第25話 笑み絶えぬ青年の頁-4-

 一年後、結局行方不明のレシカは見つからないまま、バルトとウルズは道場の推薦を受け、最年少の若さで王国の軍に入った。


噛ませ犬だのとまで呼ばれていたウルズの場合は、サラの一件以来、王国への復讐の機会を得るためだけに今まで以上に特訓を重ねた成果とも言えようか。


そんな彼の姿を、バルトは少し哀れだと思いながら見ていた。


――復讐なんて、自己満足に過ぎねぇ。そんな事してサラが喜ぶと思うのか?お前は…


何度心の中で問いかけたかは解らない。


が、人の心は変えられない。


そう思っているバルトは、無闇にウルズの志を殺そうとは思わなかった。


「――ルト、おい、聞いているのか?バルト?」


気が付くとバルトの向かい側で座っているアイリスが、目つきを悪くしてこっちを見ていた。


「ん?お〜わりぃ悪ぃ!」


「……こっちは真面目な話をしてるんだぞ…?」


「悪かったって〜!で、何だ?」


実は国への復讐に燃えていたのはウルズだけではない。


アイリスもまた、初の女友達であり、親友であったサラを殺された恨みを、ウルズとは別の形で晴らそうとしていた。


「恐らく、父上がくださるのはここの地域だと思うんだ。ここならば、大きい都市はいくつかあるが、そこまで政治に影響はないからな」


「んまぁここら辺が妥当だろうな〜?」


アナスタチアからの分離独立。


アイリスは女だが、たった一人の王の血族を持つ者として、次の王位継承権を持っていた。


そのため、国の決まりにより成人する十八歳の誕生日に、国王から土地がもらえる。


本来ならそこで、国王に従った自治を行い、次期側近『新・五芒星』を決めるのだが、アイリスはそれを国からの独立に使おうと考えていた。


新たな国家を立ち上げ、国王を裏切る。


たった一人の親友は、彼女が成人となる一年も前から、とんでもない復讐計画の引き金となったのだ。


引き金というのは、『復讐計画』と言っても、実は復讐という理由が付け加えられただけだと言うほうが正しいからだ。


幼い頃から町を見て、国民とふれあい、彼らの本音を聞いてきたアイリスは、ある時期から既に、この国の政治に疑問を抱いていた。


必要ないと思えるほどの税、無駄に多い徴兵された兵士、強力な能力者へ対する扱い、偏った教育……数え上げればきりがない。


勉学に励み始めた頃から、アイリスにはこの国の行く末が手に取るように解った。


しかし、それを変えるにはこの国の根本を変えなくてはいけない。


国に染まった国民の意識を唐突に変えるのは、非常に難しい。


そして何よりも、今の制度で得をしている富裕層の反対が面倒臭い。


それよりは新たな国を創る方が、意識も一新できるし、新たな制度なども作りやすいだろうという結論にアイリスは至ったのだ。



しかし余りにも大きすぎる問題に、少し前まで、アイリスの決心はまだ揺らいでいる状態だった。


…が、あの姉妹の一件で皮肉にも、その決心が固まることになったのだ。


バルトとウルズが兵として城に出入りするようになって城内で相談できる者もでき、いよいよ彼女の動きは本格化してきていた。


「…だとするとやはり資源がなぁ……」


頭を抱え込むアイリスに、バルトも同感した。



バルトは『武』だけでなく、『知』にも優れる万能な人間として、軍に入った途端、同僚からは『陽気な天才』と謳われるようになった。


アイリスはそれを理由として、勉学の助っ人としてよくバルトのことを呼び出した。


バルトとしてはそんな自覚は微塵も無いし、寧ろ勉学は余り好きでは無いのだが、特に気にもしなかったので否定もしなかった。



「交通手段を整えちまえば、こんな問題簡単に片付くだろ。ただ環境を壊したくねぇってやつがいるかもしれねぇから、そこは考えねぇとな。無駄な開発は金も信頼も無くすから、慎重に考えといたほうが無難だろ?」


