第20話ラストバトル
「じゃ、作戦開始といこうか!」
オロチの言葉と同時に、僕達は一斉に動き出した。
オロチ達が再起動していたエレベーターに乗り込む。
箱が降下していく中、フロア内にけたたましいベルの音が鳴り響いた。
脚立の上に立つみぞれちゃんが、火災報知器をライターの火であぶったので警報装置が作動したのだ。
同時にフロアに設置されたスプリンクラーが駆動し、一気に水を放射する。
このショッピングモールは、各店舗とモール側の警報システムが連動しているのか、フロアのスプリンクラーが一斉に水を放射すると、店内に設置されたスプリンクラーも同時に水を放射し、モール内はあっという間に水浸しになった。
けたたましいベルの音はRSの感覚器官も察知するらしく、RS達は音の方向へと集まってくる。これで電波発信源への導線の先端は開けた事になるはずだ。
脚立の上でRSの動きを確認するみぞれちゃんの首の周りには、ふわりと動くほのかに赤色を帯びた半透明のストールのようなものを纏っている。
みぞれちゃんはそれで口元を隠し、掌を広げると、金平糖の粒のようなものが一粒現れ、それを親指で弾くと──、周囲は極寒の世界に早変わりした。
肌に電気が流れたかのようなビリッとした感触がした直後、僕の周りが、いやフロア全体がほぼ一瞬にして極寒の世界へと変貌した。
白い吐息が漏れ出た。水を放射していたスプリンクラーは一瞬の内に鋭利なつららを垂らして固まり、水浸しの床は一面が凍りつき、巨大なスケートリンクのようになっている。
「すごいな……」
白い吐息混じりに呟く。
ほんの一瞬で、世界は極寒のアイスエイジに成り果てた。
これがみぞれちゃんの能力『ダイアモンドエクスキューション』なのだが、なぜか本人はこの能力名が気に入らないらしく、その名で呼ぶと不機嫌になる。
なのでみぞれちゃんが能力を発動する場合、「氷のあの技」とか「例の氷」と呼ばなければいけない。一度試しに『エターナルフォースブリザード』と呼んでみた時は、身の毛もよだつような氷の微笑を向けられたので、それは完全タブーなのだろう。
みぞれちゃんの『ダイアモンドエクスキューション』は、周囲の熱エネルギーを奪い、それをストール状に纏い、新たに生成した氷結核を飛ばす事で、一瞬の内に周囲を極寒の世界に変えてしまう能力なのだ。
ちなみにあのストールがあるので、みぞれちゃん自身は極寒世界の影響を受けないらしい。
「大和さん!」
みぞれちゃんの合図で、僕は三階フロアの鉄柵を飛び越え、一階フロアに飛び降りた。
エレベーターは『ダイアモンドエクスキューション』の影響を受ける事なく順調に一階へと辿り付き、扉を開く。
僕は一階へと激突する前に、『拒絶の壁』を足元に展開して着地する。
なぜオロチ達と一緒に、エレベーターで降下しなかったのか。
理由は僕の『拒絶の壁』は応用力が高く、階段状に積んだり、足元に展開すればエレベーターを利用せずとも自在に上り下りが出来る事にある。この汎用力の高さ、遊撃ぶりが導線確保の名目にもなっているのだが、今回は第二、第三の作戦の中継も担っているので、ここからしっかりと仕事をしなくてはいけない。
「オロチ、一階フロアは大丈夫だ」
チャムさんから受け取った通信機でオロチに通信を送る。
一階フロアに集まっていたRS達は、目論見通りみぞれちゃんの『ダイアモンドエクスキューション』で足元を固められ、完全凍結していた。
これならば、第二作戦でオロチが入口封鎖の作業をしていても、RSに襲われる心配は格段に減ったと言えるだろう。
僕からの通信を受け、オロチが周囲のクリアリングを行いながら入口へと向かっている。エレベーターの扉が空いた瞬間から、オロチの姿しか見えなかったので、第三作戦である黒鉄・チャム班の『シュレディンガーの猫』は既に発動しているのだろう。確認しようにも認識できないので、連絡を待つより方法がないのだが。
「クリアー。目標地点に到着した」
RSの足場が固められて動けない事で、比較的簡単にショッピングモールの出入り口ゲートには到達できたようだ。
「外の様子はどうなんだ?」
