出会いの頁-1-

 「〜い……お〜い??」


少年は何処からか聞こえてくる声を感じ取りはしたが、頭に霧がかかったようにボーッとして反応ができない。


意識だけが体を離れ、何処か遠くでその声を聞いている感覚だった。


「こりゃあなかなか強敵だな〜」


青年と取れるその声は、何処か掴み所の無い口調で大きく呟いている。


「やれやれ、どうしたもんかね〜」


少年は寝ぼけなまこの頭で青年の声が小さくなっていくのを感じながら、再び短く、意識を夢の彼方に飛ばした。






 どれほど経っただろうか。


暫くすると、頭の霞が晴れ、鉛のように重かった少年の瞼が開くようになった。


「おっ、やっと起きたか!」


今度こそはっきりした意識で声を聞き取ると、完全に意識は覚醒した。


目を覚ました場所は今までいた森とは違い、同じ森というものではあれど、清々しい空気が満ち、優しい木漏れ日が差す所だった。


「えと……なんとか……」


いざすっきりとした頭で聞いた声は、大分落ち着きのあるような低めの声だった。


「それでその……おじさんは一体……」


真っ先に思ったことをぶつけると、おじさんと呼ばれた男性は、吹き出すだけでは飽きたらず、盛大にその場で笑い出した。


何か間違えたかと思い急いでそちらを見ると、実はおじさんと言う言葉が似合うほどの年齢でもないことが判る。


寧ろかなり若い方で、恐らく二十代前半だ。


身長は少年も決して低くはないが、この青年はそれを上回るかなり高身長。二メートルは超えていなさそうだが、一六〇センチ辺りの人なら、近くにいれば見上げる高さだろう。


鍛えられた体は無駄な肉も無く、彼の身長ほどはある巨大な巨大斧アックスを軽々と肩に担いでいる辺りから相当な筋力の持ち主と見れるが、だからといって筋肉もりもりという訳でもない。丁度いいバランスとも言うべきか。


