第17話RSの襲撃

 RSは以前にも勝るとも劣らぬ勢いで、続々と入口から一階フロアへと侵入を始めていた。

「ぎー、がしゃん。ぎー、がしゃん。ぎー、がしゃん」

 以前と変わらず、ぎこちないロボットのような動きをしている。

 と、言う事は、これも前回同様、どこかから電波を受信して操作されているのだろうか。

「なんでRSが……? 前のナノマシンウイルスが生き残ってたのか?」

「私の散布したナノマシンウイルスは二十四時間以内に無害なタンパク質に変異して、体外に排出される仕組みだから、もう効き目は無いはずよ」

 確かに。もしそうだとしたら、前回RSになったみぞれちゃんにも影響が及ぶはずだが、その様子が見られない。

「……と、言う事は【ドクターギア】別働隊が新たに散布していたと、考える方が妥当だろうね」

 オロチの表情にいつもの飄々とした余裕が見られない。

 それほど今の状況は、予想の出来ない緊迫したものなのだろう。

「さて、これからどうするか。ラムネさんを迎えに行くにも、一階はこの騒ぎでは探すどころじゃない。それにその隙につけ込んで、協会組織や敵の手が入り込んでくる可能性だってある」

「じゃあ、状況が大人しくなるまで隠れておきますか?」

「そんな時間ないぞ」

 みぞれちゃんの提案に、リャーナはエスカレーターの方向を指し示した。

 何事かと見やると、RS達が続々と一階フロアのエスカレーターを登ってくるのが見える。隠れていても続々とRSに上がれて来られたら、人海戦術で負けるのは明白である。

「とりあえず身近にあるもので、エスカレーターを封鎖するんだ」

 オロチの言葉で、皆一斉に動き出した。

 僕がベンチを担いでエスカレーターの前に横倒しにして封鎖をすると、みぞれちゃんが重し替わりの鉢植えの観葉植物を並べてくれた。

 これで幾分か時間が稼げるだろうと思った矢先──、アイアンメイデンがやや呆れた表情でエスカレーターの脇にある緊急停止ボタンを押した。

「まずエスカレーターの動きを止める事が先決でしょ」

「「面目ない」」

 年下のアイアンメイデンの冷静な対応に、僕達は申し訳なく頭を下げる。

 エスカレーターは東西に二つ設置されていて、既にあちら側のエスカレーターはオロチ達が迅速に封鎖処理を終えていた。

 後はエレベーターと階段がある。

 エレベーターは緊急時停止機能が働いているのか、動き出す気配はないが階段は幅も広く、ベンチを置いただけでは封鎖できない感じがした。

「そういう時は、罠を仕掛けるのさ……」

 向こうのエスカレーターの封鎖処理を終えたオロチが、ポリ容器を両手に抱えながら帰ってきた。

「なんだそれ?」

「手伝ってくれ、大和くん。これを階段に撒くんだ」

 ポリ容器の中には、毒々しいピンク色の液体が詰まっていた。

 蓋を開け、匂いを嗅いでみる。

 香料の強い匂いが鼻を刺激した。

「こりゃ洗濯用洗剤か?」

「海外の香料入りのだけどね。輸入品店にちょうどいいサイズがあったよ」

 オロチはそう言いながら液体洗剤を階段の上にぶちまけていく。

「昔、映画で見た事があるんだ。こうやって液体洗剤を階段にぶちまけておくと、泥棒が階段で足を滑らせるんだ」

「映画情報かよ……」

 だが階段の時間稼ぎは、ある程度期待出来るかもしれない。

「……で、僕達はどうやって逃げるんだ?」

 二人で階段を散々液体洗剤まみれにした後、僕はオロチに尋ねた。

 エスカレータは電源を止め、封鎖した。

 エレベーターは動かない。

 そして階段はツルツルトラップを仕掛けたので、上がる事も下がる事も容易ではないだろう。

「やっちゃったね」

 オロチはそう言いながら、軽く肩を竦めて見せた。

 本気で人をぶん殴りたいと思った瞬間だった。

「RSの動きはどうだ?」

 とりあえず騒いでも仕方がないので、その件は置いておき、僕達は元の場所に戻る事にした。

「一階フロアはほぼ制圧。二階フロアが交戦中」

「まいったな。完全な篭城戦じゃないか」

「大丈夫。食料は豊富にあるよ」

「バター飴とジンギスカンキャラメルだけだろ」

