♯4

 テューラ・ヒューラは、自分の【ANESYS】適正値が、もうVS艦隊のクルーを続けることが出来ない程に低下したと分かった後も、グォイドとの戦いに身を投じる事を決意した女だった。

 レイカと共に初代〈じんりゅう〉を失ったあの時から、その決断に微塵の後悔も迷いも感じたことなど無かったし、その為に自分に出来る事があれば一切の手を抜かずに全力でやってきた。

 だから、今回の大規模侵攻で、二代目〈じんりゅう〉が、初代の残したオリジナルUVDを回収したと知ったその時も、今のような事態が来ることを予測し、備えていた。

 人類はグォイドという共通の敵がいるからこそ、こうして強力しあっているが、大規模侵攻をなんとか退けた今、それまでの緊張感からの開放により、各国家間同盟の私利私欲を呼び覚まさせることをよく知っていたからだ。

 ましてや回収されたのは、かつて自分が乗っていた初代〈じんりゅう〉に搭載されていたオリジナルUVDだったのだ。

 誰にも渡すつもりなど無かったし、その為に手を抜く気など一切無かった。

 とはいえ、状況はそう芳しくない。

 第二艦隊〈ゴルゴネイオン〉とそのバックボーンの〈ステイツ〉は、資金と人員の規模において、第八艦隊〈VS〉の数倍はある。

 問題をややこしくしているのは、SSDF第八艦隊・汎用遊撃艦隊〈ヴィルジニ・ステルラ〉……俗称ヴィルギニー・スターズが、他の第ニから第四艦隊と異なり、特定の国家間同盟をバックボーンに持たないことであった。

 持たない……というより、五つの国家間陣営がそれぞれ一隻ずつ【ANESYS】搭載型〈じんりゅう〉級航宇宙艦を建造し、SSDFに派遣されたのを一つのSSDF艦隊としてまとめたのがVS艦隊だというべきなのだろう。

 VS802〈じんりゅう〉は〈日本〉が。

 VS803〈ファブニル〉は〈ユニオン〉が。

 VS804〈ジュラント〉は〈アライアンス〉が。

 VS805〈ナガラジャ〉は〈ASIO〉が。

 VS806は〈ステイツ〉で建造中でまだ存在していない。

 元々〈ヴィルジニ・ステルラ〉は、グォイド戦役黎明期に、【ANESYS】適正を持つ少女達に、各SSDF艦隊の司令母艦内にて戦術的・戦略的未来予測を行うことを任務とする少女航宙士隊であった。

 グォイドとの戦が続くそんな中、たまたまオリジナルUVDを回収していた〈日本〉が、それを搭載した実験用航宙艦〈じんりゅう〉を建造、その操艦に【ANESYS】適正を持つ少女達を乗せたところ大戦果を上げた。

 その結果、それにならうべく各国家間同盟もこぞって〈じんりゅう〉級の設計図を入手し建造、【ANESYS】適正をもつ少女をクルーにして、グォイドとの戦闘に投入した。

 そして互いにノウハウと、ごく少ない【ANESYS】適正者を共有すべく、各国家間同盟が建造した〈じんりゅう〉級航宙艦は結集し、SSDFの八つ目の艦隊〈ヴィルジニ・ステルラ〉となったのだ。

 そういった第八艦隊誕生の経緯から、VS艦隊はそれぞれの〈じんりゅう〉級に国家間陣営のバックボーンがあり、それぞれの国家間陣営が領有している星を母港としている。

 今、問題なのは、今回オリジナルUVDを回収した二代目〈じんりゅう〉が、〈日本〉が建造・派遣した艦であり、回収したオリジナルUVDも、そもそもからして初代〈じんりゅう〉が搭載したものであり、さらにそのオリジナルUVD自体が日本国がグォイド遭遇最初期に回収したものだということだ。

 それまで回収されてきたオリジナルUVDも、全て回収した国家間同盟が所有するということで決着してきた。

 国家間同盟としての〈日本〉は、当然オリジナルUVDの所有権を主張する意向であった。

 今、テューラが陣取っていた総会議場の第八艦隊の席には、テューラの他に数人の日本政府代表のSSDF担当官僚が座り、数人の意見参考人を連れて中央壇上へと向かったチューラ達に祈るような視線を送っていた。

