第9話 初作戦の頁-1-
「ふぅ〜…疲れたよ〜…ウィンディー…」
テオはちょっとだけ愚痴を零しながら、中庭で雪よりも真っ白な毛並みの狼の腹をひたすらゆっくりした手つきで撫でていた。
テオがここに来るようになってから約二週間経ち、本人の中でもこの場所でやることというのがだいたいパターン化してきていた。
そしてそのパターンの中にこの狼たちとのふれあいも含まれている。
今テオに撫でられている真っ白な狼。
名をウィンディと言い、その優しく深めの蒼い瞳は、聖母を思い浮かべるほど、狼とは思えないくらい穏やかな瞳をしていた。
性格も大人しく、しかしどこか堂々とした雰囲気の持ち主である。
もう一匹はテオにちょっかいを出したあの闇よりも真っ黒な狼。
名はシェイド。
金色の双眸は相手を怯ませ、見た目はとても厳つい。
しかし見た目とはギャップのある好奇心旺盛でやんちゃな性格は、時折、いや、よく人を怖がらせる。
「シェイドもおいで!」
テオが手招きすると戦車のような勢いでシェイドが突っ込んできた。
最初の方はテオもビビっていたが、二週間もすれば慣れたものである。
テオが器用に両手で二匹を撫でているとすっと廊下に繋がる扉が開いた。
「あ、テオさん!いつもありがとうございます!」
二匹の餌を持ったリルは、丁寧にお辞儀をしてテオに近づいた。
「いや、癒やされてるのはどっちかって言うと僕の方だから」
二匹を撫でるのをやめると、二匹は飛び起き、リルの方――正確には餌の方――にまっしぐらに駆けて行った。
「わわわわわ!?ダメです!ダメですよ!お行儀よくしてください!!!」
こういう時のリルはちょっとだけお母さんみたいに見えて思わずテオは吹き出した。
「わ、笑わないでくださいぃ…………」
「ははっ!ごめんごめん!」
顔を真っ赤にして反論するリルを、可愛いなぁと思いながら、テオは中庭を後にした。
のんびり過ごしているように見えるが、今日は割と重要な日だ。
「お〜い?狼と戯れんのもいいけどそろそろ始めんぞ〜?」
廊下の奥のほうからバルトの声が聞こえた。
「今行く!先行ってるねリル!」
「え?え?!ま、待ってくださいぃい!!」
✽✽✽
二人が食堂につくと、既にバルトとレシカはお決まりの席についていた。
「よし、揃ったな。まぁ別に世紀の大作戦ってわけじゃねぇから手短に今日の説明をするぞ」
二人が席につくのを待ってからバルトが話し始める。
彼の手には、以前レシカが盗んできたという分厚い資料があった。
「この資料、全部読んでみたんだが、モンスターについて前々から解ってたものからそうでないものまで、随分とご丁寧に記録されていた」
バルトはドンっと軽く机の上に乗っけると、適当にページをパラパラめくりはじめた。
これをあの日数で彼は読みきったのか、と、テオはやや呆気にとられていた。
「実験を行う日のうち新月の日は必ず…よくバレずにやっているとは思うが、スラスタの敷地内で実験を行っているらしい」
やれやれと言った感じで、肩を竦めながらバルトは続ける。
敵国に定期的に進入を許しているとは、確かに呆れた話である。
「そして、今日は新月。っつうことで作戦を立てた」
そう言うとバルトは、今度は地図を取り出して机に広げた。
スラスタとアナスタチアの国境付近の地図だ。
一部に赤い点で何か印が付いている。
「実験場所は毎回変わってないらしいから、この赤丸の付いている場所でいいと思う。だいぶ国境に近いから、逃したら少し厄介だな」
バルトはその印を指差しながら続ける。
「今回はここに行って俺とテオとリルはモンスターを相手する。そして、レシカと狼二匹にはその付近にいるであろうモンスターの調教師を縛り上げてもらう。縛り上げたやつは俺がちょいと尋問して開放。これだけだ。何か質問はあるか?」
バルトの問に、リルは小さく口を開く。
「あの……二匹はともかくとして、レシカさん一人で大丈夫でしょうか…?」
「それは平気さ〜。何せレシカから名乗りでたわけだしな?」
「そ、そうなんですね!余計なこと聞いてすみませんでした!」
「気にすんな気にすんな!…で、他には?」
バルトの問に、テオがおずおずと手を挙げた。
「ごめん、凄く場違いな質問していい…?」
「ん?何だテオ?」
「モンスターの実験って何の事………?アナスタチアは何をしてるの………?」
場の空気が凍りついた。
テオは頭が真っ白になる。
――あぁ、余計なこと言うんじゃなかった…
しかしその凍った空気は、バルトの盛大な笑い声で簡単に溶けた。
「はははははは!!そうだそうだ!!テオに言ってなかったな!そりゃ解るわけねぇわ!!いや〜わりぃわりぃ!」
バルトは大笑いを何とか抑えると、笑いで滲んだ涙を拭いながら説明を始めた。
「まず結論からいくか。モンスターの正体については未だに世間で色々意見が分かれてるが、俺たちはあいつらの正体を知っている」
「え?!!」
そう、実はモンスターの正体は、未だに解っていない。
突然変異した動物、
解っていることといえば、アナスタチアとの戦争が始まってから頻繁に出没するようになったこと。
このことから、戦争で排出される有害物質の影響とも言われていたが、真偽は定かでなかった。
「あいつらはアナスタチアが動物たちに手を加えて造り上げた、【動物兵器】に他ならない」
「動物兵器?!!」
余りにも予想外の答えに言葉を失った。
「その手を加えるという作業が、さっきまで言ってた【実験】ってやつの一つさ。まぁ今回はモンスターを作るんじゃなくて、操る方なんだがな」
「操る………」
テオは恐ろしさに自然に身震いしてしまった。
「本来なら国に伝えるのが筋なんだが、申し訳ねぇけど今の国は少々信用なんねぇからな〜」
バルトは苦笑いをしながら頭を掻く。
この発言にはレシカが無言で頷き、肯定を示した。
「それ以前に、その情報源を疑われるわ。私たちはあくまで、国から見れば一般人でしかないんだから」
「考えてみればそうですよね…一般の人って普通はスパイなんてしませんし……」
レシカがリルの発言にチラリと鋭い視線を投げたので、テオは急いで口を動かした。
「よ、よく解かんないけど解った!」
焦って出た曖昧な返事にバルトは再度吹き出し、「どっちだよっ…くくっ…」と言いながら腹を抱えだした。
「……もういいわよね?
…決行は今日の夜九時。それまでに準備よろしく」
苛立ちを隠そうともしないまま、レシカはその場を纏めあげた。
三人が解散して暫く経っても、食堂からはまだ愉快そうな笑い声が聞こえた。
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