Chapter2.アキバ

▶1.

一言で言えば、不愉快になる雰囲気だった。

妹と弟達を連れ、無事にアキバへと戻ってきた黒水晶は露骨に顔を歪めた。

路地裏や建物の入り口前だけでなく大通りの隅で、大勢の<冒険者>が虚脱状態でいるのだ。

(雰囲気もだけど、空気も悪いわね・・・この子達の心に悪いわ)

アキバの中心であるギルド会館へと向かう間だけでも情けない姿を晒している<冒険者>が何十人と半ば虚ろな目を黒水晶達へと向ける。臆病な珠洲はすっかり怯えてしまい、浩にしがみついて歩いている。

「・・・全員マーケットにあげてる品物を引き上げてちょうだい」

「なんでか聞いても良いかな姉さん」

「単純に嫌な方向にしか転がらない様な気がするのよ」

「りょーかい」

「はーい」

黒水晶は一つため息を溢すと、黒い靄が感覚的に離れない頭を振った。

(どこか外れの方で寝泊まりする必要がありそうね・・・でも最初は)

「火寅、素材アイテムがどの辺に売ってたか頭に入ってる?」

「? おう、バッチリだぜ!」

「なら今の内に買いだめに行って、競争率高いと思うから」

「分かった!行ってくる!」

「あ、火寅!」

今の内に食材アイテムをそれなりに買いだめしておこうと、一番詳しいであろう火寅に黒水晶が聞けば元気よく返ってくる返事。そのままお使いを頼めば意気揚々とマーケットへと走り出し。

「ちょーーー!一人で行くなー!」

火寅と現実リアルでも友人同士だというアッシュが追いかけて行った。

アッシュの形相に一瞬固まったメンバー達だったが、すぐに智尋が我に返り黒水晶の腰巻を引っ張った。

「姉さん、オレ達は情報収集行ってこようか?」

「あら、助かるわ。智尋と・・・紬、キノ、疾風、ひろろん、渉の班と朝日、シバ、イチ、爽、梓、福々の班が情報収集に行ってちょうだい。光希と珠洲、Shadow、浩は僕とおいで」