 第二艦隊は、それまでの慣例を覆してでも、人造UVD増産による全人類、全国家間同盟への恩恵を口実に、オリジナルUVDの〈ステイツ〉への譲渡を迫っている。

 ムーギント司令によれば、すでに『根回し』によって、第二艦隊の横暴の心情面での反感を抑え込むのにも成功したようだ。

 つまり、第二艦隊の提言に打ち勝つには、提言を覆すだけの合理的な口実と、第二艦隊に勝る『根回し』が必要なわけなのだが……。


「…………――――このグラフをご覧頂ければ一目瞭然ですが、今回の第五次グォイド大規模侵攻で確認されたグォイド艦の総数は、我々SSDFグォイド行動学研究チームがこれまでの四度の大規模侵攻を元に統計学的に予測していた数値を、原因は不明ですが数割ほど下回るものでありました。

 もし、私達のこの仮定が正しかった場合、グォイドは何らかの形でまだ多数のグォイド艦を温存、あるいは、ケレスを狙ったシードピラー艦隊のように、慣性ステルス航法を駆使して太陽系に今現在進行中の可能性があると言わざる負えません。

 また、今回の大規模侵攻での、グォイドの予想外の分裂と、隠密艦隊によるケレスへの侵攻から、今後のグォイドの行動パターンが予測不可能な多様性を帯びてくることが予想されます。

 これは、グォイドが我々人類に対し、いわゆる『駆け引き』のようなものをしてくるようになったと言えるかもしれません。

 思えば、初遭遇時のグォイド艦は、当時の人類の宇宙戦闘技術でも辛うじてではありますが、沈めることが可能なレベルの強さでした。

 それが我々人類との戦闘を重ねる毎に、進歩、進化し、当初はシードピラー型一種しか無かったものが、現在は皆さんもご存じのように、シードピラー型のみならず戦艦級、駆逐艦級。空母級、小型飛宙機級等々の様々な種へと増えています。

 このグォイドの人類に対処する為に姿を進歩、進化する能力が、ついにグォイド全体の行動にまで及んできていると、我々は考えねばならないのかもしれません。

 これからのグォイドは、直情的に目標に向かってただ邁進する虫や獣を相手にするようにではなく、権謀術数をめぐらせる人間を相手にするように……とは言わないまでも、油断をすれば、すぐい足元をすくわれる時が来るかもしれないと、深く肝に命じておく必要があると考えます。

 我々SSDFグォイド行動学研究チームは、本会議におけるオリジナルUVDの取扱い先について、何かしらの進言をするつもりはありません。

 ……ですが、今申し上げた様々な観点から、我々は事実上、今回の第五次グォイド大規模侵攻は、まだ終わっていないと考えています。

 我々としましては、この場にいる人類代表する方々には、可能な限り速やかに警戒態勢を再強化して頂く事を望みます」


 テューラの呼んだそのSSDFグォイド研究者はそう締めくくると、会場の人間のリアクションを気にすることも無くさっさと降壇し、テューラと代わった。

 テューラはさらに次の意見参考人を呼んだ。

 新たに総議会場の中央壇上に昇ったSSDF広報部の人間は、今回の大規模侵攻迎撃戦においける二代目〈じんりゅう〉の活躍エピソードの情報公開により、発表してからの約一カ月間で、グォイド戦時債の売上が爆発的に伸びたことを報告した。

 そしてそのまま二代目〈じんりゅう〉にオリジナルUVDを搭載し、広告塔とした場合の戦時債の売上シミュレートの上昇を、極めて大げさに発表した。

 ホロ投影されたグラフに示された数値は、少なくとも短期的には、オリジナルUVDを人造UVDプラントに使用した場合を遥かに上回る戦時債収入があることを示していた。

 テューラはSSDF広報部の人間と交代すると、ここまでの第八艦隊の発表についての質問を受け付けた。

 即座に挙手し立ち上がったのは、第二艦隊のクラリッサ・ファーミガ大佐であった。


「テューラ司令、第八艦隊の提言は大変論理的で分かりやすいものでした。が、やはり根本的な部分で疑問があります。

 オリジナルUVDという大変貴重な物体を、いかにオリジナルUVD搭載により戦闘力が増したとはいえ〈じんりゅう〉ただ一隻に任せ、危険なグォイドとの戦いに送り出して良いものか? という疑問です。

