第24話 笑み絶えぬ青年の頁-3-

 それから十年近く経った。


しかし、月日が経っても、四人の仲の良さは全くこれっぽっちも変わっていなかった。


……極一部、サラとウルズを除いては。


「ウルズ…明日なんだけど……稽古終わったら…さ……?」


「あぁ、約束してたよな。何処行く?」


仲良さそうに手を繋いで先を歩く二人を、アイリスとバルトは後ろから眺めていた。


「俺たちがちょ〜っと手助けしたら…」


「本当にあっさりとくっついたな…」


アイリスは余りの二人の熱々ぶりに、とうとう頬を染めて目を逸らしてしまった。


「まぁ面白いじゃねぇか〜。ああいうのは見てて微笑ましいぜ」


そう言いながらニヤニヤして二人の様子を見るバルトの顔を、アイリスは何処か寂しげに覗きこんでいた。



あの二人が両想いなのは、火を見るよりも明らかだった。


が、その二人の両片想いは、何年経っても一歩の進歩も見られなかったのだ。


そこでアイリスがバルトに提案し、少し雰囲気を作りあげたら、ウルズから告白し、すんなり恋人という関係になったのだ。


アイリスはサラから、バルトはウルズから惚気をよく聞くようになり、聞く側に回る二人は既に聞き流すレベルになっていた。


今じゃ道場では有名な『バカップル』である。


因みにサラの妹のレシカはと言うと、付き合ったことを祝福はしたものの、姉を盗られた気がしてウルズに軽く嫉妬をしていた。



「はぁ、幸せそうだが、あそこまで幸せそうにされるとそろそろイライラするな…」


アイリスがやや不貞腐れてそう呟くと、バルトは意地悪そうな顔を、今度はアイリスに向けた。


「お〜〜?お前も親友を取られたやきもちかい?ならお前だって恋の一つや二つ、すればいいじゃないか?」


その言葉に、アイリスはボソッと呟いた。


「してるわ馬鹿者が…………」


本人は聞こえないように言ったつもりだったが、バルトの耳には、それはしっかりと耳に入ってきていた。


「ん?何か言ったか〜?」


しかしバルトは無意識に聞こえてないふりをした。


――いるのか、好きなやつ


顔にこそ出さなかったが、バルトの中に複雑な感情が生まれたのは事実だった。


――変なこと言うもんじゃねぇなぁ


「ったくよ〜、さっさと誰かと恋でも何でもして、その常に不景気そうな顔をどうにかしてくれ〜」


「不景気とは何だ不景気とは!!余計なお世話だこの馬鹿者!!!」


アイリスはバルトの心に気付く訳もなく、顔を真っ赤にしながら声を荒らげた。


「ほら二人共〜喧嘩しないの〜!」


サラの声が帰り道に響く。


真っ赤な夕焼けは何時も通りに、四人を優しく照らしていた。


✽✽✽


 ある日、幸せが一つ、それもしゃぼん玉のように予期もせず消え去った。


真っ昼間でも夜に思える真冬の雷雨の中、アイリスがバルトの家に飛び込んできた。


傘もささなかったのか、泳いだ後のようなその様に、バルトは目を丸くした。


その姿を心配がてらにからかおうとバルトが口を開くより前に、アイリスの泣きそうな声が家中に響いた。


「サラとレシカが危ないんだ!!!!」


「はぁ?」


いきなりそんなことを言われても何の事かバルトには全く解らない。


「一緒に来てくれ!頼む!!ウルズはもう向かってる!」


「お、おう、分かった」


全く何も解ってないが、バルトはアイリスを追いかけて二人の住む村に向かった。


✽✽✽


「何だよこれ……………」


バルトもアイリスも、村の状態を見て唖然とした。


水溜りに誰のかも解らない血が混じって、赤黒い血溜まりができていた。


外には村人と思われる人々の死体が物のようにゴロゴロと転がっている。


あまりに非現実的なその様に、アイリスだけでなく、度胸は据わっている方のバルトでさえも棒立ちとなった。


「サラ――!!!!」


