第13話 癒やしの少女の頁-1-

 中庭で、桜の色の髪をした少女が、ベンチに座りながら少年と青年の様子を見ていた。


少女の足元には狼二匹がのんびりとくつろいでいるが、男二人は決闘の真っ最中で、実はそこまでのほほんとした空気でいられる場所ではない。


「おいおいどうしたテオ〜?俺にはカウンター戦法を使ってこないのかい?」


「そんな武器で槍を攻撃されたら槍の刃が砕けるよ!!!!」


因みにこの世界の鉱石は特別で、『魔力鉄鋼石(マジックスチール)』と呼ばれるものを使っている。


この鉱石は多少のヒビや傷程度は勝手に自己修復するので、石を砕かれない限り別に問題はない。


そしてまた、砕くにもかなりの力が必要となる。


「とか言いながらお前、吹っ飛ばされるとか思ってビビってんじゃねーの〜?」


「僕 は そ ん な に 軽 く な い!!!」

 

そんな、聞いてて失笑するような会話をしながら戦っている二人を、少女はこれまた微笑ましげに見ていた。


「なんか、あれを決闘と言っていいのかと聞かれたら、ちょっと微妙になってきましたね〜」


あれではただの稽古になっているような気もしなくはないが、しかし、二人が真剣を使っていることを忘れてはいけない。


「あぁ、因みにこのアックス、多分お前より重いぜ?」


「要らない情報をどうもありがとうございます!!!」


――でもやっぱり会話は微笑ましいですね


リルはクスリと笑った後、狼二匹用の袋から干し肉を取り出した。


二匹はその匂いを嗅いだ途端、行儀良く『お座り』の姿勢をとってリルが干し肉をくれるのを待った。


「今日はウィンディが早かったですね!」


リルはそう言って言って先にウィンディに干し肉を与える。


一口でぺろりと干し肉を平らげた白い狼を、シェイドは羨ましそうにしながらも必死に待っていた。


「はい、シェイドも!」


黒い狼は干し肉をもらうと、もはや丸呑みといった様子ですぐに食べ終えた。


ちょうどその時、刃と刃のぶつかる音が止んだ。


「死ぬかと思った………」


息の上がった少年は、勝ったとは思えないような情けない台詞を吐いておきながら、きちんと刃先は相手の喉元を捉えていた。


「いやぁ〜!!見事見事!!やっぱすげぇわお前!」


逆に、負けたのにも関わらず余裕をかます青年は、刃を喉から外すと軽めの拍手を相手に送った。


「お二人とも、お疲れ様です!怪我はしてませんか?」


リルはそう言って二人に近づいた。


彼女だって無意味に二人の様子を観戦していたわけではない。

きちんとした役目を持っていた。


「俺はねぇよ〜」


「僕も!ごめんねリル、付き合わせちゃって」


「いえいえ!これが仕事ですから!」


実際、大して苦に思ってない。


寧ろ楽しませてもらっているくらいだ。


「ふぅ!やっぱテオが来てからこういう事もできるようにもなったし、俄然楽しいわ!」


「レシカとは対戦しないの?」


「な〜いないないないない!五秒で終わっちまうし!」


バルトの発言にはリルも頷くしかなかった。


彼女の強さは一体どこから出てくるのか?ずっとリルは気になっていた。


きっと能力や才能だけでは、あそこまで強くはなれないだろう。


そうなると、やっぱりどこかで陰ながらに努力しているのだ。


一体彼女はどこまで自分を追い詰めているのだろうか。


色々心配している面もあるが、戦闘は強い上に、何でもそつなくこなせる彼女は、間違いなくリルの憧れの存在だった。


逆に、リル自身ができることと言ったら、能力で人を助け、銃を乱発することくらいだ。


自分の身でさえ、狼二匹がいなくては、きっと守れていないだろう。


「レシカさんてほんとかっこいいです…」


色々思っているうちに、リルはいつの間にか心の声を口に出していた。


「かっこいい…か〜…僕的には綺麗って感じかな〜」


そう口にしているテオの顔が少しだけ赤いのは気のせいだろうか?


「お前ら揃いも揃ってレシカにベタボレかよ〜」


バルトの言葉に、テオは何故か飛び上がった。


「べ、ベタボレ…?!ち、違うよ!僕は別に恋愛とかの意味じゃなくて単純に美人さんだなって…!!」


「俺別に恋愛感情のことを指していったわけじゃねぇんだけどな〜?」


「ぼ、ぼぼぼ僕だってそんなつもりは!!!!」


ニヤニヤ笑うバルトにテオだけが過剰に反応していた。


――テオさん…解りやすいですね…


リルはその様子を見ていやに納得していた。


――とはいえ相手がレシカさんとなると、前途多難そうですね〜……


果たして実る日はあるのだろうか…などと、まだ確定もしてないものを本気で心配してしまっているリルは、ふとフラッシュバックのように或る日の光景が浮かんだ。


目の錯覚かと思い、顔をぶんぶん横に振ったり、目をぱちぱちと瞬きさせていると、いつの間にかテオとバルトがリルのことを面白そうに観察していた。


「あ、いいよ、僕たちのことは気にしないで続けて?」


「気にしないわけないじゃないですか!!?」


「ぷくくっ…いやぁ、リル、そのギャグ最高だぜ…ははっ!」


笑いをこらえられなくなったらしく、バルトはいつも通り遠慮のない大声で笑い出した。


それに珍しくつられて、テオも「プッ」と吹き出した。


中庭に笑い声よりも大きな怒鳴り声ともとれる、甲高い反論の声が響いたのは、その直後だった。


✽✽✽


「もううう!!皆さん私のことからかいすぎです!!!」


恥ずかしさの混ざったリルの昼間の怒りは、なんと就寝前まで続いていた。


――まさか普段はフォローしてくれるテオさんにまで笑われるなんて……


恥ずかしさから顔を数回枕に打ち付けた。


そのまま顔を埋めていると、あの時のフラッシュバックを勝手に思い出した。


――もう!勝手に出てくるなんて意地悪すぎます!!


記憶の中から蘇ってきた懐かしい少年の顔に、リルは八つ当たりを始めた。


しかしそんなことをしていると、不意に淋しさが込み上げてきた。


「……皆元気にしているんでしょうか…」


リルはここに来て初めてのホームシックになった気がした。


――戦争が終わったら、絶対帰るんです…!

それで、お爺さんやお婆さんに必ず会うんです……!


「あと…あの人とも………………」


そのままリルは目を閉じて、思考の渦に身を沈めていった。

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