第33話 意志強き女王の頁-7-

 夜中、二時を回り、やっと皆が寝静まったであろう頃、アイリスはある人物の部屋の前にいた。


「……………うぅ…」


――やはり夜中はまずかっただろうか…いや、しかしきっと皆が起きている頃ではきっとあいつは何も話さないだろう…いやだが、こいつまで寝ていたら意味がないではないか!!


部屋の前でずっとそわそわと落ち着きがないその様子は、まるで教師に呼び出された子供のようだ。


まだノックもしていないというのに、アイリスはあれこれ考えながら、何故か部屋の中の様子を知ることができないかと、その付近をうろうろとしだした。


扉に穴が開くのではないかと思うほど扉を見つめていたかと思えば、いきなり扉に張り付いて、隙間から中を覗こうとする。


見えないことが判ると、今度は中の音を聞こうと扉に耳を隙間なくくっつけようとした。


そんなことをして十数分後、丁度アイリスが耳をくっつけて十五回目、いよいよ不審者じみてきた頃に、部屋の中から音が聞こえた。


「――っ!!!はぁ…はぁ…」


いきなり声になっていないような声が聞こえると、跳ね起きるような音がした。


うなされていたのだろうか。バルトにしては珍しく息が上がっているようだった。


「…四十五分…か…まだマシだな…」


バルトの呟きを不審に思ったアイリスは、近くにあった時計を見た。


まだ二時半も回っていない。では、四十五分とは…?


――睡眠時間…か


結論に辿り着いたアイリスは、何とも言えぬ嫌な感情に支配された。


――マシだと?たった四十五分の睡眠がか?今までもっと短かったことがあったってことか?いや、そもそもどれほど嫌な夢を見た?


始めは心配で全てが覆われたが、徐々に怒りや悲しみがそれを蝕んでいく。


――あいつが息を上げることなんて…そもそもそこまで思い詰めるほどまでになっていて、何故私に限らず皆に相談しないんだ…?!


色々思考を廻らしていると、バルトが起き出して、何か支度をしているような音が聞こえてきた。


結構しっかりと準備しているようだ。


――何をしようとしているんだ……?


そう思っているうちに足音がどんどん近づいてきた。


急いでドアから離れると、それとほぼ同時に、バルトが外に出る時のように、武器を装備した状態で出てきた。


「…………」


アイリスを見て、一瞬だけ訝しげな顔をしたバルトだったが、直ぐに無表情に戻り、彼女を無視して何処かへ行こうとした。


「お、おい待て!!!」


アイリスが急いで追いかけてその手首を掴むと、バルトはやっと歩くのを止めた。


「…話がある。部屋に戻れ」


「…断ったら?」


久々に自分の声に応えたバルトの声は、氷よりも冷たい空気を帯びていて、昼間の態度など微塵も感じさせなかった。


敬語じゃないところだけが、唯一の救いだろうか。


アイリスは一瞬バルトの冷たさに怯んだが、直ぐに語気を強めて言い放った。


「王としての命令だ。戻れ」


「……………はぁ…分ぁったよ」


全てを諦めたかのように言い捨てたバルトに、沸点の低いアイリスは、怒りで頭から湯気を出していた。


「お前…!!そんな言い方があるか!!私はお前の事を心配して…!!」


憤慨されたことを解せないとでも言うような、少し苛ついたような眼でバルトは彼女を一瞥した。


「心配しろと言った覚えは無い」


「心配して何が悪い!!!お前の様子が余りにもおかしいから話を聞いてやろうと…!」


「別に話す事なんてねぇよ」


――今日の昼にカインに言われたことをもう忘れたか…!!!


そう言おうとしたが、それはバルトの崩れ落ちた音に防がれてしまった。


「ぅっ……」


呻き声を漏らし、肩で息をし始めるバルトに、アイリスの怒りは一瞬も置かずに吹き飛ばされた。


「バ、バルト…?」


「っ……!」


一分もしないうちに、バルトは片方の手で頭を抑え始めた。


もう片方の地面についた手は、地面をつかもうとしているのかと思うほどに力を込め始めている。


その時、アイリスはいきなり穴に突き落とされるような、形容し難い恐怖を感じた。


バルトがこのまま死んでしまうのではないかという恐怖だった。


「バルト…?バルト?!おい!!!バルト!!?」


アイリスも急いでしゃがんでバルトの顔を覗きこもうとするが、影が邪魔して彼の様子を見せようとしてくれなかった。


「い…嫌だ!しっかりしろバルト!!」


思わず肩を揺すったが、自分が叫んだり彼の肩を揺らす度に苦しさを一層増して見せる青年にやっと気付き、尚更、焦りだけが増していく。


そんなアイリスを置いていくように、青年の肌の色は着実に病的なものになり、脂汗が浮かんできているのが見て取れた


「やだ…やだ……バルト…バルトぉ……」


溢れだした涙を拭くのも忘れて地面についた彼の手に、自分の手を添えることしか、アイリスにはできなかった。


「だ…誰か呼んでくるから…だから…待ってろよ…?私がいなくなっている間に…し、死んだりなんかしたら…許さないからな?!」


何とか足に力を入れて立ち上がりながらそう言うと、アイリスは廊下を駆け出した。


必死になって医師を叩き起こし、元の場所に戻った時には、バルトは既にその意識を彼方に飛ばしていた。

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