「あ」

黒水晶が<ギルド会館>に足を踏み入れると、受付の所に見慣れた<冒険者>が立っていた。

「どうしたんだ姉さん」

「ごめんね、ちょっと友人に挨拶してくるわ」

不思議そうに自分を見て来る珠洲とShadowの頭を撫でた黒水晶は受付にいる<冒険者>に近づくと・・・。

「やっほルリ」

「?! あぁ!スイ!」

肩を軽く叩き、声をかけた。振り向いたルリと呼ばれた<冒険者>は黒水晶を認識すると、一気に破顔した。

「スイも巻き込まれたんだね!良かったー相方いてー!」

「はいはい、でルリの方は一人じゃないわよね?」

「うん、ギルメンに昨日の内に拾ってもらった!スイは・・・後ろの子達と?」

「そうよ、ちょうど良かった。おいで四人共」

黒水晶に手招きされ、浩を先頭に二人へと近寄る四人に。

「アハハ、スイって色んな子に懐かれるね~w」

<冒険者>はカラカラと笑うと、その場でクルリと一回転し。

「ウチはイルルリ、ギルド<シルバーソード>所属の盗剣士でスイのリアル相方だよ☆」

茶目っ気たっぷりに自己紹介し、四人にも視線で促した。その視線の意味が分からずにShadow達は首を傾げたが、浩は気づいたのか一歩前に出て。

「初めまして、オレは施療神官の浩です。此方は暗殺者のShadow、吟遊詩人の珠洲、神祇官の光希です」

緊張している三人の紹介もしながら自己紹介をし、黒水晶の後ろへと下がった。

「他にも何人かいるんだけど、今は別行動してるから」

「そっか、じゃあまた今度紹介してね~。というかスイはどうしたの?」

「銀行から引き出したいアイテムがあってね・・・で、呼び止めといてあれだけど、時間大丈夫?」

「大丈夫大丈夫!保護者が迎えに来る予定だし」

「保護者って・・・」

「ギルマスにフラフラしすぎだって」

「・・・ルリ、僕と同い年よね?」

「うん」

「それでフラフラしてれば言われるわよ」

「怒鳴られた☆」

「でしょうね・・・ありがとうございます」

受付の<大地人>に手続きをしてもらいながら会話していたイルルリと黒水晶だったが、黒水晶が目当ての物を引き出した事から会話が途切れた。

「光希、これが<外観再決定ポーション>よ」

「あ、ありがとうございますぅ!」

水薬ポーションを受け取った瞬間、光希が黒水晶を崇める様に膝を着いて水薬ポーションを持った両手を上へとあげた。光希の隣に立っていたShadowが驚いてビクついたが、現実リアルと性別が異なるという状態がキツかったのか光希は気にせずその体勢のまま泣いていた。

「・・・スイ、この子男の子だったの」

「えぇ、それで僕の水薬ポーション譲ったんだけど・・・」

「光希おねぇ、お兄ちゃん!」

「まぁ言い間違えるわな。光希そろそろ立てよ、周りの目がいてーんだけど」

その後、<ギルド会館>から出て来た集団の中に、黒髪の暗殺者に手を引かれて歩く神祇官の姿があったのが多くの<冒険者>に目撃された。





▶2.

「おー!廃墟だ廃墟!」

「スッゲー数の部屋あるぜ!」

「・・・!」

「なぁなぁ探検に行っても!」

「少し落ち着けー、姉さんの話まだ終わってないぞー」

夕方、分からない鳥が空で鳴きだす頃、黒水晶達は表通りから二本程入った路地にあったビルの中にいた。

The'廃墟、という建物にテンションが上がって走り出したShadow達に朝日が慌てて制止をかける。

「ありがとう朝日。一回注目!コレ終わったら探検に行っていいから!」

「「「「はーい」」」」

小学生の如く揃って返ってきた返事に智尋が吹き出すなか。

「今日からしばらくこのビルを拠点にする事になりました。一応人数分の部屋があるのは確認済みだけど、何人かで固まってても良いですからねー」

黒水晶はワザと引率の先生の様に説明を始めたうえ。

「それじゃあ質問タイムです」

手を打ち鳴らして質問タイムまで設けたものだから智尋が笑い死んだ。

「はい!台所はありますか!」

「初っ端の質問がソレかよ火寅!」

「らしいっちゃらしいけど!」

「それっぽいのはあるわよ~」

「はい!シャワーとか!」

「智尋かイチに<ウンディーネ>出してもらいなさい」

「水通ってないよキノ兄ちゃん」

「そうでした!」

「はいはーい!個別で部屋持ってもー?」

「構わないわよ~」

各々好き勝手に質問を飛ばしていく中。

「お姉様!」

梓が自分の鞄を握りしめながら黒水晶を呼んだ。

「どうしたのあ「お掃除してきて構わないですか?!」

廃墟に響く梓の大声。声は壁にぶつかり反響を繰り返し、声の向かった先にいた黒水晶と梓の真横にいた福々と渉が耳を押さえて蹲った。それ以外のメンバーもいきなりの大声にビックリしたのか固まっていた、一人を除いて。

「梓、声が大きいわよ。お姉様やお兄様が耳を押さえてるじゃないの」

「あ」

梓の双子の妹である紬はいきなりの大声に慣れているのか気にする様子を見せず、双子の姉にボリュームについて注意した。

しばらく耳を押さえていた黒水晶だったが、一度頭を振ると梓の頭を撫でた。

「い・・・良いわよ、いってらっしゃい」

「はい!」

返事と同時に鞄から<お掃除セット>を引っ張り出した梓はあっという間に廊下の奥へと消えた。

「梓、入った時から気になってたみたいで・・・ごめんなさい」

「ちょっと驚いてしまったけど平気よ、そういえば梓は<家政婦>だったわね」

「姉ちゃーん、台所どこー?食材アイテムしまいたーい」

「はいはい今行くから、それじゃ各自解散!夕食時にはこのホールに集まってちょうだい!」

「「「「はーい」」」」





▶3.

