第19話意外な伏兵
「いつからいたんですか?」
「あの男が二発目を構えた時です」
チャムさんはそう言いながら、倒れたリャーナの様子を見ている。
「ごめんなさい。私をかばって」
「問題ありません。それがこの子の仕事です」
淡々と言い放つ姿勢に冷徹さを思い浮かべるが、優しく毛並みを撫でる様子から察するに、仕事に関して厳しい人なんだろう。
反してプライベートがああなので、ある意味バランスは取れているのかもしれない。決して賛同はできないが。
「少し休めば回復するでしょう。そちらは?」
「問題ない」
オロチはゆっくりと起き上がってくる。
「大丈夫なのか?」
「正直な所、まだ吐き気がするけどね。大丈夫。戦えないほどじゃないさ」
「なんでテイザーガンをくらったんだ?」
以前、僕とリャーナの小競り合いを止めた際には、僕ですら視認する事が不可能な一撃で寸止めされた。あれほどの実力であれば、あの男を倒す事は容易だったのではないだろうか。
「……幾つか理由があるんだけど、油断したっていうのが本音だね」
「【ZOO】の総大将も形無しだな」
「全くだ」
オロチは眉根を潜め、肩を竦めて見せた。
「で、チャムさんはなんで怪我をしてるんですか?」
ずっと気にかかる事があった。
チャムさんは額に大きなたんこぶを作っていた。
そして着ていた衣服もドロドロに濡れて汚れているのだ。
「私は秘密裏の作戦でここの監視任務を離れていたのですが、そちらの件が片付き現場に向かうと、大量のRSがショッピングモールに溢れていまして、隊長の居場所をサーチすると三階だとあったので、そちらに向かおうと思ったのですがエレベーターは緊急停止で動かず、エスカレーターは障害物が置いてあり封鎖されていたので、仕方なく階段で行こうと思ったのです」
「「あ……」」
チャムさんがそこまで述べて、二人で合点がいった。
「まったく……。誰ですか。あんなところに洗剤をばらまいたクソ野郎は?」
「あぁ。きっとあいつがばら撒いたに違いない。やりそうな顔をしている」
責任なすりつけたー!?
とはいえ、かなり怒っているであろうチャムさんに真実を言うわけにも行かず、卑劣な罠はあの男が仕掛けたという事に相成った。
「で、どうだった?」
「えぇ。『史上最強の死神』の目論見通りに……」
そう述べたチャムさんはポケットから一枚のカードを取り出す。
一体、そのカードはなんなのだろうか。
「アイアンメイデン……。いえ、
チャムさんは、アイアンメイデンに向けてそのカードを差し出した。
「え、これって?」
「能力者認定IDカード。異能力者なら誰でも持っているカードだね」
オロチはそう言いながら、ポケットから自分のカードを見せた。
勿論、僕やみぞれちゃん、ラムネさんだって持っている。
「これであなたは、能力者・黒鉄アイになった」
「どういう事だ?」
「キミも知っていると思うが、能力者認定は三名以上の能力者の承認があって初めて認可される。承認の権利があるのはクラスハイソサエティ、要は上級幹部なんだけどね。『史上最強の死神』は協会組織のゴタゴタを上手く利用して、アイアンメイデンを能力者の一員だと認めさせたんだ」
「それはすごい事なのか?」
「さっきも説明したけど、今協会組織はゴタゴタが続いて、【ドクターギア】の娘という金鉱脈を喉から手が出るほど欲しがっている。だからあいつみたいな輩が出てくる始末さ。だが中には弱小派閥もある。そう言った連中はまずこう思うはずだ。【ドクターギア】の娘をどこかの派閥が手に入れ、そいつらが力をつけるくらいなら、いっその事、能力者認定して『史上最強の死神』の子飼いにしてしまった方がパワーバランスが取れるんじゃないかってね」
「なるほど。足の引っ張り合いをしているからこそ、どこの派閥にも属さないラムネさんの所に置いておけば、今の均衡は築けるって寸法か。ラムネさんは逆にそれを利用してアイアンメイデンの戸籍を作り替えてしまったと」
「黒鉄アイ……、ですか」
新たに付けられた名前にまだ馴染めないのか、アイアンメイデンは恥ずかしそうな表情を浮かべ、小声で自分の名前を連呼している。
「これで協会組織は手を出す事が難しくなった。あとは【ドクターギア】だが」
「今は電波発信源を突き止めるので、精一杯だな」
今後も【ドクターギア】は僕達の敵となるのだろうか。