グレーの前髪にはピンをつけていて、笑いから黄色い目には涙を滲ませている。


顔は端整だが、八重歯などからいたずら好きの少年みたいな雰囲気が漂っていた。



ちなみに、それに対して少年の背は同い年の男の平均のちょっと上。


鍛えてはいるが目の前にいる青年ほどというわけではなく、筋力もここまでではないだろう。


顔は同い年の少年たちと比べて幼顔で、水色の瞳も大人し目な印象を与えるので、居候させてもらっている武器屋のおばさんには『仔犬みたいに可愛い』と言われる始末だ。


勿論、そんなことを言われて喜べるほど純粋な心など、この思春期真っ盛りの少年には無い。


「ククッ…おっさんて呼ばれたのは初めてだなぁ!はははははっ!」


「す、すいません…」


さすがに失礼すぎたと思って頭を下げかけた少年を、青年は笑いながら止めた。


「いいっていいって!むしろ笑えたしよ~」


「いやでもさすがに…」


「そんな固くなんなよ~全然怒っちゃいねぇしさ!」


「は、はい……」


青年の言葉に偽りは無いと見ると、少年はやっと青年の制止を受け入れた。


「いやぁ、敵の前で寝るわ、思いもよらねぇ発言をかますは、面白おもしれぇなぁお前!」


「面白いかどうかは知りませんけど…」


「あ~…その敬語止めてくんねぇか?どうも俺、それが苦手でよぉ」


唐突な青年の申し出に、少年は目を丸くする。


「え、でも、絶対僕より年上…」


「か~んけいない関係ない!大体俺、軍とかにも入ってねぇからそういう上下関係?とか興味ねぇんだわ」


「は、はぁ…」


そういうものなのか?とも思うが、苦笑いを浮かべているあたり、本当に苦手なのだろう。


それに少年としてもあまり固いのは好きではないので、気持ちは解らなくもなかった。


「な~んか壁感じるしよぉ?つまんなくね?」


「まぁそこまで言うなら解りま…解った普通に話すよ」


「お!ありがてぇ!」


ニッと歯を見せて笑った彼は、「あぁそうだ」といって少年の手に目をやる。


「手ぇ怪我してたみたいだが、他んとこは大丈夫かい?」


「あ、この怪我は狼に噛まれただけだから、他には別に……」


そこまで言った少年は何かが引っかかった。


ほんの一瞬黙った後、違和感の正体に気がついて声を上げる。


「あ!?あの狼は!?!」


唐突に声を上げた少年に再度青年は吹き出すと、腹を抱えながら一本の木を指差した。


そこをよく見ると、木の陰からちらりと真っ黒な尻尾が揺れる。


「はははっ…!やーっぱりシェイドかぁ!悪いことしたなぁ、ありゃ俺の仲間のペットなんだわ」


「狼がペット!!?」


一体あの厳つい狼を飼うなんて猛者は誰なのか。


気にもなるがこの青年の仲間というと相当癖のある人物でありそうな気はした。


「躾けとくよう言っとくわ~」


「あ、ありがとう…でもペットってことは魔獣じゃないんだね」


少年の言葉に青年は「おう!」と頷く。


魔獣と言うのは、本当に最近急に現れだした謎の生き物だ。


殺された際に血肉はおろか、骨すら残さず消滅するその姿から、『悪魔のような生き物』だということでそう名づけられた。


「あいつはちゃんとした狼さ!図体が少しばかり普通の奴らよりでかいがな」


そこに何故苦笑いが付いてくるのか、少年は疑問に思ったが流すことにした。


「よかった…魔獣だったら今の僕には倒す術が無かったから…」


「ん?今はってことは普段は武器を持ってんのかい?」


「うん。槍ならそれなりに敵は捌けるよ」


青年はその言葉に「ほう?」と片眉を上げて反応する。


「じゃあいつかは軍に入るのか?」


「いや…徴兵されない限りないかな。…今の軍には入りたくないんだ。ここだけの話、あまり信頼ができない気がして」


少年が肩を竦めながらそう言うと、青年はニヤリという音が付きそうな笑顔を浮かべた。


「ほぉ〜…お前とは本当に気が合いそうだな?」


「え?」


「なぁ、お前明日暇か?」


「ひ、暇だけど…」


青年はそれを聞くと、「それなら…」と言って少年に向き直った。


その笑顔の何とまぁ爽やかなことか。


逆に少年には背筋に悪寒が走った。


「これも何かの縁だろう。一つ、『決闘』してみねぇか?」


最初、少年は彼が何を言ったのか理解できなかった。


「なっなに言って!!?」


少年は思わず一歩後ずさる。


この世界の決闘は立派な殺し合いだ。


普通は名誉を傷つけられたりした時に申し込まれるものであるし、そもそもこの国では禁止されている行為だ。


「何で今日助けてくれた人を明日殺さなきゃいけないのさ!?普通に嫌だよ!!」


少年の全力の拒否に、青年は「ははははは!!」と大きな笑いをかます。


「勝つ気満々か!!いいねぇ!ほんとに最高だわお前!!」


「僕にとっては笑いごとじゃないんだってば!!」


何とか思い直してもらおうと、必死になっている少年の挙動をしばらく笑ってみていた青年は、笑いを何とか抑えつつ少年にフォローを入れる。


「いやぁ、そんな慌てんなって~!大丈夫さ!寸止めで終わりってルールにすっからさ!」


「…へ?」


「俺だって人をあやめたかねぇよ~!あくまでも心はってことさ!」


「…てことはつまり……」


「実質、手合わせってとこさ!ただ決闘のときくらいの勢いがほしいっつーことよ!」


拍子抜けした少年はその場で崩れ落ちると大きく息を吐いた。


「くくっ…お前ってオーバーリアクションだよなぁ…ぷっ…おもれぇっ…はっはははははは!!」


「誰のせいだと思って…」


恨みがましいと言わんばかりの視線を軽々と交わすと、青年は再度問いかけた。


「で、俺と戦ってくれるかい?」


問うてくるその目は真っ直ぐに少年に目を見つめている。


―――そんな目で見られた断れない…!!!


しかし、命の奪い合いでないのなら、少年にとっても久々の手合わせだ。


こんなチャンス、なかなか無い。


「…分かった。明日の何時?」


「おお~!乗ってくれるか!」


立ち上がりながら返事をした少年に、青年はパッと笑顔を見せた。


「そうだなぁ、予定は歩きながらにしようぜ。もう夕暮れだしな」


言われて初めて、少年は辺りの様子を見た。


既に木々は夕日に照らされ、空は藍色が赤に滲み始めている。


「うん…いいけど、歩くって何処に?」


「何処ってお前、帰んなくていいのか~?帰り道分かるならいいけどよ~」


「ゴメンナサイオネガイシマス…」


青年は「お~う」といって歩き出そうとしたが、そこで再び少年に向き直った。


「あぁ悪い!すっかり名乗り忘れてたわ!俺はバルトっつうんだ!よろしくな!」


握手を求められた少年は、それをゆっくりと、しかししっかりと握った。


「僕はテオ…テオ・ビリーフ。よろしく」

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