 万が一とはいえ、戦闘によりオリジナルUVDを失えば、それによる戦術的・戦略的損失は計り知れないものとなります。

 この点についての第八艦隊の見解をお聞かせいただきたい」

「……なるほど、その懸念は実に最もだと思います。そのことについては、彼に答えてもらうとしましょう」


 ファーミガ大佐にテューラは答えると、一緒に総議会場中央に連れてきたエクスプリカを手で指し示した。

 指し示されたエクスプリカは、まるで緊張している人間かのようにギクシャクとテューラの方を向くと、一瞬天を仰いでから中央壇上へと向かった。







「このヒューボは汎用高速演算・分析用インターフェイスボットのエクスプリカ、報告資料にある二代目〈じんりゅう〉が、ケレス近傍にてオリジナルUVDと共に回収した初代〈じんりゅう〉搭載の備品です。

 皆さんもよくご存じのように、ヒューボットやAIは人間に対し嘘をつくことができません。二代目〈じんりゅう〉がオリジナルUVDを任せるに値するかどうかは、人間である私よりも、ケレス沖会戦をその場で目撃した彼に質問するのが最も適切でしょう。

 ファーミガ大佐、どうぞ彼に質問しみてください」


 総議会場中央壇上、まるで狛犬か何かのように佇むエクスプリカを、傍らに立ったテューラがそう紹介した。

 エクスプリカは、想定していたとはいえ、いざ実際に壇上に立たせれて見ると、機械なりの緊張を覚えた。きっと人間には到底気づくことなどできないレベルだとは思うが……。


「……」


 戸惑っていたのはファーミガ大佐も同じなようだった。エクスプリカと同型のヒューボットくらい見たことはあるだろうが、まさかここで使ってくるとは思っていなかっただろう。


「……こほん! あ、え~と、ミ、ミスターエクスプリカ……」

[タダノえくすぷりかデ構ワナイ、ふぁーみが大佐。私ハ人間デハ無イシ、人間ノヨウナ感情ヤ人格ガアルワケデハナイ。ソウ見エタトシテモ、ソレハタダノろーるぷれいノ結果ニ過ギズ、所詮私ハタダノ機械ナノダ]

「わ……分かりましたエクスプリカ」


 ファーミガ大佐はエクスプリカの思わぬダンディボイスに一瞬驚くと続けた。


「まず訊きます。あなたはこの場の意見参考人として、真実のみを述べることを誓いますか?」

[誓ウ。元ヨリ私ニハ嘘ヲツク機能ガ無イ。少ナクトモ自覚的ニハ……。

 仮ニ嘘ヲツイタトシテモ、私ノこんぴゅーたこあヲ調ベレバ嘘ハ簡単ニバレテシマウ。故ニ、私ニトッテ、嘘ヲツキトオス事ハ不可能ニ近イ。モシ疑ウノデアレバ……]

「あ~分かりました! 分かりました!」


 ファーミガは慌ててエクスプリカを遮った。

 エクスプリカはファーミガの質問を受け、ここで初めて、テューラが事前に自分と打ち合わせを一切しなかったのかが分かったような気がした。

 そもそもファーミガ大佐に『打ち合わせしたか?』と訊かれてしまったら、答がYESならば『はい』としか自分は答えられない。

 仮に事前に打ち合わせをして、そのことが判明してしまうと、ここでの自分の証言の信ぴょう性が下がってしまうだろう。

 下手に入念に打ち合わせをした上で証言をすれば、列席者には単なるテューラの操り人形にしか見えなくなってしまうだろう。

 ……というより、打ち合わせせずに証言させることにより、列席者に対してエクスプリカの証言のリアリティを持たせたと言うべきかもしれない。

 だがそれは、エクスプリカに思うがままに発現しろと言っているようなものであり、事によってはテューラの意向に反する事を言う可能性もあるのだが……。

 ――テューラはそこまで自分のことを信頼してくれていたのだろうか?