「あ、バター飴ってこれの事か?」

 先に戻って斥候任務をしていたリャーナが、バター飴の袋を逆さにしてヒラヒラと振ってみせる。

「おま……、これ……」

「見張りの任務中、小腹が減ったから食べたんだよ。まだジンギスカンキャラメルって奴もあるんだろ。別にいーじゃん」

「オロチ。リャーナにジンギスカンキャラメルを味あわせてやれよ」

「どうなっても知らないよ」

 オロチがため息混じりに肩を竦めて見せる。

 リャーナは何のことか分からず、手を差し出し、ジンギスカンキャラメルが一つ掌の上で転がるのを、キラキラとした眼差しで見入っていた。

「へぇー。美味しそうじゃん。ホントに食べていーのかよ?」

 僕もオロチも無言を貫く。

「返してって言っても、もう返さねーぞ。いっただきまーす」

 リャーナは包装を剥がし、ジンギスカンキャラメルを口の中に放り込んだ。

「……、……、……、……なんだ、別にマズか、ぶぇぇぇぇっっ、なんだコレ」

 暫く噛んで味を確かめていたリャーナの表情が、突如渋いものに変わる。

 涙目になり、口を半開きにして、悲鳴にも似た声が漏れ出ていた。

「う、うぇぇ。く、臭いよぉ。お口の中が臭いもので一杯になってるよぉ」

 苦悶の表情が、妙にエロい。

 なので一連の顛末をスマホで撮影しておいた。

「いいからゴックンしてみろ」

「こんなのできないよぉ。ふ、ふぇぇ……」

 涙目で必死に訴えている。

 やはり狼だから、ニンニク等の刺激の強い匂いは苦手なのだろうか。

 結局、無理やり飲み込んだリャーナは青白い顔でその場にうずくまってしまい、みぞれちゃんが背中をさすって介抱している。先程までぱたぱたと陽気に揺れていた尻尾も今や床の埃をはく箒のように垂れ下がっていた。

「さて、リャーナいじりも終わったし、あとはどうするかだよな」

「殺すぞ!」

 弱々しい声でリャーナがツッコミを入れているが、まだ完全復帰には時間がかかるだろう。それまでにどうやって篭城するのかを考えなければいけない。

「アイアンメイデン。今回のRSも二十四時間で元に戻るのか?」

「んー。私が知っているデータ内であればね。あれからあまり時間が経ってないから、改造する時間もないと思うし、これも多分同一規格のものじゃないかな」

「なら、リミットは二十四時間かな」

 二十四時間、ここでの籠城に成功すればRSも自動的に解除される。

 だがそんな余裕は無いだろう。協会組織の人間や【ドクターギア】の奴等もアイアンメイデンの身柄を狙ってきているのだ。


「じりりりりん。じりりりりりん……」


 再び鳴り響く黒電話の呼び鈴音に、僕達はビクッと身を竦ませた。

 振り返ると、先程の男の子が立っていた。

 その手には黒電話のオモチャを手にしており、受話器はそのままにしてある。

 男の子は無表情、無言のまま、スタスタと僕の前に歩み寄り、呼び鈴が鳴り続ける黒電話を差し出してきた。

 電話に出ろ、と言わんばかりの態度だ。

 何かの罠だろうか。

 受話器の前で手が止まり、息を詰まらせ、ゴクリと息を呑む。

「出てみたらどうだい?」

「大丈夫なのか?」

「もし、身の危険を感じたら、子供であっても容赦しないよ」

 その笑顔が頼もしくもあり、恐怖でもあった。

 恐る恐るといった感じで、黒電話を掴むと、その男の子は糸が切れた人形のように崩れ落ちていった。

「大丈夫。脈は正常だ」

 素早く抱きかかえ、首筋に指を当て脈をみていたオロチがそう言い、僕は安堵のため息を漏らした。

 未だ呼び鈴は鳴り続けている。

「爆発物の匂いは感じられない」

 青白い顔をしていたリャーナが、黒電話に鼻を近づけてくんくんと匂いを嗅ぎ、異常は無いと告げた。

「よくやった。ご褒美だ」

 残っていたジンギスカンキャラメルを差し出してみる。

「いらねーよ。バカ!」

 ウルフカットが逆立ち、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 完全にトラウマを植え付けてしまったらしい。

