♯2

 この時代、限り無く戦争に近い対テロ紛争や、数々の災害災厄を乗り越え、グォイドとの戦が続く23世紀を迎えるに至っても、人類は未だ国家という垣根を取り払うには至っていなかった。

 とはいえ、半世紀前のUDOの観測を機に始まる大宇宙開拓時代を迎えるにいたり、人類は自国のみで宇宙開拓を可能とするいわゆる大国とその同盟国。

 それらの国家に宇宙開拓の後塵を拝すのを避けようと試みた結果、単独で宇宙進出が叶わない国家同士で結ばれた国家間同盟等、大きく分けて五つの国家間同盟に別れ宇宙進出する時代へとなっていた。



 アメリカ合衆国を中心にカナダ、オーストラリア等が加わった通称〈ステイツ〉

 ロシアとその周辺国による同盟〈アライアンス〉

 離合集散を繰り返しながらも今だに存在し続ける欧州連合〈ユニオン〉

 アフリカ諸国と西インド洋諸国連合〈ASIO〉

 その領土に比して、単独で宇宙進出を可能とする経済力と技術力を持つ〈日本〉



 この五つの国家間同盟は、さらに宇宙開拓の過程で太陽系のそれぞれの惑星、衛星群に進出し領有下に納めていた。




 最も先に宇宙進出を始めたアメリカ中心の〈ステイツ〉は、月をほぼ独占。

 人口で他の同盟を上回る西インド洋・アフリカ諸国の〈ASIO〉は、人命の損耗を恐れぬ人海戦術で火星を開発。

 木星圏は、残る欧州連合〈ユニオン〉とロシア中心の〈アライアンス〉が納めていた。

 他の国家同盟との軋轢を恐れ、単独で宇宙進出した〈日本〉は、地球のラグランジュⅢに建造されたものを始め、宇宙ステーションを各宙域に建造し、国の領土としていた。




 そしてUDOだったものがグォイドと呼ばれる時代が到来し、結成されたSSDF太陽系防衛艦隊は、太陽系各惑星納める国家同盟が中心となって艦と人間と資金を供出し、戦に当たっていた。

 それはつまり、穏やかにではあるが、SSDFの各艦隊が、人員と艦を供出した国家同盟の意思を反映した行動をとりたがる傾向にあるということであった。




 SSDF第二艦隊・月防衛艦隊〈ゴルゴネイオン〉はアメリカ中心の〈ステイツ〉が。

 SSDF第三艦隊・火星防衛艦隊〈ディオスクリア〉は西インド洋・アフリカ諸国の〈ASIO〉が。

 SSDF第四艦隊・木星防衛艦隊〈ベル・マルドゥク〉はロシア諸国〈アライアンス〉と欧州諸国の〈ユニオン〉が。




 五つの国家間同盟のエゴが、あからさまに対グォイド戦闘に影響されることが無いよう、上級幹部以外のクルーは、他の国家間同盟から派遣された人員が採用されるよう決められてはいるものの、それでもバックボーンとなる国家間同盟の意思が、今回のような【SSDF第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦総括会議】では如実に反映され、会議をよりカオスへと導いて行くのだ。

 グォイドに滅ぼされるか否かという時代に、内輪で揉めている場合ではないだろう――などという意見は、もう何万回もなされている。

 それでも人類が、一丸となってグォイドとの戦にに当たることができないのは、テューラが言う通り、これが人類が意思統一するまでの儀式であり、過程の一つなのかもしれない……エクスプリカはそう思っておくことにした。

 そして、ただ単に現実認識が甘いだけなのかもしれない……とも。

 





 総議会場中央壇上に現れたのは、この場では少数派の、テューラと同年代、もしくは彼女よりやや年上の女性SSDF士官であった。

 メモリー内の人事ファイルによれば、テューラの前の世代の元VS艦隊士官だが、【ANESYS】の適正年齢を超えた後もSSDFに残り、グォイドとの戦に人生を捧げた人物のようだ。

