第3話 出会いの頁-2-

 森の入り口にテオがつくと同時に、教会の厳かな鐘の音が正午であることを国中に伝えた。


テオが更にその奥にある約束の場所に行くと、約束を――やや無理矢理に――結ばせた張本人・バルトがいた。


体を横にして完全にリラックスしているその様子は、昨日の昼のテオのよう…いや、それ以上に無防備だった。


その隣には、見覚えの無い黒い頭巾を被った少女がちょこんと切り株に座っている。


胸元の大きなリボンのせいで顔はよく見えないが、彼女の白が基調となっている服と濃い目のピンクのフレアスカートは、頭巾の黒と異様な程にミスマッチだ。


その少女の方がテオに先に気が付き、バルトを揺すり起こした。


「バルトさん!いらっしゃいましたよ!?」


「お、約束は守るやつだったか〜!いいねぇ、気に入った!」


端から見れば寝ているように見えていたが、実際は寝た振りだったらしく、直ぐ様ハキハキとした声で青年は返事した。


そのまま彼はは特に起きるのが億劫といった様子もなく、サッと体を起こして地面の土を払う。


「…えっと、隣の子は――」


テオの問に「あぁ、 」とバルトが説明しようとする前に、その少女は深々と頭を下げた。


「リルと申します!テオさんですよね?昨日バルトさんからお話は伺いました!

今日は決闘の審判として呼ばれました!よろしくお願いします!」


頭を上げると同時にフードが外れ、顔が顕になった。


彼女の姿は、桜の精の生まれ変わりと言われても頷いてしまうだろう。


桜の上品な薄ピンク色そのままのセミロングの髪は、先端だけが可愛らしく ピョン と外側に跳ねている。


くりっとした丸い目をしていて、瞳の色は、陽の光を浴びている桜の葉を連想させる、決してキツくない黄緑色。


笑顔がとても可愛らしい、どこか幼顔の少女だった。


「あっ!頭巾が!」


わたわたと慌ててまた頭巾を深く被ろうとする彼女を、バルトは片手で制した。


「別に判りゃしねぇだろ〜?それにバレたってどうともなりゃしねぇさ。服と合ってねぇし外せよ〜」


バルトの発言に、テオは疑問を抱いた。


――何か顔を隠さなきゃいけない理由があるのかな…?


少し気になるが、それ以上に気になることがある。


――そもそもこの二人ってどういう関係なんだろう…?


敬語を使っていることは、家族ではないのだろう。


まさか……とテオの思考にやや不純な理由が浮かんだが、


「因みに俺、ロリコンじゃねぇかならな?」


という心を読んだようなバルトの発言で、その推理は抹消された。


「ロリコンも何も!!私、そんな年じゃないです!!!!

というか、テオさん?!今どこかホッとしていませんでしたか?!

私そんなに幼くないですよ?!!!」


ムキになって反論してくるあたり、本人に自覚はあるのだろう。


だが、必死に訴えてくるその様子を見ると、どうしても更に年下に見えてしまう。


下手をすれば親子に見えなくもない身長差は、なかなかに少年からすればシュールな光景だ。


きっと身長は一四〇センチ前半。顔立ち、言動、その他もろもろから考えて、一〇から一二歳辺りと想像していた。


「私、『一五』ですよ?!!」


「え?!!」


思わず口をついてしまったテオの発言に、リルは顔をさらに真っ赤に、涙を浮かべながらプルプル震えている。


口は災いの元。

昔の人はよく言ったものだ。


因みに、その様子を一人楽しんで、笑いを堪える事もしないでいるのは、無論、既に第三者に回りつつあるバルトである。


「ははははははっ!!いやぁ、ははっ、しゃあねぇよリル〜!

