第7話 期待の頁

 バルトは廊下を通るとき、誰かが話しているのを聞いた。


最初は特に気にしていなかったが、次に聞こえてきた声の持ち主が判った瞬間、思わず立ち止まった。


「まさかだけど、女にも勝てないの?」


――!レシカか…?


声の方向を見るとレシカの姿は死角になっているが、テオが中庭の入口近くで何か青い顔をしているのが見えた。


――なるほどねぇ?


先程の台詞とテオの表情を見てバルトは全ての察しがついた。


大方――信じられないが――、レシカがテオに手合わせを望んだのだろう。


――とはいえ、あいつが自ら勝負を仕掛けるとは…いやぁ、世の中面白いことがまだまだあるねぇ?


そのままバルトはサーカスのテントに向かうような感覚で、二人のいる方に歩いて行った。


✽✽✽


――槍使い……ね…


レシカは少し特殊な少年の槍を一瞥しながら双剣を構えた。


刃の部分が異様に広い。細長い盾のようだった。


中心に何か宝石のようなものが埋め込まれている。


炎をモチーフにしたようなその形の槍は異質な存在感を放っていて、正直なところ、少年と少しミスマッチだ。


その少年は…と言うと、まだ顔を少し青くしているが、それでも槍はきちんと構えて、戦闘はいつ始めても問題は無い感じだった。


――でも攻める気は無しね


レシカは、少年の構え方を見ながら、自分がどのような方向から攻めるか、プランをいくつか組み立てていたが、結局いつもの手で行くのが最善と見た。


そこまで思考を巡らせたあと、レシカは心の中で小さく溜息を吐いた。


戦いを挑んだのは、ただの興味本位での事だった。


少年を見た瞬間、面白そうだ、と思えた。

何か少年から、不思議な雰囲気を感じ取った気がした。

理由なんてそれだけだった。


――でもまぁ、その直感は外れね


構え方は少し癖があるが、ごく普通の構え方。

とても一風変わった動きをしてくるとは思えない。


彼女の中では、既にこう結論づけられていた。


レシカが改めて双剣を構え直すと、テオの背後、中庭の入り口辺りに、人の気配を感じた。


バルトだった。


面白そうにこちらを見物しながらも、レシカの視線に気付くと「俺のことは気にすんな」といった体で肩をすくめた。


――さっさと終わらせよう…


自分で仕掛けた戦いでこんなことを思うのも可笑しいと思いながら、レシカは予告無しに地面を蹴った。


作戦は至ってシンプル。


一旦正面から斬りかかると見せかけながら、直前に迅速で少年の背後に回り、そのまま首筋めがけて二つの刃を容赦無く突きつける。


相手は彼女のスピードを前に成す術無く、一分…いや、三十秒も保たずに試合が終わるのがお決まりの筈だった。


――が…


「さ、流石に速すぎるよ………」


彼女の刃の先は広い槍の刃に受け止められていた。


まさかの事態にレシカの目が見開かれる。


そのまま苦笑いをしていた少年は、刹那、その眼に炎を宿すのを合図に、その双剣を弾き、カウンターを狙ってきた。


それに素早く反応した少女は、空中で一回転しながら後方に飛ぶ。


改めて見た少年の顔は、さっきまでの臆病そうな顔は面影もなく、今は一匹の獲物を狙う猛獣、そのもののようになっていた。


✽✽✽


「…ははっ、まぁじかよぉ〜……」


レシカも勿論驚いただろうが、それ以上に、二人の様子を見ていたバルトは、氷の刃を心臓に突き立てられたような寒気を覚えていた。


しかしその寒気は、決して気分を害すようなものではない。


――俺は…とんでもねぇ化け物を連れてきちまったか…?