「ふぅむ…なるほど………」


腕組みをしたアイリスから、フワッと爽やかな香りが漂ってくる。


甘すぎず、石鹸にも似ていながら、しかし花のような香りの正体は、彼女の名と全く同じ『アイリス』という名の花の香水だった。


何でも本人曰く、「私だって女なんだ!お洒落して何が悪い!」ということらしい。


アイリスなりの、さり気ない女子らしさのアピールだった。


しかし、バルトには、その感覚はよく理解できなかった。


「…………なぁ、バルト」


急に声のトーンを落としたアイリスの声に、再び思考の海に沈んでいたバルトは現実に引き戻された。


「んぁ?何だ?」


普段の調子で声をかけるも、アイリスはちっともその真面目な態度を変えない。


「…本当に…本当に付いて来てくれるか……?独立を果たせたら、本当に…」


「だ〜か〜ら〜、そういう心配は御無用だって〜の!大丈夫さ、果たす前から付いてってやるから」


それを聞いたアイリスは、心底ホッとした表情で椅子の背もたれにもたれかかった。


「せめてそっち行く時は出世させてくれよ〜?」


「ん?あぁ、そのつもりだ」


「冗談だっての〜!いらねぇよ俺に大役なんて!」


はははと笑うバルトに対し、アイリスは至って真面目だった。


「私は本気なんだが………」


「こんな歳で重役とか務まるかって〜の!」


「サラたちを襲った側近なんて、 十歳だぞ?」


「俺とあいつらは次元が違ぇよ〜。それに俺は『ミスフィット』だぜ?能力とは無縁な俺が出世する道なんて、博士とかそこら辺しかないのさ」


「それは『アナスタチア』の話だろう?私は新王国の……『スラスタ』の話をしてるんだ」


「…あ〜もう無し無し!この話は終了!その時と場に任せようぜ?」


「むぅ………いつもそう誤魔化しおって………」


話がまずい方向に進むとのらりくらりと逃げまくるバルトに、アイリスはむず痒い思いを常にさせられっぱなしだった。


――このままではもしかしたらもしかするかもしれない…


どちらかというと私事の方で、アイリスはバルトにより強い不安を抱いていた。


「何だよ〜その不安そうな目は〜?」


「当たり前だ!全く…お前みたいな部下を将来持つと考えると、夜も眠れんわ……」


アイリスがわざとらしく溜息を吐くと、バルトは「ははは!」と大きく笑った。


「そんなに不安ならまじないでもしとくかい?」


「呪い?」


言うなりバルト椅子から立ち上がると、今度はアイリスの前で立膝をついた。


「……!」


「俺の頭に手、置いてみ」


アイリスはこれを知っていた。


呪いなんかではない。


これは忠誠を誓うときの、儀式みたいなものだったはずだ。


今では五芒星を任命するときにする儀式で行われる。


手を置けば、永遠の主従関係を認めるということになってしまう。


――何故、今…今、こんな事を…?


アイリスはバルトの思考が解らなかった。


解らないのはいつもの事だが、今日ばかりはその意図を知りたいと思った。


しかしそれを聞く勇気もなく、勝手に感じる無言の圧力に促されるまま、アイリスは震える手でバルトの頭に手を置いてしまった。


――あ…………


アイリスは思わず、パッと手を離した。


「なっげ〜な〜?膝痛めるかと思ったわ〜」


特に何も無いような感じでバルトは置かれた瞬間立ち上がった。


もうこれで、彼女と彼が従える者と従う者という関係でしかいられなくなったのだ。


「す、すまない、何だか緊張してな…」


「ま、お前ならそりゃ意味くらい解るか。とりあえずこれで俺は裏切り行為はありえないっつう訳さ」


何気ない様子でアイリスに背を向けたバルトは、一瞬だけ暗い表情になった。


わざわざ形にして忠誠を誓い、自分の浅ましい心に蓋を閉じるつもりだったが、存外、心というものは都合よく動いてくれない。


――とはいえ、政治にとって、恋愛っつうのは邪魔にしかなんねぇしな


全てはアイリスのためだと、バルトは無理矢理自分を納得させた。


一方のアイリスも、かなりダメージは受けたようで、明らかに纏う空気は沈んでいた。


――これではまじないどころかのろいではないか………


アイリスが浮かない顔のまま顔を上げると、バルトが苦笑いしながら彼女を見ていた。


「おいおい、そんな暗い雰囲気出すんじゃねぇよ〜?それともあれか?俺がお前に忠誠誓うのは不満だったか?」


「まさか!……寧ろ…安心していたところだ」


まだむず痒い空気が部屋を漂う中、一人の兵士が部屋の扉をノックした。


「失礼します……おいバルト、ウルズが呼んでるぞ。急用だと」


「急用?あいつも忙しいな〜まぁ行くか、サンキュ!」


用を言うだけ言うと、呼びに来た兵士はさっさと出て行ってしまった。


「今日はすまなかったな。また頼んでいいか?」


「おう!いつでも呼んでくんな!」


バルトが部屋を出て行った後、アイリスは古い本を取り出して、必死に忠誠の誓いの解き方を探した。

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