例えそうだとしても、僕はアイアンメイデンを……。いや、黒鉄アイを守らなければいかない。『史上最強の死神』と約束したのだ。
責任を担える大人になりなさいと。
「……だが困った事になったね」
オロチは困った表情を浮かべ、リャーナを見やる。
アイをかばい、テイザーガンの電気ショックを受けたリャーナのダメージは思ったよりも深いらしく、意識は戻ったものの、未だ動けずにいた。
「当初の作戦は、リャーナの機動力でRSを振り切り、電波発信源を探す手筈だったからね。リャーナが動けない以上、別の作戦を考えなくては」
「わ、私は大丈夫です。一人でも出来ます!」
アイが胸を叩いて意思を強調するが、RSがアイ自身を狙う以上、それは無謀だと言わざるを得ない。
「その為の要因だったんですね……」
ため息のこぼれる音が響く。
チャムさんは呆れたといった仕草をしながらも、汚れたシャツのボタンを外していく。
「ちょっ。おわっ。なんで急に?」
「ドロドロに汚れているからです。覗きたければ、勝手にどうぞ」
淡々と言い放ち、シャツを脱ぎ捨てた。
そこには下着姿のチャムさんが……。と思ったのだが、誰もいない。
「って、あれ?」
周りを見やるがどこにもその姿はない。
見失ったのは、僕だけじゃないらしく、みぞれちゃんやアイもキョロキョロと周りを見回していた。
ニャーンと猫の鳴き声が響き渡る。
「お待たせしました」
気がついた時には、チャトラの猫がアイの肩に乗っていた。
「いつの間に?」
「私はずっとそこにいましたよ。あなたの居る前でドロドロに汚れたシャツを脱ぎ捨て、スキニージーンズを脱ぎ、下着姿であなたの周りを一周しました。あなたの視線をわざと追いかけながら、ショーツを脱ぎ捨て、ブラを外し、裸で扇情的なダンスをしてから、この最終的な猫の姿に変わりました。一応その証拠にあなたのポケットに私の下着を入れておきましたが」
言われて、恐る恐るポケットに手を突っ込んでみる。
柔らかい布の感触がある。
しかも生温かい。
引っ張り出すと、薄い黄緑色のショーツが出てきた。
「やっぱ変態じゃねーか!」
「……でも、誰も私を認識する事は出来なかった」
チャムさんの言葉に、誰も二の句が続かなかった。
「それがチャムの能力『シュレディンガーの猫』だ。猫の姿に近づけば近づくほど、第三者はチャムの姿を認識できなくなる。反して戦闘力は猫並になるんだけどね。地下施設での騒ぎの中で一人だけ脱出して『史上最強の死神』を呼びに行ったのも彼女の能力あってこそだよ」
「黒鉄アイ……。私に『オーラマリオネット』を使いなさい。そうすればあなたも『シュレディンガーの猫』と同じ状態になって、認識されなくなるはずです」
「そうか。『オーラマリオネット』は対象者を操るだけじゃなく、対象者を介してその能力を使える性質だからか……」
そう考えると、黒鉄アイは、かなりのチート能力者なのではないかと思う。
「じゃ、電波発信源の捜索班は黒鉄・チャムの両名に任せる事にしようか」
「わかりました」
「僕達はどうすればいい?」
「目標は全部で三つある。一つ目はショッピングモール入口の封鎖だ。これ以上RSを侵入させない必要があるからね。二つ目は内部RSの足止め。幾ら認識されないとはいっても、多勢に無勢なこの状況下の捜索は困難を極めるからだ。そして最後の三つ目は、導線を『史上最強の死神』に繋ぐ役目だ」
「導線?」
「電波発信源がどんなものか分からない以上、それを確実に破壊できる人に任せるのが鉄則だろう。だが現在『史上最強の死神』は一階エントランスホールに孤立している状況だ。──だから、封鎖されRSを足止めした状況下で『史上最強の死神』を確保し、黒鉄・チャム班の連絡を待って、電波発信源の場所まで連れて行く必要があるんだ」
「一番面倒くさそうな役目だな」
「ま、それはキミに適役だと思うよ」
「なんでだよ」
「オレは入口の封鎖作業に行くからね。さっき受けたテイザーガンの電気ショックもこれが目的だったりするんだ」
「どうやって入口を封鎖するつもりだよ?」
「面倒な作業は必要ない。こうするのさ」
オロチはそう言いながら、人差し指を僕の二の腕に押し当てた。
ビリッとした痛みが走り、僕は「ギャッ」と悲鳴を漏らす。
「オレは受けたダメージを蓄積し、それを自在に発動させる事ができる。さっきテイザーガンをしこたまくらったからね。この電気で入口のシャッターを閉じる事が出来れば、封鎖は簡単だろ?」
