっぱりぃっ!」


 うっとりした表情から瞬時に獲物を狙う猛禽のごとき瞳に変わったテューラの言葉に、VS艦隊の二人の艦長がそれぞれ震えあがった。


「ま~ったく、お前達だって分かっちゃいるんだろうけどなぁ、今、人類は第五次グォイド大規模侵攻を何とか乗りきったことで全世界的に安堵の極致にいるんだ。一歩間違えたら人類が滅んでたところだったからな。

 だが、今回お前らが木星で新型グォイドに遭遇し戦ったことで、この間の大規模侵攻がまだ終わってなかった可能性がでてきてしまって、お偉い方々は相当にピリピリしてるんだよ。

 お前らが戦ったのが、ただの野良グォイドなのか、それとも全く新しいグォイドの新戦略なのかってな……分かるか? ユリノにアイシュワリア」


 ユリノ艦長とアイシュワリ艦長は即敬礼して「はッ」と答えた。

 しかし、続けて司令が「ま、戦闘後の第一報はお前らんとこの副長から届いちゃいるんだけどな……」とのたまったのでその敬礼はふにゃりと崩れた。


「それでも艦長たるもの、一応直属の上官でVS艦隊の司令である私には、報告は自らしてほしかったものだな……特に他人とこ用の無人艦を一隻失った時とかは……」


 テューラ司令は再び瞳を穏やかに閉じて、うっとりと肩まで湯につかりながらそう告げた。が、その言葉はアイシュワリア艦長を凍りつかせた。

 そのあまりにあからさまなリアクションに、ミユミやユリノ艦長も気づく程であった。

 湯船に浸かっているにも関わらず、彼女が明らかに変な汗を頬に垂らしているのが見てとれた。


「あれ……ひょっとしてアイシュワリア、まだユリノに話して無かったのか? お前がさっきの戦闘で――」

「だ~!! あ~テューラ司令! そこから先は私が言いますから! 今言いますから!」


 テューラ司令の言葉を遮り、アイシュワリア艦長はすっくと立ちあがるとユリノ艦長の方を向き直った。


「え~……えっと、ユリノ姉さま……実は、さっきの戦闘で、その……私達の艦隊の火力部側を補う為にですね、そのお借りしていたの。その……VS802艦隊用に用意されていた無人艦〈ラパナス改〉を四隻……。それでそのうち一隻が……」

「……沈められ…………ちゃったのぉ?」


 そこで詰まってしまったアイシュワリア艦長の言葉を、ユリノ艦長が見上げながら呟くように継いだ。


「ももも、もちろん姉さまに無断で拝借したことはとても申し訳ないと思ってるの! でもウチの艦隊って御存知のように、あのナマコ・グォイドに立ち向かうには火力が弱くって……」

「………………」

「あ~! もうごめんなさい! ごめんさ~い~!!」


 今にも泣きそうなユリノ艦長の顔を見て、アイシュワリア艦長はわたわたとうろたえながら謝った。


「ユリノ艦長、私からもお詫びいたします。姫様は敵グォイドの目論見を阻止しつつ、我々クルーの命を守る為に最良の選択をなさろうとしただけなのです」

「ユリノ姉さまが一部で〈無人艦クラッシャー〉呼ばわりされて辛い思いをしたのは知ってるわ。それで今回新しく無人艦を貰えるのを凄く楽しみにしていたのも。それなのに……本当にごめんさい」

 

デボゥザ副長も謝罪に加わり、アイシュワリア艦長は再度深々と頭を下げたが、ユリノ艦長は茫然としたまま、言葉が出てこなかったようだ。

 今にして思えば、突然アイシュワリア艦長が〈ナガラジャ〉にクルーを招待したのは、この借りた無人艦を沈めてしまったことへの埋め合わせのつもりがあったのかもしれない。


「わ~ん! 本当にごめんなさ~いぃ~!!」

「あ~ごめんアイちゃん、許す! 許すから泣かないで! お願いだから!」


 謝罪を無視されたと思ったのか、しまいにはアイシュワリア艦長の方が泣きだしそうになり、それを見てやっと我に返ったユリノ艦長は、慌てて立ちあがり彼女を抱きしめてあげた。