「入口付近のものは凍りついて動けないようだが、少し先のものは影響がないのか、じわじわ集まってきているようだ。じゃ、今からシャッターを下ろすよ」
『ダイアモンドエクスキューション』の有効範囲が及ばなかったのだろう。
それでもみぞれちゃんの貢献は十分だと思う。
オロチはゲート前に立ち尽くすと、キョロキョロと周りを見渡している。
なにか、トラブルが生じたのだろうか。
「大和くん……。電動シャッターって、どう閉じればいいんだい?」
「そこからかよ!」
思わずツッコミをいれていた。
自分が入口の閉鎖をすると手を挙げたくせに、そもそも操作方法を知らないとはなんとも間抜けな話である。
僕もどうすれば作動するのかは、知らないけども。
「んー、よくわからないなぁ」
「一応【ZOO】は秘密部隊なんだろ?」
「専門分野以外は存外こんなもんだよ。オレに至っては、番組予約録画も未だ出来なからねぇ」
「ラムネさんとどっこいどっこいじゃねーか」
残念な報告に僕は重いため息を漏らす。
「どうするんだ? ソファやテーブルでバリケードを築いても、物量で押し負けるだけだぞ」
「そうだねぇ……。コンクリートの瓦礫なら、多少はいいんじゃないかい?」
「ん? どういう意味だ?」
「つまりはこういう事さ」
オロチは拳を握り、大きく振りかぶってみせる。
その拳は電気を纏って青白く輝いており、オロチはゲートに向かってその拳を叩きつけたのだ。
強烈な爆発音と共に粉塵が舞う。
オロチの放った一撃は凄まじい威力を誇っていた。
「ま、これでいいかな?」
粉塵舞う中、オロチは拳を払ってみせる。
その一撃はゲートを完全粉砕し、かつて入口があった場所には瓦礫が積み重ねられていた。
「おまっ……。入口潰して、どうするんだよ!」
「でもRSの侵入は防げただろ?」
「周りの固まってたRSも吹っ飛ばされてるし」
「不幸な事故だったね」
「意図的な人災だよ。犯人はお前だよ」
吹っ飛ばされたRSは地面に叩きつけられた衝撃で気絶したらしく、動き出す気配はない。一応、死んでる人はいないようだが……。
「第一作戦、クリアーだ」
瓦礫の前でオロチがサムズアップしてみせる。
本当にこれをクリアーと言っていいのか、気にはなったのだが。
一応、外からの侵入が防げている以上、文句は言えない。
あまり時間の猶予が無いのだ。
「ラムネさんを探さなきゃ」
みぞれちゃんの『ダイアモンドエクスキューション』は威力が絶大な分、体力の消費も激しく、長時間の維持ができない。
せいぜい五分が限界だろう。
つまり、このRSの足止めも、五分間が限界という事である。
その制限時間内にラムネさんを探し出し、アイの連絡を待って、電波発信源に連れて行かなければいけないのだ。
「じゃ、後は任せたよ」
「ああ。一階エントランスホールだよな」
オロチからの通信を切り、一階フロアに着地する。
指先の感覚が鈍く感じるほどに冷たい。
白い吐息を当てて、手をこすりながら進む事にした。
「大和……、聞こえる?」
エントランスホールに向かう最中、アイからの通信が入った。
『シュレディンガーの猫』が発動しているので、その姿を認識する事は不可能なはずだが、通信はきちんと行えるようだ。
「大丈夫だ。そっちはどうだ?」
「電波発信源を追って、一階の食料品エリアに来たわ。多分この近くがそうだと思うんだけど、もう少し時間がかかりそうなの」
「そうか。こっちも『史上最強の死神』の確保にはまだ至ってない。そっちのRSは大丈夫か?」
一階の食料品エリアは正面ゲートの正反対の箇所にある。
みぞれちゃんの『ダイアモンドエクスキューション』は正面ゲートのRSの足止めをメインに発動したので、正反対の場所にある食料品エリアまで効果が発動しているのかまでは分からない。
「一応凍っているから足止めになっているけど、微妙に動いているのもいるし、発動限界前に動き出すかもね。こっちに来る際は激戦になるかも……」
ラムネさんの盾役として進む必要がある僕にとって、正に悪い情報だった。
出来る限り、制限時間内にケリをつけたい所なのだが。
一階フロアにはラムネさんどころか、人の気配すらない。