 エクスプリカ自身には面識は無いが、かつては共にグォイドとの戦闘を潜り抜けたこともあるのかもしれない。

 テューラとは知り合いなのだろうか? エクスプリカは隣にいる彼女の横顔を見たが、表情からだけでは分からなかった。


「失礼、申し遅れました。自分はSSDF第二艦隊・月防衛艦隊〈ゴルゴネイオン〉所属、クラリッサ・ファーミガ大佐であります。

 皆さん、今更ここで申し上げるようなことでもありませんが、現在の人類社会においてアンダーヴァース・ドライヴの重要性は、対グォイド戦闘用にはもちろんの事、UVDの量産や、各惑星、宇宙ステーション等の居住空間を1G状態にする為にも必要不可欠な存在であります。

 中でも、第一次遭遇グォイドの残骸から発見され、全ての人造UVDの祖といえるオリジナルUVDは、人造UVDを遥かに上回る圧倒的なまでのUVエネルギー出力による、対グォイド戦での有用性や、グォイドの謎を解く為の研究材料として大変重要である上に、今現在、たった三柱しか人類が保有し、活用していないという希少性から、もし新たなオリジナルUVDが発見されたのであれば、その活用内容の如何は、人類の未来に大きく影響するものといって良いと考えます。

 今回の第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦において、第八艦隊第二戦隊旗艦〈じんりゅう〉が、秋津島レイカ艦長率いる初代〈じんりゅう〉が搭載していたのと同じと思われるオリジナルUVDを、メインベルト〈テルモピュレー集団クラスター〉において再回収に成功したことは、仮にオリジナルUVDがグォイド側に渡ってしまった場合を考えれば、人類にとって途方も無い僥倖であり、千載一遇のチャンスと言えます。

 そこで、我々SSDF第二艦隊・月防衛艦隊〈ゴルゴネイオン〉は、回収された初代〈じんりゅう〉のオリジナルUVDの使用先として、立候補するものであります。

 ………………もちろん、今までの例であれば、オリジナルUVDは発見回収した艦隊の預かりとなるのが慣例であり、道理であると思います。

 しかしながら、事は我々人類の存亡がかかっております。

 慣例にならい安易な決定を下す前に、今一度、オリジナルUVDの預かり先とその利用方法をこの場で議論し、最も人類にとって有益な答を探すべきだと考えます」


 クラリッサと名乗った女性士官は、一旦そこで言葉を紡ぐのを止め、総議会場を見まわした。

 一瞬静まり返っていた議会場は、思いだしたように騒然とした空気へと変わった。

 オリジナルUVDを欲さぬ艦隊、国家間同盟などいる訳が無い。それは人類存亡の為に、最も有効に活かされるべきである……それを踏まえたうえで、口実さえあれば我が艦隊、我が陣営にオリジナルUVDを確保しておきたいと考えるのは当然のことであった。

 オリジナルUVDには、確かにそれだけの価値がある。

 しかし、こうもあからさまにオリジナルUVDの所有権を求めて来るものが現れるとは、多くの者が思わなかったようだ。

 SSDF各艦隊と各国家間同盟の背広組が、この想定外の事態に、己が勢力の意見はいかがすべきかと相談を始めていた。

 エクスプリカが横を向くと、隣ではテューラが腕組みしながら、大きく鼻から息を吐きつつ席に身を沈めていた。どうやら彼女は予期していた事態のようだ。

 テューラと会うのは五年前、特攻直前の初代〈じんりゅう〉のバトルブリッジ以来だった。

 彼女は地球ラグランジュⅢの母港のドックへと、帰還を果たして間もない二代目〈じんりゅう〉の元に、突然現れたかと思うと、ユリノ艦長をはじめとしたクルー達を拉致するかのように連れて丸一日何処かに消え去っていった。

 そして心身共にゲッソリとしたクルー達と共に戻ってきたかと思うと、今度はエクスプリカが問答無用で連れ去られ、ラグランジュⅢから地球を挟んで反対側の、月のSSDF総司令部たるこの場に連れてこられたのだ。

