♯5

 エクスプリカはテューラの許可を得ると、総会議場の外に出て、ロビーにあるベンチに座り総括会議が終わるのを待った。

 先ほどの意見参考人としての質疑は、コンピュータとしてのエクスプリカに多大な負荷を掛け、危うくフリーズさせるところであった。

 アシモフ三原則とファーミガ大佐の質問との板挟みにされ、結果、嘘ではないが、真実とは言い難い返答をし、人間でいうところの『罪悪感』のようなものが働いたのかもしれない。

 この上、総会議の成り行きを耳にしてしまえば、流入情報過多でAIが破損する危険を感じたのだ。

 エクスプリカには、ただじっと座って、情報を処理する時間が必要だった。

 エクスプリカがベンチの上で待ち始めてから約一時間後、喧騒と共に総会議場のドアが開き、列席者達と共にテューラが出てくると、すぐにエクスプリカを発見した。


「待たせたなエクスプリカ」

[問題無イ、待ツノニハナレテイル。総会議ハ終ワッタノカ?]


 情報処理がなんとか終わったエクスプリカは、顔を上げると尋ねた。


「ああ、なんとかな」


 凝った首をパキパキと鳴らしながら彼女は答えた。


「お前のお陰で、無事オリジナルUVDは第八艦隊預かりになったよ」


 訊かれるまでもなくエクスプリカの問いを察した彼女は答えた。

 第二艦隊の人造UVDプラント案と、第八艦隊の二代目〈じんりゅう〉搭載案のどちらにオリジナルUVDを使用するかは、列席者による最終投票の結果、第八艦隊案の採用が決定された。

 なんでもエクスプリカが総会議場を出た後の質疑で、第二艦隊の提言に疑問が出されたのだそうだ。

 第二艦隊の人造UVDプラント案を採用した場合、そのプラントで最初の人造UVDが製造されるまで、提出された資料によると最速で二年と半年かかることが問視題されたのだ。

 まだ人造UVDプラントの建造が開始されて間もないのだから、当たり前と言えばそうなのだが、人造UVDプラントが完成し、稼働されるまでの二年半もの間、オリジナルUVDが中に浮くのはあまりにも無駄ではないか? という意見が寄せられたのだ。

 そして仮に二年半後に人造UVDプラントが完成するのならば、それまでの間、オリジナルUVDは二代目〈じんりゅう〉に搭載運用させれば良いのではという意見が出された。

 この両艦隊の提言の折衷案はたちまち列席者の心を掴み、最終投票の結果、期限付きではあるが、オリジナルUVDは第八艦隊のものとなった。

 最終意見発表では、ファーミガ大佐がオリジナルUVDが戦闘で失われてしまう危険性や、すでに建造中の人造UVDプラントは、オリジナルUVD使用を前提で設計されている為に、プラントの建造段階から調整の為にすぐにオリジナルUVDが必要であると主張した。

 しかし、逆に『ならば何故、回収が発表されたばかりのオリジナルUVD使用を前提にした人造UVDプラントの建造が、すでに始まっているのか?』と問われ、ファーミガ大佐は言葉に窮したのだという。

 質疑の結果、第二艦隊は公式には認めなかったが、どうやら〈ステイツ〉が建造中の人造UVDプラントは、そもそもは大型人造UVDを束ねてプラントコアにすることにより、新たな人造UVDの製造を可能とするよう計画されたものであり、オリジナルUVDが無くとも、プラントとして稼働させることは可能だろうとの結論が出された。

 仮に戦闘でオリジナルUVDが失われても、〈ステイツ〉の人造UVDプラントは稼働できる事が分かった以上、列席者達にとって、オリジナルUVDの使い道についてテューラ率いる第八艦隊の提言に反対する、合理的な理由は無くなったのだ。


「もちろん、お前の意見参考が効いたというのもあるがな」

[フム……]


 どうやらチューラはエクスプリカを労ってくれたらしいが、彼にはうまいリアクションをとることが出来なかった。


「やれやれまったく、あいつも面倒なことをしでかしてくれたもんだ……」


 肩の荷が降りたのか、テューラは大きく伸びをしながら呻いた。どうやらオリジナルUVDを見つけてきたユリノ達のことを言っているらしい。あるいはレイカの事か……。


[……シカシてゅーらヨ]

「なんだエクスプリカ?」


 どうしても質問せずにはいられなかったエクスプリカに、彼女は振り返った。


[本当ニ、コレデ良カッタノダロウカ……]

「良かった……とうのはオリジナルUVDが現〈じんりゅう〉搭載に正式決定されたことがか?」

[ソウダ。俺ハ我々ノ提言ガ、必ずシモ第二艦隊ノ提言以上ニ、人類ノ為ニナルトハ言イキレナイ]

「ふむ、確かにな」

[“確カニナ”ダト!?]