まるで巨大な冷凍庫に放り込まれた気分だ。
そういや昔見た映画で、アイスを取りに行って死体が邪魔になって冷凍庫に閉じ込められるというシーンがあったが、こんな場所に長い時間居たいとは到底思えなかった。
寒いのが苦手というのもあるが、静寂と寒さのダブルパンチは人の精神を陰鬱なものに変えてしまうのかもしれない。
その後、RSの襲撃は無く、一階エントランスホールに到着した。
相変わらず人の気配は感じられないが、周囲には慌てて逃げ出したのかゴミが散乱している。床に落ちた折れ曲がったのぼりには、北海道名産と書かれておりここが北海道物産展フェアをやっていたのはわかったが、もはやその場所はゴーストタウンと化しており、まるで僕が世界崩壊後にコールドスリープから目覚めて最初に目撃したかつて人がいた場所……、そのように錯覚してしまうほど周囲は閑散としていた。
そこから僅かにカサカサと物音がする。
僕は無言のまま『拒絶の壁』を展開した。
正面ゲートからエントランスホールは、距離がある。
みぞれちゃんの『ダイアモンドエクスキューション』の効果が薄かったRSがいたとしても、おかしくはない。
だが焦ってはいけない。騒げば、この先にある食料品エリアよりも先のRS達を呼び寄せてしまう恐れもある。
ここは慎重に、そして確実に敵を駆逐していく必要があるのだ。
僕は息を殺し、物音のする方向へとゆっくりと足を忍ばせた。
まだ相手側の反応は無い。
気づかれてはいないようだ。
抜き足、差し足、忍び足と音を殺して近づいていく。
そして──、僕は『拒絶の壁』を展開させながら、その物音の主の背後へと飛び出していった。
「ラ、ラムネさん……?」
「ん、大和?」
周りに人っ子一人いない、ゴーストタウンと化した場の中にいたのは、生き残ったRSではなく、当初の捜索対象であったラムネさんだった。
「こんな所で何してるんですか?」
驚きのあまり、少々上ずった声で尋ねてしまう。
「んー? ハイパーミルクプリンの試食会だけど?」
ラムネさんは不思議そうに小首を傾げながら、そう答えた。
そのラムネさんの足元には発泡スチロールの器と、プラスチック製のスプーンが山のように積み重なっている。
まさか……、それ全部試食したのだろうか……?
担当者の悲鳴が漏れ聞こえそうな惨状が広がっていたのだが、ラムネさんは我関せずといった笑顔を振りまきながら、新しい器を手にした。
「ちょっ……。この現状、気がついてますか?」
「…………ん、」
パクッとプリンを口にしたラムネさんは、周囲を二度、三度ほど見やり、ゆっくりとプリンを飲み込んだ。
「北海道フェアの演出?」
「いや、確かに北海道は寒いですけど、明らかにおかしいでしょ」
「まぁ確かに、急に寒くなったなぁとは感じたけど。北海道特有の凍てつく大地の気候を体験できる演出プランなのかなって?」
「いや、北海道は年がら年中雪が積もっている訳じゃないですよ」
「え、そうなの? 道民はマンモスの毛皮を全身に着込んで、氷のブロックを積み重ねた家に住んで、毎日の通勤は犬ぞりを使っているもんだと思ってた」
「イヌイットの生活とごっちゃになってませんか?」
マンモスの毛皮は着ていないと思うけど。
「え、じゃあなにこれ? 異常気象?」
「みぞれちゃんの『ダイアモンドエクスキューション』です」
「え、なんでみぞれがあの技出してるのよ?」
「まさか、この現状を一から説明することになるなんて……」
とりあえず僕は、この現状をかいつまんで説明する事にした。
ラムネさんを発見できたのはいいが、時間の猶予は無い。
「ふむふむ。つまりは以前と同様、電波発信源を私がぶっ潰せばいいのね」
「はい」
「じゃ、城跡公園に行きましょうか」
「違う。そっちじゃない」
理解したという顔をしていたが、やはり理解出来たのは半分程度だった。
期待はしていなかったので、落胆の度合いは低い。
「城跡公園の時と同じ、電波発信源をぶっ潰すんですよ。今それをアイが探しに行っているはずですから」
「……大和ッ。聞こえる?」
言うや否や、アイからの通信が入った。
妙に雑音が騒がしいのだが、食料品エリアでなにかあったのだろうか?
