第18話ドクターギアとの対決

「さて、ここからが問題だ……」

 ギロチン博士との舌戦直後。未だ気持ちが怒りで昂ぶっている僕の横で、オロチは冷静に今後の事を述べた。

「【ドクターギア】との完全なる敵対が確定した以上、この場所での籠城は得策とは言えないね。敵は未だRSを量産できる体制にある訳だから、ここに籠っていても、いずれは物量で押し負ける事になる」

「なら、どうする?」

「RSのパターンは以前と同様だ。ならこのショッピングモールのどこかに電波発信源があると考えていい。それを破壊すればRSも停止するだろうね」

「電波発信源は分かるのか?」

「そこが問題なんだ……。前回は情報があったので、城跡公園に目星を付けられたが今回は突発的テロのせいで、前準備が何も出来ていないんだよね」

 オロチは申し訳なさそうに肩を竦めて見せる。

「アイアンメイデン。お前は何か知らないのか?」

「ごめんなさい。詳細な仕組みは理解していないの。──でも、特殊な電波を拾う方法なら知ってる。スマホのアプリでラジオ電波を拾えばいんだけど」

 そこまで語ったアイアンメイデンは手をひらひらとさせる。

「僕のを使え」

 そう言ってアイアンメイデンに向かって、スマホを投げ渡した。

「『ギロチン電波ラジオ・どっとこむ』ってアプリをダウンロードして、アプリ内の電波を探すって項目で、特殊電波を探せるのよ」

「なんだその奇妙なアプリは?」

「ママの趣味と実益を兼ねたインターネットラジオ放送よ。同時にミニFMでも放送していたから、その周波数を探す事が出来るの。──そして、この周波数が電波発信源にも使われているの」

「そうか。ミニFMだから、RSを広範囲に差し向ける事が出来なかったのか」

「……だが、こういう密集した空間なら、少し面倒な事になるよねぇ」


「ギロチン博士の電波ラジオどっとこ〜む! はーい皆さん、こんばんわ。迷えて悩める子羊ちゃん達、電波ラジオどっとこむの時間だよ〜」


「繋がりました」

「さっきの舌戦の応酬の直後でこれ聞くと、なんかキツいな」

「大丈夫。これ収録放送です」

「それは分かってるよ」

 あのやりとりの直後、生でこのテンション維持して放送できたら、ハリウッド女優並みの精神力と演技力の持ち主だと思う。

「このアプリはミニFMの電波発信源に近づけば近づくほど、数値が大きくなっていくんです。元々は海賊放送として、リスナーに発信源を突き止めさせるためのツールだったらしいんですが……」

「なんのために?」

「ラジオ放送を聞く=興味を持ったって事なので、【ドクターギア】への勧誘目的だそうです」

「そんな方法でメンバーを集めてたのかよ」

「いえ。全然集まらなかったので、形骸化して、ママが私物化したらしく……」

「完全な趣味ラジオかよ」

「現在の数値が64。少し高めですが、これはショッピングモール内に電波発信源があるからと考えられます。最上階の三階でこの数値なので、恐らく一階に電波発信源があると思うのですが」

「……よし。作業を分担してみようか」

 沈黙を保っていたオロチがそんな事を言いだした。

「リャーナ。通信機は持ってるかい?」

「はい」

「それをアイアンメイデンに渡して、一緒に一階へ行って、電波発信源の捜索をしてくれ」

「はい」

 命令には素直に従うリャーナは、耳に当てていた通信機をアイアンメイデンに渡すと、赤毛の狼に変身する。

「おいオロチ。一階はRSがわんさかいるんだぞ。そんな危険な場所に行かせるのか?」

「リャーナの機動力は抜群だからね。背中に捕まっていれば、容易に取り囲まれる事はないはずだ。……それに、そうならないようにするためにオレ達が行動すればいい。『拒絶の壁』はなんのためにあるんだい?」

 痛い所を突かれ、言葉を失う。

「大丈夫です。私は出来ます」

 アイアンメイデンは小さく頷いてみせた。

 危険はある。RSはアイアンメイデンの抹殺を目的に動いているのだ。

 だが動かなければ、何も始まらない。

「……分かった。やろう」

 僕は覚悟を決めた。

「みぞれちゃんは、その子を頼む」

 黒電話を持っていた男の子は未だ目を覚まさず、みぞれちゃんが介抱していたのだが、僕のその言葉にみぞれちゃんは無言のまま立ち上がり、不意打ちのように僕にビンタをした。