ウルズの悲鳴にも聞こえる叫びを聞いてやっと我に返った二人は、急いで二人の家に向かった。


✽✽✽


 「サラ!頼む!返事をしてくれ!!」


中に入ると横たわるサラに縋り付いているウルズがいた。


声は涙で濡れている。


サラの体は他の死体よりも傷がひどく、よく顔に傷がついていないものだと酷く他人事のように思ってしまうほどだった。


「サ…ラ…………?」


ふとバルトが隣を見ると、アイリスは呆然としながら涙を一雫、一雫と落としていた。


「………!……レシカ!いるか!!?」


バルトは姿の見えない妹の方に声を投げたが、全く返事は返ってこない。


「…能力がバレたか……?」


一人冷静に何が起こったかを考えようとしている自分に、バルトは寒気がした。


「……王女の…命令だったそうだ……」


「は…?」


唐突なウルズの発言を、思わずバルトは聞き返した。


「俺が来た時、まだ、息をしてたんだ、サラが。そして、そう言って、それで…………くっそぉおお!!」


顔を上げたかと思えばまた俯いて男とは思えないほど涙を流すウルズに、アイリスが意外な言葉を発した。


「そんなの嘘だ!!!」


「はぁ?!」


もう訳の解らない状態に、バルトも混乱し始める。


「何でお前がサラの言ったことが嘘だって解るんだよ!!何で!!!……まさか、お前、こうなること知ってたんじゃねぇだろうな…?!」


「知ったのは今日の朝だ…こうなる前に止めたかったから、お前たちを呼んだんだ!………間に合わなかったが………」


「何で…どうやってそれを…!!!」


胸ぐらを掴みかかったウルズを必死に抑えながら、バルトはアイリスの次の発言に耳を疑った。


「私が……私がこのアナスタチアの、王女だからだ」


✽✽✽


 アイリスは朝、目を覚ましてから、自分の父、王のいる『獅子の間』に行こうとしていた。


しかし、その部屋に向かう途中、他の部屋から漏れてきた会話を耳にして、体が凍ったような錯覚を起こした。


「では、あの村は任せたぞ」


「お任せ下さいませ!」


「姉と妹でしょう?あんな小さな村ならすぐですわ!」


「村は壊滅させても構わん」


「楽しそうだね!」


「そうかしら?『底無し体力』と『超人脚力』の姉妹なんて、私たちの前では無力ですわ」


『底無し体力』


その言葉で、誰が襲われそうになっているのか、一瞬でアイリスは理解した。


「王女様は今日は外に出れないようにしておく。さっさと始末するなり連れて来るなりしろよ」


それを聞いた瞬間、アイリスは朝の挨拶も無しに城を飛び出そうとした。


が、一歩遅く門番に捕まった。


「王女様。今日は外には出れません。こんな雨でございます」


「煩い煩い煩い!!お前たちが何でこんな事をするのか、私は全部知っているんだぞ!!放さんかこの不届き者め!!」


「それでも無理なものは無理でございます。風邪を引いたらどうなさるおつもりですか?」


無機質なその声に、アイリスは苛立ちを一層顕にした。



結局その後、アイリスは自室に閉じ込められ、必死に抜け出してきた時には既に、正午を回っていたのだった。


✽✽✽


「私がもっと…早く……気付いていれば………私が殺したも同然か…知っていながら、助けられなかったのだから…」


話を聞き終わったウルズは、やり場の無い怒りを抑えきれず、手に血が滲むまで床を叩きまくった。


バルトは隣で泣き崩れたアイリスの頭にポンと手を置いて、ただ冷たくなったサラを見つめた。


彼女の呆れるような惚気話も、飽きるほど聞かされた妹自慢も、懐かしい思い出話も、悪戯っ気を含む笑顔も、もう二度と、帰ってこないのだ。


雨の音は二人の泣く声を掻き消すかのように、全く止む気配を見せなかった。

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