Chapter1.<大災害>
▶1.
緑が眩しい牧草地を駆け抜け、途中にある柵を飛び越える。
本来ならばアスファルトが覆ってる筈の地面はなだらかで、瑞々しい牧草が一面に生えているばかり。途中に見受けられる建造物は何かの侵入か逃亡を拒む木製の柵だけの丘を一人の冒険者が駆け抜ける。
(随分走ってるのに・・・息切れしない。それ所か、まだ体の中に余力が残ってる)
黒い髪を風に靡かせながら冒険者は無言で目的地へと急ぐ。
冒険者の名は「黒水晶」。世界最大級の大規模オンラインゲーム<エルダー・テイル>の日本サーバーではそれなりに名前の知られたソロプレイヤーだ。
しかしそんな事はもう関係無い。
黒水晶の頬を撫でていく風は冷たいけれど嫌な冷たさではない。本来、黒水晶がいる場所では絶対に感じられない風。そして足を踏み出す度に香る緑の匂いが黒水晶に現実を突きつける。
(急がなきゃ・・・)
緩みかけたスピードを上げ直して黒水晶は牧草地を走る。
前方に待ち合わせ場所である何ともファンタジックな巨木が見えて来ると同時に、黒水晶の耳には聞きなれた少女の泣き声が届いた。
少し独特な泣き方をする少女を黒水晶は良く知っているし、その少女を自分達も不安に駆られながら慰めているだろう少年達も良く知っている。だからこそ黒水晶は何とも言えない焦燥感に苛まれた。
もう一度柵を飛び越えて巨木へと続く道を更にスピードを上げて駆け上がる。
「!お姉様!」
いち早く自分の存在に気付いた金髪のエルフ少女が大きく手を振る。
その傍には予想通り、
それ以外のメンバーも険しい表情になっていたり、何処に向けて良いか分からない怒りなどを抱えている。しかし彼等の瞳はまだ光を宿しており、決して絶望していなかった。
ただ急な展開に心がついていけずに狼狽えている、黒水晶はそう判断すると詰めていた息を吐き出した。
(良かった・・・予想以上にタフだったみたい)
巨木の下にいた少年少女合わせて20人全員が黒水晶を縋る様に見、その視線を一身に受けながら黒水晶はこうなった原因及びこれからの事について考えた。
今日は20年もの歴史を誇る<エルダー・テイル>の12番目の拡張パックデータが解禁される予定日であり、それなりの人数がログインしていた。根拠という根拠はないが、自身のフレンド・リストに登録されてる名前の九割近くが点灯している事から自分の考えに確信を持っていた。
新しいフィールド等が解禁されると事前の発表であった為、黒水晶は自分を姉と慕ってくれる後輩達と動こうとパソコンの前に座っていた。しかし今、黒水晶達は自分の足で緑の大地を踏みしめて此処にいる。
「お姉ちゃん・・・」
「ありがとうシバ、火寅。場所変わるわ・・・・。珠洲、僕だよ」
「ぇ、さま」
「ビックリしちゃったね、大丈夫、珠洲は一人じゃないから」
黒水晶は珠洲を抱き締めると一定のリズムで背中を叩きながら優しく声をかける、しばらくすると徐々に治まっていく珠洲の嗚咽に周りを囲んでいたメンバーも安堵する。
「取り敢えず、皆体調不良とかはないかしら?
珠洲がある程度落ち着いた頃合いを見計らって黒水晶は自分を囲む一人一人の顔を確認し。
「光希はどうしたの?」
一人足りない事に気が付いた。黒水晶が首を傾げると、つられる様に珠洲も首を傾げる。
「あぁ、それなんだけど」
「智尋?」
「ほら、自分で説明しろ」
智尋と呼ばれた
何故光希が智尋の後ろに隠れていたのか、普段の堂々とした様子がない事、違和感は幾つもある。が、黒水晶はソレ等を頭から消し去り口を開いた。
「光希よね?どうしたの?」
「・・・・・さい」
「ん?」
微かに聞こえた少女、にしては低い声に数人が違和感を感じる。それはまるで・・・。
(無理矢理高い声を出してる、様な気が)
違和感を感じたらしい
「光希、どうしたのか僕に言って?」
珠洲を火寅に任せ、俯き加減の視線に自分の視線を合わせながら黒水晶が柔らかい口調で問いかけると・・・光希はしばらく目線を泳がせた後。
「お姉ちゃんは、<外観再決定ポーション>、持ってる?」
先ほどよりもワントーン低い涙声で黒水晶に縋った。
少しの沈黙の後、巨木の根元で響く絶叫。
▶2.