「ホントにぃ?」

「……う、うん……」


 上目使いに見つめられ、ユリノ艦長は思わずそう答えてしまっていた。

 本来、泣きたかったのはユリノ艦長のはずなのに、いつの間にかユリノ艦長が泣きそうなアイシュワリア艦長を慰めているというどこか解せぬ状況になってしまっていた。

 ミユミはアイシュワリア艦長が、ユリノ艦長の背中に回した手で軽くガッツポーズをとっていたような気がしたが、見なかったことにした。

 勝手に想像して勝手に同情していたが、いかに幼く見えようとも、彼女はミユミが最初に持った印象よりも遥かにしたたかなVS艦隊の艦長なようだ。

 ……にしても、いくら気心知れた仲とはいえ、他人の目があるなかで裸で抱き合うのはちょっと……隣でキルスティが両手で顔を覆いながらも、指の隙間から二人の艦長をガン見する目をそ反らせないでいるのに気づいてミユミは思った。


 ――あまり教育上よろしく無いんじゃ……。


「まぁ、私が苦労して調達した無人艦を、勝手に持ち出した挙句沈めたのは腹が立つが、結果的に戦闘に参加させるのを黙認した手前、ユリノよ、私からもすまない言っておこう。そしてできれば彼女を許してやってくれ」

 抱き合う二人を黙って見ていたテューラ司令が口を開いた。

「どっちにしろユリノはアイシュワリアにケレス沖での借りがあるし、無人艦を敵との交戦前に四隻まるっと沈めさせちまった前科がある身じゃ、他人は責められないわな」

「はぁ、はい! もちろんです!」


 テューラ司令のこれ以上とないもっともな意見に、ユリノ艦長は同意するしかなかった。


「あとアイシュワリア、たとえユリノが許したとしても埋め合わせはしてもらうぞ。あの無人艦だって人類の血税で建造されたもんなんだ。謝れば許されると思ってもらっちゃ困るからな」

「はひっ!」


 一瞬気を抜きかけていたアイシュワリア艦長は、再び起立敬礼して司令に答えた。


「うむ、それでだ。今後のお前達の任務について何だが~……」


 無人艦喪失の件はこれでお終いとばかりに、そう言って話を切り替え、テューラ司令が指をパチンと鳴らすと、〈ラーマーヤナの湯〉の照明が暗くなり、代わりに大浴場中心の空中に、直径3メートルはありそうな巨大な木星がホロ投影された。


「うへっ、ここの浴場ってホロエミッターまでついてるのぉ!?」

「どう? 綺麗でしょ?」


 呆れて言っていると思われるユリノ艦長に、アイシュワリア艦長が自慢げに答えた。

 確かに暗闇に浮かび上がった木星のホロ映像は、幻想的で美しいと言っても良かった。

 なんだか映画か何かで見た、露天風呂から満月を見上げているシーンの雰囲気に似てるかもしれない。

 近くで見るホロの球体の表面は、木星のガスの流れまで精密に再現されており、目を凝らせば凝らしただけ、流れ、渦巻く、永遠に混ざりきらないカフェオレみたいな木星の表層大気が見てとれた。

 そしてその雲の惑星の赤道よりやや南には、大赤班が生き物のように蠢き回転している。

 ミユミは否が応にも眼前の木星の目玉に、視線を引きつけられるのを止められなかった。

 さっき本物の木星を見て軽い眩暈を覚えたばかりなのに、またこうしてホログラムの木星を間近でみる破目になろうとは……。


「お前らが倒した例のナマコ型潜雲グォイドだが、残念ながら我々が調べた結果、先の二度の戦闘で遭遇した以外にも人知れず木星への潜航に成功している可能性が出てきた」


 ホロ木星を見上げるVS艦隊クルーの気持ちを知ってか知らずか、テューラ司令が説明を続けた。


「加減速光では捕捉できない、慣性ステルス航法中の敵艦隊を見つけることができる【シズィーナ・スペシャル】といえども、捕捉の為の手がかりとなる宇宙塵やデブリが無いメインベルトと木星の間じゃ精度が激減するからな、どうも〈ナガラジャ〉が最初に交戦した以外にも十数隻のグォイド艦が、木星の雲海に潜り込んだものと我々は見ている……んだけど……」


 結構重なことを発表したはずな割に、あまりリアクションが返ってこないことを不審に思ったテューラ司令の言葉が途切れた。


「あ、あのすいませ~ん、場所移してのブリーフィングじゃ駄目でしょうかぁ!?」


 二人の艦長のくんずほぐれつを目撃したのと湯あたりで、すでにグロッキー状態のキルスティを抱えながら、自分自身もふらふらになりながらミユミは何とか具申したのであった。











