♯3

「連中の考えそうなことだな」

「艦も人も寄こさないと思ったら、そんなものを作ろうとしていたとは……」

「これでUVDプラントが完成したら、ウチらには一基幾らで譲ってもらえるのかねぇ……」

「UVDを制するものはグォイドを制す。ついでに人類も…………か」

「そうまでして、昔の栄光を今の世に取り戻したいというのか」


 エクスプリカの機械の耳は、第二艦隊の提言に対する列席者達の感想を鮮明に聞きとることができた。

 議長が一時休憩を宣言したことにより、総議会場は、第二艦隊の提言に対する国家間同盟と各艦隊との、阻むものの無い議論による喧騒で満たされていた。

 エクスプリカにとっては意外なことに、第二艦隊のオリジナルUVD使用プラント案は、列席者全体の半分にとっては、論理的見地からはさておき、心象的にはあまり好印象とは言えないようであった。

 ではエクスプリカ自身はどう思っているのかといえば、実はこの計画をそこそこに評価していた。

 実に論理的で実現性もあり、グォイドとの戦を続けるにあたり、有効性があるように感じられた。オリジナルUVDに有効活用に、これ以上の案が他にあるとは思えなかった。

 もし自分に権利があったなら、間違い無く一票を投じるであろう。

 どちららかといえば、理解できないのは反対派の意見であった。

 グォイドとの生存競争を勝ち抜く以上に優先されることなど、存在するのだろうか? と。

 エクスプリカには理解はできない。が、理由は分かっていた。


「無茶なタイタン攻略を実行してぼろ負けした逃げ帰った挙句、第四次大規模侵攻を引き起こして多くの艦と人を失わせたんだ……しかも、それを理由に今回の第五次侵攻じゃ艦と人を出し渋りまくったからなぁ」


 五年前の裏事情を知らない若者に、誰かが話して聞かせているのが聞こえた。

 地球上屈指の宇宙先進国であったアメリカを中心とする〈ステイツ〉がバックボーンのSSDF第二艦隊・月防衛艦隊〈ゴルゴネイオン〉は、SSDF各艦隊の中でも、UDOの観測からグォイドとの初遭遇までに、もっとも強大な戦力を獲得した艦隊であった。

 そして、最もグォイドに対して復讐心を持つ艦隊でもあった。


「連中はまだ許しちゃいないのさ、ネバダの惨劇をな。……気持ちは分かるがね」

「自分だって許しちゃいません。ですが、こうもあからさまなのは……」


 UDOからグォイドへと呼び方が変わるきっかけとなった事件、それはその時代を生きていた人間であれば、誰もが忘れることが出来ない思い出であった。

 α・ケンタウリ方向から飛来した謎の光、UDOとのファーストコンタクトに失敗した人類は、そのフェイルセーフとして用意されていた、後のSSDFの祖となる対UDO第一艦隊による迎撃を決定、実行に移すも一隻のUDO船の地球着床を許してしまう。

 北米ネバダ砂漠に着床し、後にグォイド・スフィアと呼ばれることになる半球状異空間を展開したUDO船は、決死隊の破壊が成功するまでに、数十万の人命を奪い去った。

 そしてUDOはグォイドと呼ばれる時代が到来。

 SSDFが正式に結成され、どの国家間勢力よりもグォイドを憎む国民の支持を受けた〈ステイツ〉政府首脳陣は、第二次、第三次と大規模侵攻を防ぐ過程で実用化に成功したUVテクノロジーを用い、ついにグォイドの本拠地となったタイタンへの侵攻を実行に移した。

 ――そしてそのタイタン侵攻作戦は、グォイドの厳重な敵防衛線に阻まれ失敗、さらにその戦略的失敗は、グォイドの第四次大規模侵攻を誘発させるにいたった。

 初代〈じょんりゅう〉をはじめとしたVS艦隊諸々の活躍により、第四次大規模侵攻から地球は辛くも守られたものの、SSDF第二艦隊〈ゴルゴネイオン〉は、壊滅一歩手前の深刻な損害を受け、今回の第五次大規模侵攻迎撃戦には、SSDF各艦隊の中でも最も少ない艦と人員しか参戦させられなかった。

 復讐心に燃える〈ステイツ〉を、他の国家間勢力は心理的には理解できているようであった。

 だが同時に、かつて月をほぼ独占した時のような覇権主義的行為を、再び許したくは無いようでもあった。

 ましてや、彼らの提言したUVDプラントは、明らかに今回の第五次迎撃戦に回さなかったリソースで作られようとしている。

 たとえそれが、対グォイド戦に最も有効なオリジナルUVDの使い道であったとしても、反対する口実があれば反対したいというのが、総議会場の列席者の半分の意見なようであった。

 ともあれ、エクスプリカにとっての問題は、現在の上官にして自分の使用者であるテューラの意向だ。

 彼女はオリジナルUVDをどうしたいのだろうか?