<エルダー・テイル>における交流方法は二種類ある。多くのプレイヤーが利用するヘッドマイクを使用した<ボイス・チャット>他にもう一つ、‘ロールプレイヤー’が好んで使う<文字チャット>が存在する。
光希という神祇官は<文字チャット>のみを使い、「常に敬語だがSが隠れていない女性弓巫女」として黒水晶達と一緒に冒険していた。
しかしゲームだった筈の世界が覆しようもない現実になった今、本来は男である光希は現実と性別が異なってしまったのだ。
「お姉ちゃん、オレ、持ってるお金少ないけど」
「良いわよお金なんて・・・光希には特別にあげるから泣かないで、ね?」
黒水晶が必死に泣きじゃくる光希を慰めているのを見ていたメンバー全員が悟る。自分達は現実と同じ性別を選択したが、一つ選択を間違えてたら自分達が光希と同じ境遇になっていた事を。
ネットゲームでは本来と異なる性別を最初に選択して遊ぶという行為は別段珍しい訳ではない、故に<エルダー・テイル>でも相当数のネカマやオカマのプレイヤーがいる。
「ん?姉ちゃん、<外観再決定ポーション>ってなんだ?」
「聞いた事ないアイテムだけど・・・限定もの?」
いち早くフリーズから戻ってきたアッシュが首を傾げ、
「8年・・・くらい前に何か一時期配布して・・・た・・・よな?」
「合ってるから不安にならないでちょうだい智尋」
<外観再決定ポーション>は所謂運営が無かった事にしたいイベントでの配布アイテムであり、ゲーム開始直後に決めた「種族・職業・名前・性別・細かい調整項目」を文字通り再決定できる
【今のキャラメイクが気に入らない、そんなアナタに!】なんて通販番組に似たうたい文句を既にいない声優が宣伝していたのだが、今では覚えてる人も減った希少なジョークアイテムになっていたのだ・・・。
「そうよね・・・性別違うと生活大変だものね・・・」
「で、今俺から光希にこういうアイテムがある筈って教えたんだよ」
「確かに僕はその
黒水晶は小さくため息を吐くと、ゆっくりと立ち上がった。
「アキバに戻らなきゃダメね・・・」
「・・・ごめん、俺シブヤの方だ」
「「私達もシブヤですわ」」
「って事は<コールオブホーム>で一斉に帰れない?」
「はぐれるな」
「うん、絶対」
確かに、今の状況でバラバラになるのは避けた方が良い。自分達はまだそこまで現状に悲観していないけれど、他の冒険者も同じとは限らない。寧ろ危ないんじゃないのか。
黒水晶は自分に抱き付いたままの珠洲の頭を優しく撫でると、覚悟を決めた。
「一つ、賭けに近い提案があるの」
▶3.