そう思った途端、バルトは自然に身震いをしていた。


確かに構えからして何もかも、洗練はされつつも風変わりなところは何一つ見られなかった。


だが、扱いに一苦労しそうなあの槍を瞬時に振った彼の反応速度は、確かに常人を超えるものだろう。


――いいねぇ?こんな感覚、久々だわ


試合に魅入って思わず前傾になってしまうのを、バルト自身止められなかった。


何しろ今までレシカの攻撃は、これまで誰も止めることができなかったのだ。


敵は勿論、味方として普段の動きを知り、パターンを嫌というほど刷り込まれたバルトも例外ではない。


人の限界に近いであろうスピードと、彼女の剣舞のような動きは、不規則だが無駄の無い、美しく洗練された『舞』そのもの。


そんな瞬殺とも呼べる攻撃を、彼は初めて体験しておきながら、見事に槍で受け止めたのだ。


――やっぱあいつおもしれぇえ!!


バルトが思考を巡らす間にも、少年の炎のような槍の刃から放たれる煌きと、少女の双剣の装飾によって描かれる美しい紫の弧が、心地のいい金属音を響かせながら青年の前で絶えずに踊る。


バルトは、そのもはや戦闘狂とも言える闘志を、この戦いによる興奮の熱で更に燃やしていた。


✽✽✽


 不意に、刃のぶつかりあう音が止まる。


「っ……僕の負けだね…」


首に刃を当てれたテオは、槍を手から離して降参のジェスチャーをした。


結局その後もカウンターを繰り返し使っていたテオは、途中から完全にレシカのスピードに振り回され、最後は攻撃をカバーするだけで精一杯になっていた。


三分も無い、短い戦いだった。


「やっぱり僕じゃ…相手にならなかったでしょ?」


苦笑いしながらも、やりきったというような体のテオに対し、レシカは無表情に剣を収めると、そのまま中庭から出て行ってしまった。


「……お、怒らせちゃったかなぁ…」


テオはその様子を見送っている時、やっとバルトの存在に気が付いた。


「あれ?!いつから?!!」


「いや〜!!!見事だったぜテオ!!

あいつを相手にあそこまで粘ったのはお前だけだぜきっと!!」


テオの問には答えず、バルトは軽い拍手を送りながら、テオ近づいた。


「え?!それはないよ!僕より強い人は山ほどいるだろうし…それに僕、凄く狡い事してたし…褒められても嬉しくないよ」


「ん?カウンター戦法のことか?」


テオは首を横に振ると、自分の目を指さした。


よく見ると、少年の瞳は若草色だったはずだが、今は鮮やかな水色になっている。


「実は、『能力』を使ってたんだ」


バルトは ほう、とテオの目を覗きこんだ。


「目が変化するってこたぁ【戦闘用ソルジャー】か」


その言葉にテオは「うーん」と少しだけ首を捻る。


「あまり【戦闘用ソルジャー】って感じじゃあないかな…僕のは気配を見たり、一定距離内の人の感情を読み取ったりするってだけだから、日常生活でも普通に使えるんだ。代償も、感情を読み取らない限りは無いし」


「てことはあれか、その能力を使って気配とやらを察知して、いち早くレシカの攻撃を防いでたってわけか」


「そういうこと。目の変化が微妙だから、日の当り具合によっては能力を使ってるって気付かれないんだよね。…狙ってはないけど」


確かに今の彼の瞳は日の当たるところでは若草色に見えなくもない。

陰に行けばすぐ判るだろうが、今は誤魔化そうとすれば顔を近づけられない限り判らないだろう。


「ふぅむ?なるほどねぇ?」


バルトは顎に手をやりながら少し上を向いた。


「だから、あれは実力じゃない。正直、素で相手してたら一秒も保ってないよ」


あはは… と力なく、どこか自嘲した風にテオは笑った。


「いやいや、能力だって立派な実力だぜ?能力使ったってあいつに勝てる奴は滅多にいねぇさ〜」


笑いながら子供を扱うように、テオの頭にポンと手を乗せた。


バルトは、この時から既に、少年にある希望を見出し始めていた。

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