 水平方向に描かれた太さの異なるの十本ほどの縞模様が覆う球体が、薄暗闇の中、新たに空中にホロ投影された。

 良く見れば一つ一つの縞模様には進行方向を示すVの字が描かれており、その向きに従って縞一本ごとに互いに逆方向に球体の周囲を回転している。それらの縞は東から西方向の縞は白、その逆は薄いオレンジで示されていた。

 そしてその球体の上下の中間よりもやや下に、直径の五分の一ほどの赤い楕円が描かれおり、それもまた回転していた。

 無理に例えるなら、それは派手なボーリング球のようであった。


「……なんか、みんなサッパリしてないか?」


 その球体の下に立った着古したツナギ姿のノォバ・チーフが、同じく球体の下、件の楕円が見える位置に集まったVS802・805艦隊のクルーを見てそう言った。


「べつに、なんでも」


 そう済まして答えたテューラ司令にも、ノォバ・チーフは片眉をあげて軽い不審の眼差しを送ったが、彼女は片手にもっていたマグカップ型耐宙タンブラーを口に運んで受け流した。

 ミユミはそのマグカップの中身が風呂上がりの一杯=アイスチャイ(〈ナガラジャ〉特性)だと知っていたが、それを指摘しようなどとは露にも思わなかった。

 自分も御馳走になった身だし。


「あ~じゃ割と時間が逼迫してるんでブリーフィングを始めさせてもらうぞ」


 そう宣言すると、相変わらず微妙に疲れた顔のノォバ・チーフがタブレットを操作し、それに合わせてホロ球体の楕円部分が拡大された。


「なんか木星の表面を馬鹿正直に映すと、見ていて気持ち悪くなるクルーがいるようだから、情報量を減らしてみたんだが、皆平気か?」


 その気持ち悪くなるクルーの一人ミユミは、「はぁい」とキルスティと共に力無く答えた。

 どうも生で見る木星の光景というものには、地球で生まれ育った人間の脳の理解能力を上回る異質さがあるらしい。

 宇宙でただ生活することでさえ地球で生まれ育った人間には厳しいというのに、渦巻くガス流でできた地球の十倍のサイズの星など、脳が受け付けてくれなかったのだ。

 幸い、チーフの計らいで今投影されているホログラムの木星は、恐ろしく安っぽく簡素なディティールにされているので、安心して見ていることができた。


「あ~、すでにさわりの部分はテューラから聞いてるかもしれんが、俺達はアイシュワリアら〈ナガラジャ〉が戦った例のナマコ型潜雲グォイドが、観測された以外にも十隻以上木星への降下潜航に成功したと見ている。

 その根拠は二つ。

 一つは、そもそもナマコ・グォイドを発見できた理由である【シズィーナ・スペシャル】が、有効に使えるのは宇宙塵やらデブリが多数漂うメインベルト内だけで、そこから木星までの広大な宙域では慣性ステルス航法の発見率が極端に落ちるからだ。

 そもそも宇宙は広いからな、最初にアイシュワリアが見つけたナマコ・グォイドを中心とした小艦隊が、複数ある艦隊の一部をたまたまUV弾頭ミサイルの重力波で見つけられただけと考えるのが、自然というものだろう」


 ノォバ・チーフの説明に合わせ、ホログラム木星が縮小・ズームアウトしていく。

 最初の〈ナガラジャ〉率いるVS805艦隊が戦った木星近傍空間から、メインベルトまでの宙域が映し出され、そこにナマコ・グォイドを有する敵艦隊の航路が描き足されて行った。

 総合位置情報図スィロムとなったホロ宇宙図内メインベルトには、さらに発見前までの敵予測航路が描かれていた。その予測航路が件の【シズィーナ・スペシャル】によって割り出されたものなのだろう。

 確かに、こうして俯瞰で当該宙域を見てみると、グォイド艦隊の発見場所は確かにメインベルト内の予測航路の延長線上にはあるが、その先端からは随分と距離があった。

 その長大なメインベルトから木星までの間に、二十隻程の敵艦隊がたった二つしか無いというのは、随分と楽観的な考えな気がする。


「これらはあくまで単なる予測でしかないが、二つ目の理由にはちゃんと物的証拠がある。……ああ、結局木星の大赤班を映さにゃならんから、苦手な奴は目を閉じて話だけ聞いていてくれ」


