▼第二章 『太陽系の優しいヒト達』
♯1
――……その五カ月前――第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦から約一カ月後。
――SSDF月面総司令部――総会議場。
【SSDF第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦総括会議】――三日目。
「――……太陽系各SSDF超長距離土星圏観測ステーションよりの、『土星周辺に大多数の加速噴射光を見ゆ』の報から四時間後、仔細な分析からこれを木星圏を目標とした新たなるグォイド大規模侵攻と判断したSSDF木星司令部は、全SSDF艦隊に緊急事態αⅠを発令。
太陽系標準時午前二時五分、我々SSDF第五艦隊・大質量高速実体弾砲艦艦隊〈トレビシュタット〉……通称TB艦隊は、想定マニュアルに従いメインベルト外縁部に確保しておいた大質量実体弾用小惑星を牽引しつつ集結ポイントに移動開始。
砲撃地点に到達後、直ちにグォイド予測コース上への大質量実体弾の高速投射作戦オペレーション・プレアデスを実行。
観測部隊による着弾修正を受けつつ、実体弾大量投射によるグォイド大規模侵攻艦隊の変進と減速に成功。
しかしながら、超長距離砲撃開始から一六時間後、グォイド大規模艦隊からの大質量実体弾の反撃投射を観測、SSDF第五次グォイド大規模侵攻迎撃艦隊は、事実上の交戦状態にとつ………」
議会場中央の
「失礼、続けます。SSDF第五次グォイド大規模侵攻迎撃艦隊は、事実上の交戦状態……対グォイド大規模侵攻迎撃作戦ステージⅠに突入。
グォイド側大質量高速実体弾砲艦との超長砲撃戦は六十二時間に及び、両艦隊共に搭載実体弾の完全消費、もしくは実体弾砲艦が撃破されることにより、継続が困難となり、大規模侵攻迎撃作戦はステージⅡに移行。
相対速度差が時速2000キロ以下まで落ちたグォイド艦隊対、SSDF第三、第四、第七、第八及び、航宙士訓練艦隊である第九を交えた混成艦隊による中近距離での直接対決状態となりました。その間、SSDF第五艦隊は――」
「あ~君君、途中で遮ってすまないが、少しよろしいか?」
「はっ! ……あの、なんでしょうか議長?」
「どうだろう、我々は君たちSSDFの各艦隊が、今回の大規模侵攻に対し、勇敢に戦い、我らの住まう太陽系を守り切ったこと対して疑念を挟もうとしているわけでは無い。それは信じてほしい。だが同時に我々は、宇宙戦争の専門家というわけではないのだ」
「は、はぁ……」
「だからして……ここで提案なのだが、すでに欠番になった第一艦隊を除く、月の第ニ、火星の第三艦隊、木星の第四艦隊の報告で、今回の大規模侵攻迎撃戦あらましは、もう充分過ぎる程に聞いた。だから、ここからは、君らの今回の作戦での総括の重要部分のみを、君らの同僚に話すようにでは無く、我々各国の国民代表にも分かるよう噛み砕いて話していただけると助かるのだが、どうだろうか?」
総会議場の中央、数段高くなった席に座る初老の男性から見下ろすようにそう言われ、哀れにもそれまで練っていた演説プランが完全崩壊してしまったその第五艦隊のSSDF士官は、総議会場の端から見ても分かるような油汗をダラリと垂らしたが、動揺を一瞬で顔から打ち消し、正面に向き直って報告を再開した。
「わ、わかりました。結論から述べるよう最善を心掛けます。
我々第五艦隊は大質量高速実体弾砲による超長距離砲撃によって、敵艦隊の進路上に実体弾をバラ撒き、グォイドの大規模侵攻時における敵艦隊の進路変進、及び敵艦隊が手に負えなくなる程の速度まで加速するのを防ぐ、あるいは加速したのを減速させることを主任務としている艦隊です。
「ちょっと待ちたまえ君ぃ、まさかそそまま自画自賛で終わるつもりではないだろうねぇ?」
「まったくだ、一番重大な部分に対する君らの見解がまだだろうに!」
「『敵艦隊の変進達成率で78%』とは言うが、その残りの22%はどうしたというのだね」
「……え、え~、ですからそれはつまり……その部分について説明しますと、ステージⅠに至る直前に……」
「グォイド艦隊が二手に分かれた――それも地球を直に狙うコースで、と、こう言うのだねぇ?」
「この事態は予測できなかったのかね? いや予測すべきであったし、それを阻止すべきであったと私は思うがねぇ? それが超長距離砲撃が主任務の君らの仕事だろうに」
「た、確かに、あくまで可能性の一つとしてではありますが、それは予測されていた事象の一つではあります。しかしながら、その事態を事前阻止、あるいは対処するには、我々SSDF第五艦隊の戦力的限界と厳然たる宇宙の距離的問題から、限り無く不可能であったと言わざる負えな……」
「それは責任放棄ではないのかね!?」
「……」
「まぁまぁ君たち、そんな第五艦隊ばかり責め立てるのはいかがなものだろう? いくら君らの国がメインベルトの第五艦隊にあまり人間と金を出していないからといって……」
「聞き捨てなりませんな! いまの発言は取り消して頂きたい!」
「あなた方の国こそ! 第三次迎撃戦での消耗を理由に、今回の迎撃戦にはロクに艦も人も出していないではないか!」
「君たち! 申し訳無いが話が反れてきているようだ。彼に話を続けてもらってもよろしいかな?」
「……」
「感謝します議長。では続けます。
……確かに、グォイド大規模侵攻艦隊が突如分離をし、別働隊が直に地球を狙うという事態を、我々は実際にことが起きるまで予期することも阻止することもできませんでした。
しかしながら、SSDF第五次大規模侵攻迎撃艦隊は、臨時編成の第一迎撃分艦隊を差し向けることによって、分離したグォイド別動隊には充分に対処しています!