 もちろん、『はいそうですか』と素直に渡したくは無いだろう。

 そして仮に素直でもなく渡す気も無いのだとしたら、一体どういう口実でもってしてこの場の人間を説得しようというのか?


「やあ、テューラ司令、こうして直に会うのは久しぶりだな。相変わらず綺麗だ」

「ムーギント提督! お久しぶりであります」


 テューラの前に、ふらりと禿頭長身のSSDF将官があらわれ、彼女は即座に起立敬礼した。


「ふむ。今回の迎撃戦では御苦労だったな。せっかくこうして直に顔を合わせられたのだ。会えた時にちゃんと礼を言っておこうと思ってなぁ」


 何度も何度も禿げ頭を撫でながらそう言うその将官に、テューラは珍しく緊張しながら「も、もったいないお言葉です。こちらから声もかけず、失礼しました」と直立敬礼のまま答えた。

 サー・パトリック・ムーギント大将、七十一歳。

 普段は戦闘指揮艦とその護衛艦のみの極少数の艦で構成されており、グォイドの大規模侵攻が観測された時のみ、他の艦隊から艦と人を招集し、グォイド大規模侵攻艦隊に挑むSSDF第七艦隊・対グォイド大規模侵攻迎撃艦隊〈ソダリタース〉の司令であり、今回、及び過去二回の大規模侵攻で迎撃艦隊の指揮をとった人物だ。

 SSDF艦隊第二種礼装に身を包んだその姿は、長身でありながら広い肩幅、年齢を感じさせない真っ直ぐに伸びた背筋といい、エクスプリカには数値化できない覇気のようなものを感じさせた。

 五年前の戦闘でも彼の指揮下で戦ったはずだが、エクスプリカにとって、直接会うのはこれが初めてであった。


「楽にしたまえ、単なる世間話だよ。私は君と第八艦隊には大きな借りがある身だ。そう警戒しないでくれ」

「……はっ」


 孫でも相手にしているかのような笑顔で話しかけるムーギント将軍に、テューラはようやく敬礼を解いた。

 エクスプリカは記録データ上でしか知らないが、今回の第五次大規模侵攻戦では、突如分裂したグォイド艦隊別働隊を迎撃する為に、ムーギント司令は足の速い艦のみで構成された第一迎撃分艦隊を臨時編成し、その指揮をテューラに任せ、結果、グォイドの別働隊の迎撃に成功したのだそうだ。

 一般的な評価として、今回の大規模侵攻を防ぎきれた最大の功労者は、ムーギント司令とテューラの二人と言えるだろう。


「いやはや、面倒なことになったもんだなぁ大佐。君の艦隊にとっては、特にだ」

「…………まったくです。ムーギント司令」

「せっかく君のとこ艦が手に入れたオリジナルUVDを寄こせとは、酷い話だ。しかも、まったくもってけしからん事に、連中の提言は、対グォイド戦にはとても有効そうに聞こえる。こまったもんだ。だが……」

「……だが、なんですか? 司令」

「君は、素直に渡すつもりはないのであろう? オリジナルUVDを」

「…………はて、なんのことでしょうか?」


 テューラは先ほど緊張していたのが嘘のように、済ました顔で答えた。


「ふむ、実に君らしい答だな、大いに結構。ただ伝えておこうと思ってね。


 確かに第二艦隊の彼女の提案は魅力的だ。各艦隊も、精神面はさておき、論理的な部分ではそれを認めているし、なにより、クラリッサと言ったか……あの大佐も、すでにできうる限りの根回しはすませているようだ。

 ……というより根回しが済んだから言いだしたというべきか。

 もし何も手を打たなければ六対四で、オリジナルUVDは彼女ら第二艦隊……というよりも〈ステイツ〉の手に渡ることがこの総括会議で決定されるだろう。

 彼女の提言を覆したいのであれば、提案を退ける合理的な理由と、周囲への根回しが必要だよ……まぁ、言いたかったのはこれだけだ」


「……感謝します。司令」

「うむ。まぁうまいことやってくれたまえ。何を行うにしても後悔のないようにな。……ところで、そこにいる……彼? え~と、それ……は一体何なのかね?」


 ムーギント司令が、エクスプリカに視線を向けながら尋ねた。


「……こいつは……こいつは私にとっての古い戦友であり、この会議の列席者にとっては証拠物件であり、そして……そう、こいつは私の切り札……のようなものであります。司令」

