第20話 謎の文字の頁

 あの大騒動の次の日、バルトはレシカの部屋に説得に行っていた。


「だからな?全部誤解なんだって〜!」


「へぇ?誤解って何?私が聞き間違えたとでも言うの?」


「だからそうじゃなくてな?単純にお前は嘘を信じ込んでるだけってわけで――」


「どうしてわざわざ嘘を吐く必要があったわけ?理解できないんだけど?」


「んなの知らねぇよ〜!」


レシカとバルトの会話を、テオはずっとドア越しに盗み聞きをしていた。


「謎ばかりだなぁ……」


レシカとバルトは、一体どんな関係があるのだろうか。


バルトの口振りだと、ここ数年のうちにちょっと知り合ったというような、軽い関係では無いのだろう。


しかしまぁ、バルトはあのアイリス陛下と幼馴染。


そんな人物が、失礼だが一般人であろうレシカと、どんな関係であっても全く可笑しくない。


「実は……………恋愛関係とか?」


思わず口から出た言葉に、テオ自身が少しだけ、心に引掻き傷を付けられた。


「やめよやめよ……」


テオは気を紛らわすために資料の置いてある部屋に移動した。


戦争についてのレシカの盗んできたデータや資料が全て置いてあり、途中参加のテオはまだまだ知りたいことが山程あった。


「今日はこれか………」


どれもこれも、あまりにも資料が分厚いので、テオは一日一冊、遡りながら読むことにしていた。


「『我が国の戦況とスラスタの現状……二年前のか…」


二年前といえば、戦争が始まり、戦況がコロコロと変わった、最も混乱状態にあった頃のものだ。


「……この頃からモンスターは造られていたんだ…」


モンスターの作り方まで、写真付きでご丁寧に作られているその資料に、テオは顔を顰めずにいられなかった。


「ん……?」


不快感から、パラパラとモンスターの辺りの頁を素通りしていると、ふとテオの目がある記事に触れた。


「……?!これ…もしかして、スラスタの初代元帥の名前?!」


そこにはスラスタですら公開していなかった初代元帥を始めとする、スラスタ内部の大臣等の名前が、びっしりと書き連ねてあった。


「元帥:◆◆ティ◆・フィ◆リティ……うーん、一部の文字が読めないな…」


資料は鉛筆で書かれていて、全体が滲んでいる上に、名前らしきものが書かれているところの一番目の文字は、ほぼ消えかけて見えなくなっていた。


そもそも資料自体が、水を被った後のようにクシャクシャになっていて、この資料だけ異様に保存状態がよろしくない。


「んー、何て書いてあったんだろう…」


もはやその『謎の元帥』のファンとも言えるテオには、何としてでもその名前が知りたかった。


……知ってどうするという話だが、気にしたら負けだ。


「うぅーー…」


「あら!シェイドが逃げ出したのかと思ったらテオさんじゃないですか!」


気付くと、いつの間にか後ろにリルが立っていた。


「え…何でシェイドだと…」


「え?唸り声で…ですが?」


そして心に再び引掻き傷が生まれた。


――あれほど低い声で…しかも唸ってたの………?


「ん???それ、何ですか??」


この引掻き傷に絆創膏を貼りたい…などと訳の解らないことをテオが考えていると、リルが資料を覗きこんできた。


「あ、これ?資料だよ。戦争の」


そこまで答えて、テオはハッとした。


「リ、リルって、ここに書いてあった名前、もしかして見てない?」


「んーーと…す、すみません…見覚えはあるのですが…覚えてなくて…………」


「うぅ………そっかぁ…」


「んん…すみません…でも、あぁ、んー…」


「ん?」


「いえ…これかは解らないのですが…バルトさんが何かの資料に上書きをしていたんですよね……何だか不自然な消え方してるので、そうかなー…と思ってたのですが………」


「バルトが…?」


確かに消えた文字の汚れは、何かで上書きされたように見えなくも無い。


しかし、バルトがそんなことをしなくてはいけない理由が解らない。


――あ…でもいつか、バルトが初代元帥を否定してた時があったな……


テオは、まだ自分がここに来る前、レアシスの街を三人で回ったことを思い出した。


――となると、初代元帥の事、何か知ってるのかな…?アイリス陛下とも知り合いならあり得るよな……


「んんー…水で濡らされてさえなければ…」


まだ諦めていないリルは、名前の書かれたページを光に透かした。


文字の跡を見ようとしたのだろう。


が、くしゃくしゃになった紙でそれを読み取ろうとするのはなかなかに困難だった。


「あははは!ありがとうねリル。別にそこまで無理して見るつもりも無いから」


リルがサーカスのピエロの様に奇妙な動きをしだしたので、テオは申し訳なくなり止めさせた。


正直このまま彼女を放っておけば、バルトの格好の餌食にされかねない。


「うぅ、お役に立てずすみません……」


「いやいや、こっちこそありがとう」


結局その後資料を全部読み終えた後、テオはあの文字について延々と考えていた。


その後テオが考えながら眠り込んでしまい、バルトに鼻提燈はなちょうちんを割られて笑いの種にされたのは、また別の話である。

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