第8話 発見の頁

この世界に生きる人間は、必ず三つに分けられる。



一番多いのは【戦闘的能力者ソルジャー】。


見分け方は簡単で、能力使用時に眼の色が変わるのが【ソルジャー】である。


また、【ソルジャー】の能力には戦闘系が多いからか、必ず代償があり、危険度の高い能力ほど、その代償も重くなる。


だから強い能力を頻繁に使えるなんていう、都合の良いことは起こりえない。



二番目に多いのは【知的能力者ワイス】。


【ソルジャー】のように、能力使用時の体の変化はなく、見分けはつきにくい。


【ソルジャー】は無限にパターンがあるのに対し、【ワイス】の場合は【傷跡治癒キュアー】という傷を治す力と、【疲労治癒ヒール】という病気や疲労を治す力の二つが殆どで、違いはその力の強さの差しかない。


極稀に、それ以外の力を持つ【ワイス】もいるが、生きている内に出会えるか出会えないかの遭遇率である。



そして、極少数派である三番目が【能力不所持者ミスフィット】である。


能力を持たない彼らは、能力がない代わりに、突飛して何かに秀でていることが多い。


戦闘民族と呼ばれる彼らはその代表格で、能力を持たない代わりに、体力や瞬発力など、能力者たちよりも戦闘的な面においての力で勝っている。

知識においては天才と呼ばれる人々が代表的な例だろう。


ざっとした説明にはなるが、結局どのタイプに生まれたとしても、必ず才能は何か一つ与えられていることになる。


「僕は【ソルジャー】、で、バルトは【ミスフィット】…」


「そーそー。そんでリルは…」


「私は【ワイス】の【キュアー】です!ですから怪我をした時は遠慮無く言ってくださいね!」


レシカとの決闘の後、レシカを除いた三人は、食堂でのんびり午後のティータイムを過ごし、そこで軽めの自己紹介を改めてしていた。


「凄い、三種族が揃ってるんだ…あれ?レシカは?」


「あいつもお前と同じ、【ソルジャー】だ。能力の内容は異常だけどな〜」


テオはレシカが作り置きしていたというクッキーを三個くらい一気に口に頬張りながら、バルトの話の続きを聞いていた。


ココアとバニラのクッキーはとても優しい味で、食べた瞬間にホッと幸せな気分に包まれる。


「あいつの能力は、またとんでもねぇ能力でな〜」


アールグレイの紅茶を啜りながら、バルトは更に続ける。


「まぁ簡単に言えば『一時的な足の強化』って感じなんだが…」


「な、何それ……」


テオはクッキーと共に生唾を飲み込んだ。


「そうだなぁ、あぁ、レシカの素の速さはテオもさっき体感しただろう?あの速さの二倍以上の動きを、余裕でできるようになると考えていい」


それを聞いてテオは恐ろしさに背筋が凍った。


あの時でさえ気配を追うのが途中で一杯一杯になったというのに、あれ以上速くなられたら、正直手に負えない。


しかし次のリルの発言に、自分の考えが生温いものだと教えられることになる。


「ああ……確かに凄いですよね能力を使ったレシカさん…この前なんて十メートルはある壁を助走もつけてないのに余裕で飛び越えましたし…」


「?!!」


「それより前なんて、獲物が急に破裂したかと思えばあいつの仕業だったしなぁ?」


「影も見えなかったので、超常現象でも起きたのかと思いましたよ……」


リルが話し終わる前に、テオは噛み砕いたクッキーの粉でむせ返っていた。


――十メートルの壁を助走なしで?!影すら目視で確認できない速さとは?!


