第十一章 邪魔をしないで ②
*
「ジーク10が敵戦闘機二機撃墜!!」
CICがどよめく。
「敵艦隊の動きは!?」
「ありません!!」
レーダースクリーン上には夕陽のF35Bがたったの一機で中国艦隊に向かって行く様子が映っている。そしてその遥か後方には彼女をフォローしようと「いずも」戦闘飛行隊が後を追っていたが、これでは彼女の会敵に間に合いそうにない。
昨日の昼には士官室で将来を約束した恋人と不安を振り払うかのようにはしゃぎ、戯れていた彼女。そして先ほどのミサイル発射をコールする、ゾッとするほど冷たく感情を亡くした声。
特攻
尾澤の脳裏を過る二文字。冷たいものが背中を伝う。
中国艦隊に動きがないのは彼女の不可解な行動に戸惑っているからだろうか? だが次の瞬間、理由は判明した。突如レーダー上に現れた中国艦隊に向かう二つのBlip。
そしてその先にあるのは空母「遼寧」―――――
〝そうりゅう〟か!?
防衛大臣の曖昧な反撃許可は海中にはまだ届いていないはずだ。
それは敵艦隊の中に潜み続け、仲間の絶体絶命の危機に恐らく刑罰を、そして撃沈を覚悟し放った決死の一撃。
自ら「いずも」と「てるづき」の盾となり、戦空にその若い命を散らしたパイロット。
その彼を喪い、恐らくは絶望して独り敵艦隊に特攻をかける女性隊員。そして仲間を助けんがため、今まさに窮地に陥っているであろう「そうりゅう」の乗組員達。
もう、これ以上命令に縛られ彼らを見捨てるわけにはいかなかった。
「全艦!!
その尾澤の力強い声に、防衛大臣の曖昧な指示で戸惑い、消沈しかけていた乗組員達が、いや、全艦隊・全作戦機が一斉に生気を取り戻す。
最低限?
殺らなきゃ殺られるのは今、ここにいる俺達だ。
無能で暗愚なデマゴーグども!!
呪うなら戦争にまで追い込まれた貴様達自らの無為無策を呪え!!
「目標、西北西一四万メートル先の中国艦隊。これは自衛のための戦いだ。一気に殲滅するぞ!! 全艦・全作戦機に告ぐ!! 一発残らず撃ち尽くせ!!!」
その命令から間髪入れず、各艦に二基ずつ搭載されている四連装発射筒が大量の火焔を巻き上げたかと思うと、、SSM1B・九〇式艦対艦誘導弾が轟音と共に発射筒先端の蓋を勢いよく突き破り、次々と発射されていった。
そして空からは第三飛行隊のF35JがASM2・九三式空対艦誘導弾を一斉に放つ。中国艦隊の殲滅を狙った自衛隊による飽和攻撃。それは対空防御用のミサイルをほぼ撃ち尽くした彼らが生存のために取らざるを得ない、〝最低限〟の反撃だった。
*
突如、海面を突き破って現れた二発のハープーンミサイルに中国艦隊はパニックに陥った。至近から放たれた対艦ミサイルから逃げる術などない。そして圧倒的な攻勢の中、油断していた彼らは「遼寧」にのみ搭載されているCIWSのセーフティロックすら解除していなかった。
二発のハープーンミサイルはその巨艦を難なく捉えると、一発は艦腹に、もう一発は甲板上で四次攻撃に向けて対艦ミサイルを搭載中であったJ15戦闘機の一群にそれぞれ命中した。
一瞬にして大炎上する、中国海軍の象徴にして艦隊旗艦の空母「遼寧」。
通常であれば六万七千トンの巨艦がミサイル二発ですぐに沈むわけがない。だが、海軍の歴史が浅く、全く艦建技術のノウハウを持たない中国独自の突貫工事で再建された「遼寧」は、誘爆回避の概念すら持ち合わせていなかった。
「遼寧」の艦腹を突き破ったミサイルは、〝運悪く〟甲板下の格納庫に積まれていた艦載機用の対艦ミサイルと魚雷の山に命中し、大爆発を引き起こした。その威力は凄まじく、分厚い装甲に覆われているはずの飛行甲板を艦載機ごと根こそぎ吹き飛ばし、艦隊司令官の座乗する艦橋を倒壊させ、艦底に大穴をぶち開けた。そしてその大穴から一気に大量の海水が雪崩れ込む。
「遼寧」の周辺に展開していた駆逐艦やフリゲート艦は仲間を助けるどころか、巨大空母の沈没が作り出す巨大な渦に巻き込まれることを恐れ、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出した。
だが、その彼らにも安全な場所などどこにもなかった。
レーダーに映る多数のBlip。それは海自艦隊と空自のF35J部隊が放った対艦ミサイルの群れ。お得意の飽和攻撃を逆に浴びることになった彼らの防空能力はあまりにも脆弱だった。データリンクによる組織的かつ効率的な対空防御などは望むべくもない。中国版イージスと呼ばれる蘭州級駆逐艦も四隻いたがそれは見かけのみ、同時迎撃すら碌にできずイージス艦と呼ぶにはお粗末に過ぎた。
中国艦隊は向かってくるミサイルの半分も撃ち落とせず、自慢の新型艦艇が次々と被弾を許し、炎に包まれて行く。それは正に阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
*
予想された中国艦隊からの対空ミサイルは一発も飛んで来なかった。代わりに一旦後方に退いていた中国空軍のSu30MKKの編隊がこちらに向かって来る。単機のライトニングに対して全部で十二機。夕陽によって瞬時に二機の仲間を失った彼らだけに、万全を期しているのだろうか?