「確かにそうだが……」
ちらりとみぞれちゃんを見やる。
「では、私はRSの足止めをしてみます」
「えっ。そっちを取るの?」
予想外の選択に、僕は驚きの声を上げた。
てっきり導線確保の方を取ると思ったからだ。
「少し、考えがあるので……」
「う、うん……」
そう言われてしまっては、反対する理由も見つからない。
「じゃ、僕が導線確保か」
「決まったようだね」
選択権は無かった気もするのだが。
僕等の作戦担当が決定した。
負傷したリャーナと男の子を三階のバックヤードに避難させ、僕達は各々準備を始める事にした。
「大和さん。似合いますか?」
みぞれちゃんは、近くの雑貨用品店から拝借したレモン色のレインコートを羽織っていた。
「よく似合ってるよ。──それが必要なものなの?」
室内でレインコートが必要になるなんて、一体何をするつもりなのだろうか。
みぞれちゃんはにこやかに笑っているが、僕は不安である。
「バックヤードから脚立持ってきたよ。あと喫煙室にライターもあった」
オロチは、みぞれちゃんの探していた脚立とライターをバックヤード内から見つけていたようで、それをみぞれちゃんに渡していた。
レインコート、脚立、ライター。繋がりがなさ過ぎて、みぞれちゃんが何をしようとしているのか、さっぱり分からなかった。
「あ、そうだ。今の内に二人に渡したい物があったんだ。え、とアイは……?」
「ずっと隣にいるわよ」
「うわっ!」
言われて初めて気がついた。
アイは猫のチャムさんを抱いたまま、ずっと隣に立っていたらしい。
『シュレディンガーの猫』を利用した『オーラマリオネット』の効果は十分なようだ。
「作戦の前に、これを二人に渡しておこうかなと思って……」
そう言って僕はポケットから、あるものを取り出した。
ひらひらとした薄い布地、薄い黄緑色のショーツである。
「って、違う!」
「大和。ちょっとそういうのは……」
「ごめんなさい。私、そういう冗談は苦手です」
二人がドン引きの顔で僕を見やる。
「よろしければ6千円でお売りしますよ」
「いらんわ!」
猫に向かってショーツを投げつける。
「こっちだ。こっち」
逆側のポケットに入れた事に気がつき、慌てて小さな紙袋を取り出した。
それは二人がショッピングに向かった際に、ラムネさんに荷物番を任せて買いに行ったものである。
「開けていいんですか?」
小さく頷くと、二人はドキドキしながら紙袋を開いた。
「わぁ……。新しいピアスだ」
アイには、小さくて白い飾り玉の付いたピアスをプレゼントした。
「爆弾ピアスじゃない、本物のピアスだ。そっちの方がお前には似合ってるぞ」
「うん……。えへへ。ありがと」
アイは恥ずかしそうにしながらも、はにかんだ笑顔でお礼を述べる。
「私のはネクタイピンですか?」
みぞれちゃんには、雪の結晶をあしらったネクタイピンをプレゼントした。
「いつもドクロの刺繍が施されたネクタイをしていたでしょ。だからネクタイピンも必要かなと思って」
「ありがとうございます。大切にしますね」
ほのかに頬を染め、雪の結晶をあしらったネクタイピンをぎゅっと抱きしめて見せる。それだけでみぞれちゃんの感謝の気持ちは十分伝わった気がした。
「でも、どうして?」
「新しい仲間への、よろしくという気持ちと──、今までの仲間への、ありがとうという気持ち──、この二つをプレゼントに託しただけだよ」
アイの疑問に、僕は気恥ずかしい気持ちで少し顔を赤らめながら、答えた。
「うん。わかった」
小さく頷いたアイは猫を床に置くと、爆弾ピアスの残りを外し、新たなピアスを装着する。
みぞれちゃんもレインコートをすこしはだけさせ、ドクロの刺繍が施されたネクタイにネクタイピンを差して見せる。
「黒鉄アイ。今日から、よろしくおねがいします」
白いピアスをキラリと輝かせながら、アイはペコリと頭を下げた。
「駄菓子屋みぞれ。これからもよろしくお願いします」
雪の結晶をあしらったネクタイピンはキラリと輝き。
みぞれちゃんは僕たちに向かって、ぺこりと頭を下げる。
「神来大和。じゃ、最後の作戦はじめようか!」
そう言って拳を突き出すと、二人も合わせるように拳を突き出してみせた。
こうして僕達の戦いは始まったのである。
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