 エクスプリカは思わず訊き返した。


「お前の言う通りさ。オリジナルUVDは、あるいは人造UVDプラントに使って、大型人造UVDを大量生産させた方が、人類の為だったかもしれん」

[ナラバ何故、オ前ハ〈ジンリュウ〉搭載案ナンテ提言シタンダ!?]

「だから、『あるいは』と言っただろう。私は私で自分の提言がグォイドを倒すのに最も有用だと思ってるさ…………ただな」

[モッタイブラズニ、俺ニモワカルヨウニ言ッテクレ]


 いい加減テューラの説明不足に辟易していたエクスプリカは、たまらずに尋ねた。

 テューラは、どう答えるべきか悩んでいるのか、一度大きく深呼吸すると答えた。


「ただな……、第ニ艦隊と第八艦隊……〈ステイツ〉と〈日本〉……人造UVDプラントと〈じんりゅう〉に搭載しての運用……どちらの案でオリジナルUVDを活用するにせよ、このグォイドとの存亡を賭けた戦を生き抜くのならば、余力を残して答をだすようなマネはしている場合じゃ無いと思ったのさ」

[……]

「え~とだなぁ、このSSDF総括会議は各国代表とSSDF代表合わせてたった百名ちょっとの人間で、今後の人類の存亡に関わるような重大な決定を下しているわけだ。

 そこで下す決定で、海千山千で宇宙を生き抜いてきたグォイドに立ち向かわねばならんのなら、人類は、互いに考えうる限りの手段で自分の提案の採用を試み、ぶつかりあって決められた答じゃないと、到底グォイドにゃ勝てない……そう思ったのさ」


 エクスプリカは、彼女の話す新たな概念により、またしてもコンピュータコアに多大な負荷を感じ、きっぱりと言い切った。


[…………マ…………~ッタク理解デキナイ!]と。









 三日間に渡った【SSDF第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦総括会議】がようやく終わり、テューラとエクスプリカは総会議場のあったSSDF月面総司令部を離れ、〈じんりゅう〉とそのクルーが待つエグランジュⅢ基地への帰路につくこととなった。

 ラグランジュⅢに到着すれば、今会議の決定に従い、二代目〈じんりゅう〉の修繕と、野良グォイド掃討や、予測したよりも少なかった第五次グォイド大規模侵攻の、残りのグォイドを捜索する任務が待っている。

 一息つけるとしたら、月から地球を挟んで反対側のラグランジュⅢまでの道中だけだ。

 エクスプリカは、テューラと共に月からラグランジュⅢへと向かうシャトルに乗り、自分らの座るコンパートメントに入ると、入念に盗聴の有無をサーチしてから、先刻から抱いていた疑問を、思い切ってテューラに尋ねてみることにした。


[……トコロデてゅーらヨ。一ツ訊キタイ事ガアル]

「ん? なんだ唐突に」

[今日ノ総括会議デノむーぎんと司令ガオ前ニ言った言葉ニツイテダ。

司令ハ言ッタ『彼女の提言を覆したいのであれば、提案を退ける合理的な理由と、周囲への根回しが必要だよ』ト]


 エクスプリカは、わざわざ録音していたムーギント司令の言葉を、そのまま再生して尋ねた。

 ムーギント司令が口にした『根回し』という概念は、総会議場から出た瞬間にネットから得てすでに理解している。

 【自分の意向を通す為に、先んじて非公式に行われる下工作の事】という理解が正しければ、これについての質問は、あまり衆目のある場では行わない方が良いと判断し、人目も無く盗聴の心配も無いシャトルの旅客コンパートメントに入るまで待ったのだ。


[むーぎんと司令ノ言葉ガ正シケレバ、ふぁーみが大佐ノ提言ハ、覆ス合理的理由ガアッテモ、マダ周囲ヘノ根回シガアル為ニ、最終投票ヲシテモ、我々ノ提言ハ採用ニハ至ラナカッタハズダ……オ前ハ一体ドンナ手段デ〈すていつ〉ガ行ッタ周囲ヘノ根回シヲ覆シタンダ?]


