第31話 意志強き女王の頁-5-

「随分長く掛かってたみたいだなぁカイン〜?」


カウンター席でニヤニヤと意地悪そうに笑うバルトに、カインと呼ばれた少年は苦笑いを浮かべた。


「どうやら僕の作った料理についてアドバイスをしに来て下さったみたいでして…」


言葉とは裏腹に「参ったなぁ」と言ったような顔をする少年に、更にバルトはからかいの言葉を投げかけた。


「あぁ、あれかい?新作の『ゴーヤ入りマンゴーエビマヨサンド』かい?」


「はい…あれ美味しいと思ったんだけどなぁ……」


嘆息混じりの声を、バルトは笑い声で掻き消した。


「ありゃ無理無理!流石の俺でもきつかったわ〜!味が一致してねぇもん!不協和音もいいとこさ!」


「バ、バルトさんまで…!はぁ、また新作考えないとなぁ…」


とほほ…とでも言うように肩を落とすカインに、バルトはまだ笑い声を被せる。


「そんなに笑わなくても……さて、いつものメニューでいいですか?」


「おう!あれが何だかんだ一番 だ」


その言葉にまた苦笑いをしながら、カインは厨房の方に篭もりに行った。


暫くして戻ってきた彼の手にはお盆があり、その上には、綺麗に並べられたホットサンドウィッチと、綺麗な色に焼きあげられたチーズ入りのオムレツが食欲をそそる香りを漂わせていた。


「お待たせしました」


「いつもサンキューな」


腹が減っていたのだろうか、バルトは直ぐにサンドウィッチを手に取ると、口に頬張った。


「やっぱうめぇわ〜このハムサンド」


「そう言ってもらえると嬉しいです」


照れ笑いをしながら頭を掻く少年を、バルトは微笑ましそうに見ながら、しかしいつも通りのからかいの言葉を投げた。


「これで新作を考える能がもう少しあったらねぇ?」


「うぐっ……耳が痛い……」


本当に痛がるように耳を抑える少年を、バルトはまた愉快そうに見ながら、次のサンドウィッチに手を伸ばした。


「この様子じゃあ村に帰れたとしてもすぐにカフェはきついんじゃねぇの〜?」


「……そうかもしれませんね…」


カインは真面目にその言葉を受け取り、完全に落ち込みきっていた。


「おいおい冗談だって〜!何だっけ?ルリ?とかいうお嬢さんだって「美味しい!」って食ってくれたんだろう?自信持てよ〜!」


「自分が落ち込ませたんだろう」とツッコミを入れたい気持ちを抑えつつ、カインは別のところにツッコミを入れた。


「ルリじゃなくてリルですって!もう三度目ですよ??」


「あ〜わりぃ悪ぃ、前まではスラッと名前なんて頭に入ったのにねぇ〜?