 道中、事情を尋ねる機会は多々あったが、機械と人間という間柄では、五年ぶりの再会だからといって積り積もる話があるわけでも無く、また、彼女は猛烈な勢いで考え事をしている最中だったこともあり、一体何がどうなって自分を連れてきたのか、エクスプリカは要領を得た答を彼女から聞き出せなかった。

 強いて言えば、ここまでの道中、彼女からアシモフ三原則の搭載の有無を尋ねられたが、それが意味するところは不明だ。

 もっとも、メインベルト〈テルモピュレー集団クラスター〉での経緯については、すでにデータ報告書という形で彼女の元に送ってある。

 いまさら長々と口頭で情報交換するのは時間の無駄だ。それに彼女が話す必要が無いと判断しているならば、機械たるエクスプリカにはそれで良いと判断するしかなかった。

 だいたい、彼女が『やぁお久しぶりっ、元気してた?』などと話しかけて来るところをエクスプリカはシミュレートすることが出来ない。

 ただ一つ、五年ぶりの再会に際して彼女が行ったリアクションと言えば、五年間のジャミングエリア内の漂流で、ダンディな男性ボイスに変わってしまったエクスプリカの声に対してのみであった。

 五年ぶりに再会して、エクスプリカの変化した声を初めて直に聞いた彼女は、確かにぎょっとしていた。

 ついでにいえば、エクスプリカも五年分の成長をとげたテューラの姿に、機械なりにではあるが、多少驚いた。

 ともかく、彼女が自分を問答無用でこの場に連れてきたのには、このオリジナルUVD所有権問題が絡んでいるのは間違いなさそうだ。


「諸君、静粛に! ファーミガ大佐、続けてくれたまえ」


 議長がガベルを叩き、再び総議会場に静けさを取り戻させると彼女に促した。


「……はい。ではここで、我ら第二艦隊がオリジナルUVDを手に入れた場合、如何なことに使用せんとしているかを、我が艦隊の人造UVD調達責任者からプレゼンテーションさせて頂きたいと思います」


 彼女はそう言うと、背後に控えていた白衣の中年男性のSSDF技術士官と交代した。


「あ~ご列席のみなさん。中央ホロ映像をご覧ください。

 皆さんよく御存知のように、UVDは、そのサイズに見合ったエネルギーを与えることにより起動させることができます」


 総議会場中央に巨大な円柱状のUVDの透視図が投影された。


「これは、外部からエネルギーを加えることにより、UVD内の異次元へと続く素粒子サイズの穴……すなわちアンダー・ヴァース・ゲートが拡大され、UVエネルギーの放出が開始されるからであります。そしてこの原理は、そのまま、人造UVDの製造にも使われています」


 ホロ投影されたUVDの隣に、もう一基新たなUVDが投影される。


「フル稼働させた人造UVDに、さらに外部からUVエネルギーによる人工重力を加えることで、UVD内の異次元への穴……すなわちアンダー・ヴァース・ゲートを拡大のうえ伸長、点だった時空の穴が短い線になるまで引き伸ばしたところで二つに分離、空の人造UVDコア内部に収めることによって、人類製UVDを量産しているわけであります」


 白衣のSSDF士官の説明に合わせ、ホロ映像の一基目の人造UVDがフル稼働を開始、分かりやすく光るで示された深部のアンダー・ヴァース・ゲートの穴が、外部から加えられた人工重力によって引き伸ばされ、途中で分離させられると、隣にあった空の人造UVDの中心へと納まっていった。


「この製法により、今現在、人類は、御覧のように水星の静止衛星軌道上に建造された人造UVD製造プラントをはじめ、太陽系各地で生産された人造UVDによって、対グォイド戦に必要な人造UVDを賄っております。

 なかでも水星の人造UVDプラントが、最も多くの人造UVDを生産し、さらに戦艦や空母用の大型人造UVD生産しているのは、この水星の人造UVDプラントの施設中心にオリジナルUVDが接地され、オリジナルUVDから得られる強大なUVエネルギーと、太陽から得られる諸々のエネルギーを合わせることにより、より効率的により大サイズの人造UVDを生産することを可能としているからであります」

 