アキバ内には沢山の宿屋が存在し、その内の一つにイルルリはギルドメンバー達と滞在していた。

「たっだいまー♪」

「あら、おかえりなさい」

イルルリが元気よく宿屋の扉を開けると丁度メンバーの一人である浮世がスタッフの手伝いで給仕をしている所だった。

「良い事でもあったのかしら?ねぇフェデリコ」

「みたいでな、ずっとこのテンションだ」

ギルド内でイルルリの保護者役を任されている一人であるフェデリコは疲れた様に椅子へ腰かけると、近寄ってきた給仕の手から見た目はビールの水を煽った。

自分達の手伝いをしながらも花を飛ばし続けるイルルリに浮世は苦笑をした。

(から元気、はもう治まったみたいね)

朝方までとは打って変わって本当に元気な様子のイルルリに、自然とそこにいたメンバー達の纏う空気も柔らかいものへと変わる。

イルルリは戦闘系ギルドの中でも五本指に入る<シルバーソード>に所属する<盗剣士>であり、ギルド内のムードメーカー。故にイルルリが意図せず落ち込んだりしていると彼女を慕う者達の気分も下がり、結果釣られる様にギルド全体の空気が沈み、ギルドマスターであるウィリアムがキレる事も多々あるのだ。

今回も本人は明るく振る舞っていたが、付き合いの長いメンバーが僅かな気分の沈みに気づいた為いつもの様な状態に陥っていたのだが。

「ギルマスがキレる前に自力で立ち直ってくれたようですね」

「あら東湖」

「お疲れさまですフェデリコ、何か収穫はありましたか?」

フェデリコと浮世が喋っていると、奥から疲れた様子の東湖が出てきてフェデリコの隣へと腰かけた。

「あぁ・・・特に情報はなんも。イルルリは<現実リアル>での相方見つけたんだと」

「相方?あのバカ達が聞いたら発狂しそうね・・・」

「自分こそがイルルリの相方だってしょっちゅう喧嘩してますしね」

「それで毎回ウィリアムの矢の錆にされてますのに、懲りないわね~」

「笑って流してるイルルリもスゲーけどな」

三人の目線の先には、飲み物を乗せたお盆を片手に言い寄ってくる<冒険者>を笑顔で躱しているイルルリ。

「にしても慣れてるな」

「慣れてますね」

「手慣れてるわ」

中々に混雑してる中、飲み物を一切溢す事なく動くイルルリを三人が感心して眺めていると。

「お三方、なにをしてるんだい」

「親方」

「あら、今日は早いのね」

「こっちも、大して収穫なかったからな」

ギルド唯一の<料理人>であるボロネーゼ親方が宿へと入ってきた。

「イルルリのテンション戻ったのか」

「相棒見つけたんだと」

「あぁ、なんだアイツもいるのか」

静寂。

「え、親方ってイルルリの相棒知ってまして?」

「一回だけ会った、結構有名人だぞ」

「有名人・・・はて?イルルリと同い年程の子などそう多くないですが・・・」

ヒントに三人が首を傾げていると、ボロネーゼ親方は少し離れた所にいたエルフを手招きした。

「なに?」

「お前さんもイルルリの相方知っとるだろ?」

「知ってるけど」

「え、ポロロッカ知ってるのか!?」

「うるさい」

「酷いな」

フェデリコの嘆きを流したポロロッカはめんどくさそうにボロネーゼ親方を一瞥し。

「黒水晶だよ、<黒薔薇>って呼ばれてる」

素っ気なく正解を口にした。

「え、黒水晶、え?」

「・・・合わんな」

「予想外ですね」

それに対して三者三様の反応を見せた三人にポロロッカはウンザリした。

「露骨だな」

「まぁ大人っぽい黒水晶と天真爛漫なイルルリでは反りが合いそうに見えないが、本人達は小学校からの仲だと言っていたぞ」

