第38話 紅い宝石の頁
「まずい…絶対にまずい……」
明かりだけが頼りの廊下を、ウルズはぶつぶつと口の中で何かを呟きながら歩いていた。
「やっぱりバルトに知らせるべきか…?いや…リスクが高すぎる……」
廊下に響きかねない静けさの中、ウルズはそんなことにも気付かずに、声が漏れるほどただ
✽✽✽
事は二時間前。
五芒星が集まり重要事を決める会議で――
「二週間もあれば、準備も整うかと」
ガルディはモノクルの位置を直しながら続ける。
「向こうの防御はガラス同然。こちらの準備が整えば、何の問題も無く、事は進むでしょう。例え向こうが攻撃を仕掛けてきたとしても、今まで通り、我らには大した被害もでなくて済むかと」
「よろしい」
アルトスは呟くように答えると、不意に立ち上がって声を上げた。
「二週間後、総攻撃を仕掛ける。異論はないな?」
「無いわ」
「よく分かんないけど楽しそうですわ!」
「賛成賛成〜!」
「ありません」
問いかけたアルトスと無言のウルズを抜いた五芒星は全員、異論を唱えることは無かった。
ウルズも黙ったままだったため、そのまま決定の流れとなり、アルトスの一声で会議は終了した。
面々が会議室から退出しようとしたが、アルトスはその内の一人を呼び止めた。
「ウルズ、すまないがちょっといいか」
「はい?!あ、はい…」
一瞬だけ誰が呼ばれたのかと思ったが、アルトスの視線が明らかに自分に向けられてることに気付くと、やっとウルズは歩く方向を変えた。
「これに、見覚えがないか?」
皆が退出した後であるのに、珍しく声を潜めながら話すアルトスの様子を不思議に思いながら、ウルズはアルトスが差し出した手の上に置かれてる物を見て、ギクリとした。
見覚えのある、真っ赤で大粒のルビーだった。
綺麗な涙型に整えられたルビーは、何かに繋がっていたかのように尖った部分に小さな穴が開けられている。
「…な、何で俺にそんなことを聞くんすか…?」
ウルズは震えた声を隠すこともできず、逆にアルトスに問を投げた。
「知っているんだな?やはり」
アルトスが自分の中で結論に至っても、ウルズは何一つ言葉にしなかった。
確かにウルズは知っていた。
その石は紛れもなく、あの銀髪の少女が受け取ったであろうチョーカーについていた石に違いが無かった。
最初で最後と決めた恋人が、愛しい妹のためにアイリスと選んだんだと自慢気に話していたのを、今でもはっきりと覚えている。
そして更に、その持ち主である銀髪の少女が、己の復讐のためにここに潜り込んでは何かしら情報を集めているということを、ウルズは前の晩に、
しかし本当に解らない。
何故、自分がこの石を知っていると思ったのか?
ウルズには皆目検討も付かなかった。
そんなふうにウルズが頭をフルに回そうとしている中でも、アルトスは尋問の様な問を止めることはしなかった。
「ではこれは、数年前に私達の意思に背いて今も逃亡中の少女のもので間違いないか?」
――そこまで解っているのか?!!!
思わず上げようとした叫び声を、ウルズは必死に飲み込んだ。
「そこまで解ってて、俺に何を聞くっていうんですか?」
「いや、確認をしたかっただけだ。お前は確か、その少女の姉と仲が良かったんだろう?」
この人は一体
ウルズはアイリスとバルトにしかその事は伝えていなかったし、確かに写真は今でも持っているが、それを落としたこともなければ、人に見せたことも無かった。
しかし、確かに姉と仲が良かったなら、妹を知っていて当然と思うだろう。
逃亡者の特徴やら家系などは資料として保管されているし、ずっと彼らの手を焼かせてきた少女の事を、この物覚えの大層優れる男が覚えていないわけがなかったのかもしれない。
「お前ならきっと、知っていれば正直に答えてくれるだろうと思ってな。……運が良ければ、居場所も」
「……俺がその少女をこの城の何処かに匿ってるとでも言うんですか?
生憎ですが、俺は貴方とは別の意味で、彼女を探したいと常々思っているくらいです」
「いや、そう思わせたならすまない。安心しろ。私は仲間を疑うことを何より嫌うんだましてやこの五芒星に選ばれたからには、お前が裏切り者ということはまず無いだろう。」
「では何故?」
「いや、君が何も知らないというなら、本当にそうなんだと思うから言おう。結論から言えば、この石の持ち主が、この城での書類紛失に大きく関わっていると考えている。」
真実を知っているウルズには、どうしてもこの男の存在が怖かった。
ここまで、何故、筒抜けとも言えるほどに、このアルトスという男は全てを解ってしまうのか。
「その理由は?まさか直感だなんておっしゃいませんよね?」
「まずこれは、石の持ち主が変わっていなければ、という条件がつく。変わっていなければ、答えは明白だ。少なくとも、城内の者ではないのは明らかであり、そして、この城内で暗殺やら物騒な事が起きたことは無い。そうと決まれば、やる事なんて盗み以外に何がある」
「そう頭ごなしに決めつけても、良いことはないと思います。持ち主が変わっているかもしれませんし…」
「ならもっと言おう。私はこの前、銀色の長い髪の毛が研究室の机に残っていたのを見つけた。それも一度じゃない。そしてその時には必ず、何かの書類が紛失している。奇跡的に、この城内で銀髪の女はいないし、男はみんな短髪だし研究者にはいない。」
ウルズの前には絶望の二文字が浮かんだ。
――間違いなく露見している
ウルズにはそう思えて仕方がなかった。
「個人的に姉の恨みを晴らすつもりか、魂をスラスタに売ったかは知らんし、興味もない。だが…あの能力は本当に惜しい。もしその少女を、見つけられた時には、こちらへ引き込むつもりだ」
「諦めていたんではないんですか?!」
いよいよ話の向かう方向が、危険に満ちてきた。
彼女がそれを受け入れるわけがなく、受け入れなかった者の末路は、嫌というほどウルズは知っていた。
その末路を見るのは、自分の嘗(かつ)ての恋人だけで充分だった。
「諦めるわけがない。ましてやここまで私たちを手こずらした人間は初めてだ。死ぬ寸前まで拷問にかけてでも、国王に忠誠を誓ってもらう」
余程気に食わないのか、ウルズが顔を青くしていくのにも気付かずに、アルトスは話を続けた。
「その日だって、こうして侵入に気付いたのだから、そう遠くはないはずだ」
「そ…そうっすね……」
明らかに動揺しているウルズを見たアルトスは流石にしまったというような顔をした。
「いや、すまない。そりゃあ確かに君としては心が痛いな。恋人の妹でもあったわけだから。まぁもし少女を捕まえることがあったら、痛い目を見る前に仲間には入れとお前から説得でもしておいてくれ。五芒星として、面会はいつだってできるわけだしな」
少女が捕まることを前提で話すアルトスを、ウルズは半ば呆然と見ていた。
「…あぁ、これは君にあげておこう。私には必要がないからな」
話が耳に入って無いように見える青年に赤い宝石を握らせると、アルトスは「では」と言って部屋を退室した。
結局何だったのか、ウルズはそんなことを考えながら、ただ呆然と掌に怪しく光る、紅い血のような大粒のルビーを、最初に差し出された時のように見つめていた。
「サラ…俺はどうしたらいい…?」
今はもうこの世にいない彼女に向けた言葉を、別の小さな影が聞いていたことに、ウルズは気付かなかった。
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