第5話 決断の頁
「ま、待った!!!」
堪えきれなくなったテオがバルトとレシカの会話に割って入った。
「さっきから言ってるメンバーって何?!それが解らない限り、 僕、何も言えないよ!」
それを聞いたバルトは「そりゃそうだ」と言ってテオに向き直った。
「まぁー、簡単に言っちまえば、『戦争を止めるための集い』みたいなものさ!」
「………?」
「今、俺達の国、スラスタが戦争をしているのは流石に知ってるよな?」
「あ、当たり前のこと確認しないでよ……」
「おーおーそれなら…」とバルトは満足気に頷きながらその場で
今、彼らの住むスラスタ王国と、隣国のアナスタチア王国は、三年も前から戦争を続けている。
戦争の原因はスラスタ王国の成り立ちにあった。
アナスタチアは元々、一つの大地を統べる、この世界で唯一無二の巨大王国で、スラスタ王国の土地はその一部だった。
それを、アナスタチアの現国王ハーデウルが、今のスラスタにあたるその土地を、自分の娘であるアイリスに分け与えたのだ。
これは、別段おかしいことではない。
アナスタチアの土地は広大という言葉では足りないほどに広く、そんな土地を、王は一人で治めなくてはいけなかった。
そのため、いつしか、アナスタチア国王に成人した世継ぎがいる場合、彼らにその土地を少しだけ分け与えるのだ。
そこでは王国の方針に沿った世継ぎの自治が行われるため、『自治の練習期間』とも呼ばれる。
そしてこの時から次代の官僚たちも選ばれていき、王位継承を終えると同時に国の大臣諸共総取っ替えとなるのが伝統である。
しかし、国王は国の半分もの土地を王女・アイリスに与え、アイリスは渡された土地を急速に発展させ、半年もかからぬ期間で『スラスタ王国』の独立を宣言した。
勿論、アナスタチアが了解していないのだから正式な国の創立ではないのだが、スラスタの民の異様な盛り上がり様と、アナスタチアの対応の遅れにより、事実上の黙認という形で世間では収まっていた。
スラスタとなった土地にはアナスタチアの主要都市もいくつか含まれ、当時は文字通り、大陸全土を騒がす大事件となった。
それだけで済めば、――一触即発の状態にはあれど――戦争には至らなかっただろう。
しかし、アナスタチアは横暴な絶対王政が目立つのに対し、立憲君主制を置き、発展途上ではあるにしろ申し分ないほど国民にとって環境が整っているスラスタに、アナスタチアの土地にいた国民たちが惹かれないわけがなかった。
国民は次々とスラスタに流れていき、アナスタチアはそれを抑えるので必死になっていく。
結局、アイリス女王の行動は最終的にアナスタチアの怒りを買い、スラスタができてそのすぐ一ヶ月後に、アナスタチアの宣戦布告により戦争が始まった。
最初はスラスタが優勢となっていたが、軍を指揮していたスラスタの元帥が変わった途端、今度はアナスタチアが優勢となり、それから暫くした今は均衡を保っている。
しかし、この戦争の間に謎の『モンスター』と呼ばれる生き物が徘徊し始め、治安維持と戦争の両立に、今のスラスタは手一杯の状態であるのが現状だ。
「勿論、俺たちはスラスタの人間。スラスタに勝ってほしいと思うのは同じなわけだし、力になりたいとも思うだろ?」
「うん」
「だが今の状態の軍に入るのはちょいと、
「うん…」
「だがお国の戦力になること以外で、俺たちがやれることなんてたかが知れている。結局、道としては兵士になるしかない」
「うん……………」
「――と、思うだろ?」
「え?」
テオの反応に、バルトはニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。
「あるんだなぁ他にも道が!てか寧ろ兵士じゃできねぇ事なんだけどな?」
「兵士じゃできない事………?」
食いついたテオに手応えを感じたのか、バルトは怪しげな笑みを更にはっきりと浮かべる。
「実はこの戦争には面倒くせえ事情みてぇなもんがあってな?」
「な、なにそれ…」
「申し訳ないが、まだ内容は言えん
だが、その面倒臭い事情さえ消えちまえば、戦う必要もなくなって、ドミノを倒していくように戦争が終わる」
「……は?!」
――戦争ってそんな簡単に終わるものなの?!!