「もしもし……」

 爆発物の心配が無くなった事で、電話に出る事にした。

 受話器を耳に当て、「もしもし」と述べるが、相手からの返答はない。

「もしも〜し?」

「電話には誰も出んわって、言いたいつもりなの?」

「は?」

 暫しの沈黙の直後、電話の主から謎の言葉が発せられる。

「え、あの、どういう意味で?」

「よその子供を操ってまでコンタクト仕掛けたんだから、さっさと電話に出なさいよ。このタコ!」

 なぜか怒られた。

「すみません」

 こちらに何ら非は無いと思うのだが、これ以上言い合いをしても意味がなさそうなので、素直に謝っておく。

「全く……。次から次へと、私達の邪魔ばっかりして……。アナタのせいで計画の半分も進まないじゃないの」

「あの……。どちら様で?」

 こちらからすれば、唐突なコンタクトを仕掛けてきた相手であり、未だ素性が何も分からないのだ。

 声から察するに女性である事は分かる。

 だが、一方的にこちらに非があるように述べるのは、どうだろうか。

 テレフォンアポイントメントのクレーム処理より、タチが悪い。

「あぁ、そうね。自己紹介は済ませておこうかしら」

 その言葉の直後、手に持っていた黒電話が突如ガシャガシャと変形を始める。

 黒電話は僕の手から地面に降りるなり、二足歩行のロボットに変形した。

 だが元のベースが黒電話なので、腹部にダイヤルがあったりと、結構ダサい。

 両肩にはスピーカーが備え付けられており、黒電話ロボは大仰にポーズを取ると、スピーカーから謎の登場BGMがカッスカスの音源で流れ始めた。

 全体的にチープな出来具合に、全員が微妙な顔で閉口している。

「これぞ通信隠密兵器・ブラックテレフォン1号だ!」

 スピーカーから先ほどの人の熱狂的なナレーションが入ってくる。

 が、スピーカーも安物らしく、音が割れていて、かなり格好悪い。

「自己紹介しよう。【ドクターギア】の秘密兵器開発局担当。ギロチン博士だ」

 ブラックテレフォン1号のスピーカーから、自己紹介が告げられる。

「なぁ……。【ドクターギア】って、バカの集まりなのか?」

 ひそひそと小声でオロチに尋ねてみる。

 オロチも微妙な顔つきで、肩を竦めて見せた。

「すみません……」

 やや顔を俯かせたアイアンメイデンが小さく手を挙げる。

「なんだ?」

「お恥ずかしい限りですが……。ママです」

 アイアンメイデンの口ごもった態度が、全てを意味していた。

 その一言に、その場にいた全員が沈痛な面持ちになる。

「どうしたどうした? あまりのスゴさに恐れを抱いたか?」

 ギロチン博士と現場との温度差がハンパない。

 だが恐れていた【ドクターギア】側からのコンタクト。

 ここは十分警戒して、対話に応じる必要があるのは事実だ。

「何の用だ?」

「現場の方はどう? RSの再襲撃に手も足も出ないって感じ?」

「お前がこれを仕掛けたのか?」

「ま、本来は別の作戦に用いる奴だったんだけどね。急遽アイアンメイデンの回収命令が下ったから、前回作戦のデータ解析と改良をほっぽり出して、再襲撃を仕掛けたって訳よ」

「アイアンメイデンはお前の娘だろ。回収してどうする気だ?」

「そんな事聞いてどうするの? 決まってるでしょ。脳みそ体から切り離して、今までに構築された自我の形成パターンを取り出してコピーするのよ。希少なサンプル素体だからね」

