第16話決意
「大和くん。物産展フェアで買ってきたバター飴食べるかい?」
右脇からバター飴の入った袋を差し出されて、僕は無意識の内に手を突っ込んでいた。
「って、オロチ!」
飴を取り出しながら、驚きの声を上げる。
ラムネさんがハイパーミルクプリンの試食会に行ってしまい、手持ち無沙汰で荷物番をしていたのだが、僕はいつの間にか背後を取られていたようだ。
「お前も来てたのかよ」
「や、一応、監視の監視という任務中なんだけどね」
「って事は、あの協会組織の人間も【ZOO】に見張られてるのか?」
「と、いうよりも、君達は迂闊に行動しすぎだよ。アイアンメイデンを連れてショッピングモールで買い物なんてさ」
バター飴の袋を差し出したオロチは、少し困ったように眉根を潜める。
顔に少し疲れの色があった事から、恐らくあの事件の後にも協会組織と色々あったのだろうと、予測できた。。
乳白色の飴を個包装から取り出し、口の中に放り込む。
口の中いっぱいにバターの芳醇な香りがふわっと広がる。更に舌でコロコロと転がすと牛乳の濃厚な甘みが口の中に満ちて、隠そうとしても、顔に笑みが溢れ出てしまう。
「やばいな。バター飴」
「ホント、やばいよね」
やばい、の一言で片付けられてしまう若者の語彙力の乏しさと、老人は文句を言うのかもしれないが、これは勘弁して欲しい。
それほどまでにバター飴は美味いのだ。
やばい、としか表現できないくらい、甘い。
甘くて、美味い。
それがバター飴。ラムネさんに頼んで買ってきてもらえばよかったと、今更後悔するほどの美味さであった。
「って、二人で北海道物産を楽しく試食レビューしている場合じゃない!」
「え〜と、じゃあ次は〜、このジンギスカンキャラメルの試食レビューをしてみようかと思いま〜す」
「なぜ唐突にユーチューバーみたいな喋りに!?」
ポケットからジンギスカンキャラメルを取り出し、爪を立てて剥き始めるオロチにツッコミをいれておく。
「試食レビューの動画を撮りに来たわけじゃないんだろ?」
「『史上最強の死神』に用事があったんだが、どうやら入れ違いになったみたいだからねぇ。お互いに北海道物産展フェアに行って入れ違いになるなんて、どれだけ北海道好きなんだよって話なんだけどね」
オロチはそう言いながら、軽く肩を竦めて見せる。
「今、上層部は少し面白い事になっているよ……」
ジンギスカンキャラメルを一つ口の中に入れながら、オロチはそう語った。
「どういう事だ?」
「以前も話したが、協会組織も一枚岩じゃないからね。異能力者同士、そのクラスやカテゴリによっても様々な派閥が存在する。それら全てが、という訳ではないけども大体の派閥は協会組織内の権力の保持に躍起になっているらしい」
「大人っていうのは、汚い世界に生きてるな〜」
「この世が如何に綺麗事で満ちているか、ある程度の立場になれば嫌というほど目につくものさ……」
僕よりも、その世界の中で溺れて生きているのだろう。
オロチの言葉には、知った言葉の重みがあった。
「【ドクターギア】の娘……。は、今や金鉱脈と同等さ。各派閥が全情報網をかけて捜索に躍起になっている。史上最高額の懸賞金が付けられた賞金首の関係者だからね。それは当然とも言えるだろう。だが奴らの大半はここの居場所を嗅ぎつけても迂闊に手が出せないのさ」
「なんでだ?」
「死神の番犬がいるからね」
オロチはそう言って、薄笑いを浮かべてみせた。
確かに『史上最強の死神』の手の内にある以上、下手は打てないだろう。
だがラムネさんも一個人の存在である以上、協会組織からの強権執行には逆らえないはずだ。いや物理的に反逆の旨を示す事は容易かもしれない。だがそれは異能力者によるラグナロクの始まりになってしまう可能性だってありうる。
「『史上最強の死神』の面白い所はね、自らの立場をジョーカーだと自覚している事なんだ。最強で最凶で最狂で最恐な切り札……。キミはそんな彼女の懐刀であるという事実を自覚しているのかい?」
