♯3
慣性相殺システムでは抑えきれぬ程の振動が、脳を激しくシェイクしたかと思うと、次の瞬間人口重力システムがダウンし、ぞわりとするOG状態がバトルブリッジを支配した。
クルー達の髪の毛がふわりと宙に浮かび上がる。
主要システムダウン、メインフレーム破断、船殻断裂、急速減圧等々ありとあらゆる全ての警告サイレンが、合成効果音とは違う雷鳴のような船体断裂音と共に鳴り響き、バトルブリッジ内を非常照明が真っ赤に染め上げ、そこにわざとらしいスパークの閃きと、おまけの窒素ガス噴射の靄が加わった。
「う、うわ~! やら~れ~た~!」
艦長席の前下方の火器管制席に座るカオルコが、渾身の演技で万歳するように両手を上げると、弛緩するように静止した。他のクルー達も思い思いの体勢で各席で静止していた。
〈じんりゅう〉は沈んだ。
秒速数万メートルで飛来し、直径が数十メートルもある大質量高速実体弾は、たとえどんな防御シールドを持っていようとも防ぐ手段などあるわけもなく、無人艦をそうしたように〈じんりゅう〉の船体を真っ二つにし、ほどなく船体は大爆発して宇宙の塵と化すだろう。
クルーに脱出を促す間もなかった。
……ということは、当然そのクルーたる自分達も一人残らず艦と運命を共にしたと考えるのが筋だろう。
〈じんりゅう〉の爆発に伴う高熱で瞬時に燃え尽きるか、大質量弾着弾時の衝撃でぺしゃんこに潰されるか、はたまたブリッジに空いた破口から吸い出され、減圧で死ぬか……いやソフティ・スーツの簡易宇宙服機能で即死はしないだろうが、どちらにしろ直後の爆発に巻き込まれてより苦しいか痛い死に方をしそうだ。
シードピラーを撃破できなかったどころか、クルーを守り切ることも叶わなかった。
ユリノは艦長帽を脱ぐと天を仰いだ。
振動、警報音、合成効果音、非常照明、スパーク、窒素ガス……それら全ての音、光、五感に伝わるすべての情報が、唐突に断ち消えた。それに合わせて重力がゆっくりと戻り、身体が再びシートに押しつけられるのを感じる。
耳が痛くな程の無音と、ブリッジ内の非常用畜光塗料照明による儚い光が、バトルブリッジを満たした。
――これが“死”というものなのだろうか?
ユリノは一瞬考えてみたが、すぐにそれはナンセンスだと止めた。本当に死んだら“死”を考えていられるわけがないじゃないか!! と。
だってこの戦いは全て……。
突然、真正面のメインビュワーがあった部分が真っ二つに割れ、中から光が溢れだした。
そしてその光の中に、仁王立ちする人の姿がシルエットとなって逆光の中に浮かび上がった。
「全滅だぞ! ユリノ艦長」
そのシルエットは開口一番そう告げた。
――地球ラグランジュⅢ点・〈日本〉領宇宙ステーション〈
――第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦・ケレス沖会戦から約四カ月と二週間後――。
――母港〈
【第38回〈じんりゅう〉新クルー編成での模擬戦闘】終了。
「全滅だぞ! ユリノ艦長」
〈じんりゅう〉級バトルブリッジを模したシミュレーションルームのハッチが開き切るなり、テューラ司令はそう告げた。
シミュレーションルームに通常灯が再点灯される中、ユリノの前に座っていたカオルコがゲッと跳ね起き、他のクルー達も各々顔を上げた。
「テュテュテュ、テュラ姉……じゃなかった無かったテューラ司令、来、いらしてたんですか……」
「ああいらしていたし見ていたぞカオルコ、最初から最後までな」
「おぅっふ…………」
カオルコはまたコンソールに突っ伏しそうになった。そこまであからさまでは無くとも、ユリノをはじめ、他のクルー達も気分的には同じようなものであった。
一番見られたく無い人間に、一番見られたくないところを見られてしまった。
シミュレーションは終わった。
シミュレーション故に自分達は生きている。
UV技術を用いて作られた人工重力による戦闘時のGの表現や、実際の戦闘映像を元にコンピュータが作りだしたビュワー映像は、肉眼では本物と見分けがつかないレベルのリアリティを持っており、総合的に人間の五感に実戦とほぼ同レベルの情報を与えていた。