その際、我々SSDF第五艦隊・大質量高速実体弾砲艦艦隊〈トレビシュタット〉も、移動可能な小型の実体弾投射艦のみではありますが、第一迎撃分艦隊の後方に移動し長距離支援砲撃により、敵別働隊の減速に成功しております!」
「辛うじて……だがね」
「しかもその第一迎撃分艦隊には、まだ幼い航宙士の訓練艦隊までもが、中核に使われたそうじゃないかね」
「マスコミがなんと取り上げているか知っているのかな君達は? まだ年端もいかない少年少女達を、激戦に送ってしまったことを……」
「だが人的損耗率がは少なくて済んだそうじゃないか……これでも」
「ヒューボットの導入のお陰ですな。損害を金額で表した場合は前回と良くてとんとん、もしくは三割増しで上回る額になるようだが……「
「どうせまた、彼も我々に求めることは同じなのだろうさ。予算は湧き出泉のごとしとな」
「あ~諸君、大変申し訳無いのだが、時間が迫っている。次の議題も詰まっていることだし、そろそろ第五艦隊代表には結論を発表してもらい、次の議題に進みたいのだが構わんかね」
議長の言葉に異論のある者はいなかった。
メインベルトを主担当宙域とする第五艦隊代表のその士官は、他のSSDF各艦隊と同じく、予算と人員の増強の必要性を訴え、第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦の総括発表を終えた。
SSDF月面総司令部、総会議場のすり鉢状の巨大空間には、SSDF第二から第八艦隊までのそれぞれの代表、この時代の地球各国と太陽系各地を代表する政治家と官僚、いわゆる背広組と呼ばれる人間達が集まり、今回の第五次迎撃戦闘の反省点とその改善案を見出すべく話し合いを続けていた…………少なくともそういう事になっていた。
総議会場にいる背広組の三分の一はホロ映像であったし、SSDF代表の生身の人間も、その半分が各艦隊の司令官ではなく、この場の発表を委任された代理士官にすぎない。
生身で人間が集まるには、木星以内の太陽系に人類は散らばり過ぎたからだ。
月・地球間でさえ通信のタイムラグが2・5秒もある、ましてや木星や火星などの太陽系各惑星を通信ネットで繋いで、会話をしながらのリアルタイム会議など事実上不可能だ。
故に一部SSDF艦隊では、司令官ではなく委任された代理士官をこの会議に寄こしている。
第五次迎撃戦からまだ一カ月しか経っていない状況では、各艦隊司令官が担当宙域を離れるわけにはいかないからだ。
逆にホロ映像で参加している背広組の代表は、多少のタイムラグを許容できる範囲で月周辺におり、生身で参加する程にはこの会議に熱意や意義を感じていない人間達だ。
【SSDF第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦総括会議】が始まって三日、会議は一言で言えばSSDF各艦隊代表と背広組との、予算を賭けた戦いの様相を呈していた。
ごく当たり前の理屈であった。SSDFは損耗を補てんし、次回の戦闘に備えての戦力補強を望むし、太陽系各国政府の代表達は、国民の血税で賄われる予算は削れる限り削りたい。
予算の必要性を訴える者と、断る口実を見つけようとする者の論戦。
あまりにもあからさまな思惑を、おそろしく回りくどい言い方で伝えあう。論理的見地で言えば、無駄としか思えない時間が過ぎていく。
傍らにいるテューラは、「必要な儀式なのさ、人間という生き物にとって」などとと言う。
互いが互いに、自分がすべきことしているというアピールであり、各国国民へのマスコミを通じての一種のパフォーマンスの為の場なのだそうだ。
が、許容はできても、とても理解はできそうになかった――エクスプリカには。
さらに理解に苦しむ事に、一見、SSDFと背広組に分かれての論戦が繰り広げられているように見えて、同時にこの会議の場では、SSDFと背広組を含めた太陽系の各国家同士の思惑もまた蠢いているのだという。
「次の議題に移ろうと思う。発議者のSSDF第二艦隊代表は前へ」
議長の
「ご列席の皆さん、お手元の資料をご覧ください。私が発議する議題は、今回VS802〈じんりゅう〉がメインベルトは〈テルモピュレー
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