 ノォバ・チーフが言うが早いか、今度はホログラムがズームインし、木星が巨大化、簡素だったデティールが変化し、本物の木星大赤班を上空から捕らえた映像となった。


「これはごく普通の可視光で見た大赤班だが、この映像にある種のフィルターを掛けると、分かることがある」


 赤褐色の楕円の映像が、モノクロにジワリと変わり、さらに映像全体が暗くなっていった。

 すると、その楕円形の大赤斑の中に、光の輪のようなものが幾つも浮かび上がった。

 その光の輪が幾つも集まって一つの楕円形となり、大赤斑を形成している。その輪一つ一つが大赤斑内にあるガスの渦なのだろう。

 ミユミ達が見守る中、その幾つもの光輪は、ふるふると形を変えながら赤、青、黄、緑、と色を変えていく。

 その色の変化パターンに、ミユミは見覚えがあった。


「これって……」

「そう、UVEだ。それも大量のな」


 ノォバ・チーフが先に答えた。


「でもUVエネルギーって、確かこの宇宙じゃすぐ消滅してしまうはずでしょ? なんで?」


 ユリノ艦長が皆の疑問を代表するように尋ねた。


「まぁ~ぶっちゃけ仮設でしかないが、無理矢理にでもこの現象に説明をつけるならば、木星の強大な電磁波が、UVキャパシタのような効果を発揮したからだと思われる。

 お前らの専門外かもしれんが、UVDでくみ出した亜宇宙由来のエネルギー・UVエネルギーは、確かにこっちの宇宙空間では約二秒で消滅してしまう。が、電磁的に封印することでその消滅を防ぐことが可能だ。それが昇電やセーピアやUV弾頭ミサイルに使われているUVキャパシタの基本原理だ。

 これと似た状況が木星のガス乱流の中で起きているらしい。木星という星は、デカイて重い図体な上をガス流体が高速自転しているお陰で、天然のダイナモみたいな現象が起き、とんでもない電磁波をだしているからな……そしてその奥には、間違い無くUVDがあるはずだ」


 ノォバ・チーフの説明に、集まったクルー達が小さく「うへぇ……」という溜息をもらしたのがミユミには聞えた気がした。


「UVエネルギーを出すにはUVDがなくちゃならんからな……人類がその犯人じゃ無いならば、答は一つだ」

「あの、でも……」


 チーフの説明に、キルスティが尋ねた。


「もし木星の大赤斑の底にグォイドが……例のナマコ型潜雲グォイドがいるとして、そこで何をしているんでしょうか? なんであんあ大量のUVEを発しているんでしょうか?」

「まぁ分からんな。それが分かったら是非教えて欲しいものだ……が……それがとんでもなくロクでもないことは分かっている」

「はい?」


 一同がノォバ・チーフの発言に注目する中、チーフはさらにタブレットを操作すると、ホログラムが再び木星の大赤斑が見える位置にまで縮小し、その隣にもう一つ同サイズの木星のホログラムが投影された。

 当然ながら、そのホログラムは一見してまったく同一のものに見えた。


「こっちに出した木星ホロは、約半年前のモデルだ。これを今から重ねてみるぞ……」


 チーフが言うと同時に、二つのホログラム木星が重なった。

 その違いはミユミでも容易に発見できるものであった。


「……大赤斑の位置が変わってる?」

「ご明察!」


 ミユミの呟きにノォバ・チーフが答え、ミユミは思わず恥ずかしくて俯いてしまった。


「ここ半年で、木星の大赤斑の位置が赤道方向へと加速度的に上昇している。今の移動率だち、あと二週間で、大赤斑は赤道の真上にくるはず……だ……」


 ミユミには自分で言っておいて、その事の重大さがよく理解できなかった。

 ノォバ・チーフはそこで間をとってから「もちろん何故、どうやって、そしてこのことにどんあ意味があって、こうなったのかは分かっていない……」と告げた。

 VS艦隊クルーは、この薄君の悪い正体不明の現象に、ただ押し黙るしか無かった。


「この現象が必ずしもグォイドがおこした事とは限らないしな……」


 ノォバ・チーフがは自嘲気味にそう付け加えた。

 大赤斑といえば、そのサイズの中に地球三つが余裕で納まる程の巨大な赤い斑だ。それが移動しているだなんて、言われてもすぐには理解が追いつかなかった。


「……とはいえだ、この現象にグォイドが絡んでいるのは間違い無い」


 ノォバ・チーフに代わり、テューラ司令が説明を続けた。


「ナマコ・グォイドが木星の底でなんらかの手段で大赤斑を動かし、あるいはそれを利用して何かを企んでいるのならば、それを阻止するのが我々の使命だ」

「……ですがテューラ司令、ガス雲の底に行ける手段なんて我々にはありませんよ。どうやって大赤斑の中にいる敵を倒そうっていうんですか?」


 事に重大さなど意に介さぬよいに力強く宣言するテューラ司令に、よく分からないお嬢様口調を止めたアイシュワリア艦長が尋ねた。

 アイシュワリア艦長の意見は最もにミユミには思えた。

 自分の専門では無いが、航宙艦というものは真空無重力で使う為に設計開発されたものであり、わざわざ木星内部の高気圧高重力環境に耐えうる機能など、最初から想定して備えられてなどいないように思えた。