故に、このシミュレーションと実戦に違いがあるとしたら、それは実戦では無いというその一点につきるだろう。
そして、いかに実戦と変わらぬ情報量のシミュレーションといえど、数をこなせば、そのことに人間は慣れる。
生きている事に安堵するような段階はとっくの昔に通過し、今心にあるのは情けなさや恥ずかしさの類だけだった。
前任の機関長であったシアーシャに代わる新任機関長を迎えての、38回目となる〈じんりゅう〉対グォイド戦闘シミュレーションは、今回もまた惨憺たる有様であったのだから。
「司令、何か助言はありますか?」
ユリノは割と冷めた気持ちで尋ねる事が出来た。
「祈れ! 〈じんりゅう〉轟沈、生存者ゼロ、任務達成ならず、ついでに無人艦も全艦喪失の綺麗な失敗だ」
ユリノの問いに、数か月ぶりに合うテューラ司令はにべも無く答えた。
「〈斗南〉にいらしてたんですね、まだ木星にいるものだと思ってました」
「ああ、ついさっき着いたばかりだ。こっちの仕事も溜まってるからなぁ……にしても、はぁ~弱ったもんだなユリノよ。改修後の〈じんりゅう〉発進式も迫っているというのに、まだ堪が戻って無かったのか」
「……面目ありません司令」
ユリノには他に言える言葉は無かった。
「まったく、ついこの間、この〈斗南〉に〈じんりゅう〉が帰って来たばかりだと思ってたのに、もう改修が終わって抜秒だというのだからな、五カ月なんてあっという間だったなユリノ」
首筋の凝りをほぐしながら、テューラ司令はそうぼやくように言った。
テューラ司令のSSDF総会での奮闘により、オリジナルUVDの搭載を前提とした〈じんりゅう〉の運用が決定された。
第五次迎撃戦で傷ついた〈じんりゅう〉の改修が済むまでの約五カ月の間、新機関長を交えた新生〈じんりゅう〉クルーは、〈じんりゅう〉の再就役を迎えるにあたり、訓練を続けてきたわけなのだが……。
何度シミュレーションを繰り返しても何故か【ANESYS】の思考統合が維持出来ず、戦闘の肝心なところで終了し、未だに任務達成と〈じんりゅう〉とそのクルー全員の無事な帰還のどちらか、あるいはその両方が達成できていない。
それでも今回のシミュレーションでは、あと少しで無事戦闘宙域を脱出できるところまで来ていたのだが、最後の最後であの大質量高速実体弾投射艦が現れ、結局〈じんりゅう〉轟沈、生存者ゼロ、任務達成ならず、ついでに無人艦も全艦喪失の綺麗な失敗になってしまった。
「でもさぁテュラ姉――」
隣室にある飛宙艦載機シミュレーターから、フォムフォムを伴ってやって来たクィンティルラが、ひょいとバトルブリッジに顔を覗かせるなり発言した。
「俺達の昇電は今回のシミュレーションじゃ無事だったぜ。全滅ではないぞ、二人生存者がいる!」
「ふん、確かにさっきのシミュレーションが終了した段階では、お前達は無事だったな。だが残念ながらお前達の昇電は、さっきのシミレーションが終了した時点で、移動可能範囲内に回収してもらえるSSDFの母艦が一隻もいなかった。つまりあのままシミュレーションを続けても、お前達は宇宙を漂流していずれ野垂れ死ぬ運命が確定していたわけだ。つまり生存者0だな。分かったかクィンティルラ」
「は……はひ……」
テューラ司令に一気呵成に言い返され、哀れクィンティルラは、後ずさりしながらその後頭部を、背後に立つフォムフォムのバストに埋めさせた。
「す……すいませんっ!」
機関コントロール席に座る、赤いフレームのデータ投影眼鏡を着用した少女が、突然立ち上がると、上ずった声で叫ぶように言った。
「じ、自分の責任です」
「ど、どしたのキルスティちゃん? 突然に」
「だ、だって自分が上手く【ANESYS】に統合できないから……」
ユリノにそう答えると、新機関長となったその小柄な少女は深くうなだれた。
キルスティ・J・オテルマ技術少尉・十三歳。
シアーシャとその間にいた臨時機関長に代わる為に、VS艦隊クルー候補生の中から数々の条件をクリアし、選ばれた〈じんりゅう〉新任機関長だ。
