第28話 意志強き女王の頁-2-

 戦争が始まる一ヶ月前。


スラスタ王国の女王として、アイリスはバルトを呼び出した。


「失礼しますよ〜っと」


「お前は公私の場をどこまでもわきまえないな本当に…まぁいいが…」


呆れ顔のアイリスにバルトはニヤッと笑ってお決まり文句を言い放つ。


「俺は俺のやりたいようにやるだけさ」


「お前のその信念はそろそろ見上げたもんだ」


溜息混じりにアイリスが言うと、バルトは「はははっ!」と豪快に笑い飛ばした。


暫く呆れた目でそれを見ていたが、きりがないと感じたアイリスは一つ咳払いをして話を切り出す。


「さて…呼び出しの要件なんだが……」


「あぁそれそれ、何の御用か是非聞きたいねぇ?」


戯けた調子で言うバルトに、アイリスは真面目な声で答えた。


「お前にこの国の元帥を任せたい」


てっきり軽い返事で了承してくれるだろうと思っていたアイリスは、バルトの次に発した声に目を丸くする。


「…それ、本気ガチで言ってんのか?」


目の光も明らかに変わっていた。


「……………私は、本気だ」


アイリスの答に、バルトはもう一段階眼を鋭くする。


「もしそれを受け入れれば、俺は管理の立場として最年少…どころか未成年だ。納得するやつも少ないだろうし、むしろ反感を買う可能性がある」


「そうだな」


「その反感が全て俺に向けばいいが、下手をすればお前の任命責任を問われるぞ?」


アイリスはそこでバルトの反応を理解した。


彼としては、主人である彼女に振りかかるリスクを徹底的に防ぎたいのだろう。


それこそ、できるものなら全て。


彼は生来の性格からして、見た目や態度とは裏腹に、慎重に物事を考える人間なため、尚更そのようなものに対する危機感は持っているのだろう。


「リスクを考えれば、俺よりも向く人間はいるだろう」


「それを踏まえた上での決断だ。文句は言わせん」


アイリスは、アナスタチア王国の様な絶対王制を却下し、極力民主主義に近い立憲君主制を取り入れた。


それは逆に、このような場合では、アイリスが余り大きな動きに出ることができなくなることを意味していた。


だからこそ、大臣の任命に、バルトは一際注意を払っていたのだ。

…アイリスが執拗に自分の意志のみで決めたがっていた元帥以外は。


「私が理由無しにお前を選ぶと思うか?」


「…まぁお前はそこまで馬鹿じゃねぇわな」


「まぁ理由は単純だがな…」


「ほう?そりゃまだどんな理由だい?」


「簡単な話さ。餅は餅屋だ」


アイリスは、父から与えられた補佐の元いた部署を全て把握していた。


そして、スラスタでも同じような仕事ができる部署に嵌めこんだのだ。


国の安定を目指す今、無理に一から作ろうとするよりも、基盤を作り後々修正した方が効率も上がるとアイリスは判断したのだ。


「お前は強い。それに頭も良いだろう?」


「…さぁねぇ?」


「とぼけても無駄だ。四六時中城にいた私がお前の噂を聞かないわけがないだろう。

五芒星に抜擢されなかったのが不思議なくらいだったと聞いたぞ?まぁ、私もそれは思っていたが………」


「御縁がないってことさ。そもそも土下座されても断るつもりだったしな」


その答えはアイリスにとって意外なものだった。


「…………給料がぐんと上がるのにか?」


本人が口にしたことはないが、バルトの家は、決して裕福と言えるような家庭じゃなかったはずだった。


まだ二人が道場にいた頃、バルトは一時期、家の手伝いで道場に来れなかったこともある。


だからこそ、給料は気にしているものだとアイリスは思い込んでいた。


「んー、仕送りはしてるけどそこまで給料に興味はねぇな〜。

この相棒を変えるつもりもねぇし、泊まり込みだから生活に負担はねぇし?」


背に背負っている相棒と呼ばれたアックスの持ち手を、子供をあやすようにぽんぽんと叩いた後、アイリスに向き直ってニッと笑った。


「そ、そうか…」


「まぁ兎に角、アナスタチアより明らかに快適な環境ってもんさ!ま、お前の創った国だけはあるわ」


「う、うむ…」


何だか照れくさくて頬を掻くアイリスを、バルトはニヤニヤと意地悪く微笑みながら見ていた。


「お〜?照れてんのか〜?」


「う、ううううるさい!!!は、話がそれたではないか馬鹿者が!!!」


手をばたつかせながら子供のように反論するアイリスを、バルトは珍獣を見るような面白そうな目で見ていた。


「ごほんっ!で、どうなんだ?引き受けるのか?」


まだ恥ずかしさから頬を赤くして聞くアイリスに、バルトは台詞とは裏腹に今度は素直に頷いた。


「まぁ?どうしてもって感じならなぁ?手伝ってやろうじゃねぇの!」


その言葉にアイリスはパッとした笑顔を見せた。


「そうか!!…あ、いや、良く言ってくれた。礼を言うぞ」


必死に威厳を取り繕うとするアイリスに、とうとうバルトは腹を抱えて笑い出した。


「あああああああああ!!!煩い煩い煩い煩い!!!笑うな!笑うなと言ったら笑うな!!!」


「ははははははははっ!!そりゃ無理な話だわ!!ははははははは!!!」


「黙れぇええええええ!!!」


暫くそんなやりとりをした後、アイリスはそうだと言った風にきりだした。


「あれだ、お前はまだ未成年だからな、流石にそこはアナスタチアの方法をとってお前の名は伏せておく。いいな?」


アナスタチアでは、未成年が五芒星に選ばれたときは、名前を控えることになっていた。


それは、未成年の人間を選抜した大人が責任を取るという意味でもあり、もし彼らが失敗した場合、今後の人生を進むに当たって、その失敗が邪魔にならないようにという意味でもあった。


「おう、了解した」


バルトはこれにも素直に応じると、用事があるとのことで退室した。


「想いは行動でってか?神様も憎いねぇ?」


ポツリと呟きながら、バルトは自室のある塔へと向かった。


この独り言を影から聞かれていたとも知らずに……

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