 当たり前のように淡々と説明するこの女に、僕は知らずのうちに苛立ちを覚えていた。

 アイアンメイデンを見やる。

 無言を貫いていた。母親の胸糞悪くなる様な説明にすら、眉一つ動かさない。

 俯いたままの彼女の肩を優しく叩いた。

 そうする事が必要な気がしたからだ。

「アイアンメイデン、そこにいるんでしょ?」

「……はい」

 ギロチン博士の問いかけに、アイアンメイデンが応える。

 暗い表情だ。

 母親との再会を望んだような顔は、そこにはない。

「なぜ自爆しなかったの?」

「な……」

 あの女の一言に、言葉が詰まる。

 今にもブチ切れそうな表情をしていたのだろうか──、無表情のアイアンメイデンが僕の前に手を出して制してみせた。

「私は大丈夫だから」

 淡々と発する言葉に、僕は何も言う事が出来なくなってしまった。

「申し訳ありません。城跡公園の陽動作戦の失敗の際、気絶中に身体検査を受けたらしく、奥歯に仕込んだ起爆スイッチは既に排除されていました」

「あら、それは残念。スケフィントンは作戦が失敗した時に即座に自爆して、情報を敵に渡さなかったようよ。立派よねぇ。アナタと違って……」

 スケフィントンというのは、『空操拷問の乱』の際、【ZOO】が追っていた本命の方のメンバーだろうか。

「任務もまともに果たせない失敗作なんて、周りの敵もろとも自爆して、少しでもダメージを与えるくらいしか能がないはずなのに、アナタは一体何のために存在しているっていうの?」

「……申し訳ありません」

 この瞬間、僕は無意識の内にブラックテレフォン1号に蹴りを加えようとしていた。直前にオロチが肩を押さえ、制止を促した事で、ギリ理性を保てたのだがそれも我慢の限界を迎えようとしていた。

 今この場に、あの女の姿があったとするならば、僕は迷わず拳を叩き込んでいただろう。女であろうがアイアンメイデンの親であろうが関係ない。

 人の命を、道具か何かのようにしか思えない奴の顔を、ぶん殴らない奴などいるだろうか。少なくとも僕はそうではない。

 スピーカーからため息の漏れる音が響く。

「せめて、その周りにいる奴等くらい、巻き添えで死んでくれたら、貢献出来たのにねぇ……」

「おいっ、お前……」

「私は、仲間を殺すつもりはありません」

 オロチの制止を振り切り、ブラックテレフォン1号を掴んで床に叩きつけようとした時、今まで暗い表情のまま簡素な受け答えしかしてこなかったアイアンメイデンが、初めて自分の意見を口にした。

「は?」

「私は【ドクターギア】のために自爆するつもりもありませんし、仲間を巻き添えにして死ぬつもりもありません。私は私のために生きたいと考えています」

 その表情は決意に満ちていた。

 アイアンメイデンは、その日初めて自分の決意を親に語った。

「……それは敵の洗脳よ。耳を傾けてはダメ。アナタの存在価値は【ドクターギア】のためにある。その肉体も、その心も、私達は【ドクターギア】の目的の為に全てを捧げなければいけないの」

「ママは、私に死んでほしいと思っているのですか?」

「いいえ。アナタが成功体であれば生き続け、【ドクターギア】の意思を継続するものになって欲しいと思っているわ。──でも、アナタは違う。任務に失敗したアナタはただの失敗作。だから必要はない。必要が無い以上、アナタは死ななければいけないの。生きている意味が無いのだから。焦がしたパンケーキを食べもせず、そのまま放置しておく意味があると思う?」

