▼第三章  『彼女達の休息』

♯1

「減速態勢から戦闘態勢への艦首回頭完了。現在本艦は慣性航行で敵艦隊左舷上方より接近中。戦闘宙域到達予定時刻まで後二分四五秒」

汎用無人艦ROSラパナス改、四隻全て異常無し、スクエア陣形で本艦前方を先行中なのです」

「全武装、安全装置解除、UVエネルギー充填開始。全発射管にUV対艦ミサイル装填完了」

「全ヒューボット、ダメコン態勢で配置完了」

「迎撃艦隊は敵艦隊の減速に成功していますデスが、攻撃はシードピラーには届いていない模様。シードピラーの位置及び敵艦隊の配置データを送りますデス」

『こちら艦尾有人艦載機カタパルト、クィンティルラ。昇電TMC発艦準備よろし』

『同じくフォムフォム、。無人艦載機セーピアー全十二機、全て発艦準備良し』

「しゅ……主機関オリジナルUVD、および全補助エンジン異常無し、定常出力で稼働中です」

「迎撃艦隊への警告通信、開始します」

 クルー達の報告の数々、彼女は座席の肱掛けを握りしめながらそれらに耳を澄ました。

 彼女はそれまでの人生で得た経験と努力、それらが生み出した勘に従い、その瞬間を感じ取ると叫んだ。

「【ANESYS】起動準備! スラストリバーサー全か……」

「艦長大変デス!」

「なに!? ルジーナ」

「敵艦隊の陣形に変化有り! これから〈じんりゅう〉が突っ込む予定の敵艦隊左舷上部に護衛艦が集結しつつありますデス」

「……なんてこと……」

「艦長、このまま最終減速を行い敵艦隊に突入すると、【ANESYS】を起動する前に結集した敵護衛艦に想定を超える集中砲火を受けます。【ANESYS】無しで、この規模の集中砲火をくぐり抜けるのは不可能です」

「そうはいうが副長、今から【ANESYS】を使ってしまったらシードピラーまで持たないぞ」

「問題はそれだけじゃないよカオルコ少佐。逆に今スラストリバーサーで最終減速をかけずに敵艦隊に突っ込んじゃったら、速度が〈じんりゅう〉の旋回能力を上回って、【ANESYS】に関係なく敵艦に衝突する可能性が極大になっちゃうよ」

「艦長、また無人艦盾代わりにしますか? 準備と覚悟はできているのです」

「え~と、警告通信ははじめても良いんでしょうか……?」

『昇電TMCよりバトルブリッジ、俺が出る! 大暴れしてやる!』

『フォムフォム……ふぉむふぉ……』

「むぁ~もう~分かったってば!!」


 ユリノは皆の無秩序な発言を遮った。


 ――私達の戦術に対応されちゃったっていうの!?――


 現在〈じんりゅう〉は、艦尾を敵に向けた主減速体勢を終え、艦首を180度回頭し、グォイド大規模侵攻艦隊の左舷上方、双方のUVキャノンの有効射程圏外ギリギリから慣性航行で接近中であった。

 すでに牽制と思われる敵艦の砲撃が、〈じんりゅう〉のシールドを掠めはじめているが、まだダメージは無い。

 予定ではこの後すぐに艦尾のスラストリバーサーと艦首ベクタードで逆噴射を開始し、艦首を敵に向けたまま最終減速をしつつ敵艦隊に接近。

 敵艦隊中央のシードピラーを射程圏に捉えた瞬間に【ANESYS】を起動、敵の攻撃をくぐり抜けながら敵艦隊内を駆け抜け、シードピラーに接近し、ありったけのUV弾頭ミサイルを食らわせてやる予定であった。

