第22話 笑み絶えぬ青年の頁-1-
「おいこらお前ら!!!またイタズラしやがったなぁあ?!」
「来た来た来た来た来た!」
「逃げろ!」
「早く!こっちこっち!」
十数年前。
まだスラスタという国が、アナスタチアから分離、独立を果たす日が来るだなんて、想像もしなかったであろう頃。
首都の近くにある少し大きめの町で、バルト、ウルズは育った。
二人とも家が近所で歳も同い歳だったため、一緒にいることが多く、成長するに連れて『イタズラコンビ』という名がつくほどの近所では有名なイタズラ坊主になっていった。
二人は幼いながらに、武器を習い、そこでの友人も多かった。
武器を習う道場で、二人は初めての女友達ができた。
そしてその女友達もまた、大のイタズラ好きだった。
「サ、サラ…ストップ…もう無理……」
「えええ?!ウルズはダウンするの早すぎるわよ!」
「ははっ!まぁいいじゃん!ここで休憩にしようぜ?まぁ、サラは疲れ知らずの体だからいいけどよ?」
「何よそれぇ?!まぁ、流石におじさんもここまでは追っかけて来ないか〜」
初の女友達――サラという少女は、『ワイス』の中で、特殊な能力を持っていた。
『疲れを全く感じない身体(のうりょく)』
異例の能力であり、国がそれを知ればきっと放っておかないであろう強力な能力だった。
妹のレシカの方が恐ろしいとサラ自身は言うが、そのレシカは病弱なので、能力を使う機会すら無いらしい。
そしてそんなレシカを、――最早シスコンを疑わざるを得ない程に――サラは溺愛していた。
「可愛い
何をどう頑張るのかはともかく、これが彼女の口癖だった。
二人暮らしという環境がそうさせているのかもしれないが、能力の特殊性を除けば『妹想いのお姉ちゃん』というやつである。
「いや〜、それにしても見たか?あのパン屋のおっさんの顔!」
「あれ絵を書いて残してぇな!!最高!粉
「あんたたちほんっとにイタズラの天才ね〜?よく思いつくわね、ほんと」
「とか言ってて、お前が一番ノッてたんじゃねぇの〜?」
「まさか!」
「はははははははははっ!」
夕方になっても、三人でずっと草原で笑い転げる。
これからもずっとそうだと思っていた。
それこそ、大人になっても。
幼い三人は、それを全く疑おうともしなかった。
✽✽✽
「ね、あの子だよあの子!」
「何だあいつ…?」
「珍しい髪の色だな〜?」
三人が道場の師範代にイタズラを仕掛けようとしていたある日、師範代と見知らぬ少女が話しているのをサラが見つけた。
三人で隠れながら盗み聞きをしようとしたが、途切れ途切れにしか聞こえない。
「……では…………ことですか?」
「……です…………いんですが…ですか?」
「いやいや…!……!……………ですよ」
「では……ということで……ですか?」
「…ました……では……ということで」
少女は落ち着いた口調で、師範代の方はどこか気張った、しかし嬉しそうな口調で会話をしている。
「なーんの話か全然解かんねぇな」
つまらなそうにするウルズとは対照的に、サラは少女のことを
「会話の内容なんてどうでもいいわよ!
それよりあの髪の色!海みたいに真っ青!いいなぁ、綺麗だなぁ…私も髪の毛に色が欲しかったなぁ…」
どうやらサラは自分の銀髪を相当気にしていたらしく、謎の少女の青いポニーテールと、自分の横に一つ結んだ銀髪を何度も見比べながら、同じ数だけ溜息を吐いた。
「寧ろそっちのほうがどうでもいいわ」
「何よそれ?!!!かなり重要なんだからね!!?」
「あ、おい馬鹿っ…」
ウルズに吠えるサラをバルトが止めようとしたが、一歩遅かった。
サラの怒声を聞いた師範代と少女は、自分たちの隠れてる方にすぐに駆けつけて来た。
「に……………」
「逃げろぉおおお!!」
ウルズの悲鳴で、逃げ足の速い彼らは、光の速さで逃げ去った。
「……聞かれましたかね?」
「いや…この距離なら大丈夫でしょう」
「だといいのですが…」
「姫はお気になさらないで下さい。それに彼らは姫と同い歳なはず。きっと道場仲間として、例え知っていても、あなたの身分に関係無く接してくれますよ」
「そうですか…兎に角、明日からよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
「……あの……皆の前では……」
「大丈夫です。皆と同じように接します」
「御配慮、感謝します」
まだ十歳やそこらの少女は、年齢らしからぬ落ち着いた様子でその場を立ち去った。
「…………不思議なことが起こるものだ…」
それを見送った師範代は、嬉しそうに呟きながら道場の中に再び姿を消していった。
夕日が辺りを淡く照らしていた。
✽✽✽
「ん?お……」
寝坊したウルズを置いて先に道場に来たバルトは、道場前で立ったまま固まっている、昨日の少女を見つけた。
横顔には『緊張』の文字が浮かんでいる。
「入んねぇの?」
声を掛けてやっと、その少女もバルトに気が付いた。
「?!あぁぁあああ!!!昨日の!!!!」
バルトの姿を見た瞬間、少女はバルトの方に詰め寄った。
「お前まさか、聞いてないよな?!昨日の師範代様と私の会話を!!!!」
「あ?聞いてねぇよ?」
「本当の本当の本当の本当の本当の本当の本当だな?!!」
「何回聞くんだよ〜!面白ぇなお前!」
「答えろ!!!」
「聞くも聞かねぇも、聞けねぇよあんな距離じゃ〜!ラッキーだったなぁお前」
「よ………良かった…………」
その場でへたり込む少女を、バルトは上から見下ろしていたが、余りにもずっとそうしているので話を逸らすことにした。
「俺はバルティオ。皆はバルトって呼んでるから、まぁ好きな方で呼んでくれ!」
そう言って手を差し出すと、少女は急いで立ち上がり、少し頬を赤く染めながらその手を取った。
「バルトと呼ばせてもらうよ。私はアイリスだ。これからよろしく」
アイリスは軽く握手を交わすと、無邪気な笑顔を見せた。
口調は女子よりも男子寄りだし、性格も勝ち気な、所謂『男勝り』のようにも見えるが、バルトは自然に『可愛い』と思った。
「あれ〜?そんなとこで何して――あっ!昨日の!!」
サラは目を輝かせてアイリスに駆け寄り、そのまま動揺するアイリスを道場の中に引き込んでいった。
少し遅れたウルズと共に、バルトも女子二人を追って道場に入った。
それからは仲間にアイリスも入り、一層、道場は賑やかになった。
しかし、この三人が既に『この国の運命』という巨大な渦に巻き込まれ始めていることに、誰も気付いていなかった。
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