 エクスプリカは思う限りの疑問をぶつけた。


[状況カラ推測スル限リ、〈すていつ〉ハ、札束デ頬ヲ引ッ叩クヨウナ方法デ、各国家間同盟ヤSSDF各艦隊ノ票ヲ勝チ取ロウトシタノダト思ワレル。ソノ『根回シ』ニ勝チ得ルヨウナ手段ガ、俺ニハ想像ガツカナイノダ]

「ふむ……」


 テューラは、エクスプリカの問いに、しばらく顎に拳をあてて考え込むと、口を開いた。


「お前の推測通り、ファーミガ姉さんは〈ステイツ〉の国力に任せて、将来完成したプラントで製造される予定の、出来たて人造UVDを格安で提供する約束を付けることで、総括会議の列席者達の得票を稼ぐ根回しにしていたらしい」


 テューラはそうぼやくようにエクスプリカに答えると、おもむろに懐から数十枚のカードの束を取り出して見せた。


[……何だ?コレハ]

「私が用意した『根回し』だ」

[……これが!?]


 エクスプリカは再度訊き返さずにはいられなかった。

 テューラが見せたカードの束、それはいわゆるホロ・トレーディング・カードであった。


「ムーギント司令が来た時に、このカードを纏めて渡して、総会議場の列席者にばら撒いてもらったんだ」


 事もなげなテューラの言葉に、エクスプリカは慌てて総会議場でムーギント司令がテューラの元を訪れた時の自身の視覚映像記録を確認してみた。

 確かにムーギント司令は、訪れた時は持っていなかったはずのアタッシュケースを手に、テューラの元から去って行っていた。

 エクスプリカは、普段は獣で言う両耳にあたる部分にあるディスクレドーム状のモジュールを、汎用マニピュレーターに変形展開させると、彼女からそのカードの束を受け取り、まじまじと広げて見つめた。

 そのカードには、やや硬い表情で、こなれているとは言えないポーズをとる少女達が、様々な衣装、様々なシチュエ―ションでプリントされていた。

「我々に出来る『根回し』なんてそれくらいのものだが、意外と効果的だったようだぞ。特に今のような状況だとな。

 総会議場の列席者だって、一人ひとりはただの人間だからな。時には札束よかよっぽど有効だったりするんだな、これが」

 テューラは不敵な笑みを浮かべると、アイマスクを装着し、シートに深く身を沈め、ラグランジュⅢ基地までの道中を眠って過ごす体勢へと入っていった。


[…………]


 エクスプリカは、無言で今新たに得た情報の処理に努めた。










 ――その四日前、SSDFラグランジュⅢ基地・〈日本〉所有〈斗南となみ〉宇宙ステーション。

 ――第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦・ケレス沖会戦から約一カ月後――。

 ケレスから一カ月弱の旅路を終え、ようやくVS‐802〈じんりゅう〉は母港へと帰還を果たし、艦長ユリノをはじめとするクルー達は、エアロックに接続されたボーディング・チューブを抜け、都合二カ半月ぶりに〈じんりゅう〉以外の床に足を乗せた。


「ほあぁぁ~……………っ着いたぁ~……」

「ユリノよ、率先して顔がゆるんでないか?」

「え? ホントにぃ!?」


 カオルコに指摘され、ユリノは慌てて自分の頬を両手で押さえた。そして背後を振り返った。

 そこではクルー達がそれぞれがそれぞれの反応で、帰還の感慨にふけっていた。

 本当に色々なことが起きた航海であった。

 クルー一人一人の顔の分だけ、思い出が蘇る。

 ファーストキスを体験した者、幼なじみと再会した者、デザートの味、大浴場での思い出、見られた嫁入り前の裸身、初めて見た男性のアレ、姉の残した遺産、死を覚悟した瞬間、再会の喜び……そして……。


