第37話 五芒星の頁

 壁に取り付けてあるぼんやりとしたいくつもの蝋燭の灯の揺らめきが、昼間でも薄暗い廊下を照らしている。


終わりがなかなか見えない廊下から、規則正しい二つの足音が響く。


「全く…何故あのような事に…」


嘆かわしいと言わんばかりの語調で呟く低い男の声が、廊下に小さく響いた。


男の色の白い顔は、恐らく三十代なのだろうが、眉間による皺のせいか、角度を変えれば四十代に見えなくもない。


重装備に、金の刺繍が入った濃紺の外套。


長剣の鞘も豪華なもので、それが一層、彼の持つ貴族のような、どこか高貴な雰囲気を助長しているようにも見えた。


「あら、貴方が自分が決断した事を後悔するなんて…明日は雹でも降るのかしら?」


男の隣を歩く女はクスクスと面白い物でも見ているかのような声で男に問いかける。


「黙れイレーナ。お前に嗤われると、この上もなく不快だ。虫唾が走る」


「あら、そこまで言う必要はないじゃない。酷い人ね」


イレーナと呼ばれた女は言葉とは裏腹に大して気にしていないようで、特に顔を曇らせることも無かった。


二十代と見えるこの女は、真っ赤な長い髪を、一つの大きな三つ編みに結っている。


その髪には、真ん中に豪華な緑の石のはめてある、羽をモチーフとした金の髪飾りが付いていた。


金の瞳は魅惑的で、見詰められたらそのまま目を離せないような、不思議な力がある。


真っ黒なドレスは胸元が大きく開いていて、それなのに上品に見える。一目で高価なものだと判る物だった。


上品な雰囲気や目元にある黒子ほくろが大人しそうなイメージを掻き立てるが、性格は非常に積極的で、これまでに数多くの男を誘惑したという、嘘か本当かも判らないような噂がチラホラとよく飛び交う女だった。


「一応陛下に使える部下なのだから、お互い表くらい仲良くしようとは思わなくて?」


男の眉間に刻まれた皺は一層深くなっていた。


「…何故お前が『五芒星』に選ばれたのか、甚だ疑問だ」


男の言葉に女は目を丸くする。


「あら、私だって貴方が選ばれた理由が解らないわ。ただ忠誠心が人よりちょっとばかし強いだけなのに…」


お互いただ前を見て歩きながら話しているが、確実に二人の間では敵対の火花が散っていた。


二人の相性は水と油のようである。


「そう言えば、ルイとレイはどうした」


「あの二人ならきっともう会議室にいるんじゃないかしら」


「邪魔なだけなのだがな…」


史上最年少の双子の五芒星 ・ルイとレイは悪戯好きで、重要な会議の時もよく他の五芒星の邪魔をする。


正確には二人共、まだその会議の重要性というものを知らないだけなのだが、それだけに余計に厄介なのだ。


大きな両開きの扉の前に来ると、自然に扉は開き 、豪華な部屋が二人を出迎えた。


イレーナの推測通り、中にいた双子の姉弟が二人に駆け寄る。


「「アルトス様!イレーナ様!」」


小さなシルクハットを頭につけた双子は、入ってきた二人に礼儀正しくお辞儀した。


白い癖のある髪の男の子・ルイは、ストライプ柄のワイシャツの上にサロペット。すねまでしかない白いハイソックスに、黒い靴という、全体的に大人しい色でありながらも、どこかサーカスにいるような、浮いた格好をしている。


一方の女の子・レイは、真っ黒で膝にいくかいかないかというくらい伸ばした髪を高めのツインテールに結んでいる。


真っ黒なワンピースは、いわゆるゴスロリと言われるような、赤いレースに赤いリボン、赤いフリルを、これでもかというほどつけた服を着て、白いタイツにルイと似た形の黒い靴を履いていた。


服装だけでもかなり個性的な二人だが、最大の特徴はオッドアイであり、ルイは青と黄、レイは赤と黄の瞳を持っていた。


異質な雰囲気を持っている二人だが、その雰囲気を除けば、服に限らず、人形のような愛らしい容姿の双子だった。


「「おはようございます!」」


アルトスと呼ばれた男は無表情のままだったが、イレーナの方は二人が可愛くて仕方がないらしく、二人の目線まで屈んでニコニコと挨拶を返した。


「まぁ、ご機嫌が良さそうで何よりですわ。

 今日も元気ねルイ。今日も可愛いわねレイ」


元気だと呼ばれたルイは一層表情を輝かせ、レイと呼ばれた少女も嬉しそうに薔薇色に頬を染めた。


「呑気なものだな…」


三人の様子を見たアルトスは、堪えきれずに溜息を漏らした。


「あら、いくら戦争中と言えど、多少の休みは必要ですわよアルトス。このように可愛らしい癒やしが存在するから、私だって頑張れるのですわ。」


そう言われたアルトスは、二人の頭を撫でくりまわすイレーナを一瞥すると、無言で上座に腰を下ろした。


それと同時に部屋の扉が再び開く。


「遅れて申し訳ありません」


モノクルをつけた三十代前半と見える男が一礼をしてから入って来た。


「ガルディか。遅いぞ。」


ガルディと呼ばれた男はアルトスの声に申し訳無さそうに深々と礼をした。


「弟から報告が来ていたもので…」


「!ベルディからか」


「あら…ここ二年、情報という手紙すら持ってこれなかった伝書鳩が、今更何の御用かしら?」


ベルディという名前を聞いた途端、イレーナの態度は刺々しい物に豹変する。


ベルディは五芒星の彼の兄・ガルディにスパイの仕事を任せられていたが、その仕事を果たしたのはたった一回。スラスタ王国の大臣たちの名前を知らせただけだった。


五芒星の中では兄のガルディとアルトス以外は皆、ベルディを既に裏切り者と見なし、連絡は無いものと決めつけていた。


「スラスタの元帥の座を、ベルディが奪い取ったようで…」


「本当かそれは?!」

「あら…」


報告するガルディでさえ信じられないというような顔をしながら続ける。


「何でもバルティオを失脚させる事に成功したとか…」


「あの男を…ふむ、なかなかやるな…」


スラスタの初代元帥の噂については、まだスラスタ王国ができる前から、アルトスは耳に挟んでいた。


普段なら聞き流すような噂をこの男が忘れなかったというのは、それだけ彼のことを危険視していたということだったのだが…


――存外、脆かったな。


一安心と思いながらも、どこが残念に思っている自分がいることにアルトスは驚いた。


「報告が遅れたのは、余りにもスラスタの警備が厳重だったからとのこと。しかし元帥として、怪しまれない程度に警備を弱めたので、こうして報告をやっとこちらにできるようになったとのことです。」


「だからといってちょっと慎重になりすぎじゃなくて?余りにも時間がかかりすぎて皆呆れてると伝えてもらえないかしら?」


「ごもっともでございます。伝えておきます」


「すみません!遅れました!!」


少し朗らかな空気に騒がしい空気が入り込んできた。


「ウルズか。監視、ご苦労」


ウルズの登場でアルトスはすぐに緩んだ心を引き締めた。


「特に異常はありません。今はクレールの方に任せています」


「よし、では定刻より早いが、これから会議を始める」


アルトスの声に、全員は直ぐ様、自分に与えられた席に座るのだった。

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