オロチに問われ、僕は言葉を詰まらせた。
僕の、神来大和にとっての駄菓子屋ラムネの立場とは、【駄菓子屋亭】の所長という上司の立場。異能力者の師匠としての立場。……そして大人と子供という立場がある。
僕の前ではいつもグータラで、だらしがなく、ニートな死神なのだが。
駄菓子屋ラムネ。二つ名に『史上最強の死神』を冠する彼女の存在は、この世界に一つの驚異として存在しているのも、また事実なのだ。
「『史上最強の死神』を番犬に付けた金鉱脈を簒奪する事は容易ではない。だからこそ現在は拮抗した睨み合いが続いている。──ま、これは【ZOO】の思惑でもあるんだけどね。だが『史上最強の死神』も随分な切れ者でね。オレ達の思惑にハマる形を取りながら、更に自分に有利な状況を生み出したんだ……」
「どういう事だ?」
「今にわかるさ」
その答えを語るよりも前に、オロチは渋い表情を見せた。
「これは……。随分と……」
顔色が悪い。
気分でも悪いのだろうか。
「どうした?」
「え〜。ジンギスカンキャラメルなんですが〜。これキッツイですね〜。食べた瞬間、口の中にニンニク臭が満ち、肉汁の風味と甘さがまさかのミスマッチで口一杯に広がるんですよ〜」
何故かユーチューバーの試食レビュー風に、内容を説明してくる。
「大和くんも食べてみるかい?」
「遠慮するわ!」
流石にその試食レビューを聞いて、食べてみようとは思わない。
「残念だなぁ。大和くんの苦悶に満ちた表情が見たかったのに……」
オロチは残念そうにそう言いながら、お口直しなのか、バター飴を二つほど口の中に放り込んでいた。
何げにドSな発言をしているが、聞かなかった事にしておこう。
「……そういや、疑問があるんだが」
「なにがだい?」
「アイアンメイデンが拘束された時に、奥歯に仕込まれた起爆スイッチは事前に取り外しておいたんだろ。だったら、あいつが自爆を仕掛けようとした時も、それが無意味だって分かってたんじゃないのか?」
「あぁ。確かに起爆スイッチは解除した。だが起爆の方法が一つだけとは限らないだろう。事実爆弾ピアスは外せず、あれは外部からの電波受信で爆破を操作できる代物だったからね。それに結果的に原因不明の暴走状態を引き起こし、爆発の危機を迎えた」
オロチの言い分に、おかしいと思える部分は見つからなかった。
確かに起爆方法が一つとは限らない。任務失敗時に確実な死と巻き込むダメージを完璧にするのなら、第二、第三の方法を仕込んでおいたとしても、不思議ではない。
「だとすれば、あの暴走は何らかの方法で、第二の起爆スイッチが作動したと考える方が妥当なのか?」
「そうなるだろうね。──だが、それも失敗した」
「ラムネさんのおかげでな」
「──そして、情報が轟いた。【ドクターギア】の娘が『史上最強の死神』の手の内にあると。そしてそれは恐らく、【ドクターギア】内にも伝わっている事だろう。失敗作からの情報漏えいを恐れ、秘密裏に自爆を仕掛けたが、それも失敗してしまった。この現状は、奴等にとって好ましくはない。だとすれば次に奴等はどんな手を打つと思う?」
オロチの顔を見て、ハッとする。
迂闊だった。
「二人は今どこにいる?」
慌ててベンチから立ち上がる。
今まで協会組織の事しか頭に無かったが、【ドクターギア】の件は未だ解決したわけではないのだ。
アイアンメイデンの爆弾ピアスを外し、自由にした気でいるが、あちら側からすれば証拠隠滅の方法を潰され、情報の出処を囲っていると思うだろう。
だとすれば【ドクターギア】側からなんらかの介入も、十分考えられるという事になる。
「大和、どしたの?」
焦った表情で周囲をキョロキョロ見回っていた所、不意に声を掛けられた。
「なにかありましたか?」
振り返ると、両手に袋を抱えたみぞれちゃんとアイアンメイデンが不思議そうな顔で立っていた。
「無事だったか」
「え、えぇ。まぁ……」
二人の無事を確認して、安堵のため息をこぼす。
どうやら誰も襲撃も受けなかったようだ。