「ほう……それはとても興味深いな。おっと議長が戻ってきたようだ。それでは……楽しみにさせてもらうとするよ、君のこの後の立ち回りを。健闘を祈るテューラ司令」


 ムーギント司令は、総会議室に入って来た議長の姿を目に止めると、そういって自分の席へと帰っていった。









 エクスプリカは汎用インターフェイスボットである。主な用途はVS艦隊の女性クルーのファジー極まりない要望を、艦のメインコンピュータにも理解できるように翻訳することだ。

 ――とはいえ、頭脳労働的な用途でさえあれば、使用者次第であらゆる状況で役立たせることが可能だ。

 だがしかし、こういった各国家間同盟のエゴや、各艦隊の思惑が絡んだ人間同士の話し合いの席で使われることになろうとは、少なくとも〈じんりゅう〉で使用されていたエクスプリカは想定していなかった。

 確かにヒューボットの中では人心の機微に敏い方ではあるが、どうせここに連れて来るならば、何かしら入念な説明や打ち合わせをしてからにして欲しかったというのが、今のところのエクスプリカの正直な感想であった。

 テューラの前にふらりと現れたムーギント司令が、一体何を言いに来たのか、エクスプリカには今一つよく分からなかった。

 単に労いの言葉をテューラにかけに来たので無いならば、ムーギント司令はテューラに、第二艦隊の提言が、〈ネマワシ〉なるモノの効果により列席者の支持を得て、決定を勝ち取るだろう――と伝えたかった…………ということになるのだが…………。

 そして〈ネマワシ〉とはなんぞや?

 ネットで外部記録から調べれば瞬時に分かることなのだが、この会議場は機密の為に電波管制されていて今は無理だ。

 さらに、テューラは自分のことをムーギント司令に対し、〈古い戦友〉と呼んだ。

 そのことは、過去の経緯から理解できるし人間であったなら喜ぶべきことなのだろう。だが他の〈証拠物件〉と〈切り札〉の意味が皆目分からない。

 テューラはやはり第二艦隊の提言を覆そうと考えており、その為にこの会議の席で、自分を何かしらに使うのは間違いなさそうだが、なら何故、何の打ち合わせもしないのだろうか?








「ご列席の方々、総括会議を再開するにあたり、会議の進行をスムーズにする為、第二艦隊の方からあらかじめ予想される質問への回答がすでにお手元に配られており、休憩中に充分に目を通されたかと思います。

 これから第二艦隊の提言を質疑をするにあたり、その配られたものと重複する質問が無いようよろしくお願いします」


 総括会議が再開されると、まず議長による説明があり、第二艦隊の提言に対する質疑が開始された。

 ――が、誰も第二艦隊のこの提言へ質問するものは現れなかった。

 総会議場の各席上の端末に配られた予測される質問への回答は、オリジナルUVDを用いた新UVDプラント建造計画について、微に入り細に入りよく書かれており、また、未定や現状で回答不能なことについても正直に書かれており、また目を通すのに時間がかかることもあって、すぐには質問が出来ないのだ。

 もしくは、疑問があっても質問する気が無いのか……。

 総議会場に、先ほどまでの喧騒が嘘のような沈黙が訪れた。


「あ~こほんこほん、え~……議長、よろしいでしょうか?」


 機械のエクスプリカでも分かる程にわざとらしい咳払いをすると、テューラが挙手した。


「かまわんよ。え~とテューラ司令だったかな、何だね?」

「感謝します議長。第二艦隊の提言に対し質問はないのですが、オリジナルUVDを回収し、今現在所有しているVS艦隊の代表として、私に第二艦隊とは別のオリジナルUVDの用途についてのプレゼンをする機会は頂けないでしょうか?」

「?……あ~、え~と」


 議長は一瞬沈黙すると、異議のあるものが無いか周囲を見回した。


「……ふむ、君たちからすれば当然の権利だ。特に皆の異議も無いようだし、どうぞやってくれたまえ」

「感謝します」


 テューラは敬礼して答えると、総議会場中央壇上へと向かった。










「みなさん、機会をいただき感謝します。

 私はSSDF第八艦隊・汎用遊撃艦隊〈ヴィルジニ・ステルラ〉……俗称ヴィルギニー・スターズ司令のテューラ・ヒューラ大佐であります。

 私からの提言……即ち――今回回収したオリジナルUVDの使用方法についての提言は、今さらここで改めて言う程のことではありませんが………。

 こほん! 私達の艦隊はオリジナルUVDを、回収したSSDF―VS802〈じんりゅう〉にそのまま搭載、遊撃艦とし野良グォイドの掃討、および来たるべき第六次大規模侵攻に備えての土星圏グォイド本拠地への威力偵察への使用を提言します!」