「艦長、彼の事だったらきっと大丈夫です」


 ユリノの思いを察して、サヲリ副長がそう声をかけてくれた。


「……うん」

「それよりも進みましょう。ステーションの皆が待ってます」


 サヲリに促され、通路を抜け旅客ターミナルに入るとその瞬間、盛大なファンファーレと共に、ひしめく人々の歓声が彼女達を待ち受けていた。

 無数の紙吹雪が舞い散り、彼女達を包む。

 グォイドと勇敢に戦い抜いた少女達の帰りを、ステーションの人々は喜びと共に迎えてくれたのだ。


「帰って来たのね……私達……」

「――色々ありましたね艦長」

「まったく、長かったよなぁ~」

「なんだかここは、戦があったのか嘘みたい」

「凄い人だかりデスナァ」

「こ……こここ、これくらいの歓迎は当然なのです!」

「まぁ、確かにな。っていうか、おい……ミユミ、泣いてるのか?」

「泣~い~て~ま~せ~ん~!! クィンティルラ大尉だって目が潤んでますよ!」

「フォムフォム……向こうでテューラが待ってる……」


 フォムフォムの最後の言葉に、一同は「なにぃ~!!」とばかりに彼女の指示した先を見た。

 そこには確かに、見えない波動で人混みを押しのけるようにして、腕組したテューラ司令が仁王立ちで待ち受けていた。

 何度瞬きをしても決して幻では無かった。


「はわわわわ………」


 本能的に回れ右をして〈じんりゅう〉に戻ろうとしたユリノの首根っこを、カオルコが「ていっ!」とばかりに掴んで引きとめた。

「わ~ん、まだ、心の準備ができてないのに……」

 テューラとはケレス沖で交信して以来だが、まさか先回りしているとは思わなかった。

 〈じんりゅう〉が地球圏への帰還途中で、ある用事の為に寄り道したせいで、彼女に先回りされてしまったのだ。


「待っていたぞ! お前達!」


 ――嗚呼、なんと雄々しいその御姿……。


 ユリノは久方ぶりに直に対面するテューラ司令のオーラに、抗う気力はもう無かった。







 テューラに連行されるようにして向かった先は、ステーション内にあるホロ・フォト撮影スタジオであった。

 最新の撮影機器、ホロ・フォト編集機器、ハンガーに掛けられた数え切れぬほどの衣装、SSDF艦内を模したセットはもちろん、クルーの私室、学校の教室、体育倉庫、屋内プールといった様々な撮影セットが充実しており、〈じんりゅう〉クルーはそこでありとあらゆる衣装、ソフティ・スーツ、礼装、常装はもちろん、スポブラ&スパッツのトレーニング着に、寝間着、体操着&ブルマ、デート想定私服、パーティドレス、ビキニでの撮影は頑なに拒否する一部のクルーの懇願により競泳水着で良しとされ、さらに各出身国家の民族衣装等々など……に着替えに着替え、硬い表情やポーズはフォト編集機器とテューラ司令のスパルタな指示で修正され、ユリノ達はまるまる一日、撮影をされにされまくった。

 母港への帰還の二週間前に、撮影を行うことを事前にテューラ司令より知らされていたユリノ達は、断る権利なぞあるはずも無く、到着までの二週間を、撮影に備えてのダイエット&エクササイズに費やしてきた。

 まさかグォイドとの戦いが終わった後にも、こんな苦労が待っていようとは思ってもみなかったユリノ達であった。

 しかし、彼女達のその努力は、確実に撮影されたホロ画像に反映されていった。

 そして……






 ――その五日後。

 【SSDF第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦総括会議】終了の翌日。

 SSDF広報部より、全太陽系人類圏に向け、『SSDF-VS第802〈じんりゅう〉クルー・オフィシャル・ホロ・トレーディングカード』および『第802〈じんりゅう〉クルー・限定カード付きSSDF対グォイド戦時債パック』の発売が開始された。

 その商品は二代目〈じんりゅう〉のケレス沖会戦での活躍が発表されたことが後押しとなり、瞬く間に追加生産が数十回にわたり決定される程の、全太陽系人類圏屈指のメガヒット商品となった。

 特に希少な最初期に生産されたレアカードは、ネットオークションにおいて数千~数万倍の値段が付けられ、それは一部の投資家の間で高額取引されるまでに至たり、最終的に全人類経済の約一%に相当する程の経済効果を、人類社会にもたらしたのであった。

 一部の少女達の心に新たなトラウマを残して……。


 


 

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