「イルルリがギルドに顔出さない時は大概黒水晶とつるん・・・なにフェデリコ」

「ん、あ、いや」

「あっそ」

東湖や浮世が未だに信じられそうにない中、フェデリコの表情だけ微妙に違うのに気が付いたポロロッカが声をかけると。フェデリコは慌てて首を横に振った。

無論それでポロロッカが納得出来たかというと、出来てる訳がなかったが踏み込むつもりも無かった為、すんなりと引いた。

(あれ?なんでオレ今モヤッとしたんだ?)

「にしても、黒水晶って聞いた事が・・・」

「有名じゃないか」

「違うわよ!どこだったかしら」

浮世が首を傾げて自分の記憶と戦っていると、出入り口のベルが鳴り。

「あ、おかえりギルマス!」

イルルリの元気な声が響いた。

その声に今まで机やカウンターに伸びていたメンバーの背筋が伸びる。

「ちけーのにんな大声だすんじゃねーよ、収穫」

「なし!でも協力してくれそうなのは見つけたよ♪」

「あ?」

いつにも増して機嫌が悪そうなウィリアムの横を憶する事なく歩きながらイルルリは口角をあげる。

「スイがいたよ~」

黒水晶の名前が出た途端に止まった足にイルルリは笑みを深めた。

「・・・黒薔薇か」

「後輩連れてたし、情報交換に応じてくれると思うよ」

「分かった」

ウィリアムが纏っていた空気が少し柔らかくなったのを見て、浮世は軽く両手を挙げた。

「前言撤回、黒水晶と似てるわ」

「お、どういう心境の変化だ」

「思い出したのよ、黒水晶ってウィリアムがソロで動く時に声かける子。あの子は下手すると私達以上にウィリアムの機嫌に機敏で興味の持ってき方も上手なの」

「今のイルルリみたいに、ですか」

どこか楽し気な東湖にポロロッカはため息を吐くと、イルルリに引きずられて若干機嫌が治っているウィリアムを見た。

(だから事前に念話したらって言ったのに・・・)





▶4.

「イチー!<サラマンダー>貸して!」

「定員オーバー!」

「えぇ?!お湯沸かせないと紅茶作れない!」

「お前等火寅優先!」

「テメーの清々しい程の掌の返しようはブレねーな!」

「だってお茶飲みたい!」

「良いから早く!人数分煎れるの時間かかるんだから!」

廃墟でキッチンと位置付けた部屋(だった近辺)で大騒ぎしている高一メンバーを横目に黒水晶は。

「行くよー、せーーーの!」

「「「うおりゃあぁ!」」」

「! 隙間見えました!」

おそらく窓があるだろう部分に打ち付けられた板を力自慢のメンバーと一緒に剥がしていた。

色々とメニュー画面を弄っていた朝日が今いる廃墟が購入可能ゾーンになっている事に気が付き、それを聞いた黒水晶が速攻購入し、自分達の居心地の良い様に改修している途中なのだ。

「凄い梓が生き生きしてますわ」

「そんなに掃除好きだったか?」

「いえ、自室はそんな「つーむーぎー!?」

「あら、聞かれてしまいました」

「この雑巾絞った水かけますわよ!」

「え、たんま、オレも被害くらうじゃん」

梓、紬、ザキの三人は手分けして散らばった木くずなどを掃除していき。

「よし、机完成!」

「こっちもランプ出来たよー」

ひろろんとキノが設置する為の机やランプと言った、自分達が製作出来る家具を次々に作っていた。



全体的に暗い雰囲気に包まれたアキバで、この廃墟だけが正真正銘の賑やかさを保っていた。

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