モンスターなんかよりも、 もっとずっと恐ろしい人間がこんな側にいて、しかもそんな人と自分が戦っていたというのを知ると、テオは心臓を鷲掴みされた気分になった。


「その代わり、代償もでかくってなぁ。長時間の使用は命に関わるらしいし、使った後は暫く全く動けねぇらしい。コントロールもし辛いらしいし?」


「何それ……………」


自分の能力のしょぼさに、幼い頃一度だけ、もっと強い能力が欲しいと願ったことがあったテオだったが、それを願った頃の自分にその話を聞かせれば、きっとその願いをすぐにでも取り下げるだろうと思った。


強い能力は代償もそれなりだとは聞いていたが、まさかそこまでとは思わなかった。


「ま、それでも連発するところがあいつらしいけどな〜?」


ココアクッキーを口に投げ込みながら、バルトはケラケラと笑った。


「そうですね〜…とはいえあの無茶っぷりがいつか身体に祟らないかと私は心配ですが……私は【ヒール】じゃないですから、疲れも病気も治せませんし――」


「別に心配される覚え無いから」


「わわわ?!!レシカさん?!!!!」


心配そうに顔を顰めていたリルは、レシカのいきなりの登場に不意をつかれ、見事に椅子ごとひっくり返った。


コップを持ってなかったのは不幸中の幸いというべきか。


「何やってんのよ……」


「す、すみましぇん……」


テオは慌ててリルに駆け寄ったが、レシカはそれを一瞥もせずに手に持っていた分厚めの書類をバルトに投げ渡した。


「ん?なんじゃこりゃ?」


そこまで言って資料を開いた瞬間、バルトの目は一瞬、今までのおちゃらけた雰囲気を消した。


「あんたがずっと欲しがってたモンスターについての資料。第一実験から最新の実験まで、ざっと三千はありそうだけど、まぁそこはどう使うのかも知らないから、全部読むならせいぜい頑張りなさい?」


「こりゃありがてぇ!サンキューな!レシカ!」


「え、何?何の話??」


一通りリルのプチ騒動を片付けたテオが二人のもとに寄ってくる。


「レシカがアナスタチアの研究施設内に潜入してきて、このデータを盗んできてくれたのさ。これでだいぶ、色んな事が解ってくるだろう」


「え?!それってスパイってこと?!凄いね!?」


「別に。だいぶ前からやってるし」


レシカはサラッととんでもない発言をかますと、自分の作ったバニラクッキーを一欠片、口に含んだ。


表情こそ変わらないが、どこか満足そうな空気が出ていた。


「なるほどねぇ〜…そろそろやばそうだな〜」


雑誌を見るかのような感じでデータを見ていたバルトは、言葉とは裏腹に、余裕そうに笑いながらぼそっと呟いた。


「ちょっとだけ今度から気ぃ引き締めるか〜」


「引き締める気はゼロね。まぁでも少しでも怖いなら日頃からそれなりに体は動かしとくべきじゃない?」


レシカのの言葉に、バルトは「そうだなぁ」と同調した。


「それは実際そうだろうなぁ?ましてやリル、お前はしょっちゅう狼二匹に守られっぱなしなんだから、二匹のために銃の腕くらい磨いとけ〜?」


「は、はぃい!すいません、すいません!練習しときます!!!」


「狼二匹………?」


テオの疑問を含む呟きに、再びバルトが反応する。


「あぁ、そういやテオはここに来てからあいつらの顔見てねぇよな?リル、連れてきたらどうだ?」


「え?!バルトさんいいんですか?!」


「…俺は〜ほら〜…自室に篭ってゆっくりこれを見るからよ〜…」


珍しく歯切れの悪い言い方をしながら、バルトは立ち上がって逃げるように屋敷の自室に入っていった。


「どうしたの?バルト…」


「バルトさん、犬系全般が苦手なんだそうです。だからなかなか狼を外に出す機会がなくて……」


バルトにそんな弱点があるとは思わなかった。


しかし言われてみれば確かに、助けられたあの日も、狼とバルトの間にはかなりの距離があったように感じる。


「では連れてくるので待っててください!」


リルはドタバタと足音を立てながら、大急ぎで部屋から出ていった。


そして五分もしないうちに、見覚えのある真っ黒い狼と、それに負けない大きさの真っ白な狼が部屋の中に飛び込んで来た。


人懐っこい狼たちは、テオの匂いを暫く嗅いでいたが、安全だと判断したのかすぐに少年に擦り寄ってきた。


暫くじゃれあっていたが、一番驚いたのは、一番興味のなさそうなレシカがずっと、最後の方まで狼と遊んでいたことである。


あんな一面もあるんだ、と、いつの間にかテオの意識は、レシカの方へと向けられていたのだった。

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