第4話 出会いの頁-3-


あまりの大きさにリルは度肝を抜いた。


――こんな化け物を相手にするつもりなんですか…?!!!


本来ならバルトとテオに問いただすべきだが、恐怖から既に声はでない。


木に姿を隠せてたのが不思議なほどの巨体。


猪のような姿をしたそれは、象牙のような牙を持ち、獅子のような瞳孔でこちらを見ている。


「おっもしれ〜!!!こんな奴この世にいんのかよ!!」


生まれて初めてカブトムシを捕まえた少年のように、瞳を輝かせるバルトの興奮は、恐怖に絡みつかれたテオとリルには到底理解し得ぬものだった。


「ここまで大きいと、どう攻めていいのか逆に分かんないよ………」


一風変わった形をしている槍を構えながら、テオは猪の動きを見定める。


決して予想外の大きさではなかったが、いざ目の前に現れると圧倒的な存在感を放つモンスターを前に、若干テオ自身の腰が引けていたのも事実だ。


「…面白おもしれぇが、少々分が悪いなぁ」


バルトも流石に興奮してばかりではなかった。


正面突破すればあの牙が体に突き刺さる。


腹の下に潜るのは最も急所に近いだろうが、そのままうつ伏せになられれば潰されるがオチだ。


後ろに回るのも手だが、あのデカイ足で蹴飛ばされればどうなるかなんて、容易に想像がつく。


一番危険度の低い方法は………


結論をだそうとバルトが口を開いた刹那――


何かが凄い勢いで猪の頭にぶつかり、猪がドス黒い血飛沫けむりを上げた。


「ーーー!!!!」


続いて体のあちこちに線が走る。


人影のようなものが見えるが、黒い煙のせいでしっかりとは見えない。


「―――!!!!!!!」


暫くそれを呆然と見ていると、突如地響きのような猪の断末魔がその場に響き渡った。


そして断末魔が絶たれた瞬間に、猪の巨体は呆気無く四散した。



モンスターの体が四散する。それは、モンスターの命が尽きたことを意味する。


四散した後は、肉、骨のみならず、血の一滴すら残らない。



だが、確かにさっきまでいなかった存在が猪の代わりにそこにいた。


「んん…?っておいおいレシカ〜!やっぱりお前か!いいとこ全部持ってきやがって〜!」


バルトはいかにも残念そうに、猪がいた場所に一人佇む少女に声をかけた。


テオは息を呑んだ。


ポニーテールで結ぶ、陽の光を反射しているような真っ直ぐで長い白銀の髪。


不思議な魅力を感じさせずにはいられない紫水晶のような瞳。


首には怪しげに光る紅い石のついたチョーカーを付けていた。


リルを「可愛い」という言葉で例えるなら、このレシカと呼ばれた少女は間違いなく「美しい」という言葉がよく似合う。


この少女が…たった一人、一瞬であの巨体を瞬殺したというのだろうか…?


「…あれ、私の獲物」


彼女は無表情のままバルトに応えた。


「いやぁ、久々に手応えあるやつに会えたと思ったんだけどな〜!」


「私にはどうでもいい」


スパンと切り捨てるように返事をしていく少女に、バルトはそれでも会話を続ける。


「でもまぁ助かった!ありがとな!」


「どうでもいい」


本当にどうでもいいんだろう。


少女は森の方に姿を消そうとしたが、ふとテオの事を視界に留めた。


どうやら今の今まで少年は彼女の視界に入っていなかったらしい。


訝しげな視線には「誰?」という無言の問が含まれている。


「あぁ、そいつはテオだ!お前と同い歳らしいぜ?昨日話したろ?」


バルトの答えに対するレシカの態度は、興味の欠片も感じないと言うようだった。


――自分よりも遥かに大人っぽいけど、同い年なんだ……


テオがそう思っているとバルトは更にテオを――否、その場にいる全員を驚愕させる台詞を吐いた。


「仲間に入れたいと思ってる」


「メンバー?!」

――何だそれ?!何のこと?!


「は?」

――また人を増やすという訳?何故?


「え?!!」

――テオさんが入る…もしそうなったら賑やかになりそう!


「本人にも今初めて言ったわけだし、まだ未確定だ。だが…俺的には是非と思ってる」


ニヤニヤという音が付きそうな笑顔を浮かべながら、バルトは飄々と全員を見渡した。


「…それはまたいきなりね。…貴方がそこまで言うなら、理由くらい聞かせてよ」


「え、ちょ、まっ、話が見えない…」


テオの声をバルトの少しトーンが低くなった声が遮った。


「さっき言った通りこいつは、レシカ、お前と同い歳だぜ?志願兵に名乗りでたって何もおかしかないだろう?今のこの国じゃ寧ろそういうやつが殆どだ」


彼らの住む国は、現在こそないが、近いうちに徴兵制が敷かれそうになっている。


志願兵として今のうちに名乗り出れば、確実に徴兵された者達よりも待遇は良くなるだろう。


が、それをしない少年に、バルトは既に何かを感じ取っていた。


「それで?」


「それをしないなら何か理由があると考えるのが普通だろう?特に不真面目な面とか見えねぇしさ?」


「だから?」


「もし軍に入りたくないって言うなら、どんな理由でも好都合じゃね?徴兵を回避する代わりに、俺たちのメンバーとして入ってもらうのさ。本当は実力を計ってから、と思ったが、度胸もあるし問題は無いと見た」


決闘を申し出たのはそういうことだ、とバルトは付け足した。


本人目の前にこうも掌を明かしていいのだろうか…とテオは思ったが、同時にヒヤリともした。


――出会ってそんなに時間も無いはずなのに、ここまで分析されていたってこと…?


「…で、あんた的にどうしてそこまで執着をするの?」


さっきのでは答になっていないと言わんばかりに、レシカはバルトを睨みつけながら解答を求めた。


「そう睨むなよ〜?単純に、もしかしたら俺と同じ意見の持ち主かもしれねぇって、ちょっと淡い期待がよぎっただけさ」


バルトはサラリと睨みを躱しながら、飄々と続ける。


「やっぱり一人くらい、意見を共有できるやつが、俺だって欲しいからねぇ?」


それを聞いたレシカは、「ふーん?」と軽く頷いた。


「なるほど?まぁ確かに、貴方ほど崇高な目標を、全員が持ってるわけじゃないしね?」


「そーいうこと!」


既に戯けたトーンに声が戻っているバルトは、指をパチンと鳴らすと、よく解ってんな〜! と言わんばかりにレシカに笑いかけた。


「だからと言って簡単には認めないけど」


 その視線と同じくらい冷たく、レシカは言い放った。


彼女の視線には明らかな拒否の意思が込められていた。

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