 この戦術は第四次大規模侵攻迎撃戦で大いに有効であったのだが、グォイドは二度も同じ戦術を許す程、お人好しでは無かったらしい。

 メインビュワーに目を向けると、画面右舷側から左舷方向にむかって細くなる光の粒でできた円錐の中央に、光の粒が集まり出しているのが分かった。 

 グォイド艦隊のリバーススラストが、〈じんりゅう〉からは光の粒に見えているのだ。

 光の粒=グォイド艦隊が〈じんりゅう〉の迫る方向に護衛艦を集めてきた為に、戦術は大いに狂ってしまった。このままでは、想定以上の砲撃にさらされてしまう。

 もし、早めに【ANESYS】をかけると、敵砲撃をくぐり抜けることは出来ても【ANESYS】の制限時間の関係で、【ANESYS】がシードピラーまで維持できない。

 さらに、予定通りに今すぐ減速をはじめてしまうと、速度が落ちて伸びた時間の分だけ、砲撃してくるグォイドに狙い撃つチャンスを与えることになってしまう。

 敵だって同じ向かってくる目標ならば、加速しているより減速している方が圧倒的に砲を命中させやすいに決まっている。

 いかにオリジナルUVD搭載でシールドが強化された〈じんりゅう〉といえど、集結した敵護衛艦から想定の倍の集中攻撃を受けたら、さすがに持たないだろう。

 だが、今回は前回の戦闘で行ったような、無人艦を盾にして使い捨てにするような戦術は避けたい……結構切実に……。

 砲撃の数が想定の範囲内であれば、オリジナルUVD搭載で強化されたシールドでなんとかなると思っていたのだが……。


「まったく……」


 ユリノは唇を噛んだ。

 ちょっと予測されただけで、容易く〈じんりゅう〉の戦術は破綻してしまった。


 ――もぉ~いじわる!――


 ユリノは溢れそうになる怨嗟の呻きをのみ込んだ。

 最終減速するにせよ【ANESYS】をかけるにしろ考える時間もない。

 減速する場合ならば、あと90秒以内に判断しなければタイミングを逸してしまう。

 しないなら敵艦隊内を駆け抜ける速度が速すぎて、シードピラー攻撃にかけれる時間が無くなり、撃破できなくなる可能性が上がるだけじゃなく、〈じんりゅう〉の回避能力を上回る速度で、密集した敵艦隊の中を突き進むことになり、たとえ【ANESYS】を使えども敵艦との衝突は避けられないだろう

 つまり、〈じんりゅう〉は今すぐに減速はせず、現速度のまま敵艦隊に砲撃を当てる間も無く駆け抜け、されど丁度敵艦隊の内部に突入する寸前には程良く減速し、【ANESYS】を起動させ、シードピラーを屠り、【ANESYS】終了と同時に敵艦隊から脱出できると良い……のだけれど。

 そもそも慣性の法則がありのままに働く宇宙では、加速した分だけ減速にも距離と時間がかかる。

 少なくともそうやって航行するのが最も効率的であり、今回も〈じんりゅう〉はその法則に従って計算した上で加速し、減速する予定であった。

 加速にだけ時間をかけ、減速は一瞬で……など虫の良い事を、この冷たい宇宙が許してくれるわけがない……わけが無いのだが……

 ユリノは自分がもつ手札を、〈じんりゅう〉に残された選択肢を、今一度確かめて見た。

 前回のシチュエーションでは持っていなかったカードが、いくつかあるんじゃないだろうか?

 それも結構な切り札が……。

 ユリノは艦長帽を一端脱ぎ、髪をかき上げると、再び艦長帽をかぶり直した。


「カオルコ! 艦首発射管一番から六番のUV弾頭ミサイルに、今そっちに送ったデータを入力。完了でき次第、直ちに艦首方向仰伏角0・0度で発射! 

 おシズちゃん、無人艦をスクエア陣形のまま〈じんりゅう〉のギリ前方まで後退させて最大防御陣形でシールド展開。以後の操艦は〈じんりゅう〉に連動。

 フィニィは敵艦隊内部に突入するまで、先に発射したUV弾頭ミサイルを追尾しつつ、慣性航行のまま各スラスターで敵砲撃をランダム回避!

 本艦は、敵艦隊左舷上方への突入直前まで慣性航行で進撃。減速は敵艦隊直前に一気に行う!

 副長、艦首シールド最大出力。それと艦内の慣性相殺装置と生命維持のパラメータ最大値にして!

 それからミユミちゃん、警告通信始めていいわよ!

 あとは総員衝撃にそなえろ!」


 一気にまくし立てるユリノに、クルー達はただちに復唱し、〈じんりゅう〉は敵艦隊への進撃を続けた。


「…………ああユリノよ、なんとなく何をやろうとしてるのか分かって来たけど……それって……と~っても……す~っごく無茶なのだぜぇぇぇぇぇぇぇ……」


 ユリノの企みのロクでも無さを察したカオルコが、コンソールにしがみ付きながら、上ずった声で呟いた。







 テューラとその他大勢が見守る中、〈じんりゅう〉と同行する偵察プローブが捉えた――という設定、と思われる映像が映された巨大モニター画面内で、〈じんりゅう〉が艦首から六発のUV弾頭ミサイルを発射した。

 同時に艦首のすぐ前方周囲に纏わせた無人艦四隻と共に、船体各所のスラスターを吹かし、上下左右へとランダムに回避運動を行い、敵砲撃の照準をかわしはじめた。

 一方、モニターに併設された総合位置情報図スィロムに目をやれば、発射された六発のUV弾頭ミサイルは、等間隔縦一列となって敵艦隊左舷上部、〈じんりゅう〉が突入する予定であった敵護衛艦の密集地点へと向かっていた。

