第12話 不穏の頁
作戦から一ヶ月程経ち、暫く目立った動きの無かった両国が、とうとう動き出した。
「スラスタは『徴兵制を施行』、アナスタチアは『徴兵制を廃止』……か……」
難しい顔をしながら二つの新聞の見出しを見比べるのはテオだった。
そのテーブルを挟んで向かい側にいるバルトは、焦りを感じている三人とは真逆に、のんびりと珈琲を啜っている。
「…そろそろスラスタも危ないわね。負けてもらっちゃ困るのに」
レシカはそう言いながらバルトの隣で頬杖をつき、さり気なく机を指で叩いている。
「今まで何とか引き分けぐらいで抑えてましたが……そろそろ本当に均衡が崩れそうですね………」
リルはケーキを食べながら、テオの持っている新聞を覗いて表情を曇らせていた。
「ちぃと、急がねぇとな〜」
呑気とも言える喋り方で、バルトがやっと口を開いた。
「…あんたはどこまでも脳天気ね。本当にどうにかする気はあるわけ?」
「ははははは!お前よりは遥かにあるから安心しな! 」
大笑いをかましながらバルトは残った珈琲を飲み干した。
「しっかしまぁ、三年前はスラスタが圧倒的優勢だったってのに、今じゃこのザマかぁ」
バルトはさりげなくテオから新聞を取り上げると、サラッと目を通した。
「スラスタの兵不足は随分前から問題になってたし、時間の問題とは思ってたが…こちらは少々想定外の早さだったなぁ」
アナスタチアの新聞を見ながら、バルトはニヤニヤと怪しい笑みを浮かべている。
記事には、アナスタチアは兵の代わりに、モンスターを使った戦略に変更することまで書かれていた。
「こういうことができるっつう事は、あの実験資料はダミーだったっつう可能性が
「わざわざダミーを…てことは、私の潜入がバレてるってこと?」
訝しげな視線を投げるレシカの声音は「ありえない」と言いたげなものだ。
「スパイの存在があるということは知られているかもしれねぇなぁ。念の為、いくらお前とはいえ気をつけとけ〜?」
「余計なお世話よ」
レシカの鬼も怯むような睨みをよそに、バルトは新聞から目を逸らさず飄々と続けた。
「人対人なんて、もう生温く感じる時代になるっつーことかぁ。こりゃ今後のスラスタはアナスタチアの被害者数超えるんじゃねぇのか〜?」
バルトから放たれる言葉は、言い方は軽い調子であるのに、言葉そのものは錘のような重さがあった。
「僕たちが何とか出来たらいいんだけどね…………」
一般兵よりも実力は数段上を行く彼らだが、兵士ではない以上、戦場でモンスターを放たれてしまえば、指を咥えて見ていることしかできない。
「あのー…ちょっと気になったんですが…」
「ん?」
重い空気を断ち切りにかかったのはリルだった。
「あの、とりあえずはモンスターの対策をどうにかしないとですよね……?」
「ん?まぁそうなるなぁ。」
「それなら……この人について調べれば、何か解るんじゃないですか?」
リルはそう言うとバルトの持つ、アナスタチアの新聞の裏を指さした。
「モンスター研究の第一人者って書かれてる人がいますよ?」
「んー…どれど――」
新聞に目を向けた瞬間、バルトは言葉を発するのも忘れて固まった。
「?どうしたのバルト?」
「……はははっ…一本取られたわこれは…」
テオの問には答えず、バルトは空気を吐き出すだけの笑い声を漏らすと、そのまま彼は手で自分の額を抑えた。
軽く俯いたバルトの表情は彼の髪で確認できないが、明らかに負のオーラと呼べるものを纏っている。
「……
急にパッと明るい表情を向けたかと思えば、バルトは返事を待たずに屋敷を出て行った。
しかし最後まで、彼のオーラに変化は全く感じなかった。
「…珍しいわね。あいつが怒るだなんて。明日は吹雪じゃない?」
荒々しく閉まるドアの音を聞きながら、レシカはまだ口を付けていなかったミルク入りの珈琲を一口だけ啜った。
「な…なんか……この中で一番怒らせちゃいけない人を、怒らせちゃった気がします…」
「バルトをあんなに怒らせたのは何だったんだろう………」
テオは新聞を手に取ると、その原因の記事を見た。
するとすぐに、バルトが怒りに包まれた原因を見つけ出した。
「『ベルディ・ベトライヤー博士』…待ってよ、この人って………」
テオは読み上げた男の名前を凝視する。
――おかしい。何で…………
「何で……………」
同姓同名で済まされればいいが、残念ながらその希望は隣に描かれている似顔絵で掻き消された。
「…?スラスタの元帥がどうかしたわけ?」
怪訝そうに聞くレシカの問にも、テオはすぐには答えられなかった。
――そう、スラスタの元帥だ…そのスラスタの元帥が…
「何でアナスタチアの……モンスター研究の第一人者になってるの…?」
この時テオは、ここの仲間に勧誘してきた時バルトが発した『面倒臭い事情』という物に、近づいたような気がした。
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