第27話 意志強き女王の頁 -1-
天蓋のついたベッドに体を沈めながら、アイリスは数分おきに溜め息を吐いた。
「………………」
初恋、幼馴染且つ片想いの相手と、ずっと行方不明だった幼馴染であり、大親友の妹。
この二人との再会。
再会と聞けば喜ばしいものに聞こえるが、実際はそんなに良いものでもなかった。
例えばあの時………レシカに刃を突きつけられた時、アイリスは死を覚悟した。
その後、激情したレシカが能力を発動したのが判った時の、頭が真っ白になった感覚は、恐怖という名でアイリスの心臓に刻まれている。
彼女の能力の恐ろしさは、彼女の姉から何度も聞かされていたからだ。
彼女の怒りは誤解と言えど最もだと思いつつも、やはり昔、仲良くしていた相手にあのようなことをされると、アイリスも傷つくものがあった。
いや、それよりも、バルトに無視されたことのほうが、アイリスにとっては堪え難いものだっただろう。
勿論、相手の意図することは理解しているつもりだが、それでもやはりくるものはくるのだ。
「………返事くらいしないか馬鹿者が…」
誰もいないのにも関わらず、涙目になりかけた瞳を必死に枕に埋めて隠した。
――嘘だったのだろうか
ふと思った考えを、必死に頭を振って掻き消した。
――そんなわけが無い
アイリスは俯せたまま手だけを彷徨わせた。
その手が小箱を見つけると、そのまま蓋を開き、中身を取り出した。
取り出す際に箱が落ちたが、それも気にせずにアイリスは中身の物を目の前に持っていく。
一通の手紙。
封筒ごと残されたその手紙を開けば、端正かつ力強い文字がびっしりと書き連ねられている。
「……泣いていては…だめだ…な……」
声すら潤ませながらも、その目の決意の炎は再び確かな光を湛え始めた。
その時不意に、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「アイリス様。少しよろしいでしょうか?」
アイリスはそれを聞いて電光石火の勢いで身なりや部屋を整えた。
「入れ」
「失礼致します」
入ってきたのはまだ三十代前半の男だった。
モノクル越しの紫の目。
後ろで軽く束ねられた茶混じりのグレーの長髪。
アイリスは、どこか冷たい空気を持つこの男…ベルディ・ベトライヤーという男に、どうも信頼を寄せられなかった。
「何かあったか」
「はい、アナスタチア王国のことなのですが…」
彼は元帥としての仕事を全うしている。
それは当然といえど素晴らしいことだ。
しかし、彼の方針とアイリスの方針は、相容れたことが一度もなかった。
「…連日連夜戦い続けているのはマズイだろう。兵を回復させなければいけない。一旦休ませたほうが――」
「いえ、アイリス様。今ここで叩けば必ずあの地域は制圧できます」
このザマである。
「お前はもう少し労りの気持ちを持ったらどうだ?休ませても間に合うだろう。バルトは決してそんな無理をさせなかったぞ」
「アイリス様。お言葉ですが、私はあの裏切り者とはやり方も、考え方も違います。あんな奴のやり方に、沿おうなどとは思いません」
『裏切り者』という言葉にカチンときたアイリスだったが、必死にそこは堪えた。
「……良いところだけ吸収しろというのだ。そんな事では兵の信頼を失いかねない」
「申し訳ございませんが、あの者のやり方は甘すぎます。良いところなど全く見いだせませんでした」
「………………」
「他の者も同意見でしょう」
「……お前の『他の者』という括りに、兵たちは入っていないようだな」
「まさか。入っているに決まっています」
「………」
――この男、どこまでバルトを嫌うのか…兵士たちからの前元帥の評価は、寧ろ高いものばかりだったではないか…
アイリスが心の内で悪態をつこうとすると、ベルディはそれを制するかのようなタイミングで再び口を開いた。
「アイリス様。あなたは少々…いや、かなりバルティオという男に肩入れしすぎていると私は感じます。一体いつまであの男を好いておられるつもりですか?
もうあの男はここにはいないのですよ?」
アイリスは眉間に皺を寄せた。
「それは関係ないだろう」
「大有りでございます。いい加減目をお覚ましくださいませ」
最後の文が、アイリスの堪忍袋の緒を斬った。
「…もういい。下がれ」
「いえ、まだお話は――」
「いいから下がれ!」
とうとう声を荒らげたアイリスに、ベルディは黙って一礼すると、逃げるように部屋を出て行った。
「………………………」
アイリスは再び思考の渦に身を任せ始めた。
――バルトが裏切り者のレッテルを貼られることになったのは…
「きっと…私のせいだ……」
そこまで言うと、アイリスはその場で泣き崩れた。
アイリスには、その後悔を嘲笑う声が、どこからか聞こえるような気がした。
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