年齢を差し引いてもさらに小柄な伸長、VSクルー養成校から引き抜かれた新人航宙士である為、雪のような白い頭髪は、まだ校則による少年のようなベリーショートのままだ。
おシズとほぼ同年齢と幼いが、オリジナルUVDと【ANESYS】について論文を書く程の天才なのだそうだ。
選ばれたことへの期待に答えようと、今まで気まじめに訓練に挑んで来ていたのだが、ケレス沖会戦の英雄たる〈じんりゅう〉クルーに加わることは、彼女にとって相当なプレッシャーであったようだ。
最初の頃はまだシミュレーションに失敗しても、ユリノ達が励ませば笑顔を取り戻したものだったが、38回目ともなれば、最早その余裕は無くなってしまったようだ。
「いや、それはねキルスティちゃん、だってまだあなたは〈じんりゅう〉クルーになっばかりだし……」
「し、司令! 艦長! トイレの許可を願います!」
散々言い続けてきたユリノの慰めの言葉を叫ぶように遮り、キルスティは起立敬礼すると、シミュレーションルームから逃げるように出ていこうとして……、
「ひゃ!」
キルスティはハッチの影にいた人々とぶつかりそうになり、慌てて後ずさった。
「あ~……、実は今日ここに来たのは私だけじゃないんだ」
その光景を見ていたテューラ司令が、やや気まずそうに後ろを振り返りながら言うと、ハッチの影から隠れるようにしてシミュレーションルームを覗いていた二十人程の少女達が、ゾロゾロとテューラの背後に並び出た。
まだ十代になったばかりと思われるその少女達は、その懐かしい制服姿から、ここSSDFラグランジュⅢ基地に併設されているVS艦隊クルー養成所の候補生達であることが分かった。
「特別講師を頼まれて行ってみたら、そのまま現場見学の引率まで任されてしまってな」
テューラが説明すると、後に並んだ様々な年齢、国籍、人種の少女達が〈じんりゅう〉クルーに向け、緊張しながら初々しい敬礼をした。
「みんな……」
キルスティが消えそうな声音で呟いた。
彼女にしてみれば、最も見られたくない光景であったことだろう。
VS艦隊クルー候補生達は、つい数カ月前まで机を並べて学んでいた同級生であった彼女に、かけるべき言葉が思いつかなかったようだ。
【ANESYS】で繋がることを前提に訓練している少女たちであるから、キルスティのシミュレーションの結果を見ても、蔑むような眼差しを送ることは無かった。
むしろ同窓から選ばれた英雄の仲間に対し、心配している眼差しであったのだが、キルスティにしてみれば、それは落胆しているようにも見えたかもしれない。
少なくとも、数多の候補生から選ばれたにも関わらず、その期待に答えられなかった瞬間を目撃されたようなものなのだ。
「し、失礼します!」
キルスティは漏れそうになる嗚咽をのみ込むようにして、シミュレーションルームから走り出て行ってしまった。
「……ミユミちゃん、お願い」
ユリノはこめかみを押さえながら、ミユミに彼女を追いかけるよう促す事しか出来なかった。
ユリノホールドはとっくに試した。
サヲリホールド、カオルコホールド、フィニィホールドと以下各クルーのハグハグ戦法は繰り返され、今回とうとうミユミの番になってしまった。
だが、同じ新人同士、案外うまく慰められるかもしれない。
いかに天才と言われているといえど、なんといってもまだ十三歳の少女なのだ。その場にキルスティを責められる人間はいなかった。
そうじゃなくてもキルスティは〈じんりゅう〉にはもったいない程に、真面目で健気で優秀な少女だ。
「他のクルーは一時解散の上休憩時間とする。一時間後にブリーフィングルームに集合、デブリーフィングを行う。VSクルー候補生のみんなは悪いけど、現場見学はここまでで許してちょうだい」
ユリノはクルーと候補生達にに宣言すると、テューラに向き直り、非難がましい眼差しを送った。
「現場見学は……ちとタイミングが~悪かったかなぁ……駄目そうなのか? 彼女は」
「そんなことはありません! ……凄く、頑張ってくれています。問題なのは私達の方です」
テューラの問いにユリノは慌てて答えた。
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