 テューラは力強く宣言した。そして列席者の脳に、言葉の意味が伝わるのを待つかのように一瞬間を置いてから続けた。

「確かに、オリジナルUVDを人造UVDプラントに使用し、人造UVDの生産数を大幅アップさせる事も、対グォイド戦には大いに有効な使い道でしょう。

 ですが、それと同等に、VS艦へオリジナルUVDを搭載しての運用は、その汎用性と、即応性の高さにおいて、対グォイドとの戦いに際して大いに有効であると考えます」

 彼女が期待したようなリアクションが総会議場の人々にあったかは、エクスプリカには分からなかった。しかし、テューラは顔色一つ変えずに話を続けた。


「既に、先の第五次大規模侵攻迎撃戦の末期に、本艦隊のVS802、通称二代目〈じんりゅう〉が、ケレス沖にて回収したオリジナルUVDを搭載したことにより、単艦にも関わらずシードピラーを有するグォイド一個艦隊と交戦し、事実上これを殲滅することに成功したことを存じている方々も多いでしょう。

 しかも、ホロ映像を見て頂ければ分かるとおり、当時の二代目〈じんりゅう〉がその前の戦闘において、武装の大半が使用不可能な状態になっているにも関わらずです」


 総議会場中央に、当時の〈じんりゅう〉のホロ映像が映し出されると、列席者の域を飲む音が聞こえた。

 背広組が素人目で見ても分かる程に、二代目〈じんりゅう〉は満身創痍であった。


「これは、【ANESYS】が使用可能であるVS艦に、オリジナルUVDを搭載した場合の戦闘力の増大の証左と言えるでしょう。

 VS艦へのオリジナルUVDの搭載は、既に秋津島レイカ艦長率いる初代〈じんりゅう〉でも実践済みでしたが、五年分の技術進歩が、オリジナルUVDの出力をより効率的に引き出せるようになった結果と考えられます。

 つまり、修理し、完全状態となった二代目〈じんりゅう〉でオリジナルUVDを運用すれば、その戦闘力はグォイド一個艦隊をはるかに上回るものになると考えられます」


 ホロ映像が、土星以内の太陽系を俯瞰で見下ろした総合位置情報図スィロムへと変わり、そこへ第一次から第四次までの大規模侵攻時のグォイドの進路が描き足された。

 

「また、今回の大規模侵攻では、今までとは異なったグォイドの行動が、幾つか確認されております。

 大規模侵攻艦隊が二手に分かれたことはもちろんですが、先ほど申し上げたケレスへのグォイド侵攻、及び同星へのシードピラー着床によるグォイド・スフィア構築の企みは、偶然近傍に居合わせた二代目〈じんりゅう〉以外の艦では、気づくことも止める事もできない事象でした」


 ホログラムの土星を起点に伸びる敵進路のラインが、大規模侵攻が回を重ねるにつれて、目で見て分かる程にバラバラに分裂していく様子が映し出された。


「もし仮に、今後もこのように隠密裏に侵攻してくるグォイドが存在した場合、それを察知する能力を速やかに獲得する必要性があることはもちろんですが、それに加え敵を発見次第、速やかに迎撃可能地点に行く高速移動能力と、そこでシードピラーを有するグォイド艦隊と戦い、殲滅する能力が必要になってきます。

 将来の技術的、戦術敵進歩に努めるのは当然ですが、今現在、その二つの能力が確認されているのは、オリジナルUVD搭載の二代目〈じんりゅう〉だけであります。

 これらのグォイドの今までにない行動パターンへの対処は、第二艦隊の提言であるオリジナルUVDを使用した人造UVD増産計画でも、増産されたUVDの数の力を駆使することによって対処は可能でしょう。

 はたして、どちらの選択が、この対グォイドとの存亡をかけた戦で正しい答なのか、私にも断言できるものではありません。

 しかし、我々第八艦隊の提言するオリジナルUVDの〈じんりゅう〉搭載案もまた、充分以上に検討に値すると考えます。

 どうか、ご列席の方々には、熟慮の上、結論を出していただくよう宜しくお願いいたします」


 テューラはここで一旦深々と頭を下げた。

 

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