 しかし、UV弾頭ミサイルは、UVシールドを持つ艦に対し絶大な威力を発揮するが、レーザー砲による迎撃技術が双方で進歩してしまった現在、よほど至近距離で発射しない限り、光の速度で飛来するレーザーに撃墜されてしまう。

 〈じんりゅう〉が放ったUV弾頭ミサイルも、グォイド艦に向かって放つには、まだ距離がありすぎた。

 別のモニターの〈じんりゅう〉艦首方向の主観映像敵内で、前方の敵艦隊、左舷上方の一隻が一瞬光ったかと思うと、次の瞬間、六発のUV弾頭ミサイルの内の先頭の一発が、虹色の光輪と共に爆発。

 残る五発も、最初のミサイルの爆発ガスを照らすことで見えるようになった敵迎撃レーザーによって、光の直刃に両断されるようにして、先頭から順番に撃墜されていった。

 モニターを見上げる観客達から思わず落胆のため息が漏れる。

 しかし、モニターを一緒に見上げていたテューラは違った。


「あいつらめ……!」


 真空無重力故に、慣性の法則がありのままに働くこの宇宙では、一度加速した物体は、加速するのに使ったのと同じ距離と時間を掛けなければ停止できない。

 今〈じんりゅう〉が任務達成の為に必要な速度まで減速するには、もっと早く減速を開始しなければ距離も時間も足りないはずであった。

 しかし、減速する手段が他に無いわけではなかった。

 〈じんりゅう〉自身には無くとも、〈じんりゅう〉の外部からなら、〈じんりゅう〉を減速させる手段はあるのだ。

 〈じんりゅう〉が行った手段は、おそろしく乱暴で大胆なものであった。

 〈じんりゅう〉の狙いは、最初からUV弾頭ミサイルによる、敵艦隊左舷上方部のグォイド艦撃破などでは無かった。

 〈じんりゅう〉はわざとグォイド艦に撃墜してもらう為に、UV弾頭ミサイルを放ったのだ。

 進路上にならんだUV弾頭ミサイルの爆発による六つの光の球、そこに無人艦を纏った〈じんりゅう〉が突っ込んでいく。

 〈じんりゅう〉バトルブリッジ内を捕らえたさらに別のモニター内では、ユリノをはじめとしたクルー達が、各々の座席で必死に身体を突っ張らせ、耐衝撃に備えていた。


「スラストリバーサー展開! フルリバース減速一杯!!」


 ユリノが叫ぶのとほぼ同時に、〈じんりゅう〉は艦首ベクタードと艦尾周囲のスラストリバーサーから減速噴射の光を放ちつつ、自らが放ったUV弾頭ミサイルが爆発した光球の中に突っ込んでいった。

 バトルブリッジに「うひぃぃぃ~!」というクルー達の悲鳴が響く。

 〈じんりゅう〉はUV弾頭ミサイルの爆発の中に突っ込んでいっても、艦首方向に展開された無人艦四隻のシールドと、〈じんりゅう〉自身のオリジナルUVDによって強化されたシールドにより、爆発のエネルギーから守られていた。

 そしてシールドによって阻まれた爆発エネルギーは、〈じんりゅう〉を破壊出来なかったかわりに〈じんりゅう〉の運動エネルギーと相殺することにより、宇宙から消え去った。

 つまりは〈じんりゅう〉を押し返したのである。

 凄まじい衝撃が都合六度、バトルブリッジを襲い、その分だけ〈じんりゅう〉が減速していく。

 一度の爆発エネルギーでは一〇万トン弱の航宙艦はわずかしか減速されなかったが、それが六度ともなれば話は別だ。

 しかも〈じんりゅう〉は艦首の周りに無人艦を展開させ、その間に展開させたシールドを帆の代わりにすることで、爆発エネルギーを効率よく受け止めている。


「げ……減速完了!」


 操舵士のフィニィが苦しげに報告した。きっとシートベルトが胸に食い込んで痛かったのだろう。


 ――まったくなんて無茶を……。


 テューラは呆れる他無かった。

 クルー達はかなり苦しい思いをしただろうが、それでも状況を考えれば安いものだ。

 こんな減速手段は、オリジナルUVDを搭載し、より強力な防御シールドを展開できる〈じんりゅう〉でもなければできはしない。

 ともかく、爆煙を突き破り、見事最終減速をはたした〈じんりゅう〉は、敵艦隊の内部への突入を開始した。

 こうなったら、後はやることは一つだ。


「総員、アネシス・エンゲージ!」


 バトルブリッジ内のユリノが叫んだ。


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