 ――それとも単なる彼女の大博打なのか?

 エクスプリカの思考を余所に、ファーミガ大佐はなんとか落ちつきを取り戻し質問を続けた。


「……では、質問します。

 二代目〈じんりゅう〉は、なぜケレス沖会戦においてシードピラーの着床を阻止出来る程に、オリジナルUVDを有効活用できたのでしょうか? あなたの見解を聞かせください」

[ソノ問イニ対シ、答エトナル要因ハ多枝ニワタル。簡潔ニ答エルノハ難シイ。おりじなるUVDヘノ換装ガ可能ナ時間的余裕ガアッタコトヤ……〈ジンリュウ〉ノ残存武装ノ……]

「わ、わかりました。では質問を絞ります。

 先の問いに対する数々の答の中で、あなたが思う最大要因とはなんでしょうか?

 常識的に考えて、我々にとってあの状況下でグォイド艦隊をほぼ殲滅し、シードピラーの着床を阻止できたことは、にわかには信じがたい事象なのです」


 ファーミガ大佐は続けた。

 彼女としては、ケレス沖会戦での勝利の要因が単なる偶然でしかなく、二代目〈じんりゅう〉が、オリジナルUVDを使うのに相応しく無いとする為の口実が欲しいのだろう。

 エクスプリカは思った……思ったのだが、エクスプリカはここで答えに窮した。

 先のケレス沖会戦で、二代目〈じんりゅう〉がオリジナルUVDを駆使して勝利できた最大の要因……運が良かった……以外の要因を上げるとすれば……。

 あの日あの時、二代目〈じんりゅう〉がケレスを狙うグォイド艦隊を前に【ANESYS】を起動した瞬間、起きた奇跡に要因があるとしたら、エクスプリカが真っ先に思いつくのは、ある一人の少年の存在であったのだ。








 機械たるエクスプリカには認めがたいことではあるが、二代目〈じんりゅう〉がケレス沖会戦において、シードピラーのケレス着床を阻止出来た最大の要因の一つは、間違い無くあの少年の存在だろう。

 もちろん、あくまで要因の一つではあるが……。

 【ANESYS】適正があるわけでも無く、経験豊かなわけでも、特別抜きんでて何か得意なスキルがあるわけでも無い少年であったが、彼の存在と命がけの奮闘が、二代目〈じんりゅう〉クルーの心に多大な影響を与え、結果、奇跡と呼ぶしかないような勝利を成し得たのだと、エクスプリカは認めざる負えなかった。

 もし仮に、その少年がもたらした影響に名前をつけるなら――初代〈じんりゅう〉艦長である秋津島レイカならば、きっとこう呼んだであろう……。

 “それはきっと『愛』だ” と。

 機械たるエクスプリカにはまったくもって認めがたいことだが……。

 


 今エクスプリカが懸念しているのは、もし仮にファーミガ大佐の質問に、これらの事実を問われるまままに答えた場合、どのような未来が待っているかということだった。

 エクスプリカは自分の性能の許す限りシミュレートしてみることにした。

 少なくとも〈じんりゅう〉クルー達にとっては、心身共に悪影響しかないであろうことは用意に想像できる。

 基本的にVS艦隊の【ANESYS】適正者は男性との接触を禁じられているのだ。結果的にグォイドに勝ったとはいえ、社会的には大スキャンダルとして扱われ、二代目〈じんりゅう〉クルーの評判は著しく降下することだろう。

 もちろん、思春期の少女のプライバシーに土足で侵入されたクルー達は、心に深い傷を負うことになるのは想像に難くない。

 かつて初代〈じんりゅう〉艦長のレイカが、結婚出産した時も、それはそれは大変な騒ぎとなったのだ。当事者であったエクスプリカにとっては苦い記憶だ。

 問題はまだある。

 対グォイドとしての二代目〈じんりゅう〉の戦力が、結果として否定されるようなことになれば、事はクルーと社会液的スキャンダルだけの問題では済まなくなるかもしれない。

 二代目〈じんりゅう〉が欠けたことで、グォイドとの大小の戦闘で人類側が敗退してしまう事だってあり得るかもしれないのだ。

 それは将来の人類滅亡の切っ掛けとなることを懸念するのは、はたして大げさなのであろうか?