「やぁ。こんにちは」
僕の肩に軽く手を起き、オロチは朗らかな笑顔を浮かべて、挨拶をする。
「あ、先日はどうも……」
「いやいや。お土産は美味しかったかい?」
「はい。とても美味しかったです」
みぞれちゃんが笑顔でペコリと頭を下げる。
死神に食べられてしまって、僕は一口も食べてはいないのだけれども。
「どうして【ZOO】がここに?」
警戒心が働くのだろう。訝しげな表情を浮かべたアイアンメイデンはみぞれちゃんの背後に隠れながらも、オロチに向かって尋ねている。
「アイアンメイデン。キミは自覚が足りていないようだね。自分の存在が今現在どれほどの影響を及ぼすのか、理解しているのかい?」
冷めた視線がアイアンメイデンを見やる。
ため息まじりの言葉に、アイアンメイデンは言い返す言葉も無く、言葉を詰まらせていた。
「……リャーナ。どうだった?」
口ごもってしまったアイアンメイデンを尻目に、オロチはやれやれと小さく肩を竦めてみせると、思いがけない人物の名前を口にした。
「今の所、敵のコンタクトはない」
その言葉はアイアンメイデンより背後、シューズ専門店の軒先の棚に大特価で売り出されたジョギング用シューズを手にしたリャーナから発せられた。
気配を隠すためなのか、パーカーのフードを頭からすっぽりと被り、視線は先程からシューズに向けられていて、こちらに合わせようともしない。
だがお尻にある尻尾はしっかり晒されているので、果たしてその変装に意味があるのかと問い詰めたい気がするのだが……。
「最初から、尾けてたのか?」
「密偵探査はリャーナの本職だよ……」
「僕にセクハラされるだけの役回りだと思ってた」
眼前をシューズが高速で通り抜ける。
思っていたよりも、お怒りのご様子だ。
「あの、お姉ちゃんは?」
微妙な空気を気取ってか、みぞれちゃんは小さく手を挙げながら、そんな質問をしてきた。
「今、一階でやってる北海道物産展フェアに行ってる筈なんだけど……」
「早く合流して、ここから離れた方がいいだろうね」
オロチの言葉に、みぞれちゃんは僕を見やる。
「一階の監視は大丈夫なのか?」
「今はコンタクトが取れる状況では無いはずだよ。監視は続くだろうが、それ以上の手は出せない。だから協会組織側の心配はしなくてもいいだろうね」
「問題は【ドクターギア】側か……」
「じりりりん、じりりりりりん」
唐突な黒電話の呼び鈴に、その場にいた全員がビクッと反応を示す。
「なんだ?」
慌てて振り返ると、四、五歳くらいの男の子がオモチャの黒電話の受話器を耳に当てて遊んでいた。
「なんだ。オモチャの電話か……」
なんでもなかった事にほっと胸を撫で下ろす。
「うちの事務所のと同じ音だったので、びっくりしました」
「え、ちょっと待って。この時代に、まだ黒電話使ってんの?」
みぞれちゃんの発言に、アイアンメイデンが別の意味でびっくりしていた。
同時にけたたましい悲鳴が轟いた。
下のフロアからのようだ。
慌てて下のフロアを覗き込むと、一階フロアにいた客が悲鳴をあげながら一斉に奥へと逃げ込んでいく様子が見えた。
監視をしていた男も、状況が理解できないようで、群衆の波にもまれながらも奥へと消えていく。
「一体、何が……?」
「入口を見なよ」
オロチの言葉に視線を入口へと向ける。
一斉に人が退避した事で、商品が乱雑に散らばり、椅子やテーブルが倒れている状況の中で、幾人かの人の姿が見えた。
逃げ遅れた人だろうか──、いや、違う。
その足取りはふらふらとしていて、虚ろな表情を浮かべ、歩き回る人々。
僕は近々にその事件に巻き込まれ、その人達に見覚えがあった。
「そんな……、どうして……?」
アイアンメイデンが青ざめた表情を浮かべている。
この街を大混乱に陥れた、『空操拷問の乱』から数日。
またも、僕達の前にRSは姿を見せたのだ。
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