第10話 初作戦の頁-2-

 『狂気の森』は昼も恐ろしい程暗いが、夜はもはや何も見えなかった。


音も闇に吸い込まれていく道を、テオ、バルト、リルの三人は地図の記憶だけを頼りに進んでいた。


「は〜、相っ変わらず暗いね〜ここは〜」


バルトの溜息混じりの声は、森の奥に吸い込まれていく。


昼間に一度道を調べたので、そこまで手こずりはしないものの、流石にここまで暗いとちらりと不安がよぎる。


テオ自身は能力があるため暗闇などあってないようなものだが、無かったらどうなっていたか解ったものじゃない。


「あ、リル、前に木が――」


「え?う゛っ………」


テオの注意は一歩遅く、リルは正面から木に激突した。


「ブフォッ!はははははははっ……!!」


声を抑えつつも腹を抱えて笑い出すバルトと鼻の辺りを必死に抑えてるリルを見て、テオは非常に不安になった。


✽✽✽


「ここら辺…なんだよね……?」


立ち止まったニ畳あるかないかくらいの空間からは薄っすらと月明かりが洩れ、視界は先程の道よりよくなっていた。


テオの能力でも、まだモンスターらしき気配を確認できない。


「場所は確実だ。…あ~、レシカが調教師を捕えたか?」


「それなら辻褄は合う」とバルトは続けた。


「でも…それならここにいたはずのモンスターたちは…?レシカが纏めて始末したのかな…?」


「分かんねぇなぁ〜。レシカには一応、捕獲し損ねても捕獲出来ても、間に合うようならこっちに合流しろとは言ったけどなぁ?」


そこまでバルトが言った時、テオはやっと生き物の気配を感じた。

勿論、動物や普通の生き物の類ではない。


「来た」


短くそう言うと、バルトは辺りを見回した。

リルはもうただあたふたとテオとバルトを交互に見ている。


少しの間目を凝らしていたバルトだが、不意に肩を竦めた。


「判んねぇや」


「え……」


――この前の勘は何処に行ったの?!!


「今一番戦えんのはテオってことだな〜。さーてどうしたもんか〜」


「何を呑気に……?!」


つい声を荒らげてしまったテオは必死に口を抑えた。


――が、もう遅い。


今までまばらだった気配が、完全にこちらに向いたのが判った。


「あぁ、あれか。今判ったわ。テオ、視えてるならお前がリルを守ってろ」


「え?!バルトはどうするの?!」


「お前がリルを庇ってる間に、周辺の木を切り倒す。狭すぎるからなぁ〜」


木には申し訳ないがそうしたほうがいいだろう。


何しろ先ほど説明した通り、この空間は三人がギリギリ入れるような狭さで、とてもこのようなところで自由に武器を振り回せるような余裕は無いのだ。


「ありがたいけど、そんなことしててモンスターは大丈夫なの?僕、多分リルだけで手一杯だけど――」


「俺の実力、ナメんなよ〜?」


こんな時でさえ笑顔をバルト保てるバルトの精神は一体どうなっているのか?