 さらにエクスプリカは、二代目〈じんりゅう〉が例の究極のアネシスとなった時の記憶を呼びだした。そして、そのアネシスが目覚めている最中の〈じんりゅう〉艦尾主機関室内のオリジナルUVDの映像を再生させた。

 あの時オリジナルUVDは、発見されて以来初めて確認される螺旋文様の発光現象を起こしていた。あの現象は、間違い無く究極のアネシスの誕生に反応して現れたものだ。

 発光そのものは、その点滅により素数を伝える以外の意味は無かった。が、それだけだとしても、オリジナルUVDにUVD以外の機能があり、何かを伝えようとする意志らしきものが内包されているという事実だけでも大発見だ。

 しかし、二代目〈じんりゅう〉が少年の存在の露見によるスキャンダルで戦線から離脱すれば、あの発光現象は二度と確認できないだろう。

 現在、人類はグォイドの大規模侵攻をその都度退けてきてはいるが、グォイドによる人類存亡の危機そのものを抜本的に解消する目途は、まったく立っていない状態だ。

 もし、グォイドによる危機を根本的に解決する鍵が残されているとしたら、それはグォイドと、グォイドと共にやって来たオリジナルUVDに隠された謎を解き明かすことぐらいしかない……。今、ようやく手に入ったその鍵を手放すことは、人類にとって取り返しのつかない損失なのではないだろうか……。

 だがしかし、今この場では、エクスプリカはヒューボットとして、ファーミガ大佐の質問に対し嘘をつくことが禁じられている。

 さらに恐ろしい事に、本会議においてテューラ率いる第八艦隊から提出された資料報告では、あの少年の存在は、否定こそされていないが、大きく脚色されていた。

 二代目〈じんりゅう〉は、第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦において、第一迎撃分艦隊とグォイド別動艦隊との戦闘に突撃し、シードピラー撃破をアシストした直後に、無人艦載機によって周辺空間を漂流していた一人の技術三等宙曹を救助、そのままケレス沖会戦後まで艦内医療室内のカプセルに収容し続け、ケレスを去った後でランデブーした僚艦に引き渡したことになっていた。

 その間、少年はずっと医療カプセル内で眠っていたことになっていた。

 つまり、救助されてからケレス沖会戦までの少年の活躍が、一切無かったことにされている。

 エクスプリカは思わず傍らに立つテューラを見た。

 テューラは無言で見つめ返してくるだけであった。

 エクスプリカが嘘をつくまでも無く、すでにテューラはエクスプリカと同じ結論に達し、この【SSDF第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦総括会議】に虚偽の報告資料を提出している!

 彼女は一体自分に何をさせたいというのか!?

 エクスプリカは、人間であったならどう反応するのだろうかと気になって仕方無かった。

 やはりテューラは事前に、最低限の打ち合わせをすべきだったのではないだろうか?

 しかし、彼女とこの総会議場に来るまでの会話といえば、エクスプリカに対し、アシモフ三原則の実装の有無を、ふと尋ねられたくらいしかない。

 ――アシモフの三原則――。

 なぜ、彼女は唐突に、こんな今さら聞くまでも無い当たり前の質問をしたのだろう? 




 アシモフの三原則――それは、ロボット三原則とも言われる、二〇世紀のSF作家が生み出した概念だ。

◇第一条

 ロボットは人に危害を加えてはならない。また、その危険を見過ごすことによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

◇第二条

 ロボットは人間にあたえられた命令に従わなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

◇第三条

 ロボットは、前掲第一条と第二条に反しないかぎり、自己防衛に努めなければならない。




 この三原則は、グォイドとの戦が続く中、自立稼働ロボットの実用化に伴って有用性が認められ、全てのヒューボット、及び全てのAIのコンピュータコアに直接実装されている。

