第40話 取引の頁

夜中、レシカは石を探すために森の中を走り回っていた。


お気に入りの空間に着くと、草むらやら木の後ろなどをやはり念入りに探したが、一向に見当たる気配が無かった。


泉の中を探すかと、上着を脱ぎ捨てた丁度その時だった。


「お姉ちゃんの探し物って、これ?」


背後からした童女のものと思える声に、レシカは石のように体を固めた。


耳にまで心臓の音が聞こえ、日頃の音速の走りにさえ上がらなかった息は、不規則に乱れ始めていた。


「お久しぶりです!お姉さん!」


今度は童女と同じくらいの年頃であろう男の子の声。


親しげな声をかけてくるあどけない二人へのレシカの反応は、傍から見れば異常だろう。


「どうして返事をしてくれないの…?」


「僕たち、お姉さんの探し物を見つけたから、届けに来ただけですよ?」


真珠のような顔の白さを、蒼白より更に白くして、レシカは震えながらやっと二人の方向に顔を向けた。


ニコニコと微笑みかけてくる、人形のような双子。


二人分のオッドアイは、真っ直ぐにレシカを捕らえていた。そう、まるで、鼠を捕らえる猫のように。


「あ〜あ、せっかく届けようと思ったのに、気が変わりましたわ!やっぱり返してあげません!」


まるでこっちが振り返るのを狙っていたかのように、黒いツインテールの女の子はツンとした態度を見せた。


男の子は見せびらかすように、仮の紐に通してある赤い涙型の小さな石を前に差し出していた。


「だ…駄目!返して!!」


震える声で懇願するレシカを、二人は面白そうにクスクスと嗤いながら見つめる。


「え〜?お姉さんがすぐにこっちを見てくれないのがいけないんだよ?」


「うんうん!」


「後生よ、お願い返して…それは大切な物なの…!」


声を濡らしながら頼むレシカに、双子はそれを待っていたとばかりにレシカに近づいた。


「そんなに返してほしいの〜?」


レシカはその問いに俯きながら黙ってコクリと頷いた。


「それじゃあ返してあげる!可哀想だし!ね?ルイ?」


「うーん、レイがそう言うなら仕方ないか〜…」


勿体ぶりながら、ルイと呼ばれた男の子はあえて、地面にポトリと石を落とした。


しかし、レシカは直ぐにそれを拾おうとしなかった。


すぐに拾うのは、なんだか惨めな気がしてならない。


しかしそれ以上に、「罠がある」と本能という警鐘が知らせていた。


「あれ?いらないの?」


「………………」


「いらないんだ〜?」


「………………」


「じゃあ何処かに捨てとくね?」


「!?ま、待って、拾う。拾うから…」


そう言って石を拾おうと腰を屈めようとした時、今度は童女が口を開いた。


「今回は犠牲にするものがありませんし、仲間になってくださいますわよね?」


その台詞に、レシカは再び動けなくなった。


「あ!確かに!今回は邪魔するものがないもんね!じゃあやっとお姉さんが僕達の仲間になるんだ!」


「ならない!!」


レシカは震えながらも、空間中に響く大声でそう言い放った。


すぐに後方へ飛び退くと震えながらも剣の柄に手を掛ける。


この二人の仲間に入るくらいなら、命を捨てたほうがマシだとまで考えていた。


「あれ?でも今回は犠牲にできるものと言ったらその石くらいですわよね?」


「っ………」


「まさかまたお仲間みたいなのがいるわけないでしょうし」


「!………」


「え?いらっしゃるんですの?」


一瞬でもハッとした表情を見せたことを、レシかは猛烈に後悔した。


「…いないわ」


「お姉さん、嘘はいけないよ?」


「いらっしゃるんですわよね?」


「いない!!!」


突き通さなければいけない。いると一回でも言えば、恐ろしいことになりかねないのだ。


「うーん、強情だね。お姉さん」


「…………」


「それならばいい考えがありますわ!」


レイは目を輝かせてそう言い、その言葉でレシカは希望の光を一層弱くさせた。


「石を取るか、仲間を取るか選んでもらえばいいだけの話ですわ!」


「だから仲間はいないって…」


「いないのなら潔く石を諦めればいいだけですわ」


レシカはその言葉に隠された意味を見て取った。


石を取りに来る、即ち、それはレシカの心が変な影響でも受けていない限り、仲間を守るための行為に他ならない。


だからと言って取りに来なければ、この双子は地獄の底までレシカを追いかけることに変わりは無い。


追いかけられる度に支払うことになった代償を思い返すだけで、レシカは気が遠くなりそうだった。


レシカにとっては、本来縛り首にしても飽き足らないほどの恨みを持つこの双子。


しかし、レシカには、この双子に制裁を加えることが、どうしてもできなかった。


「三日、期間をあげますわ!三日後の夜中の三時、国境付近の一番大きな針葉樹の木の前で会いましょう?」


言うだけ言うと、双子は石を拾って瞬時に姿を消した。


レシカはその場で崩れ落ちると、誰に聞かれることもない泣き声を空間に響かせた。


空は、そんなこと知らぬ存ぜぬというように、白々と明け始めていた。

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