一度脳をかち割って調べてみたいものだ。


そしてそう言ってる間にも、モンスターたちは距離を縮めてくる。


もう既に、目視で確認できる距離まで来ていた。


「っ……リル、離れちゃダメだよ?」


「は、はい!」


「んじゃ任せるわ〜」


口が先か手が先か、バルトは手近にある木を次々になぎ倒していった。


一、二回であの巨木を倒していくのだから、案外そこまで時間はかからないかもしれない。


――自分の方に集中しよう…


テオは改めて周りの気配に気を配った。

まだ空間が広くないので非常に戦い辛くはある。


「!!」


刹那、先程から近づいていた背後の気配がこちらへ突進してきた。


「やぁっ!!!」


頭から突進してきたモンスターは槍の先に頭から貫かれ、一撃で飛散した。


それを合図に次々とテオにモンスターが押し寄せた。


一方のバルトの方もモンスターが襲い掛かってきていた。


「俺に近づいてもいいことねぇと思うけどな〜?」


青年はアックスを軽々と振り回し、器用に木とモンスターを捌いていく。


その様子を見て少し安心したテオは、目の前の敵に集中することにした。


途中からリルが怖さから背中にしがみついてしまったので少しだけ動きづらい。


とはいえ離れろなんて言うのは酷に思えて口に出せない。


「早めに終わればいいけど………」


✽✽✽


 戦いが始まって三十分は経っただろうか。


「一体何匹いるんだろう……」


エンドレスに出てくるモンスターたちに少しずつ疲労感を与えられていく。


余りの数にリルも拳銃で応戦し始めたが、あまり使い慣れていないのか命中率は悪い。


「痛っ?!」


気付くと、自分が止めを刺しそこねたモンスターに足を噛みつかれていた。


テオはすぐに払って足を開放させたが、血の量は少し多い。


「ん?おい、なんか血生臭くねーか?誰か怪我したか?」


僅かな臭いにすぐに気付いたバルトが、テオたちに問いかけた。


「足、噛まれちゃった」


案外冷静な返答に、バルトは安堵する。


「おいおーい、人を守るのもいいけど自分を守んなきゃ意味ねーぞ〜?」


「ごもっとも――おっと…」


会話はしながらも正面から迫ってきたモンスターに的確にカウンターを仕掛ける。


容赦なく続くモンスターの攻撃にいい加減そろそろ、テオもうんざりしてきていた。


何よりも、以前戦った見境のないモンスターと違い、いやに統制のとれた動きをしてくるのが余計に厄介だった。


「うーん、どうしよっかなこれ…」


モンスターたちはとうとうテオとリルを囲い始めた。


――もう少し近づいてくれれば……


テオは焦れったさを感じながらモンスターの動きを見ていた。


もう少し近づけばテオの槍のリーチの範囲に入り、刃で薙ぎ倒すこともできるが、ぎりぎりのところでなかなか入ってこない。


その時ふと、リルはバルトの木を倒す音が止んだことに気が付いた。


「テオさん、バルトさんの音が聞こえなくなりましたよ…?」


「あ…ホントだ、倒すの止めてる……」


改めて周りを見ると、だいぶ戦いやすいように周りの木は一掃されていた。


次の瞬間、一気に自分の背後の敵が飛散した。


「木が終ったから手伝うぜ?」


まるでちょっと暇だから遊びに来たと言ったような軽さで、バルトはテオに応戦し始めた。


「バルトが後ろをやってくれてるし…前だけ集中するか………」


一気に倒す数が減っただけで、テオはさっきまで感じていた疲労感が、嘘みたいに吹き飛んでいた。


突きを確実に相手の急所に決めていきながら、次々に飛散させていく。


その間、バルトはその二倍以上の敵をあっさりとスライスしていた。


考えればバルトの使う武器・アックスは、モンスター専用武器であり、振り回すだけでも大ダメージなのだから、この差は当然といえば当然だ。


「おせーよ〜。特訓付き合ってやるから鍛え直そうぜ?」


とうとうバルトはテオの背後の敵のみならず、テオの視界にいる敵までも一掃し始めた。


「おーらよっと!」


バルトは、アックスを小枝を振り回すように軽々と振る。


しかしテオたちのところには、アックスを振り回した時に生じた風がしっかりと届いた。


たった一振りでモンスターを文字通り蹂躙していく姿は、もはやただの化け物だ。


「うわぁ………」


闘いながらも、テオはその敵を圧倒していくバルトの姿に唖然としていた。


モンスター撃破用に作られた武器とはいえ、対人用の槍とここまで差があるのだろうか。


「ん?もう終わりか?」


パッと見たところはいないが、一匹だけ瀕死だが、生きているモンスターがいた。


バルトが見落としたモンスターを、テオがしっかりと仕留めた。


「これでおしまい」


そこまで言うと、テオは「痛たたた…」と言ってその場にしゃがみこんだ。


「テオさん大丈夫ですか?!」


「出血ちょっとひどいかも……」


骨が見えないのが奇跡的なほど、傷はなかなかに深かった。


「おいおい、何のために回復要員リルがいるんだよ〜」


バルトがやれやれと言ったジェスチャーをする。


「テオさん!少し足に触りますね!」


リルは有無を言わさずテオの傷口の近くに自分の両手を当てた。


「え……凄い……何これ…」


優しい、人肌とはまた違う温かさが傷口のあたりにじんわりと広がった。


徐々に痛みは取れ、二分もしないうちに傷口は消えた。


「……ふぅ!もう大丈夫ですよ!」


「あ、ありがとう!!」


【キュアー】の治療は初めて受けたが、こんなに心地良いものとは思わなかった。


「十中八九、今日は収穫無しだな〜…ま、別に今日じゃなきゃいけねぇ理由もねぇか」


能力に感動しているテオとは反対に、苦笑いを浮かべながらバルトは頭を掻いていた。


「え?何で??レシカが捕まえたかもしれないよ?」


「なーいない!人を囲ったり、タイミングを図りながら近づいてくるなんて、調教されてないモンスターにできるわけがねぇ。必ず、どこかで指示を受けていたはずだ」


「僕は何の気配も感じなかったけどな……」


「最近、アナスタチアの科学の進歩が目覚ましくてな。あの資料によれば、半径五キロ以内ならモンスターたちに指示を出せるそうだ」


「それじゃあ僕の能力も使えない範囲があるな…」


テオが少ししょげたように肩を落とすと、バルトは笑いながらその肩を叩いた。


「ははは!まぁそんなに気にすんなって!あれだけの数を相手にリルを守れただけでも、今日はよくやったよお前は!」


そこま言うと、バルトは「帰ろうぜ」と二人を促した。


「あ、わりぃ、リル、今日は遅いから泊まらせてくれ」


「はい!分かりました!」


「ぼ…‥僕もいい?」


「勿論です!」


そう言いながら月の光さえ差さない森の道を、三人は引き返していった。

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