 同時にそれは、グォイドとの遭遇以前、人間同士の争いの道具として自立型無人兵器ドローンが使われ、多くの人命を奪って来た歴史への反省でもあった。

 とはいえ、ヒューボットやAI達は、杓子定規にこの原則を順守するわけではない。

 特に第一条については、たとえば、対グォイド用無人攻撃機のAIが、グォイド艦への攻撃の前に、人間に救助を求められ、グォイドへの攻撃を後回しにして人命救助を行った場合、グォイドへの攻撃が遅れたことが原因となって、さらに多くの人命が危険に晒されることになってしまう。

 故に、完全順守はされず、命令によってAIがその都度判断することが許されている。





 エクスプリカはその瞬間、思考の袋小路から解放されたような気がした。

 いや、人間的な言葉で言えば、『腹をくくった』と言うべきなのかもしれない。

 ファーミガ大佐は、ケレス沖会戦で二代目〈じんりゅう〉が勝った最大の要因は何かと問うてきた。

 つまり、少年の存在と同等、あるいはそれ以上の要因と、自分及び会場の人間が思える理由があれば良いのだ。

 幸い、少年の存在以外にも、二代目〈じんりゅう〉が勝った理由と言える、大きな要因には心当たりがあった。

 ファーミガ大佐の問いから実時間で一秒と少し、エクスプリカは顔を上げ、己の答を告げ始めた。


[会場ノ諸君、コレヲ見テモライタイ]


 エクスプリカは会場のホロ投影機にアクセスすると、二代目〈じんりゅう〉の船外カメラや、先行偵察プローブから得られたケレス沖会戦における二代目〈じんりゅう〉の戦闘映像を、総会議場の中央上空一杯に映し出した。

 無数の駆逐艦型グォイドを、空母を、目まぐるしい程の超機動で回避しながら沈め、さらに強攻偵察艦型グォイドをスマートアンカーを駆使して無力化したかと思うと、それを利用してシードピラーの着陸脚を破壊し、ケレス着床を阻止する。

 総会議場の人間は、すでに資料として受け取っているはずにも関わらず、感嘆の溜息を洩らし、その映像に見入っていった。


[二代目〈ジンリュウ〉ガけれす沖会戦で勝利シタ理由ハ多々アルダロウガ、コノヨウナ無茶苦茶ナ戦闘ヲ可能トスル合理的ナ説明ハ、私ノ処理性能デハ説明不可能ダ]


 エクスプリカはどこか自嘲的に話を続けた。


[ダガ、ソレデモ答ヲ望ムノノナラバ、私ハ機械故ニ、完全ニ理解シテイルトハ言エナイガ……人間トイウ生キ物ハ、恋人、配偶者、近親者等ノ非常ニ近シイ人間ガ、命ガケデ残シタ何カヲ、最モ必要ナ時ニ受ケ取ッタ時、ソレマデノぱふぉーまんすヲ超エル能力ガ発揮サレルモノナノデハナイダロウカ]


 ホロ映像は、二代目〈じんりゅう〉から見た、小惑星の亀裂の奥に突き刺さったオリジナルUVDの映像に切り替わった。


[私ハアクマデ人間ト会話スルコトヲ目的トシテ作ラレタひゅーぼっとデアリ、戦術的ナ因果関係ノ考察ハ専門外ダ。

 ダガ、ソレデモ無理矢理ニ答ヲ望ムノナラバ、私ハ二代目〈ジンリュウ〉艦長デアルゆりのトくるー達ガ絶体絶命ノぴんちヲ迎エ、最モ助ケ必要トスル時ニ、ゆりのノ姉タル初代〈ジンリュウ〉艦長・秋津島れいかガ、命ガケデ残シタおりじなるUVDヲ受ケ取ッタトイウ事実ガ、二代目〈ジンリュウ〉ノ機械デハ測リシ得ナイぱふぉーまんすヲ発揮サセ、けれす沖会戦ヲ勝利ヘト導イタノダト思ウ]


 ファーミガ大佐の問いに対し、エクスプリカはそう答えた。

 総会議場は、静まり返ったままだった。

 エクスプリカは、視界の隅でテューラが腕組みをしたまま、僅かにほっと溜息を漏らすのを捉えた気がした。


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