「何言ってるんだ。ここに一隻だけあるじゃないか、木星の雲海の中でも、力任せに飛べるだけの高出力UVDを持つ艦が」

「うげっ!」


 その場にいた半数のVS艦隊クルーが、テューラ司令の発言に対するユリノ艦長と似たようなリアクションをとった。


「あ、あのぉ~それってぇ……」

「人類が保有するありとあらゆる航宙艦の中で、最も強大なUV出力を持つオリジナルUVDを搭載した唯一の艦、〈じんりゅう〉をおいて、この状況に対処できる艦がどこにある?」

「ああ、やっぱり!」


 テューラ司令の言葉に対するユリノ艦長のリアクションに、ミユミもまったく同じ気持ちになった。

 確かに、オリジナルUVDの高出力ならば、木星内部の高圧に耐えうるUVシールドを張ることが出来るかもしれない。だがどちらにしろ無茶なことには違いないように思えた。


「苦労してオリジナルUVDの搭載を勝ち取った艦なんだ、ここで活用しなくっていつ使うよ?」


 〈じんりゅう〉クルーの顔色など一切頓着せずにテューラ司令の司令が告げた。


「でも……たった一隻が潜ったくらいじ――」

「安心しろ。今回はケレス沖みたいにお前ら〈じんりゅう〉一隻に全てを背負わせるつもりは無い。私とノォバ・チーフらが乗る〈リグ=ヴェーダ〉と修理艦〈ヘファイストス〉、それに〈ナガラジャ〉率いるVS805が木星上空で全力でサポートしてやるからな!」


 ユリノ艦長の言葉を遮り、テューラ司令はそう励ますように言ってくれたが、ユリノ艦長はじめ、ミユミをふくむ〈じんりゅう〉クルー達は、「ははは……」ち力無い笑いで答えるだけで精一杯であった。

 どちらにせよ木星の雲海に潜るのは自分らが乗った〈じんりゅう〉一隻なのだから。


「と、いうわけで、SSDFガニメデ基地に到着次第、〈じんりゅう〉及び作戦参加各艦は、木星雲海での戦闘に備えた装備に転換・改修整備調整を開始!

 明後日より〈じんりゅう〉の木星雲海内グォイド捜索作戦を開始し、可能ならばこれを叩き、敵の目標達成を阻止する!」


 テューラ司令は力強く宣言すると、ミユミ達は内心ではさておき、それにピシリとした敬礼で答えた。


「あ、そうそう、今回は先に作戦名を決めることができたので発表しておく、【〈じんりゅう〉〈ナガラジャ〉共同による大赤斑内部グォイド捜索作戦】だなんて長ったらしいの、いちいち言ってられないからなぁ……」

「はぁ……で、その作戦名とは」


 やや投げやりにアイシュワリア艦長が司令に尋ねた。


「あ~こほん! 【オペレーション紅き潮流クリムゾン・タイド】だっ!」


 凄く良い顔で宣言するVS艦隊司令に、その感想が伝わる前に全てのホログラムが消え、辺りに一瞬暗闇が訪れたかと思うと、照明が再点灯し見慣れた〈じんりゅう〉メインブリッジ内の光景がミユミ達の前に広がった。

 そこにテューラ司令もノォバ・チーフも、アイシュワリア艦長他の〈ナガラジャ〉クルー達の姿も無かった。

 彼女達は〈リグ=ヴェーダ〉と〈ナガラジャ〉それぞれの乗艦のメインブリッジで、同じように近距離ホログラム通信会議を終えたところなはずだ。

 〈ナガラジャ〉内〈ラーマーヤナの湯〉での大騒ぎから、既に一時間が経っていた。

 ホログラム会議を終えたところでユリノ艦長が、辺りを見まわし、そこにテューラ司令のホログラムが立っていないことを入念に確認すると、我慢していたことを吐き出すように言った。


「【紅き潮流クリムゾン・タイド】てっ!!」

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