「……僕達は、そんな焦がしたパンケーキを大切な仲間だと思ってる」

 アイアンメイデンの頭をポンッと軽く叩く。

 暗い表情に一筋の光が見えた。

 唇を噛み締め、涙をこらえている姿が見える。

「変人ね……」

「『史上最強の死神』の周りにいる奴等なんて、そんな奴ばっかりさ」

 周りを見やる。みぞれちゃんもオロチも、それを肯定するかのように頼りがいのある笑顔を浮かべていた。

「なぁ、博士。質問いいか?」

「どうぞ。『史上最強の死神』の腰巾着くん」

「どうやって起爆スイッチの無い爆弾ピアスを作動させたんだ?」

 僕はずっと疑問に思っていた問題を、問いただした。

「物事の実行というプランには、常々様々な障害が付き纏うわ。アイアンメイデンの任務失敗もいい例と言えるわね。【ドクターギア】は秘密組織。その失敗から情報を収集される事を恐れているの。──だから自爆を仕込んでいる。爆破する事で情報の隠蔽、上手くいけば情報を探る敵もろとも処理できるから、一挙両得でしょう。──でも、トラブルは常にあるものよね。奥歯に仕込んだ起爆スイッチが何らかの整備不良で起動しない場合もある。事前に外されて起動しない事だってある。……あと、裏切るつもりで事前にスイッチを取り外す事もね」

 スピーカー越しに鼻で笑う音が聞こえた。

 その言葉は、アイアンメイデンに言っているつもりなのだろうか。

 だが、仲間に囲まれたアイアンメイデンには、以前のような重苦しい暗さは無かった。決意を秘めた眼はじっとスピーカー越しの親を見ている。

「……だから、爆弾ピアスには、私兵達の知らない秘密機能がいくつか存在するの。一つ目は、容易に取り外せないという事。二つ目はナノマシンウイルスと同様に電波を受信する事で、外部からの起爆が可能になるという事」

 それはオロチからの情報で知っている。

 だからアイアンメイデンは、電波の遮断された地下施設に幽閉されていた。

「ここまでは、知っているという雰囲気ね」

「だからこそ、アイアンメイデンは地下にいた。だが起爆スイッチは発動した」

「その前に能力の暴走があったんじゃないの?」

「やはりそれも関連のある事なのか?」

「それが三つ目の秘密。──これは、裏切り防止用の安全弁でもあるの。爆弾ピアスは持ち主の心理状態とリンクするようにプログラミングされている。その中で自我の形成という部分を重視していて、持ち主が【ドクターギア】の思想に反する自我を芽生えさせた時に、持ち主の能力発動の権限を剥奪できるシステムになっているの。と、同時に爆弾ピアス自体が電波発信源となって、起爆スイッチの起動、またはナノマシンウイルスの起動をオートで行うようになる」

「裏切り者を利用して、能力者爆弾に仕立て上げるって寸法か?」

「ま、要約するとそうなるわね。──で、本来なら裏切り者はボンッと灰燼に帰す訳だけど、今回はそれすらイレギュラーな事態になった。『史上最強の死神』のせいでね」

「恨み節かよ」

「言ったでしょ。【ドクターギア】は秘密組織。僅かな情報でも漏らす訳にはいかないの。例え、それが価値のない焦げたパンケーキであったとしてもね」

「なら、どうする気だ?」

「アイアンメイデンが回収命令に従わないと言うのなら、仕方がないけど始末されるしかないわね。周りの人間もろとも、RSによって情報サンプルの回収が不可能なくらい、全てぐちゃみそになってもらうけどね」

 僕は小さなため息を漏らす。

「ありがとう博士。分からなかった事が聞けて、スッキリしたよ」

「そりゃどーも」

「そっちの質問はもうない?」

「えぇ。どうせそこにいる人間はみんなRSに殺されてしまうのだから」

「そうかい。なら──」

 ブラックテレフォン1号を勢いよく踏み潰す。

 メシャッをいう音を立て、スピーカーが砕かれ潰れた。

 カメラ機能は存在しない。

 だが、僕はあえてブラックテレフォン1号に中指を突き立てて見せた。

「おい、二度とそのツラ見せんじゃねぇぞ」

 Fから始まるスラングのような、口汚い言葉で罵ってやろうとも思ったが。

 みぞれちゃんがいる手前、それが精一杯の抵抗だった。


「言ってやったぜ。ベイビー!」

 僕はそう言いながら、アイアンメイデンに向かって親指を突き出す。

 アイアンメイデンは涙を浮かべながらも、笑っていた。

「バカじゃないの」

 そんな悪態を吐く彼女の顔は、まるで憑き物が落ちたかのように、晴れやかで年相応の少女の笑顔を見せていた。

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