「どうした?」
「電波発信源を突き止めたの……。でも……、で……」
ノイズが激しくて、重要な部分が聞き取れない。
「そっちに……、行っ……」
何かがあったのは確かなようだ。
そして電波発信源らしきものはこっちに逃げてきたという事なのだろうか。
「落ち着け。それは一体どういうものなんだ?」
「ト、トマ……、トマトよ……!」
アイの絶叫めいた声が響き、それで通信が途切れた。
トマト? 何かの聞き間違いだろうか。
「大和。今トマトって聞こえたんだけど?」
「えぇ。何かの比喩でしょうか?」
言葉の真意が分からず、疑問を頭に浮かべる中──、遠くからドドドドドという轟音が近づいてきている事に気がついた。
「ん、なんだ?」
みぞれちゃんの『ダイアモンドエクスキューション』は未だ発動中で、RSも動いている様子はない。だとすれば食料品エリアより先にいたRS達が一斉に動き始めたのだろうか。だがそれだとトマトとの関連性が思いつかない。
轟音が迫ってくる。
僕は『拒絶の壁』を身構えながらも、迫り来る轟音に備えた。
ドドドドドという音と共に、何かがすごい勢いでやってくるのが確認できた。
人……、いや、違う……。
「トマトだ!」
数百……、いや、数千個はあると思われるトマトの大群が、凍りついたフロアの上を弾みながら激走している。
それはまるでトマト祭りのような……。赤い激流と化した勢いをそのままに僕達はその中に飲み込まれていった。
それは異様な光景だった。展開された『拒絶の壁』を前に、数える事が嫌になるほどのトマトの大群が襲い掛かり、『拒絶の壁』にその身を叩きつけて崩れていく。防御は十分有効だが、その数が半端ではないので『拒絶の壁』を展開していても防御の隙間から出てきたトマト達が体中にぶつかってくるのだ。
だが所詮トマト。鈍い衝撃は走るものの、ダメージは低い。
「ラムネさん。大丈夫ですか?」
全身トマトジュースまみれになりながらも、ラムネさんの姿を探す。
このトマトの大群の中に電波発信源が隠れているのなら、これは絶好の好機なのだ。
「この肉厚な形と芳醇な香りは……。大和、このトマトはびらとりトマトよ」
トマトの大群に襲われてる最中、そんな驚きの声が隣から聞こえた。
ラムネさんは、体中にトマトがぶつかってくる事すら一切構う事なく、飛んできたトマトをがしっと掴むと、生のままガブッと食らいついた。
「ん〜。肉厚だから食感も最高ね。甘みと旨みのバランスが良いし、余分な青臭さを感じないから、バクバクいけちゃうわ〜。大和、塩持ってる?」
「持ってるわけないでしょ!」
まさかこの状況下で、襲いかかって来る敵を食べるなんて、一体誰が予想していたであろうか。
トマト側も、この暴挙は想定外だったのだろうか。
赤い激流と化していた動きに、突如変化が起き始めた。
トマトは、明らかに僕やラムネさんを避けるように通り過ぎていく。
「ちょっ。まだ一個しか食べてないのよ」
「いや。一個食べれば十分ですから」
敵も一個のトマトを犠牲にした事で、対抗は不利と悟ったのであろう。
逃げの選択をした事は有能だと思う。数の物を言わせて逃げ回られると、いずれは『ダイアモンドエクスキューション』の効果も切れて、RSも復活してくるので、状況は不利に回るのだ。
「ラムネさん。トマトの大群が逃げちゃいますよ」
「追いかけようにも逃げ足が早いし、そもそもあの大群の中から電波発信源だけを見つけて破壊するなんて芸当、誰ができるって言うのよ?」
「出来ないんですか?」
「いや、まぁ、出来るか出来ないかで言えば、私は出来るけど……」
出来るんかい……。
至極面倒くさそうな顔で言っているので、追いかけたり、見つけたりといった作業が面倒だと言いたいのだろう。
「大和──ッ。聞こえる?」
アイからの通信が入ってきた。
「ああ。そっちは大丈夫か?」
「大きなダメージはないわ。全身真っ赤だけど」
「こっちもだ」
「電波発信源を突き止めたまでは良かったんだけど、丁度食料品エリアでは、今北海道野菜フェアもやっていて、その中の、びらとりトマトという種類に潜んでいたみたいなの。しかも大量のびらとりトマトにもナノマシンウイルスが仕込まれていたらしく、電波発信源と一緒に暴走を引き越している状態なのよ」
「『シュレディンガーの猫』が発動しているんじゃなかったのか?」