誰がどう聞いてもそう反応せずにはいられねぇって〜!はははははっ!!!」


完全にツボに嵌ったバルトは文字通り、抱腹絶倒状態だ。


「ご、ごめん?!本当にごめん?!まさか僕とたった二つしか歳が変わらないだなんて思わなくって…!!」


それを聞いてさっきまで怒りや笑いに身を任せていた二人が一斉にテオに同じ表情を向けた。


その表情(かお)には「今なんて言った?」と言う文字がテオには見えた。


「えっ…………テオさんて、もしかして…一三歳なんですか……?」


「え?いや、十七だけど……………」


そこまで言ってテオは察しがついた。


またこの、彼のコンプレックスでもあるが大きな誤解を招いたらしい…と。


「ええええ?!!同い年か年下だと思ってました!!すみません!すみません!!」


かなり本気の謝罪に、今度はテオが心臓を抉られた感覚を味わう。


「ぶっ…!!!一七?!俺と四つしか変わんねぇじゃねぇか…!ははははは!!マジかよぉ〜!!!」


これもこれでかなりテオの心は傷つけられた。


バルトと以外と歳が近かったことにじゃない。

大笑いされたことに、だ。


「いや、ははっ!まぁ、一三だとしたらメチャクチャでけぇな〜とは思ったけどよぉ〜…まさか一七だったとは…!まぁ納得だな!顔以外は!ははははは!」


テオはもう何も言い返す気も無くなっていた。


――これはもう抉るなんて言う優しい物じゃない……


テオは無数の針の集中砲火をずっと浴びているように感じていた。


「まぁ年齢についてはここにいる三人が皆、 傷負ってるわけだし?そろそろこの話は切り上げるか〜はははっ!」


昨日おじさんと言われたバルトの一言で、何とか事は収まった。


…バルト本人の笑いは収まっていないが。


とはいえ、ここまでくるととてもじゃないが、元々の目的、決闘の気分は完全にこの茶番劇で吹き飛んでしまっていた。


「あの…で、結局どうします?決闘…」


リルの問に、バルトは一瞬何のことを言っているんだ?と言った顔を浮かべた後、ああ!とご丁寧に手を打つジェスチャーまでして、「思い出した思い出した」と笑い出した。


「いやぁ、どうしたものかねぇ?空気がな〜?」


テオもリルも、誰のせいだと一瞬突っ込みたくなったが、そこは何とか抑えつけた。


「俺はまぁいいんだが――ん?」


言いながらバルトは自分の背後にある木々の奥に目を向けた。


それと同時に、戯けた表情はそのままに、少しだけ彼の纏う空気が変わった。


バルトの空気を理解するために、テオは目を閉じ、瞳の色を水色に変えた。


バルトが視線を向けている方向に自分も視線をずらすと、そこには昨日のモンスターよりも危険と思える気配があった。


――……人じゃない?何でずっとこっちを見てるんだ…?


テオが見る気配は六メートル位は離れている。


――よく気付いたな…バルト…


相当戦い慣れていなければ、きっと森の持つ空気に、あれの気配は掻き消されて感じ取れないだろう。


自分だって、能力を使ってやっとだったのだ。


「どうかされましたか?テオさん?」

「ちょいとやべぇなぁ?一旦距離を置くかい?」


リルと同時にテオの様子に気付いたバルトは、リルの声を遮るようにテオに戯けた口調のまま問いかけた。


「……いや、食い止められると思う」


興味半分で聞いた質問に対するテオの答に、一瞬バルトは眉を上げた。


――昨日の発言といい、本当に腕に自信があるのか…こいつ…


改めて少年の顔を見るが、とても冗談を言っているようにも見えないし、そんな状況でないことは誰もが理解できているだろう。


――てっきり 「うん、逃げよう」 とか言うと思ったが…面白いなぁこいつ


バルトは自分の勘にはある程度自信がある。


戦場において、まず外したことは無い。


そんな彼の勘が正しければ、相手は決して、一筋縄で行くような相手ではないのだ。


そしてそれは、あの気配に気づいている少年だって判っている筈なのだ。


それにも関わらず、彼は挑むと言った。


――おもしれぇ!!


この状況を楽しんでいる自分がいる。

それが判った瞬間、自覚できるほどにバルトの口角が上がった。


「…来る!!」


テオが叫んで五秒もしないうちに巨大な影が言葉では表せない咆哮と共に、彼らの目の前にその姿を現した。

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