第39話 探し物のページ

「まずい、非常にまずい」


秋の夕日に照らされながら、バルトは頬杖を付きながら、悠々とそう呟いた。


少し目を伏せながら読み物をする彼の姿は――彼が元々美男子の部類に入るというのも理由になるが――なかなか絵になる光景だ。


「どうかしたの?」


椅子に座るバルトの横からひょっこりとテオが顔を出した。


バルトと同じ所に視線を向けると、そこには何やら色々な物と、その横に金額が書かれていた。


どうやら家計簿のようなものらしい。


先程は絵になるなどと言ったが、見ていたものはだいぶリアルなものだった。


「いやぁ、今月はちょっと出費が激しくてなぁ〜」


実際中を見てみると、主にこの家での生活の費用らしく、武器の修理代やら食費やらで、確かに合計金額はテオの貯金なんて、ちっぽけな蟻の様に思えるようなものだった。


「ち、因みにこの金額って誰が払うの?やっぱり家の持ち主のリルとか…?」


「ん?順番的に今月はお前だぞ?」


バルトは真しやかな顔をしてテオを見つめた。


「…え?!!無理無理無理無理無理無理無理!!!」


可哀想なことに、テオ少年は驚いて身を引くと同時にバランスを崩し、腰を地面に打ち付けてしまった。


じんじんとして暫く動けそうになく、一瞬だけ涙目になったことも、認めざるを得ないほどの痛みだ。


「はははははは!冗談だよ冗談!俺が払ってるのさ!」


たちが悪すぎるよ!!!」


そのまま笑い続けるバルトをよそに、テオはやっとのこと立ち上がると、もう一度その紙を覗きこんだ。


「でも…毎月こんなふうに計算していたの?」


「おうよ!一応俺の財布だって、無限に金が出るわけじゃねぇからな。つったって、あいつらは倹約家だから、無駄な出費を一切見られなくて安心してるよ」


まぁ確かに相手を信頼しているからこのようにほぼ自分の関係ない代金を支払えるわけだが、それにしてもなかなか気前がいいとテオは思った。


「まぁ俺の作戦に協力してくれてんだし、当然っちゃぁ当然のことさ。しっかしまぁ今回は…事故が相次いだから仕方ないがなぁ…」


確かに今月はリルの銃が暴発したり、その暴発によって家の壁を破壊したりと色々災難が続いた。


そこら辺が真面目なバルトは、レアシスの職人に頼み込んで、直ぐに壊れたものを直してもらったのだ。


しかし一月(ひとつき)中にそれら全てを済ませたせいで、いくら顔見知りの恩恵で修理代を安くしてもらっても、結果として普段より金額がかなり高くなってしまったのは防げなかった。


「ま、あいつらも馬鹿じゃないから、そこら辺は来月、要領よくやってくれるだろうさ!」


そうバルトが言った瞬間、不意に部屋の扉が開かれ、普段は落ち着きの塊であるレシカが飛び込んできた。


レシカはそのまま二人に目もくれないまま、床のあちこちを食い入るように見つめていた。


「ど、どうしたのレシカ?何か探し物?」


そこまで言ってやっと気付いたかというように、レシカはテオの方をちらりと見た。


が、すぐに視線を戻してしまった。


しかしテオには探し物の正体が解った。


「あれ?!!レシカ、チョーカーについてた石は?!!」


ビクッとレシカは肩を揺らしたが、そのまま何も言わないで床のあちこちを見た後、入ってきた時のように文字通り風の速さで部屋を出て行ってしまった。


「焦ってたね…よほど大切な物なんだろうな…僕たちも手伝う?」


「あぁ、そうだなぁ。どうせ暇だしなぁ?」


そう言って立ち上がったバルトだったが、一つだけ心配なことがあった。


――敵地の方に落としてないといいんだが…


万が一アナスタチアの城の中で落とそうものなら、重要な足跡を残したようなものである。


バルトはあのチョーカーを選んだ人物の中にアイリスがいることを知っていたので、城の者があの石を見た可能性を危惧していた。


「ましてやうっかりウルズが口滑らしてたら洒落になんねぇぞ………?」


苦笑を混ぜながらニヤニヤしていたバルトだったが、ありえない話ではなかった。


 ✽✽✽


石を失くした張本人は、部屋の中を探しながら色々な意味で焦っており、頭の中は軽く真っ白になっていた。


石と離れ離れになり、首に残された黒いチョーカーは、飾り気もなくどこか寂しげに見えなくもなかった。


「どうしよう…本当に…」


心の声が思わず外に漏れるほどに、レシカは取り乱していた。


「レシカ、見つかった?」


いつの間にか後ろに立っていたテオは、覗きこむように心配そうな瞳を向けてきた。


「!………」


レシカはそのまま何も言わずに部屋を出た。


「うーん、見つかってないのか…」


無視されたことはほんの少しも気にせずに、テオは石探しを続行した。


しかし結局、屋敷の中にはそれらしいものすら見つからなかった。


「うーん、早く見つかるといいなぁ……」


自分のことのようにそう呟きながら、テオは見栄を張って我慢していた腰の痛みを抑えるために、湿布を貼りに行くのだった。

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