「みくびらないでください」

「……え?」

「私はお荷物って事ですか?」

「そんなつもりは……」

 みぞれちゃんを危険に晒したくないという気持ちはあった。

 危険を伴う任務なら、安全な場所に避難させなければいけない。

 そんな僕の気持ちが、能力者・駄菓子屋みぞれを傷つけた。

「私も能力者です。危険な任務だというのなら、なんで私を使わないんですか」

「キミを危険な目に合わせたくなかったから……」

「大和さんのそのお気持ちは嬉しいです。でも──、私は能力者です。危険な状況下で動かない訳が無いでしょう」

 少し声を荒げたみぞれちゃんに、僕は驚きの表情を見せた。

 普段は温厚な性格で、怒った姿なんて見た事も無かったのだが。

 彼女もまた、一人の能力者である事に誇りを抱いているのだ。

「……すまない。僕が間違っていた」

 僕はみぞれちゃんに向かって頭を下げた。

「いえ。こちらこそ、叩いてしまって、ごめんなさい」

 合わせるように、みぞれちゃんも頭を下げる。

「……改めて。力を貸してもらえるかな?」

 手を差し出す。

「えぇ……。喜んで」

 みぞれちゃんは、笑顔でその手を握り返してくれた。

 オロチは無言で肩を竦めて見せる。

「新たなメンバーが加わったのはいいが、問題が一つあるんだ」

「なんだ?」

「どうやって下に降りようか?」

 すっかり忘れていたが、RSが上がってこられないようにエスカレーターは障害物を置いて封鎖し、階段は液体洗剤の罠を仕掛けたのだ。

「エレベーターは?」

「緊急停止しているからね。ウチの特殊工作員なら、いじって動かせたかもしれないが、いま別件でいないからなぁ」

「封鎖した障害物を取り外して降りるのは?」

「降りる事は可能だけど、ここに残った人が襲われるかもしれないよ」

「八方塞がりじゃないか」

「まったく。誰だい。こんな面倒な事を思いついたのは?」

「お前だよ」

 ツッコミをいれておく。

 だが、どうにかしなければいけないのは確かだ。

 丁度その時──、エレベーターのランプが点灯した。

 階数表示が一階から徐々に上がってきている。

「RSが、この騒ぎの中でエレベーターを起動させたのか?」

「そんなバカな……」

 階数表示が二階から三階になり、チンと音が鳴った。

 皆一様に警戒心を強めて身構える。

 扉が開く。

 一体誰が乗っているのか……。

「誰もいない……だと?」

 そんな事あるだろうか。

 わざわざ緊急停止したエレベーターを再起動させてまで、乗らない意味など考えられない。あるとすれば、乗っていたと思わせる事くらいだが……。

「全員動くな……」

 背後からの声に、全員に緊張が走った。

 エレベーターの異常に全員の警戒心はそちらに向けられていた。

「まいったね。流石は協会組織。やることが汚い」

 オロチは両手を挙げながらゆっくりと振り返る。

 僕もそれに続き、拳銃を手にしたサラリーマンの男を見やる。

 そいつは先程までこちらの監視をしていた男だった。

 RSの襲撃で、非難する客の山に埋もれて行方不明になっていたはずだが、どうやらこの混乱に乗じて、本格的に動き始めたようだ。

「【ドクターギア】の娘。お前は俺と一緒に来い。他の奴は頭の後ろに手を置いたままうつ伏せになれ。早くしろ」

 男が銃口を向けた事で、アイアンメイデンがビクッと身を竦める。

 赤毛の狼がぐるると喉を鳴らすが、未だ動かないのは、オロチの命令を待っているのだろうか。

「キミがどこの派閥かは知らないが、何を焦っているんだい?」

 オロチは男の命令には従わず、飄々とした面持ちで近寄っていく。

「蛇神オロチ……。【ZOO】か……」

「監視までは許したが、誘拐、拉致までは見過ごせないんでね」

「うるさい!」

 激昂した表情の男はオロチに銃口を向け、引き金を引いた。

 パスッというガス圧の音が響く。

「がががっっっ」

 男の手にした拳銃の銃口から極細のワイヤーのようなものが出ていて、その先はオロチの胸元に突き刺さっている。

 オロチは体をビクビクと痙攣させ、悲鳴にも似た言葉を漏らした。

「テイザーガンか」

「動くな。動けば、お前らもこいつと同じ目にあうぞ」

 ガス圧で針を発射し、そこから体内に電気を流し込むタイプのテイザーガンはその形状から、一発しか発射できない。

 あの自信から伺うに、まだ手はあるのだろう。

「アイアンメイデンをどこに連れて行く気だ。下はもう逃げられないぞ」

「そんな事もあろうかと、屋上に逃げる算段は用意してあるのさ」

 オロチを撃ったテイザーガンを捨て、内ポケットから新しいテイザーガンを出すと、男は再びアイアンメイデンに向けて銃口を向けた。

「さっさと歩け。従わないのなら、お前を失神させて連れて行くだけだぞ」

「この現状は、どうする気だ?」

「知るか。俺は【ドクターギア】の娘を捕獲して連れてこいと命じられただけなんでね。後はお前達でどうにかしてみるんだな」

 男は不敵な笑みを見せる。

「こっちに来い」

 アイアンメイデンは必死に頭を振る。

「従わなければ、撃つぞ」

「撃てばいい。私はこの現状をどうにかしなければいけないの。その責任があるの。だから邪魔をしないで」

「クソが!」

 男は苛立ち混じりに銃口を引いた。

 ガス圧の音が響く。

 アイアンメイデンはビクッと身を強ばらせながらも、曲げない意志を示すかのように立ち塞がった。

「ギャンッ!」

 テイザーガンの針がアイアンメイデンを捉える直前、リャーナが横から彼女の体を突き飛ばした。と同時に犬のような悲鳴を漏らし、その体が踊る。

「チッ。【ZOO】のクソ犬がっ!」

 テイザーガンを捨て、内ポケットから新たなテイザーガンを出そうとする。

 僕が『拒絶の壁』を展開し、男に向け発射しようとするのと、テイザーガンを構えた男が真横に吹っ飛ばされたのは、ほぼ同時の出来事だった。

「なっ……?」

 状況が理解できず、目を白黒とさせる。


「どうやら、ギリギリ間に合ったようですね……」


 先程まで男がいた場所に、彼女はハイキックのモーションで立っていた。

 それが彼女の能力なのかは、定かではない。

 以前は猫耳だけだったのが、尻尾が生え、顔や手も毛が生え、より猫に近い状態になっている。

 チャムさんは、陽気に尻尾を揺らしながらも、吹っ飛ばされてもまだ意識のある男の顔面目掛け、強烈な踏み込みを入れた。

「……で、次は誰を殺すんです?」

 足の裏に付いた血をピッピッと払いながら、彼女は淡々とした口調でそんな物騒な言葉を呟いた。

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