人とコミュニケーションを取る回数が減った途端、このザマさ!ボケんのも近いぜこりゃ〜」


バルト自身でも呆れたような言い訳に、カインは表情を曇らせた。


「終わる気配は…ないですよね…嫌がらせ…」


「世の中の連中ってのは他人を虐げることで自分を上げようとするからねぇ?無くなるほうが不気味さ」


何でも無いと言いたいようにオムレツを口に入れるバルトだったが、声色の変化をカインはきちんと聞き取っていた。


「無理に強がらないでくださいよ。せめてここを安息の地にしてください」


そう言われてバルトは「それもそうだ」と笑い返した。


「まぁあいつらが俺の料理に虫入れるようにしてくれたお陰で、この店を見つけられたわけだしなぁ。感謝しなきゃいけないねぇ」


そういうと、今度はニッと笑顔を見せた。


「もうちょっと素敵な見つけ方をされたかったですけど……まぁそこは別に問題でもないですね」


そう言いながらカインは、おずおずと最も聞きたいことをバルトにぶつけた。


「…やっぱり、軍を抜けるんですか?」


その言葉に、バルトはここに来て初めて苦笑した。


「正直悩んでんだよなぁ〜…だが、あのままじゃあきっと…いや、確実に、この国は保たねぇ」


話している途中から、バルトの顔は軍人、いや、元帥としての顔になっていることに本人は気付いていなかった。


「まず国内が二つに割れてる時点で相当危ない状態さ。それがこのまま続けば、いくら今は優勢でも、いつか必ずこの内部分裂の影響が出てくる」


「ふむふむ………」


「それは避けたいが、俺の味方だけじゃあ流石に無理だ。アイリスにも頼れねぇしな。だからと言って統一を目標に、ベルディに軍を任すのは、流石に俺にもプライドがある」


「プライド…ですか……」


カインの言葉に、バルトは思い直したように「いや…」と付け加えた。


「んなことより何よりも、俺が抜ければ…」


一旦、スゥっと息を吸うと、バルトはまた違う顔になる。


「護ると決めたあいつを、あの危険な場で独りにさせちまう」


――男の顔だ


カインはその顔を、ただひたすらに格好いいと思った。


心を寄せる相手にしかできない顔なんだろうと、カインは直感で感じ取った。


「まずあの場を離れるってことは、忠誠を誓ったことに対する裏切り行為に他ならない」


笑顔を消した彼の瞳は真剣そのもの。


男というのは恋でここまで人が変わるものだったか?と、カインは思った。


しかし、だ。


このままの彼が、女王様を完全に守れるとは、カインには思えなかった。


「…バルトさん。僕が聞いている限り、貴方は軍に残りたいがために、女王様を言い訳の一つとしてるに過ぎませんよ」


「ん?」


いつものカインは黙って話を聞いているだけだったが、これはどうしたことか。


そう思った後、「これもまた面白い…」と感じたバルトは、そのまま彼に続きを促した。


「例え、近くに居なくても、女王様を護ることはできます。バルトさんだって、それは解っている筈です。勇気がないだけです。今、その決心に何かを言われたら、簡単に揺らいで倒れてしまう。そう思い込んでいるだけです。そう思い込ませているんです。自分自身に」


「ほうほう?」


バルトは、口は軽く話を促すだけだったが、手では食事を終えた皿を横に退けて、真剣に聞いていると態度で示した。


「軍の様子を今まで聞かせてもらっていましたが、きっと、女王様は心配していらっしゃいます。本領発揮どころか、力を抑えつけられている貴方に、もどかしさだって感じている筈です。何も知らない僕でさえ、そう感じるんですから」


「………」


「女王様を護るというのは即ち、女王様の不安も取り除かなくてはいけない。本末転倒している状態で、女王様を様々な事柄から護りきれますか?」


そこまで一気に話した後、一旦カインは話を止めた。


バルトは叱られた子供のように、何処か落ち着かない様子でチビチビと水を飲んでいる。


うんともすんとも返さない、いや、返せないバルトに、カインは語調を強くして更に続けた。


「女王様には、この事をお話するべきです。話して、そして力になってもらうべきです。そして貴方が本当に力を発揮できる場所を見つけてもらったり、自分で見つけるんです。まずは自分自身を固めなくては、意味が無い。貴方が傷ついているのを見せて、大切な人を不安にさせてはいけません」


普段は穏やかなカインがここまで熱くなってバルトを説得する理由は、彼の想いにや考えに惚れ込んだというのもあるが、他にももっと別の理由がある。


慣れない戦場で死にかけた少年の命を助け、この街に入れてもらい、またもう一度、桜の少女に会える可能性を残してくれたのは、他でもない、今目の前にいるスラスタ元帥だったのだ。


こんな形の恩返しでも、元の彼に戻れるチャンスができるなら…と、カインは思っていた。


元の彼など、カインは余り知らないというのに。


「ははっ、なるほどねぇ…なるほど、確かに、お前の言う通りだなぁ…」


意味も無く何処かしらに視線の焦点を合わせながら、バルトは水を飲み干した。


「まぁ……すぐに実行はできなさそうだが…」


珍しく弱音を吐く青年に、カインは優しく諭すように言う。


「焦らずに、落ち着いて、自分の心の声を話せばいいだけですよ」


ニコッと笑うカインに釣られてバルトも笑い声を上げる。


「はははは!それもそうだな!んじゃあそろそろ戻るよ。ご馳走さん!」


バルトはきちんと料金を置いてくと、店を出て行ってしまった。


「忙しい人だなぁ……」


そう思いながらカインは厨房の方につま先を向けた。

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