「ぴゃあーーー?!」
「間違えた!スマン珠洲!」
「なにと間違えれば<スケルトン>大量召喚すんだよ智尋兄!」
「目の前に出すな!巻き込む!」
「火寅それ以上突っ込むな!回復が間に合わん!」
「加減が!出来ね!んすよ!」
「えーっとえーっと<アストラルヒュプノ>!」
「・・・?」
「福々!そこで考え込むな!」
「後ろからも来ましたーー!?」
「<猛攻のプレリュード>!」
「<クレセントレイカー>!」
「<アサシネイト>!」
「フンッ!・・・あ」
「キノが飛んだー?!ってか巻き込まれて飛んでったー?!」
「青伸は今の悪くないから!」
「大砲いなくなったー!」
「誰か回収してちょうだい!キノ生きてる?!」
「な、なんとか~」
今、黒水晶達はホームタウンであるアキバに向けて移動していた。
幸いな事に職業がそれなりにバラけていたのと、男子陣が今の戦闘方法に適応するスピードが速かった為既に中間地点まで移動していた。
しかし既に陽は陰り始め、段々と藍が色を濃くし始めている。
「これ乗り切ったら安全な場所で一晩過ごすわっよ!」
<
数分後には最後の一体が虹色の泡になり、
幸いな事に連携は上手く噛みあっており、半日移動をしているが誰も死んでいない。最もこの世界に‘死’という概念があるかどうかは不明だが。
「・・・誰かテントかなんか持ってる?」
「おっきい布ならあるよ~」
「なんか寝袋出て来た」
「あれほど鞄の中身を整理しろと・・・結果オーライだけどさ」
「コレなに?」
「・・・幻想級の素材アイテム引っ張り出すなや」
先ほどの戦闘場所からそれほど離れていない場所に少し開けた所を見つけ、そこで一夜を過ごす事にしたのは良いが。
「簡易型のテント張れるのー」
「いるわけねーだろ、運動部系ゲーマーばっかだぞ」
「とにかく向こうの枝からこう・・・布を張れば雨ぐらい防げんじゃね?」
中々に騒がしい。今この場所に自分達以いなくて良かったと黒水晶が思う程度には騒がしく、それでも黒水晶の心を救うには十分な賑やかさだった。
身長が190オーバーの面々が朝日の<マジックバック>から出て来た布を枝と枝の間に張り、それ以外のメンバーで地面にある石や枝を退かしに動いたのだが・・・。途中で。
「姉ちゃーん、珠洲が寝落ちしたー」
「シバも船漕いでるー」
「あらら・・・」
後衛職かつ初心者である二人の体力が限界を迎えてしまい、他の数人も眠そうに目を擦っている。
比較的精神的体力が残っていたメンバーで急いで地面をある程度整え、申し訳程度の布を広げた。
「こっちの布二重の所で姉さん達寝てよ」
「フカフカにしたぜ」
「ありがとう朝日、ザキ。でも良いの?貴女達も疲れてるんじゃ」
「大丈夫だよ、というか皆既に場所決めてるから」
「そう?じゃあお言葉に甘えてそこで寝かせてもらうわね。で、珠洲は?」
「一番フカフカな所に寝かせましたわ!」
「ふふっ、寝顔とっても可愛いですわよ」
「姉ちゃん早くー」
「はいはい」
火寅に催促され布の上に腰を下ろした黒水晶。そのまま小さく手を叩き寝落ちした二人以外の視線を自分に向けさせると、これからの事について話すべく口を開いた。
▶4.
小鳥達の囀りが響く空の下。
「・・・マジか」
「味が、味がぁ!」
「ない、な」
約一日ぶりの食事をした一行が暗い空気を出していた。
「俺、何かミスったかな!?」
「大丈夫だろ、つか火寅サブいくつ?」
「92」
「メインより遙かに高いじゃん!」
「なら尚更火寅のせいではないわな」
メンバーで唯一<料理人>のサブ職業を持っている火寅が全員分の料理を製作したが、全く味がしないのだ。良い色に焼かれたパンを食べても、綺麗に盛り付けられたサラダを食べても・・・味も匂いもしないどころか食感も全体的にモソモソしており気分が落ち込む様な食事になっている。作った火寅が思わず半泣きで隣に座っていたアッシュに縋りつく。
しかしイチと疾風の言う通り、火寅の技術レベルの問題ではないのだ。この<エルダー・テイル>において料理の失敗というのは余程料理人レベルが低いか、料理人以外が作った時にしか起こらないので最初から原因に入っていない。
「・・・ある意味、地獄ね」
黒水晶がボソリと呟いた言葉に珠洲が無言で頷く。黒水晶と珠洲は
ただ、それなりに救いはあった。
「うぅ・・・お茶がこんな有り難いなんて」
「腹が暖まるだけでこんなに違うのか」
「このオレンジも美味しいですわ」
「ホント、嬉しいですわね」
<黒薔薇茶>と果物類の素材アイテムには味と匂いがあったのだ。なんとかお腹を満たしたメンバーは各々ストレッチなどをした後、テント代わりと布団代わりにしていた布を鞄にしまい。
「さて、今日の内にアキバへ帰るわよ!」
「「「「おぉーーー!」」」」
またアキバへと走り出した。
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