「だがそれをしねぇと、スラスタは確実に負けるだろうなぁ?女王であるアイリスは現状維持が手一杯らしいしよぉ?」
「う、うん…」
「んで、自分の国の女王が困ってるなら、国民がそれに助け舟を出してやりましょうっつーわけで、俺たちがいるわけさ!まぁお国には非公認どころか、秘密裏に動いてるんだけどな」
「ふん、随分話を盛ってるわね?私もリルも、貴方とそこまでの意見の一致はしてないわよ?」
突然ピシャリと、しかし淡白にレシカが続ける。
「リルは『場所の提供と引き換え』に、私はあくまで『アナスタチアへの報復の為』に行動している…それだけじゃない」
「まぁな?でもこのチームを創った理由は紛れもなく『戦争を終わらせること』だろう?そしてお前たちはそれに納得して今ここにいる。充分じゃね?」
それを聞いたレシカは、一方的にバルトに敵意に似た視線を送る。
テオが二人の様子をハラハラと見ていると、近くにいたリルが耳打ちをした。
「レシカさん、人と交流したりするのを、何故か酷く嫌うんですですから、あまり人が増えるのを好まないんだと思います」
「そ、そうなんだ……」
「で、でも、私も今では仲良くできてるので、きっと大丈夫です!ですからどうか、レシカさんを嫌わないであげてください」
入ることを確定したような風に言われ、苦笑いを浮かべながらテオは少し考える。
テオが軍に入らなかった理由。
それは今のスラスタ軍の方針にあった。
三年前、名を残すこともなく辞任に追い込まれた、この国初の元帥がいた。
彼の名は国家機密として、最後まで市民の耳に聞かされることはなかった。
しかしテオは、名も知らないその人の伝え聞いた人柄や戦法に、敬意を感じていた。
明るく、場を盛り上げるのが得意。それでいて頭はよく、労りの気持ちを持ち、武に優れ、
若く才気溢れる青年――それが町人たちの噂から描かれた人物像だった。
そんな、正に完璧とも言えるような人物が、一体世の何処を探せばいるのだろうか。
多少盛られたところもあるだろうが、やはり話を聞くだけで一目会いたいと思うのは必然だろう。
彼は、テオがわざわざ住んでいた遠い北の地を出て、兵になるべくこの国の
――が、貴族を味方につけた現元帥との内部争いで敗れた
それを聞いたのは、テオが丁度、テオの住む町からスラスタ軍の本部がある
現元帥は余程、初代元帥が気に入らなかったのだろうか。
戦法から方針まで、軍に関わるものはほぼ全て、初代元帥とは真逆の方向で進めて行った。
まだ国内が整いきっていないこの国には無理のある戦法を取ったことにより、犠牲者数は圧倒的に増え、兵も減った。
そしてその噂を聞いて、志願する者も日に日に減っていった。
何故そのような愚行を働いているのかは解らないが、尊敬する初代の元帥を追い込み、戦法すら変え、明らかに不利な戦いに持ち込んだ現元帥にテオは失望した。
しかし、声が枯れるまで大泣きして、自分を戦場に行かせまいとした妹を遠い町に残しておいて、「元帥が変わったから入らなかった」なんて間抜けなことを行って帰るわけにもいかず、どうしようかと悩んでいる間に二年が経過していた。
正直、このまま何もせず徴兵されるのを待つよりは、ずっとこの団体に入ったほうがテオには有益だった。
――でも信憑性がなぁ〜……
そもそもそんな徴兵を防ぐだなんて大それた事が、彼らにできるのだろうか。
――でもこのバルトって人といい、只者じゃないってことはよく解る…もしかしたら…
うんうん唸りながら、無意識にジェスチャーまで加えて大袈裟にテオが考えこんでいると、笑いを堪えながら発せられた声が彼を現実に戻した。
「いやぁ、そこまで真剣に考えてくれてんのはありがてぇ…ぷっ…で、結論は出たかい?」
バルトの漏れるている笑い声を決心で掻き消すと、テオは真っ直ぐな瞳でバルトに向き直った。
「入る…入ります!」
「よっしゃ!決まりだ!」
バルトが軽快にパチンと指を鳴らすと一人を残して、その言葉に全員が笑顔になった。
奥歯をギリッ…という音が鳴るまで噛み締めながら、銀髪の少女は森に姿を消した。
「はぁ〜…レシカも素直になりゃいいのになぁ〜?」
それに気付いたバルトは、呆れたように軽く溜息を吐いた。
「あの…ずっと気になっていたんですけど、レシカさんてどうしてあそこまで人を嫌うんでしょうか…?」
テオが聞こうとしたことをリルが先に尋ねた。
「俺も詳しくは知らねぇよ?俺が知ってるのは、あいつの姉さんがアナスタチアの兵に殺されて、あいつ自身もアナスタチアに追われる身となっちまったってことくらいだ」
バルトはそこまで言うと、森の方を見ながら更に続けた。
「今もかは知らねぇけどな?でもそれが影響してるってくらいは、なんとなく解るだろう?」
何処か寂しげな空気を持つそのバルトの声音に、テオとリルは完全に、さっきの浮かれた気分に水をさされた。
テオは少女が消えていった森の方向から目を離せなかった。
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