二時方向から向かってくる敵機に対し、夕陽はロックオンすると、一斉に残り四発のAAM5を放った。中国軍機にとっては初めて体験するオフボアサイト攻撃、それは驚き以外の何物でもなかった。所詮は運動性能だけが自慢の、古い設計思想の延長線上にある第三・五世代機に過ぎないSu30MKKの能力を過信し、単機で向かってくるライトニングを完全になめていた彼ら。AAM5は獲物を逃すことなく確実に相手を捉えると、四機のSu30MKKをパイロットごと吹き飛ばした。
これで夕陽が記録したキルスコアは六機。それは戦後七十年余、平和国家を標榜してきた日本に望まぬ真のエース(五機以上撃墜)が誕生した瞬間だった。
だが、ミサイルを撃ち尽くしてしまったとあってはライトニングといえども、これ以上戦う術はない。
あっという間に周りを残り八機のSu30MKKに囲まれる。一瞬にして六人の仲間を殺られ、殺気立つ中国軍機。一転して夕陽は彼らの仇となった。
最新鋭機で圧倒的な空戦性能を誇るライトニングとはいえ多勢に無勢、ガンポッドは搭載しているがこれだけ囲まれてしまえば無意味だ。そして速度を犠牲にしたSTOVL機ゆえ、最高速度はSu30MKKのマッハ二・三に対してマッハ一・六と圧倒的に劣る。逃げ切れるわけなどない。
いや、もとより彼女に逃げるつもりなど
コクピット内に響き渡る、敵機にロックオンされたことを報せる警報音。
夕陽は機を水平に戻して操縦桿を手放すと、静かに目を閉じた。
行くよ、敏生―――――
爆発した。
それは夕陽のライトニングの背後で。
次々と爆発、炎上していく夕陽を取り囲んだ中国軍機。
そして夕陽のライトニングを一機、また一機と、物凄い勢いで追い越して行くグレーのシルエット達。
あれは―――――
F/A18Eスーパーホーネット。
その胴体に示されているのは世界最強を誇る星のマーク。
〝聞こえるか!? こちら合衆国海軍第五空母航空団第二七戦闘攻撃飛行隊ロイヤル・メイセス。遅くなって済まなかった。日米安全保障条約第五条に基づく大統領命令により参戦する!!〟
〝同じく第一一五戦闘攻撃飛行隊、イーグルスだ!! ガイアは残念だった。英雄の弔い合戦だ。行くぞ野郎ども!! オルレアンの乙女を守れ!!〟
同じ厚木基地をベースとする、米空母「ロナルド・レーガン」所属の飛行隊だった。
それは中国側が予想だにしなかった米国参戦の瞬間。
そして彼らに遅れて東の方角から現れた多数のBlip。嘉手納を飛び立った米第五空軍第一八航空団の世界最強戦闘機・F22ラプターと、F35Aライトニングによる大編隊だった。
何で……今さら何でよ……
「あたしの邪魔をしないでよおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」
一人取り残された空間に、魔女の叫びが虚しく響き渡った。
*
海自艦隊と空自戦闘機部隊によるミサイル攻撃を受け、その約半数が沈没、または大破の憂き目に遭っていた中国艦隊は、米軍の登場でその混乱にさらに拍車がかかった。もともと上から下までマネーゲームに明け暮れ、練度も士気も低い乗組員と、見かけは最新だが実態は張り子の虎の艦艇群。陣形を乱し、我先にと戦場からの離脱を図ろうとする彼らに対し、米軍は海から、そして空から容赦なく襲いかかった。
四五〇キロメートルの南から飛んで来たのはロナルド・レーガンを旗艦とする第五空母打撃群が放った、無数に思える巡航ミサイル・トマホークの群れ。
殲滅とは言ったものの、それでもその後の救助艦を残すために多少の手心を加えていた自衛隊と異なり、常に世界中で実戦経験を積んできた彼らは無慈悲だった。
北アメリカの原住民が愛用した斧からその名を戴いた悪魔達は、生き残っていた艦艇だけでなく、大破して沈みかけていた艦にまでその狙いを定めた。そこにさらに畳みかけるように、夕陽を救ったロナルド・レーガンの飛行隊がハープーンミサイルを解き放つ。
それは決して「同盟国を守るため」などという綺麗事ではない。
今後数十年に渡る、太平洋における米国の覇権を確立するための戦い。太平洋進出を目論み、虎視眈々とその機会を窺ってきた中国軍を再起不能にできる、正に千載一遇のチャンスだった。
近年の目覚ましい経済発展をバックに拡充されてきた中国艦隊は、米軍の圧倒的な火力を前に、一瞬にして海の藻屑と消えた。
そして空を覆い尽くしていた彼らにとっての最新鋭機・Su30MKKの大編隊は只の一機の戦域離脱も許されることなく、米軍のF22ラプターとF35A、そして空自のF15Jによってことごとく撃墜された。
それが後に尖閣紛争、そして中国では〝釣魚島の悪夢〟と呼ばれる戦いの、あまりにも呆気ない幕切れだった。
敏生……。どうして……? どうしてよ……。
今や、体当たりすべき目標をその洋上に見つけることもできない。仇の自分を討ちに来てくれる一機の敵戦闘機ですら。
愛する彼の下へ旅立つことも叶わず、その手を汚しただけに終わった彼女は、眼下に広がる凄惨な光景を俯瞰しながらただ静かに涙に濡れるしかなかった。
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