白衣のSSDF士官はここで一度、総会議場の列席者の面々の顔を見た。

 特にリアクションする者はいなかった。


「え~簡単に説明いたしますと、人造UVDを製造するにはUVDが必要であり、それがオリジナルUVDであれば最も効率的に大サイズの人造UVDが作れる……ということが分かって頂ければ幸いです……」

「あ~君、一つ質問をさせてもらっても良いかね?」

「はっ、なんでありますか? 議長」

「不勉強で申し訳ないのだが、私と同じような疑問をもつこの場の人間の為に是非教えて欲しいのだが、なぜ、今あるオリジナルUVDを使った人造UVDプラントは、水星に建造されたのだね?」

「はっ、よくぞ訊いてくれました。簡単に説明いたしますと、理由は二つあります。

 一つはグォイドの脅威から出来るだけ遠ざける為であります。火星や木星に作り、グォイドにオリジナルUVDを奪われる事態は絶対に避けねばなりません。

 地球圏に建造するのは、オリジナルUVD起動実験の失敗などによるトラウマから、国民感情の上で事実上不可能でした。故に、このプラントは最も太陽系内側に作られたわけです。

 もう一つの理由は、先ほどチラリと話しましたが、人造UVDの製造に、太陽から得られる重力や熱放射等の諸々エネルギーを上乗せして使う為であります」

「ほう……」

「現在、SSDFは土星の衛星タイタンを本拠地としているグォイドが、最低でも一基のオリジナルUVDを保有していると考えております。

 何故なら、人類が保有する全ての人造UVDの、その最初の一基がオリジナルUVDから作られたものであるように、グォイドもまたグォイド製UVDを作る為には、作りはじめる為のUVDが必要であり、作り始めるにはまずオリジナルのUVDが必要なはずだからであります。

 しかしながら、ここで一つの疑問が生じるのであります」


 ホロ映像が、太陽系から土星圏までを俯瞰で映したものに変わった。


「人類とグォイドの双方が、最低一基のオリジナルUVDを用いて人造のUVDを生産しているわけでありますが、SSDFのグォイド調査研究部が、タイタンにグォイド・プラントが建造されて以降から現在に至るまでのグォイド製UVDの総数を計測したところ、我々が予測した総数よりもはるかに下回ったのであります」


 ホロ映像の太陽と土星の隣に、UVD生産数の実数と予測数を表すグラフが投影された。


「これは簡単にいえば、UVDの製造拠点が、太陽の傍にあるか否かが、UVDの製造効率に影響を及ぼした結果である……と我々は考えております。

 つまり、太陽の近くで作る程UVDの生産効率は上がり、逆に太陽から遠ざかれば遠ざかる程、UVDの生産効率は下がるということなのです。

 仮に人類、グォイド双方の、オリジナルUVDを用いたUVD生産効率が同等であるならば、人類はとっくに滅ぼされていただけのUVD保有数の差があったはずなのにもかかわらず、今こうして人類が存続し続けてこられたのには、このUVD生産拠点の位置の違いによるものの影響が大きいと言わざる負えません……」


 白衣のSSDF技術士官はここで大きく深呼吸をすると、ホロ映像を消した。


「さて、ここからが本題であります。

 以上の様々な観点から、人類がグォイドとの戦に勝利し、存続し続ける為には、人造UVDの生産数を増やすのが最も確実な手段であると、我々SSDF第二艦隊は考えます。

 増産されたUVDを搭載した航宇宙艦の圧倒的物量差により、侵攻してくるグォイド艦隊を駆逐、その上でタイタンのグォイド本拠地を殲滅するには、これ以外の手段は無いと考えます。

 そしてその為に、我々第二艦隊は、新たなオリジナルUVD搭載型人造UVDプラントを建設する用意があります」


 新たにオリジナルUVD搭載型UVDプラントのホログラム設計図が、総議会場の天井に届きそうなほどに巨大に投影された。


「様々なご意見があることとは思いますが、人類の為、全ての地球発祥生命の為、そして我々一人一人の家族の為、どうかこのプラン実行の検討をお願いする次第であります」


 SSDF技術士官のプレゼンテーションが終わっても、総議会場は沈黙に包まれたままであった。

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