「認識しているとか、認識していないとかの範疇超えてるのよ。大量のトマトが通路めがけて襲いかかってくるのよ。物量に押し負けたわよ」
あちらはあちらで悲惨な目にあったらしい。
「大和くん。悪い報せだ……」
続いてオロチから嫌な報告が入ってくる。
「なんだ?」
「凍結能力が限界を迎えようとしている」
オロチの言葉に慌てて床を見やるが、トマトのせいで周りがトマトジュースまみれになっていてよく分からない。
仕方がないので、代わりにRSを見やる。
先程まで完全に固まっていたRSも、今や体を僅かに動かそうとしている。
みぞれちゃんの『ダイアモンドエクスキューション』の効果が切れ始めているのは、確かなようだ。
「あと、そっちの方角から、変なもんがいっぱい飛んできているんだが?」
まさかトマトの大群が飛来しているとは、思いもよらないだろう。
だがオロチが正面ゲートを破壊して封鎖した事で、外に逃げ出す事だけは回避できた事になる。
「オロチ。今からそっちにトマトの大群が行く」
「は? え? トマト?」
当然の反応である。
だが説明している暇はない。
「その中に電波発信源がいる。動きを僅かでいい、止めておいてくれ」
それだけを言い残し、僕は通信を切った。
「ラムネさん。戻りましょう」
僕はラムネさんの手を掴み、正面ゲートに向けて走り出した。
床の氷は既に溶け始め、走るたびに水飛沫が舞う。
最悪な展開に移りつつあった。
「ラムネさん。僕がRSを食い止めるので、正面ゲート前で電波発信源を仕留めてもらえますか?」
「面倒だけど、りょーかい」
それだけを言うと、ラムネさんは溶け出して水浸しになった床に指先を触れて水をすくい出し、水鎌を生成させた。
正面ゲート前に到達する。
空中にはトマトの軍勢。
周囲には動き始めるRS達。
その地獄のような状況の中で、オロチは瓦礫を要塞のように積み上げ、双方の襲撃を凌いでいた。
「ラムネさんは、前へ」
ラムネさんを先に行かせ、その周りに『拒絶の壁』を展開させた。
「ぎー、がしゃん。ぎー、がしゃん。ぎー、がしゃん」
必然的にRSは僕に的を絞り、襲いかかってくる。
だがそれは僕を囮にして、ラムネさんとオロチをフリーにする事ができる。
「オロチ!」
「あいよ」
オロチは大きく息を吸い込むと、口を大きく開けた。
すっかり忘れていたが、昨日の地下施設でオロチはリャーナのソニックハウリングを自らも食らっていたのだ。
あの時は、なぜわざわざ自分までダメージを負う方法を選んだのかと、疑問に思ったのだが。
ここに来て、その伏線が最大限生かされていたという事実に気がついた。
オロチのソニックハウリングがトマトの大群に炸裂した。
強烈な音の衝撃波は、トマトを次々と爆ぜ飛ばしていく。
その中に一個……。オロチのソニックハウリングを受けても爆ぜ飛ばないトマトがあった。
「ラムネさん!」
大量のRSにまとわりつかれながらも、僕は叫ぶ。
ラムネさんは無言のまま水鎌を担ぎ、大きく体を仰け反らせた。
曰く、駄菓子屋ラムネとは──。
──『史上最強の死神』なのである。
攻撃は一度。
大きく仰け反らせた状態から、水鎌を振るう。
鎌の刃先から生じた衝撃波が電波発信源を捉える。
たった一振りの攻撃で。
空を飛ぶ電波発信源は脆くも砕け散った。
同時に僕に襲いかかってきたRS達が続々と崩れ落ちていく。
ようやく戦いは終わったのだ。
「やっと終わったのか」
「長い戦いだったね」
オロチが肩を竦めながら、そう語る。
「──で、どうしようか?」
オロチの問いに僕は答えられずにいた。
水鎌の一撃は確かに電波発信源を破壊した。
これにより『ドクターギア』によるRSテロは失敗に終わったのだが。
その威力は凄まじく、正面ゲートは日の光がよく入るオープンな模様替えを果たしてしまった。
オロチの一撃で崩壊直前だったゲート前は、ラムネさんの一撃でトドメを刺された事になる。
僕は無言のまま、ラムネさんを見やる。
当の本人は眩しそうに日差しの入る正面ゲートを見た。
「不幸な事故だったね」
「完全な人災だよ。犯人はアンタだよ」
僕は二度目のツッコミを入れていた。
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